眞子さまと小室さん、おとぎ話の結婚

NYタイムズ紙英王室と比較報道

 日本の皇室の文仁親王(秋篠宮さま)が、長女眞子さま(29)の大学時代のボーイフレンドとの結婚を「認める」と述べたニュースは、1日付ニューヨークタイムズも「日本のプリンセス、おとぎ話の結婚はまだ先」と写真入りで大きく報じた=写真=。 

 それによると眞子さまは当初、皇族の一員ではない小室圭さん(29)と2017年に婚約を発表、翌年結婚する予定だったが、小室さんをめぐって、小室さんの母親が元婚約者の男性から3万6000ドルを借りていて返済を求められている金銭問題が持ち上がった。皇室側は、結婚が延びていることとは無関係だとしてきたが、秋篠宮さまはあらためて、まず金銭問題への対応が必要だと述べられていると報じた。

 秋篠宮さまは、「多くの人が納得し喜んでくれる状況の前提として、今までもあった問題をクリアするために相応の対応をする必要があると申しました」と述べた。また、「あくまで私の主観になりますけれども、感じとしては決して多くの人が納得し喜んでくれている状況ではないというふうに思っています」とも話した。

 眞子さまと小室さんがいつ結婚式を開くかは不明。秋篠宮さまと紀子さまの娘である眞子さまは、小室さんとの結婚によって皇籍を失うことになり、同紙は英国のハリー王子とメーガンさんの結婚を引き合いに出して、ロイヤルファミリーの一員ではなくなったことを紹介、皇室と一般人との結婚を比較した。

 国内メディアによると、眞子さまは先月、予定通りに結婚することへの強い決意を表明し、父親の秋篠宮さまも、結婚を支持した格好だ。「本人たちが本当にそういう気持ちであれば、親としてはそれを尊重するべきものだというふうに考えています」と述べたと伝えた。小室さんはニューヨーク市のフォーダム大学に留学中であることも記載している。

誰が埋めた? ナゾの金属柱

州政府が発表5日後に何者かが撤去

ユタの砂漠で発見

 ユタ州政府は11月23日、同州南東部の人里離れたレッドロック郡の砂漠峡谷地帯の岩盤に、誰が設置したのか不明の高さ3・6メートルの金属製正三角柱が埋まっていると発表した。州政府が公開した写真を25日付ニューヨーク・タイムズ紙などが大きく写真入りで報道し、3大ネットワークもテレビのニュースで報じたことから「謎のメタル柱」が大きな話題となった。しかし27日には忽然とその柱が姿を消し、州政府は「複数の人が撤去したことを確認した」とだけ発表、誰がどのように撤収したのかは不明なため、今もダブルミステリーとなっている。

 ニューヨーク・タイムズ紙によると、同州自然動物管理局の職員が、野生の羊の生態系を観察するためにヘリコプターで砂漠一帯を調査している時に、峡谷の窪地の岩盤にキラリと光る金属物質を発見、接近して鉄柱のような物体が岩に垂直に突き刺さっているのを確認した。

 ヘリコプターが近くの丘に着陸して職員3人が徒歩で峡谷まで降りていく様子がビデオ撮影された。職員は金属中が刺さった周りを観察して、肩ぐるまをして鉄柱の上部付近を調査したが手がかりになるものは得られなかったという。また、硬い岩に鉄柱を埋め込んだような工事の痕跡は残っていなかった。岩の切目に綺麗に突き刺さっており、深さがどこまであるのはか分からないという。

 現場は非公開で、自動車やクレーンなどの工事用重機が入り込めるような場所ではなく、道路からも徒歩で人間が簡単に到達できるような地区にはないことから州政府は「一体誰がなんの目的でこの物体を設置したのかは不明」と発表した。

 ニュースはまたたくまに世界に広まり「宇宙人の仕業?」「映画の撮影に使ったのでは」「前衛芸術家のインスタレーション?」中には「ワイファイ・ルーターでは」など様々な憶測が飛びかった。

