日本での医師経験を米医療AIに生かす  石井京さん

医療AI企業で臨床戦略担当

 日本で乳腺外科医として働いていた石井京(いしい・けい)さん(30)は、2年前に来米し、サンフランシスコ州立大学でビジネスを学びながら、医療AI分野への挑戦を開始した。臨床現場では患者側の課題だけでなく、医療従事者が抱える業務負担や人手不足といった課題も数多く経験してきた。そうした背景から、AIは医療従事者に取って代わるものではなく、より良い医療を実現するための重要なツールになると考えるようになったという。

 開業医である父が、地域に根差した患者ファーストの医療を提供する姿を間近で見て育ち、自然と医師を志すようになった。2021年に岩手医科大学を卒業後、初期臨床研修を修了し、乳腺外科医として乳がん診療に従事した。多くの患者と向き合う中で、「忙しくて受診の機会を逃してしまった」「病院で長時間待たされることが負担だった」「受診そのものに不安や恐怖を感じていた」といった声を数多く耳にした。この経験から、医療アクセスの改善と早期診断の重要性を強く実感するようになった。

 海外に目を向けるきっかけとなったのは、岩手県立中央病院勤務時代に、横浜市で開催された乳がん学会に参加したことだ。講義した米国の医師が医師免許だけでなくMBA、ビジネス分野での修士号も持っていたこと、そして米国では複数の修士号やダブルライセンスで働いている多くの医師がいることも知った。 

 そんな頃、ヨーロッパでは、家庭で取り扱える小型の超音波検査機が開発されたことも知る。発見が遅れたから治療も大変になる。もう少し、身近なところで自分の病気に気が付く方法はないものかと思っていた矢先だったこともあり、医療AI分野での知識と結びつくことによって、必ず自分の将来の医師としての職業を側面、というより、むしろ真正面から支えてくれる大きな力になると確信した。

 現在は、米国の医療AI企業であるUbieのニューヨーク支社で、Medical Strategyの一員として勤務し、AIを活用した症状評価・トリアージシステムや患者向け医療サービスの品質向上に取り組んでいる。

 また、米国最大級の医療機関の一つであるメイヨー・クリニックとの共同プロジェクトにも参画し、AIによる適切な受診先案内の精度検証を担当している。現在は米国医師免許取得に向けた準備も進めている。(三浦良一記者、写真も)

編集後記

編集後記

 みなさん、こんにちは。シンガーソングライターのあがた森魚さんがこのほど来米し、ニューヨークのイーストビレッジにある教会でソロコンサートを行いました。もとまろの「サルビアの花」をアレンジして歌ったあと稲垣タルホの世界観も語りで披露しながら、1972年の自身のデビュー曲「赤色エレジー」を熱唱しました。「赤色エレジー」は、今から半世紀以上も前にアニメーターのような画家を目指して上京した若き幸子と一郎の同棲生活を描いた林静一の漫画で、月刊漫画雑誌「ガロ」に連載された作品です。あがたさんはその二人のエレジーな生活に感動してこの曲を作ったそうです。


 そしてボブ・ディランに憧れて若き日にニューヨークに来たあがたさんは、ニューヨークにも幸子と一郎のような若き日本人の画家やアーテイストたちがいることを知ることになります。コンサート当日は、かつてニューヨークで幸子や一郎を地で生きたような在留邦人のアーティストたちが今もなお健在とばかりに大勢詰めかけました。聞き入っていた人からは「まるで同窓会やね」と言った声も聞かれたほどでした。そしてあがたさんは北海道小樽市で育った少年時代の担任教師、佐藤啓子先生を敬う歌を披露することも忘れませんでした。1972年といえば、私も同じく北海道の北見市にいて当時は16歳。小学校4年生の時から「ガロ」を自宅で定期購読していた私は、もちろん林静一も、同時代の佐々木マキ、つげ義春や忠男のファンでしたからあがたさんのデビュー当時の歌声もしっかり覚えていますし、あれから50年以上経っても同じ歌声でNYで数年ぶりに聞けた「赤色エレジー」はアメリカに居ながらの原点回帰のような体験でした。


