編集後記

編集後記

 みなさん、こんにちは。私が大好きだった漫画家のつげ義春さんが3月3日、誤嚥性肺炎のため亡くなられました。享年88歳でした。戦後の昭和に異色の世界観で漫画の魅力を残した名人がまた一人逝ってしまいました。私小説的手法と幻想性を融合させ、日本の漫画表現に独自の地平を切り開いた作家の死は、単なる一時代の終焉にとどまらず、戦後サブカルチャー史の重要な一章の幕引きを意味していると言っても過言ではないでしょう。


 つげさんは1960年代後半、青林堂の月間漫画雑誌『ガロ』を舞台に頭角を現し、とりわけ1968年発表の代表作「ねじ式」は、夢と現実が錯綜する不条理な構成と強烈なイメージによって、多くの読者に衝撃を与えました。


 当時北海道の北見市で、小学校6年生だった私は、友人の家に遊びに行ったとき、友人のお兄さんが定期購読していた『ガロ』の6月臨時増刊号に掲載されていたその「ねじ式」を見てしまい大きな衝撃を受け、早速、家に帰って親に頼んで翌月から我が家でも地元の書店から定期購読を始めたものです。それは大学を卒業して、青林堂の発行人・長井勝一氏が亡くなりガロが廃刊になるまで多少の空白はあるものの連綿と続いたのです。今でもニューヨークの自宅にはつげ作品を収録したオリジナルの『ガロ』が汗牛充棟(かんぎゅうじゅうとう)となって壁の一面を埋めています。
 
「無能の人」「紅い花」「ゲンセンカン主人」「李さん一家」など、日常の中の不安や孤独、逃避願望を静謐な筆致で描き続けましたが、私がアメリカに生活の場を移した1980年代以降は寡作となり、次第に公の場から距離を置くようになりました。それは私にとってはむしろ変わることのないつげの昭和の世界を温存することに繋がり、妙な平成や令和の時代のつげ作品を読まずに済んだことの方が幸運だったと思えるほどです。今にして思えば、水木しげるの「ゲゲゲの鬼太郎」の前身である「墓場の鬼太郎」や「鬼太郎夜話」の背景をアシスタント時代の若き日のつげが描いていたというのも納得です。ペン画の美しさ、芸術性を紙の二次元の平面の中に奥深い3次元の世界を描き得た名人でした。

 今週号の書評で紹介した、新潮社の『つげ義春 夢と旅の世界』は、彼の作品に通底する「旅」と「夢」というモチーフに焦点を当て、紀行的側面と内面的風景を重ね合わせながら、その創作の源泉を探っています。つげ作品にしばしば登場する鄙びた温泉地や地方の風景は、単なる舞台設定ではなく、作者自身の精神の揺らぎを映す鏡といえます。一方、作品そのものの核心に迫るには、『ねじ式 つげ義春作品集(改訂版)』(青林工芸舎)も欠かせません。表題作「ねじ式」をはじめ、代表的短編を収めたこの改訂版は、紙面のガロの青インクの再現性や編集の精度においても高く評価されています。この2冊は、実は会社のデスク横の本棚に今も並んでいます。「李さん一家」的に言うなら「実はまだ本棚にいるのです」となります。それでは、みなさんよい週末を。(週刊NY生活発行人兼CEO、三浦良一)

【今週の紙面の主なニュース】(2026年4月4日号)

(1)ICE職員が保安検査 空港混雑緩和は不透明

(2)梶芽衣子 NYで語る

(3)海外日本人サポート 戦争終結はドナルドだけが 

(4)万博会場に本館にみる歴史 ロッキャー博士が講演

(5)防犯対策の新型改札 NY地下鉄ゲートに登場

(6)つげ義春 夢と旅の世界

(7)「自分らしい」出産育児を支える  ドゥーラ 伊東清恵さん

(8)八神純子が旅するルート66  (第1回)積年の念願叶う、目指すはシカゴ

(9)宮城合奏団の演奏会 コロンビア大学ミラー・シアターで

ICE職員が保安検査 空港混雑緩和は不透明

 米国内の複数の空港で、移民税関執行局(ICE)の職員が運輸保安庁(TSA)の業務を一部支援し、搭乗前の身分証(ID)確認などに関与していることが明らかになった。政府機関の一部閉鎖に伴う人員不足で、空港の保安検査場では長時間の待機列が発生しており、その対策として導入された措置とされる。