 同地では「インディアナ・ジョーンズ」や「スタートレック」「ミッション・インポッシブル」などの映画の野外撮影が行われているため、同紙はユタ州映画協会にコメントを求めたところ「発見された物体は、映画の撮影に使われた関係物ではないと判断する」との回答を得た。

 芸術専門紙「アート・ニュースペーパー」は「2011年にニューメキシコで亡くなったミネアポリスの彫刻家、ジョン・マックラキンの作風に近い」と述べている。州政府も「誰かの芸術表現かもしれないが、州政府の土地に無断で建造物を建てることは違法だ。黙認しないために公開した」としている。金属物質は、ステンレスの板を人工のリベットで止めるなど加工した跡が見られたという。写真からもそれが視認できる。

似た作品NYの画廊に

 その砂漠で発見された謎の3角柱に酷似していると指摘されたマックラキンの作品が彼が所属したマンハッタンのチェルシーにあるデビッド・ツイナーギャラリー(西20丁目537番地)にあるという情報を得た。早速行ってみた。作品はプライベートコレクションとしてロビーに一般展示とは別に階段の横にひっそりと設置されていた。鏡面で磨かれた状態で州政府が発表したようなリベットのようなものは確認できなかった。ギャラリーのオーナー、デビッド・ツイナー氏は「(ユタの物体は)これは明らかにジョンの作品だと思う」と当初NYタイムスにコメントしていたが、後日関係を否定した。

 州政府では劣化の状態から1940年代から50年代に設置されたものと見ているが真相は謎だ。一部ツイッター情報では、27日深夜の解体作業を目撃したハイカーがいて、4人の男性が6時間かけて解体し「砂漠にゴミを捨ててはいけない」と言って手押しトロッコを使って撤去して行ったというが、そのグループが何者かは依然不明だ。

(写真右)マックラキンの作品(1日、NYの画廊で三浦良一撮影)

老舗の味をB級グルメで

EAT OUT 食

 マンハッタンの老舗日本食レストラン「しんばし」が惜しまれて閉店したのが昨年夏。ミッドタウンから離れて、アッパーウエストサイドの目抜き通りブロードウエーから徒歩30秒の72丁目に、元オーナーの片山阿紀子社長と夫の貴之さんが大衆的な日本のメニューを中心に「しんばし72」をオープンした。

 豚の生姜焼き(15ドル)、カレーライス(12ドル)、鰻丼(22ドル)、天丼(13ドル)、うどん、そば(8ドル)など手頃な値段の丼物のほかにも焼き鳥(7ドル)や冷奴(6ドル)、揚げだし豆腐(7ドル)といったしんばし時代からの味を彷彿させる一品料理も提供する。この界隈に日本食レストランが多くないことから出店を決め、日本のスナック菓子や調味料、ペットボトルの飲料水、カップラーメン、米も店内で販売している。いずれは日本酒やしゃぶしゃぶ用の薄切り肉なども扱う予定だという。

 店内はカウンター席を入れて20席あるが、新型コロナウイルスの感染拡大予防のガイドラインに従って当面はテイクアウト専門で営業するという。デリバリーサイトを使った注文も受けている。

 初代女将の細田婦美子さんが他界して6年。店を継いだ長女の阿紀子さんもいずれは自分の娘、恵美子さんにこの店をバトンタッチするという。時代は変わっても、親子三代でニューヨークにしんばしの暖簾は続く。老舗の味をB級グルメで楽しめる、近隣住民に親しまれ、愛されそうなお店の誕生だ。           (三浦)


しんばし72

218 West 72nd St.

New York, NY 10023

Tel: 212-510-7799

営業時間 11:00~21:00

月曜定休


米国で夢実現した空中の舞い姫

エアリアル・ダンサー

山田 愛(めぐみ)さん

 エアリアルダンサーというと聞きなれないが、日本語だと空中パフォーマー、エアリアルパフォーマー、空中アクロバットダンサーなどと呼ばれる職業で、ロープなどを操って空中で演技するダンサーのこと。サーカスなどの身体曲芸場面で妙技を披露して活躍する。山田愛さん(39)は、エアリアルダンサーとしてだけでなく、ニューヨークを中心としたエンターテインメントイベントなどを手がけるシルクドゥヌイットでエアリアル・ディレクターとしてオーディションの審査や、カンパニーのメンバーがエアリアルを安全に行うための最新の指導に携わっている。ヨガトレーナーの資格もニューヨーク市から取得している。