 アトランタやフェニックス、ニューヨーク市のラガーディア空港などでは、ICE職員が乗客に身分証を提示させ、確認後に検査ラインへ誘導する様子が確認された。国土安全保障省(DHS)は、ICE職員がTSAの訓練を受けたうえで標準的な手順に基づき業務を行っていると説明し、混雑緩和につながるとの見方を示した。一方で、空港によって対応には差があり、ケネディ国際空港とニューアーク国際空港では補助的役割に留まっていた。ただし最近になって、一部でID確認にも関与するケースが出てきているという。シカゴ・オヘア空港では目立った活動は見られなかった。空港と日によって役割がまちまちの状態だ。

 この措置が実際に待ち時間短縮に寄与しているかは不明である。現場では依然として長蛇の列が続き、乗客の不満も根強い。さらに、一部の旅行者からは、移民取締機関であるICE職員が、パスポートや自動車運転免許証の提示など保安検査に関与することへの不安や権限に対する疑問の声も上がっている。特に移民の間では、取り締まりの対象になるのではないかとの懸念も指摘されている。

 今回の背景には、議会の対立による国土安全保障省の予算失効がある。約5万人のTSA職員が無給で勤務を続ける中、辞職や欠勤が増加し、ケネディ国際空港など主要空港では過去最長とされる待ち時間が発生している。政権は約150人のICE職員を投入して対応を図った。ともに国土安全保障省の管轄下にあるが、ICE職員には給与が支払われているのに対し、TSA職員には支払われていない。しかし、労働組合や一部議員からは「混乱を招くだけ」との批判も出ており、航空業界団体など約50団体も空港機能の混乱を懸念し、議会に対し政府閉鎖の早期解消を求めている。

梶芽衣子 NYで語る

 ジャパン・ソサエティーで3月27日から4月4日(日)まで、「Meiko Kaji: A Retrospective」と題した女優・梶芽衣子の回顧展が開催されている。

(写真上)Photo: Stefanie Candelario

 梶は、1965年に日活の専属契約俳優としてデビュー。控えめで慎ましい女性役という既定の型に抵抗した梶はすぐに脇役に追いやられたが、その屈しない性格はアウトサイダー役に適した不屈の精神を示し、アウトロー、不良といった反体制的なイメージを体現する存在となった。仁侠映画やピンクバイオレンスからヤクザ映画、テレビへと活躍の場を広げた梶の鋭い眼差しは日本の映画時代を象徴する存在ともいえる。

 NYでは、「修羅雪姫」(1973年)、「女囚701号/さそり」(72年)、「女囚さそり/第41雑居房(72年)、「やくざの墓場 くちなしの花(76年)、「野良猫ロック セックスハンター」(70年)、 「曾根崎心中」(78年)、銀蝶渡り鳥」(72年)、「怪談昇り竜」(70年)、「新仁義なき戦い 組長の首」(75年)、「女囚さそり けもの部屋」(73年)の10作品を上映。3月28、  29日の週末には舞台挨拶し、Q&Aで撮影当時の秘話を語り、元気な姿を見せた。 

大人気!梶芽衣子

NYで10本上映する回顧展開催
ジャパン・ソサエティーは連日大盛況

 ジャパン・ソサエティーで3月27日、「Meiko Kaji: A Retrospective」と題し、女優・歌手の梶芽衣子の出演作10本を上映する回顧展が開幕した。最終日は4月4日(土)。

女囚701号/さそり(1972年)

 オープニング上映作品は、クエンティン・タランティーノ監督が『キル・ビル』でオマージュを捧げたことで知られる『修羅雪姫』(藤田敏八監督、東宝、1972年12月1日公開)。上映後には梶さんの登壇とQ&Aが予定されていたが、航空機の欠航により到着が1日遅れ、出席はかなわなかった。チケットは完売。NY市在住の25歳のアメリカ人女性(マーケティング会社勤務)は、「今日のキャンセルは残念ですが、日本人の父の影響で私も梶芽衣子さんのファンになり、全作品を観る予定です。『修羅雪姫』は今回で8回目。次回のQ&Aでご本人に会えるのを楽しみにしています」と話した。

 28日の『女囚さそり 第41雑居房』(伊藤俊也監督、東映、1972年12月30日公開)もチケットは完売し満席。上映後、多くの観客が立ち上がって拍手で迎える中、梶さんが登壇し、会場は歓声に包まれた。Q&Aでは、映画史家でライターのサム・デイガン氏が質問し、通訳は内山モニカ氏が務めた。

 梶さんは「昨年からお話をいただき、本日ここに来るのを楽しみにしていました」とあいさつ。『女囚さそり』の主演を打診された際、劇画原作であることから「このままでは難しい」と感じ、「このヒロインに言葉はいらない」としてセリフなしを条件に引き受けたことを明かした。また、同作がデビュー作となる伊藤監督の提案で、撮影を順撮りで進めたいという希望も東映側が了承。当時(昭和40年代)は毎週2本の新作が公開され、1カ月で8本の撮影が進む過密な状況の中、セリフなしの主演と順撮りを認めたことに「とても驚いた」と撮影秘話を語った。

 「松島ナミというパワフルな女性像はフェミニストのアイコンとも言えるが、当時そうした意識はあったか」との質問には、「強い女性像を求められているのであれば、それを演じるのが自分の義務だと思っています」と回答。また、主題歌を歌う歌手としての活動については、「当時の日活では主演俳優がレコードを出すのが当たり前で、撮影やアフレコの後に歌うのも仕事の一部だった」と振り返った。現在は歌うことで活力を得ており、「帰国後の4月にはライブも控えている。歌って話しての1時間半が良いエネルギー源になっている」と語った。

 今後については配信ドラマへの出演が予定されているという。配信中のNetflixオリジナル作品の小栗旬主演『匿名の恋人たち』でショコラティエの三枝役、さらに『幽☆遊☆白書』では幻海を演じてるが、詳細は現時点で非公表。幻海役ではアクションが多かったが「体が覚えていた」と語った。

 3月24日に79歳の誕生日を迎えた梶さんは、「あと10年は頑張ります」と笑顔で語り、拍手の中、Q&Aは締めくくられた。

(菊楽めぐみ、講演写真も)

海外日本人サポート 戦争終結はドナルドだけが

 高市早苗首相の訪米中の言動に対するさまざまな批判が日本で出ています。「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけだ」との発言が第一です。トランプ大統領が開戦し、しかも首脳会談後に戦争を拡大したという理由です。

 私は、大統領就任演説での「成功は、戦争勝利、戦争終結、そして戦争回避で評価される」との発言を想起しました。イランは米軍の攻撃に耐え、ホルムズ海峡を人質にして世界の繁栄に対して反撃しています。イスラエルのネタニヤフ首相を諫め、戦争終結ができるのはドナルドだけです。高市発言と同じ結果の可能性があるのです。

 第二は、イラン攻撃を事前に知らせなかったという記者の質問に対する「なぜ日本は真珠湾攻撃を知らせてくれなかったのか」との大統領の返答に対して、首相が抗議しなかったとの批判です。米メディア各社が大統領の発言を批判的に報道しているので、真意を理解せずに首相が反論しなかったことは賢明だったと思います。

 結果的に、米国が求めていた自衛艦のイラン派遣を憲法上の理由で断り、他方、イランからは日本への給油確保発言を引き出したことは首脳会談の成果と思います。

 私は3月にパリで欧州復興開発銀行初代総裁の思想家ジャック・アタリ氏と懇談しました。彼は最近「第3次世界大戦はまだ回避できるか?」という論文を寄稿。「第2次大戦後の資本主義と共産主義の対立などによる数回の大戦の危機は消滅したが、西側支配に対するグローバルサウスなどの反発は根強い。

 法の支配や社会的公正をまだ維持している欧州が日本などと連携して抑止できる可能性がある」との意見です。

 米国のシンクタンクCIPも「反中国合意は第3次大戦問題」という論文を掲載しました。「オバマ政権以来の歴代政権は、対中戦争を外交政策の柱とする合意を形成した。これを変えられるのはトランプ大統領のみだ」と、先に述べた大統領就任演説を引用しています。