 京都市に生まれ、その後東京の大正大学で社会福祉学を専攻した。学生時代からハンディキャップを持つ人の自立支援に携わった。学生の頃から世界の音楽を聴くのが好きで、特に興味を惹かれていたのが中東、トルコなどの音。そしてベリーダンスに出会い、夢中になった。卒業後も千葉県にある無農薬栽培の和綿農家で住み込みバイトをしながら、自宅に戻るとベリーダンスという生活だった。モダンダンスも始めたが数年経つと、何か悶々とした中途半端感を感じるようになり、もうダンス辞めようかと思い始めていた時に出会ったのがエアリアルだった。2011年にエアリアル /空中パフォーマンスを東京のエアリアルアートダンスプロジェクトで始め、13年には香港で開催された国際エアリアルトーナメントでエアリアルシルク・アマチュア部門にて1位に輝く。これを機に14年、活動の拠点をニューヨークに移す。

 アクロバットの経験は皆無、当時既に30歳を迎える目前でのスタートではあったが、4年後の15年には世界のプロ・エアリアリスト達が集う、全米アエリアル・チャンピオンシップでエアリアルシルク部門のファイナリストに選出される。 

 その後も、ニューヨークのサーカストレーニングセンターで自身の研磨を続け、また、指導も行なっている。数々の大規模イベント、仮面舞踏会、野外イベント等にも多数出演。昨年は有名ラッパー50セントのイベントにも参加。今年は上海サーカスのミズーリ州公演へのオファーが入るが、パンデミックにより、ショーはキャンセル。

 大変厳しい状況のニューヨークでも希望を捨てず、今人々が必要なことをを見出す。オンラインでのフッィトネスクラスを3月から現在も継続し、無料でフィットネス教材ビデオを配信するためYoutube channel: Meg Aerial Fitnessを設立、毎週新しいビデオを作り続けている。「バーチャルシアターショーなど、今だからできる形を模索しながら、作品を創り続けることに力を注いで行くとともに、サーカスの可能性を切り開いて行きたい」と話す。(三浦良一記者、写真は本人提供)

求められる帰国生像

コロナ時代の帰国受験 第5回 田畑康 

 海外生・帰国生入試の受験指導者として、「コロナ時代だからこそ求められる帰国生像」について深く考えるようになりました。

 まずは高校の一般入試の話です。今年6月、東京都教育委員会は来春の都立高校の入試について、新型コロナウイルス感染拡大の影響で中学校の休校が長期化したことを受け、出題範囲から除外する内容を公表しました。除外されるのは、中3の教科書で学習する漢字(国語)、三平方の定理(数学)、関係代名詞(英語)などです。休校の影響に配慮しての措置だということです。その後、国立大学の附属高校(東京学芸大学附属・筑波大学附属・筑波大学附属駒場)や他の多くの道府県立高校が同様の措置をとることにしています。しかし、トップレベルの国公立高校ならば、単元が限定されても出題される問題のレベルが下がるわけではないですし、もともと高校学習単元を出題してきている難関私立高校には出題範囲を限定する動きはほとんど見られません。

 続いて中学の一般入試の話です。9月、男子最難関中学である筑波大学附属駒場中学が、右記の国公立高校と同じように「小6の学習単元」の一部を出題範囲から除外することを発表しました。しかし、難関中学を目指す生徒は小5の段階で小6までの学習単元を終えていますし、学習塾の方も授業内容を軽減したりはしないので合格ラインが下がることは考えられません。また、このように出題範囲を限定する措置をとる難関中学はとても少ないのです。

 以上の点から、難関中学と高校の一般入試においては、コロナ禍のせいで合格ラインや「難度」が下がることはないといえるでしょう。国内の早稲田アカデミーでも、一時期はオンライン授業しか提供できなかった時期もありましたが(現在はオンラインと対面授業が選べます)、しっかり努力をした受験生が順当に合格を手にするのです。

 では、帰国生入試はどうでしょうか。帰国生入試の場合も、学科試験がベースの入試であれば、基本的には「合格ラインが下がる」ことはないと考えていいでしょう。むしろ、昨年度までは求められなかったレベルの「新しい学力」が必要になってきているかもしれません。

 一つの例が、ZOOMなどのオンライン面接試験です。面接を重視する中学や高校はコミュニケーション能力を重視しますが、対面式ならばうまく自己表現ができる受験生が、ZOOMだとうまく出来ないケースもあるのです。

 奇しくも、文部科学省が提唱する「新しい学力」の柱の一つである「表現力」が、「オンライン教育」がキーワードになってきたこのコロナ時代に試されようとしているのです。

田畑康(たばたやすし)

早稲田アカデミーニューヨーク校校長。海外生・帰国生指導歴15年。自らも帰国生(オーストラリア、マレーシア)であった経験を生かし、「合格のその先」を見据えた指導を心掛けている。

ハドソン・ストリートのあたり

常盤新平 ニューヨーカー三昧 I LOVE NEW YORKER 5

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 そろいのコーヒーカップがふた組ある。ハドソン・ストリートの瀬戸物屋で買った安物だ。カップのひとつはひびがはいっているが、捨てるにしのびなくて、いまだに朝は女房とそれでコーヒーを飲んでいる。

 ハドソン・ストリートをどうして知ったのかもうおぼえていないが、たぶんヴィレッジから歩いてきたのだろう。五番街や六番街とちがって人通りと車の往来も少なくのんびりとして、さびれているようにも見えた。

 瀬戸物屋があって、店先にセールのものが並んでいた。飲み口のふちに細い線のはいったコーヒーカップがひと組二ドルか三ドルだったので、土産にしようと買った。

 ハドソン・ストリートで見つけたカップでコーヒーを飲むのも悪くないと思ったのだ。コーヒーは自分で淹れる。コーヒーを淹れるのも紙の濾過紙ができて簡単になった。

 洗いものをしているときに、食器を落としてよく割ってしまったが、コーヒーカップだけは無事だった。大事に扱ったわけでなく、カップそのものが丈夫だったのだろう。そのうちにカップのひとつにひびがはいった。でも飲むのに差しつかえなかった。

 コーヒーを好きになったのはアメリカに行ってからだ。東京のコーヒーは濃くて一杯でもうたくさんだったが、ニューヨークのコーヒーは二杯か三杯は飲める。 

 コーヒーショップでもポットを持った中年のウェイトレスがテーブルをまわって、注ぎたしてくれる。ストレートで飲むのが嬉しかった。アメリカのコーヒーが好きになった。

 前後10年ほどニュージャージー州に滞在した妻は私とちがって濃い味のコーヒーを好む。私が淹れたのを「コーヒー水」だと言う。

 再びニューヨークを訪れたとき、同じ瀬戸物屋で線の色のちがうコーヒーカップをひと組買った。これもぶあつい頑丈そうなもので、以前に買ったのと交互に使っている。愛着がある。

 ふた組のコーヒーカップは思い出深い品だ。

 五番街で高価なライターや腕時計を買ったのだが、みな人にやってしまった。執着心がないと言えば聞こえがいいけれども、コレクションの趣味がない。

 コーヒーカップはハドソン・ストリートを思い出させてくれる。あの瀬戸物屋の近くに1850年代創業というホワイト・ホース・タヴァーンがあり、夕方近くこの店でビールを飲みながら、ハンバーガーを食った。ハンバーガーがうまかったのをおぼえている。