 関税戦争に加えて本格戦争も開始した大統領は追い込まれています。戦争終結と大戦回避を進言するのが高市首相の役割と思います。但し、個人関係頼り外交は、「トランプ後の日米関係」に不安を残します。対イラン軍事作戦不参加の欧州諸国やグローバルサウスなどとの関係を深め、自立・多角的外交に舵を切る好機です。

ふじた・ゆきひさ=オックスフォード大政治国際問題学部客員研究フェロー(英国在)。慶大卒。国際MRA(現IC)や難民を助ける会等の和解・人道援助活動を経て国会議員、財務副大臣、民主党国際局長、等を歴任。現在、国際IC日本協会理事、岐阜女子大特別客員教授も兼任。

万博会場に本館にみる歴史 ロッキャー博士が講演

デジタル博物館で詳細に

ロッキャー博士

 ニューヨーク日本歴史評議会は3月30日夕、ニューヨーク日系人会で日本・東アジア史の専門家であるロードアイランド・スクール・オブ・デザインのアンガス・ロッキャー博士を講師に迎え、講演会を開催した。

(写真上)1939年と64-65年にNYで開催された万博日本館の説明を熱心に聞く参加者

 講演会では、過去にニューヨークにおいて開催された2回の万国博覧会(1939〜40年、及び1964〜65年)での日本館を取り上げ、その展示において、日本が西洋社会に対し伝統文化と近代的成果の融合という形で紹介されたことについて説明した。また、2つの異なる時代において日本が博覧会を外交的観点からどのように活用し、激動の20世紀を乗り切ろうとしたかについても解説した。

万博日本館について書かれた 『Exhibitionist Japan』

 ニューヨーク日系人歴史デジタルミュージアムは、1860年以降のニューヨークにおける日本及び日系人に関する歴史資料(文書、写真、映像、書簡、報道等)を検索・閲覧できるバーチャルミュージアム。これらの資料は、政治、外交、ビジネス、科学、文化、教育、スポーツ、メディア、移民など多岐にわたる分野に関係している。今日の強固で揺るぎない日米関係の背景には、ニューヨーク地域における数多くの日本人、日系アメリカ人、そしてアメリカ人の語られてこなかった物語がある。同ミュージアムはそれらの人々に光を当て、記憶し、認識し、顕彰することを目的としている。

 講師のアンガス・ロッキャー博士は、ケンブリッジ大学で学士号(歴史)、ワシントン大学で修士号(日本研究)、スタンフォード大学で博士号(歴史)取得。ロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)で教鞭をとり、大英博物館での共同プロジェクトにも参画。著書に『Exhibitionist Japan:The Spectacle of Modern Development』(ケンブリッジ大学出版局、2025年)及び『Japan: A History in Objects』(テムズ・アンド・ハドソン、2026年)がある。

つげ義春 夢と旅の世界

山下裕二、成井昭人、東村アキコ・著
新潮社・刊

 漫画家のつげ義春氏が3月3日、誤嚥性肺炎のため逝去した。享年88歳だった。戦後の昭和に異色の世界観で漫画の魅力を残した名人がまた一人逝った。私小説的手法と幻想性を融合させ、日本の漫画表現に独自の地平を切り開いた作家の死は、単なる一時代の終焉にとどまらず、戦後サブカルチャー史の重要な一章の幕引きを意味している。

 つげは1960年代後半、青林堂の月間漫画雑誌『ガロ』を舞台に頭角を現した。とりわけ1968年発表の代表作「ねじ式」は、夢と現実が錯綜する不条理な構成と強烈なイメージによって、多くの読者に衝撃を与えた。その作品世界は、従来の娯楽漫画とは一線を画し、「読む」という行為そのものを問い直すような深い内省性を帯びていた。

 当時小学校6年生だった私は、友人の家で友人の兄が定期購読していた『ガロ』の6月臨時増刊号に掲載されていたその「ねじ式」を見て衝撃を受け、早速親に頼んで翌月から我が家でも地元の書店から定期購読を始めた。それは大学を卒業して、青林堂の発行人・長井勝一氏が亡くなり廃刊になるまで続いた。今でもニューヨークの自宅にはつげ作品を収録したオリジナルの『ガロ』が汗牛充棟(かんぎゅうじゅうとう)となって壁を埋めている。

 つげは、以後も「無能の人」「紅い花」「ゲンセンカン主人」「李さん一家」など、日常の中の不安や孤独、逃避願望を静謐な筆致で描き続けたが、1980年代以降は寡作となり、次第に公の場から距離を置くようになる。その沈黙もまた、つげという作家の神話性を強める一因となった。作品数は決して多くないが、その一編一編が持つ密度と余韻は、後進の漫画家や表現者に計り知れない影響を与え続けている。今思えば、水木しげるの「墓場の鬼太郎」の背景をアシスタント時代の若き日のつげが描いていたというのも納得だ。

 こうしたつげ義春の全体像を俯瞰するうえで有用なのが、新潮社の『つげ義春 夢と旅の世界』だ。本書は、彼の作品に通底する「旅」と「夢」というモチーフに焦点を当て、紀行的側面と内面的風景を重ね合わせながら、その創作の源泉を探っている。つげ作品にしばしば登場する鄙びた温泉地や地方の風景は、単なる舞台設定ではなく、作者自身の精神の揺らぎを映す鏡でもある。本書は豊富な図版と丁寧な解説によって、読者をその世界へと導く格好の入門書となっている。

 一方、作品そのものの核心に迫るには、『ねじ式 つげ義春作品集(改訂版)』(青林工芸舎)も欠かせない。表題作「ねじ式」をはじめ、代表的短編を収めたこの改訂版は、紙面の青インクの再現性や編集の精度においても高く評価されている。

 つげ義春の死を受け、彼の作品は再び新たな読者層に開かれていくに違いない。その表現はむしろ今日的な意味を帯び、時代を超えて響く、静かで深い人間の内面の声がある。

 2017年に日本漫画家協会賞大賞を受賞。2024年には旭日中綬章を受賞。海外での評価も高く、2020年にアングレーム国際漫画祭で特別栄誉賞を受賞している。合掌。 (三浦)

防犯対策の新型改札 NY地下鉄ゲートに登場

 都市交通局(MTA)は、複数の地下鉄駅で試験導入している3種類の新型改札機について、設置場所によって異なるものの、運賃不正乗車を20〜70%削減できたと発表した。MTA建設開発局のキャシー・リー副局長は3月25日の理事会において、20の駅で実施されている新型改札機の試験導入プログラムに関する最新情報を報告した。この新型改札機は運賃不正乗車を防止し、身体の不自由な乗客の通行を容易にし、乗降時の待ち時間を短縮することを目的としている。

 リー氏が提示したデータは3月16日の週に7つの駅から収集されたものだが、具体的な駅名や、そこでどのモデルが試験導入されたかについては明らかにされなかった。MTA建設開発部門のジェイミー・トーレス=スプリンガー社長は、試験運用結果に偏りが生じないよう、同局がデータを匿名化したと述べた。MTAが「駅1」とした、不正乗車率が最も大きく低下した駅では、不正乗車率が15・1%から4・6%へと70%減少した。デザインはそれぞれ異なるが、3つの最新型改札機モデルはいずれも、乗客がOMNYリーダーで料金を支払うとガラス扉が開き、通過してから数秒後に閉じる仕組みを採用している。

(写真)無賃乗車防止のための対策が施された新型の改札口(3月31日、地下鉄6番線23丁目駅で本紙撮影)

「自分らしい」出産育児を支える  ドゥーラ 伊東清恵さん

 妊娠から産後まで家族を支える専門職「ドゥーラ」。ニューヨークでは保険適用の動きも加速し、役割が再注目されている。日本人ドゥーラの先駆け、伊東清恵さんは、産前から分娩、産後の家庭訪問など、10年以上寄り添ってきた。約250の家族を見つめてきた伊東さんが、新たな命を迎える家族に伝えたいこととは何かを聞いた。            (聞き手・川﨑理加、写真も)

ードゥーラとは、一言でどういう人ですか?