 この店にはディラン・トーマスのような詩人や多くの文人や画家がやってきたという。ニューヨークのガイドブックにはかならず載っている店の一軒だ。

 お酒が好きだから、ホワイト・ホース・タヴァーンに行ってみたのだが、この街にある古い店ー酒場ーを見ておきたかったからだ。カウンターがあまりに長いのに驚いた。

 ニューヨークで一番の楽しみは古本屋をひやかすことだった。ヴィレッジには何軒かあったが、それらを訪れるたびに閉店して淋しいかぎりだった。東京でも古本屋と喫茶店は数が減っている。

 これは個人の力ではやっていけなくなったからだ。経営者も年をとって、あとを継ぐ人がいない。神田神保町だって様変わりしつつある。老舗は健在だが、ひと月前にあった古書店がスポーツ用品店に変わっていたりする。

 最後にハドソン・ストリートを歩いたのはもう10年も昔のことだ。コーヒーカップを買った瀬戸物屋はなくなっていた。現在のハドソン・ストリートについてはまったく知らない。

 知人がこの界隈に住んでいたが、消息を聞かない。写真家で、優雅に暮らしていたが、あるいは帰国したのかもしれない。十年前、二十年前に帰りたいと思うが、それはかなわぬことだ。そのころに私が愛読した作家たちやジャーナリストたちはみんな老いてしまって、その後どうしているか知る由もない。(2008年7月12日号掲載)

(写真)昼下がりのホワイト・ホース・タヴァーンで微睡む客たち(加藤麻美撮影)


常盤新平(ときわしんぺい、1931年〜2013年)=作家、翻訳家。岩手県水沢市(現・奥州市)生まれ。早稲田大学文学部英文科卒。同大学院修了。早川書房に入社し、『ハヤカワ・ミステリ・マガジン』の編集長を経てフリーの文筆生活に入る。アメリカの現代文学やニュージャーナリズムの作品を翻訳して日本に紹介する翻訳家であるとともに、エッセイスト、作家としても知られた。86年に初の自伝的小説『遠いアメリカ』で第96回直木賞受賞。本紙「週刊NY生活」に2007年から2010年まで約3年余りコラム「ニューヨーカー三昧」に24作品を書き下ろし連載。13年『私の「ニューヨーカー」グラフィティ』(幻戯書房)に収録。本紙ではその中から12作品を復刻連載します。

編集後記 11月28日号

【編集後記】
 みなさん、こんにちは。今日は感謝祭です。HAPPY THANKS GIVING!
例年ですと明日のブラックフライデーからホリデーシーズン、歳末商戦の火蓋が切られるということになり、クリスマスまでの1か月余りで米国の小売り業は年間売り上げの3分の1を稼ぎ出すと言われています。今年はコロナのパンデミックとなり、店頭販売での売り上げは壊滅的打撃を受けていますが、一方でネット販売の売り上げがどこも好調な伸びを示しているそうでです。例えば、目覚まし時計一つ欲しいと思って、今、時計屋さんに行く人はいません。市内のワンダラーストアで8ドルも出せばとりあえずの機能のついたものは買えます。しかしamazonで検索するとありとあらゆる目覚まし時計が出てきていて、2日以内に配達してくれます。今年はコロナで食品の買い出しやレストランへの外食、必要備品の購入などどれもデリバリーに頼る年でした。ロジスティックス革命元年とでも言えるほど、物流のあり方が激変した年でした。リアルは小さくても肌身に感じる現実感と豊かさ、オンラインは共有する喜びと安全を確保するというそれぞれの特徴があります。どちらかに偏るのでではなく両足を交互に軸足にしてバランスをとって転ばないように走って行きたいものです。それでは、みなさんよい週末を。(「週刊NY生活」発行人兼CEO三浦良一)

【今週の紙面の主なニュース】(2020年11月28日号)

(1)在外選挙ネット投票の現状
(2)4次元空間立体で表現
(3)マイナーな作家が好きだった。
(4)NYで楽しむ贅沢な日本
(5)視座点描
(6)ディンキンズ元NY市長死去
(7)デュオ夢乃が大使公邸から
(8)生き生きEATS
(9)NY生活ウーマン
(10)国際交流基金が日本映画祭