 伊東:「『家族の伴走者』です。お産では、お母さんを励まし、腰をさするなどします。パートナーの方にも、『ここをさすってください』など声をかけ、ママさんがよければ休憩も勧めます。お産はチームで臨むものなので、その一員にならせてもらっています」

 元看護師の伊東さん。日本だけでなく海外でも医療に携わった。中でもエチオピアでは、多くの母子が命を落とす過酷な現状を目の当たりにし、母子保健の重要性を痛感。2012年、夫の転勤で渡ったニューヨークで出会ったのが「ドゥーラ」だった。

伊東: 「妊娠中から産後まで全部に関わる点に惹かれました。実際にトレーニングを受けたら、『これこれ、私がやりたかったこと!』と心が熱くなりました。昔からあった女性たちの出産をサポートする輪の一員になれるのが嬉しかったです」

ー看護師時代との違いは?

 伊東:「家族のサイドに立てることです。病院では、患者さんの気持ちに寄り添いたくても『ルールなので』と言わなければいけませんでした。でもドゥーラは、その人の希望にとことん寄り添えます。産前から家に伺い、産後も『どうしてる?』と連絡できます。継続して関われることが醍醐味です。ドゥーラは医療行為をしないので、ただいるだけなのですが、『居て安心した』と言ってもらい、自分の存在価値を感じさせてもらいありがたいです」

 当初は日本人からの依頼が多かったが、今は現地の人が大半。その中で価値観の違いも感じるという。

伊東: 「もちろん個性もありますが、現地の方は『こうやりたい!』というこだわりがあります。日本人は『みんなどうしていますか?』とよく聞きます。それでもいいのですが、自分の希望があるなら伝えたらいいと思います。それを言いやすい環境を作るのも私の仕事です」

ー現代ならではの大変さはなんでしょうか?

 伊東:「選択肢がありすぎて迷いますよね。情報に流されて、出産も産後も、本当の自分を保つのが難しい時代なのかなと思います」

ーそんな中で伊東さんが心がけていることは?

伊東:「初めはできず苦労しましたが、その人が自分らしくできるよう応援することです。自分らしくいるためには『安心』することが大事だと思うので、安心安全をサポートしているつもりです」

 その根底には、十人十色の子育てに共通する想いがある。 

伊東:「全てのケースを通して感じているのは、みなさん乗り越える力を持っているので、『大丈夫なんだ』ということです。不安だと言っていた人も立派に出産し、頼りないと言われていたお父さんも産後頑張っています。赤ちゃんは完璧な時に生まれてきます。産後辛かった人も葛藤しながらも素晴らしく育児しています。私が『大丈夫』だという信念を持ってサポートすれば、みなさん安心して子育てができるかなと思います。私は出産経験がないので、関わった皆さんが全て教えて、引っ張ってくれました」

 伊東さんは今、「自分らしい出産」を広めるため、新たな挑戦をしている。

 伊東:「ドゥーラを養成するトレーナーになるため準備中です。ドゥーラもさまざまで、世の中が多様化する中で相性もあります。使いたい人が使えるようにもっと増やし、認知度を上げていきたいです」

 喜びと不安が入り混じる出産と育児。ドゥーラの支えに期待が高まる中、伊東さんは今日も新たな命と家族に伴走している。

 (かわさき・りか=元NHKアナウンサー。報道番組や国際放送、インタビューなどを担当。米国出身)

八神純子が旅するルート66  (第1回)積年の念願叶う、目指すはシカゴ

 ルート66。ノーベル賞作家のジョン・スタインベックが大干ばつによる砂嵐から逃れ、西海岸を目指す農民の姿を描いた「怒りの葡萄」、ディズニー映画の「カーズ」の舞台になり、またナット・キング・コールの代表曲でもある一本の道路は、五大湖から中西部を通って西海岸を結び、開拓の歴史とも重ねて、アメリカの「マザーロード」と言われる。