在外選挙ネット投票

大統領選混乱でムード後退

 2022年次期参院選において在外投票はネット投票が行われるのではという情報があった。つくば市でシステムの実証実験が成功したので期待されたためだ。今回、海外有権者ネットワーク・日本代表の若尾龍彦氏が、議連の西村智奈美事務局長に連絡して現状を聞いたところ「結果は、前向きだがまだまだクリアすべき諸問題があり、実現には時間がかかりそう」との返事を得た。コロナで一時「人が集まる投票所はやはり危険。ネット投票の早期導入を」という声がネット上でかなりあったが、ここに来て米大統領選での不正投票騒ぎで「やはりネット投票は危ない」という声も多くなっている。在外選挙のインターネット投票はさらに後退したのか。議事録を抜粋しながら、関係者の声を聞いた。

課題なお山積

 海を渡って外から日本を見ると違って見える。

 海外在留邦人は何度もそういう経験をしたでしょう。私達が憲法で保証された国政選挙に参加したいと始まった在外投票実現運動も26年、2007年の最高裁勝訴で実現したが投票率は4%ほど、支援してくれた皆さんもがっかりしました。

 しかし、海外有権者が悪いのではない。現在の投票システムが海外の実情に合わないのです。

 引き続き改善を求めてきた結果、有識者会議も必要性を認めインターネット投票の実証実験が成功しました。

 しかし、サイバーアタック、システム上のトラブル対策のほか、投票結果は政治家にとって最も重要なこと、それらのコンセンサスを得るなど課題はまだまだあります。

 しかし、改善をあきらめてはいけない。インターネット投票が実現し投票率が上がればメディアの注目も上がり、選挙のたびに海外からの視点が国会に届けられます。

 皆さんの応援をよろしくお願いします。(海外有権者ネットワーク・日本代表の若尾龍彦)

相当先に延びた海外で実験導入を

 2020年参議院選からの在外選挙のネット投票導入に関しては、安倍政権後半から少しトーンダウンしてました。今回の参議院総務委員会における答弁もほぼ同じトーンです。高市総務大臣は以前、在外選挙の改正案をまとめたこともあり、同制度改善には比較的積極的ですので期待してます。ただ心配なのは日本の世論のほう。コロナで一時「人が集まる投票所はやはり危険。ネット投票の早期導入を」という声がネット上でかなりあったのですが、ここに来て米大統領選での不正投票騒ぎで「やはりネット投票は危ない」という声が多くなってます。日本国内でのネット投票導入は相当先に延びた印象です。「だからこそ先に在外ネット投票の実験導入を」という流れに持っていきたいです。(竹永浩之/海外有権者ネットワークNY共同代表)

若手専門家登用を
デジタル時代に対応

 今年の米国大統領選挙は投票の正当性が大きな話題になりました。今回の日本政府のインターネット投票に関する見解は妥当だと思われます。日本でも近年IT及びデジタルトランスフォーメーションへの関心が高まっているようですが、まだまだ、それに関わる政治判断は遅いように思われます。

 1980年代後半から急速に民主化を進めている台湾のIT担当大臣は今年で39歳でIT及びデジタルトランスフォーメーションに非常に明るい方だと聞いています。今までなかった全く新しい技術を使っていくには、それに精通した人材をその担当に採用することが重要に思われます。

 新しいことを始める際には必ずリスクがつきものですが、ここは是非前向きに若手の専門家を登用していただきたいと思います。(竹田勝男/海外有権者ネットワークNY共同代表)


在外選挙を日本で審議
ネット投票の現状報告

国会議事録より総務省の答弁

焦点 第201回国会参・総務委員会令和2年5月14日(議事録より抜粋)=1面に関連記事=。

○政府参考人 総務省答弁(原文まま)

  お答えを申し上げます。御指摘のように、現在、私ども総務省の方では、在外投票においてのインターネットの導入ということで、いろいろな課題を整理をしているところでございます。在外インターネット投票の導入に当たりましては、確実な本人確認でございますとか二重投票の防止、あるいは投票の秘密の確保などをシステム上で確実に行うことに加えまして、システムのセキュリティー対策、あるいは新たに必要となる事務フローの検討など多くの課題をクリアする必要があるわけでございます。御指摘のように、私ども、令和元年度、昨年度に、市町村の選挙管理委員会の御協力もいただきながら、投開票システムのプロトタイプを構築をいたしまして実証実験を行ったところでございます。

 実証実験を通じまして、本人確認でありますとか投票データの暗号化などのいわゆる投開票システムの基本的な機能につきましては誤りなく稼働をしたわけでございますけれども、参加をしていただきました実務を担当していただく市町村の選挙管理委員会の方々からは、インターネット投票をする者のシステムへの事前登録、これをどういうふうに円滑に行っていけばいいのか、あるいは、インターネット投票を導入した場合におきましても投票用紙による投票というのが残るわけでございまして、この場合、二重投票というのをどうやって防止をしていくのか、また、ない方が望ましいわけでございますが、仮にトラブルが発生した場合におきましてのサポート体制をどういうふうに考えたらいいのかなどなどについて、運用フロー面での課題について御指摘をいただいておるところでございます。

 在外選挙インターネットの導入に向けましては、こうした課題に対応するほか、選挙争訟が提起された場合どういうふうに対応していくのか、あるいはサイバー攻撃を始めといたしましたシステムのセキュリティー対策など、今回の実証実験の対象とはしていない重要な課題も含めまして引き続き検討を進めていることが必要であるというふうに考えてございます。また、新たな投票方法を導入するということでございますので、選挙制度の根幹に関わることでございますので、各党各会派における御議論も頂戴しないといけないと考えておるところでございます。いずれにいたしましても、在外選挙人の投票環境向上を図ることは大変重要なことでございますので、総務省といたしましては、引き続き着実に検討を進めてまいりたいと考えておるところでございます。

4次元空間立体で表現

アーティスト 野村康生

 ニューヨーク在住のアーティスト、野村康生が、4次元を3次元空間で表現したアート「ディメンショニズム」をソーホーのギャラリー「NowHere」(ウースター通り40番地、電話917・675・6944)で開催中だ。「Pion」と題された作品は、巨大な立方体の中に正四面体をスポッと入れ、色彩学で光の3原色であるRGB(レッド、グリーン、ブルー)と色の三原色であるCMY(シアン、マジェンタ、イエロー)の重ね合わせの相関関係によって生み出されるまざまな色彩の異変現象を体現的なアート構造物で具現化した。中に入って手をかざすと視覚できない光で遮断されて色が変わる。

 野村は武蔵野美術大学で油彩を専攻して2004年に卒業、アート表現を模索する中で、人類が宇宙空間に飛び出した20世紀こそ重力からの解放と陰と陽、白と黒、裏と表、天と地という方向性と時間からの解放を21世紀の人類に向けたメッセージ「ディメンショニズム」として定義付けた。来米後に1936年の仏パリでマルセル・デュシャンらが既に「ディメンショニズム」という概念を使ったアート表現活動をしていたことを知り、時間を超越した運命的交差を体験する。

 キュレーターの戸塚憲太郎さんは、野村の作品を「重力や次元という今までは逃れることができなかった要素からの解放で、絵画表現そのものを現代、次世代に向け完全にアップデートできることを示すのが趣旨」という。12月27日(日)まで。

マイナーな作家が好きだった。

常盤新平 ニューヨーカー三昧 I LOVE NEW YORKER 3

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 作家は死ねば、たいてい忘れられてしまう。二流三流の作家のものなど古本屋でも見かけない。私は日本語版のミステリー雑誌に短編を翻訳していたころ、ある作家の短編を好んで翻訳させてもらった。

 作家の名はヒュー・ペンティコーストという。「エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン(EQMM)の寄稿家だったが、その経歴はよくわからない。「EQMM」にその経歴が紹介されたのかもしれないが、まったく記憶がない。

 ペンティコーストは「EQMM」に短編を年に何編か書いていたから、レギュラー・ライターと呼んでもいいだろう。ニューヨーク州北部の町を舞台にしたものが多かったようだ。