(写真上)サンバーナディーノにあるマクドナルド第1号店

ルート66の終着点サンタモニカのアーチ前に立つ筆者

 アメリカ人だけでなく、ロサンゼルスに約30年住む私にとっても「いつかは通ってみたい」特別なルートだったが、あれやこれやの忙しさに紛れ、ずっと叶わないままだった。そんな折、ルート66が1926年に連邦の国道となって100年になるのと合わせ「八神純子とアメリカを探す旅、という番組を作らないか?」との話が、北海道のチョコ菓子メーカー・ロイズから舞い込んできた。「いつか必ず」と思いながら未だ実現できていない旅を逃すわけにはいかない。「Sure!」

 ユニークなアーチで旅人を出迎えるのがルート66流。終着点の表示もあるサンタモニカのアーチは、ビーチに作られた桟橋にある。久しぶりにアーチをくぐり、桟橋を歩いていると、シングル「Mr.ブルー〜私の地球〜」のジャケット写真の撮影をここでしたことを思い出した。「なんだ!その頃からの縁だったんだ!」。一人でにやにやしてしまった。

 ルート66の旅は、シカゴを出発点とする人が多いが、Californianなので私は西から東へ!そして私のお供はコンバーチブルのフォード・マスタング。用意したスタッフに、かつて私が乗っていた車だと伝えると、「Great!」と言ってKeyをポン!と私に投げた。大きな排気音と馴染みあるボディー。風を感じるには最適だった。

 マクドナルド1号店だった場所にあるマクドナルド博物館などで撮影を済ませると、ルートはモハーヴェ砂漠に入っていく。「ガソリンを満タンにして水を積んでいく」という砂漠を通る時の鉄則通り、2ケースの水を積んだ。これからどんな街や人に出会えるのだろう。わくわくする気持ちを抑えられず、車を東へと走らせた。

(やがみ・じゅんこ、歌手、カリフォルニア州ロサンゼルス在住)

宮城合奏団の演奏会 コロンビア大学ミラー・シアターで

雅楽・邦楽プログラムの創設20周年を記念

 マンハッタンのコロンビア大学ミラー・シアターで3月27日、日本の作曲家で箏曲家の宮城道雄の門人らにより結成された宮城合奏団の演奏会が行われた。主催はコロンビア大学中世日本研究所・日本文化戦略研究所。今年は、宮城道雄の没70周年を迎えるにあたり、会は宮城の箏のための作品を中心とした演目で行われた。また、同研究所の雅楽・邦楽プログラムの創設20周年を記念する演奏会でもあった。

 同合奏団を主宰する宮城宗家牧瀨裕理子さんと宮城合奏団員13人、尺八奏者の山本邦山さんが日本から訪米して演奏した。宮城合奏団の団員の一人、清原晏さんは「合奏団としては初めての海外公演なので、コロンビア大学にお声をかけていただき本当に嬉しい。宮城道夫の代表作、愛されている曲を厳選して、ニューヨークの方にお聞きいただけることを団員一同楽しみにしてきました」と話した。

 演奏されたのは、日本人には馴染みの深い、「さくらさくら」の「さくら変奏曲」、お正月には必ず日本では耳にする「春の海」、「水の変態」、「越天楽変奏曲」、「尾上の松」、作曲家の牧野由多可が琉球民謡の魅力を現代の音楽に昇華させた「琉球民謡による組曲」。

 「さくら変奏曲」と「琉球民謡による組曲」は 10 人以上の編成で演奏。また「越天楽変奏曲」ではコロンビア大学雅楽アンサンブル・メンバーも加わり約20人の奏者による演奏で会場の来場者を魅了した。

 コロンビア大学の学生で音楽をマイナー専攻しているというタミー・アンドラディさんは「箏の演奏を生で聞くのは始めてだった、アメージングだった。『水の変態』は本当に雨や霧を音で感じることができた。尺八の音を聞いた時は涙が頬を伝ったんだ」。

 コロンビア大学で数学を専攻しているというファラ・ラセさんは「ピースフルでエモーショナルな心地よい会だった」。家族で訪れていたマンハッタン在住のアレックス・ゲンドルフさんは「とても良かった、『琉球民謡による組曲』が奏でるハーモニーが特に良かった」と話した。  (石黒かおる)

(写真)宮城合奏団とコロンビア大学雅楽アンサンブル・メンバー による「越天楽変奏曲」の演奏。Masahiro Noguchi撮影