 当時の私は翻訳小説専門の出版社に編集者として務めながら、帰宅するとアルバイトに翻訳していた。洋書を注文するお金が欲しかったのだ。

 私はアメリカの1920年代のニューヨークに惹かれて、その方面の資料を探していた。謎の組織といわれたマフィアにも興味を持っていた。

 ペンティコーストは20年代にもマフィアに無縁の、マイナーな作家だった。だいたいがニューヨーク州北部の町で起こった殺人事件を老探偵が解決するというストーリーで、その素朴な作風がよかった。

 そのうちに彼は素人の老探偵とその甥を主人公にした連作シリーズを本国版「EQMM」にときどき発表するようになった。 

 そのひとつは「ぼくのホームズおじさん」というタイトルだった。どんなストーリーであったか、遠い昔のことなので忘れてしまったが、甥の口を通して語られた短編である。

 甥はおじさんが事件を見事に解決するのを見て、シャーロック・ホームズだと思う。たしか原題は「マイ・アンクル・シャーロック」だった。

 ペンティコーストのこのシリーズはみな小味なほほえましい作品で、「EQMM」にふさわしい魅力があった。もっとも、彼の短編をいくつ翻訳したのかももう憶えていない。

 もともと私は翻訳で食ってゆきたかったのだが、できれば好きな作品を手がけてみたかった。ペンティコーストは私の好みにもぴったりだったので、楽しく翻訳したし、ペンティコーストという作家に親近感を持った。

 彼は原稿を書き上げると、それを持ってニューヨークに出てきて、雑誌社に届けていたのだろうか。それとも郵送していたのか。まだファクシミリは登場してこなかったのどかな時代だ。

 出版社を退職した私はミステリーからしだいにはなれていって、主にノンフィクションを翻訳するようになった。それも犯罪がからんだノンフィクションである。だが、ニューヨークにはたえず関心をはらってきた。もっぱらニューヨーク市の地図とニューヨークを舞台にした映画を観るにすぎなかったが、ニューヨークに行こうとは考えてもいなかった。

 もっと好奇心が旺盛で向学心があったら、ニューヨークに行かなければと思ったにちがいないが、そこまでの意欲に欠けていて、活字を読むだけで満足していた。  

 いまはいろんなことから興味がなくなって、競馬場へ馬券を買いに出かけることもめったにない。あんなに好きだったのに、長いあいだには興味の的が変わるものだ。

 残ったのはニューヨークと週刊誌の「ニューヨーカー」だけである。2月には「ニューヨーカー」の創刊83年記念(25日)号を出したが、そのことをうたった絵も言葉もなく、ふだんと変わりがない。ページ数だって少ない。やはり奥床しい雑誌なのである。

 けれども内容が充実している。ある作家のことを書いた「イースト・サイド・ストーリー」という読物は長いけれども面白かった。ただ、いまでもこの週刊誌を読むのに時間がかかる。まだ英語の仕事をしているみたいな気がする。私の英語はちっとも進歩していない。高校英語のままだ。(2008年3月15日号掲載)

(写真)パーク街47丁目にたつ彫刻作品「TAXI」By J.Seward Johnson, Jr. 1983・三浦良一


常盤新平(ときわしんぺい、1931年〜2013年)=作家、翻訳家。岩手県水沢市(現・奥州市)生まれ。早稲田大学文学部英文科卒。同大学院修了。早川書房に入社し、『ハヤカワ・ミステリ・マガジン』の編集長を経てフリーの文筆生活に入る。アメリカの現代文学やニュージャーナリズムの作品を翻訳して日本に紹介する翻訳家であるとともに、エッセイスト、作家としても知られた。86年に初の自伝的小説『遠いアメリカ』で第96回直木賞受賞。本紙「週刊NY生活」に2007年から2010年まで約3年余りコラム「ニューヨーカー三昧」に24作品を書き下ろし連載。13年『私の「ニューヨーカー」グラフィティ』(幻戯書房)に収録。本紙ではその中から12作品を復刻連載します。