 あがたさんは「僕がニューヨークにひかれるのは、やはり強くて大きな、錯綜する近代がそこにぎっしりあるからです。僕の感受性では、自分が小学校時代に過ごした小樽の街と同じなのです。近代の栄光と錯綜を強く内包し、それでもそれは、未来への強い希望を秘めていることが強く感じ取れるからです。こんなに魅力的な場所は僕にはそうそうないのです。ですので、今後とも様々なトライをしていきたいです」と熱く語ります。黄昏時の少し影を落としたイーストビレッジに70年代の東京がオーバーラップしたコンサートでした。今週号の16面で掲載しています。ちなみに、あがたさんが歌った「サルビアの花」で1972年にデビューしたもとまろは、私の青学大の少し先輩お姉さんトリオになります。お目にかかったことはありませんが、ご健在だといいのですが。それではみなさん良い週末を。(週刊NY生活発行人兼CEO、三浦良一)

【今週の紙面の主なニュース】(2026年7月11日号)

(1)不法移民1万人を拘束

(2)海上自衛隊練習艦がNY寄港 イントレピッド研修見学

(3)防衛医科大卒のバレエ教育者 菊池理園さん

(4)八神純子が旅するルート66    「今を大事に」の言葉に涙

(5)建国250年で岐路に立つ米国文明 冷泉彰彦

(6)建国250年祝う海と空 NY両岸で花火

(7)NYで日本食材の底力 ファンシーフードショー

(8)「わたしの仕事を増やさないで」 田村麻子のカーテンコール

(9)海外結婚相談室 直感を信じて一歩踏み出そう

(10)イーストビレッジで「赤色エレジー」あがた森魚

不法移民1万人を拘束

ICE5日間で
合法滞在者にも不安広がる

 米移民・関税執行局(ICE)が6月最後の5日間で1万人を超える移民を拘束したことが、ニューヨーク・タイムズ紙の独自取材で明らかになった(7月1日付電子版)。同紙が入手した内部文書や連邦当局者への取材によると、ICE幹部は国外退去対象者の摘発を大幅に増やすよう指示を受け、1日あたりの拘束者数は年初の約1000人から倍増した。ホワイトハウスは、1日2000人の拘束を新たな基準として求めているという。

 今回の摘発強化は、昨年のシカゴやロサンゼルスでの大規模作戦のような派手な事前発表を伴わず、より静かに進められている。ICE職員は移民当局への定期出頭時、交通取り締まり、路上などで拘束を行っている。内部文書によれば、拘束者数は6月27日に2400人を超え、ICE施設収容者は6万3000人超に達した。

 トランプ政権は大量強制送還を公約に掲げ、国土安全保障省は「不法に入国すれば、見つけ出し、逮捕し、送還する」と強調している。一方で、各地の移民弁護士や支援団体からは、通常の出頭手続き中に拘束された例や、教会に向かう途中の修道女、サッカー観戦に向かう父親が拘束された例も報告されている。

 摘発強化は政権支持層には評価される一方、犯罪歴のない移民や家族を持つ労働者にも不安を広げている。移民弁護士は「人々は買い物に行くために運転することさえ怖がっている」と話している。

 摘発対象は主に不法滞在者とされるが、在米日本人にとっても無関係とは言い切れない。ビザ更新中、永住権申請中、過去の滞在記録に不備がある人、家族に非移民ビザ保持者がいる家庭などは、交通違反や定期出頭をきっかけに移民当局との接点が生じる可能性がある。移民法の運用が厳格化する中、身分証明書、滞在資格を示す書類、弁護士や家族の連絡先を確認しておくことが、これまで以上に重要になっている。

 また、米国の永住者は18歳以上の場合、法律上、有効なグリーンカードを常時携帯する義務がある。とはいえ、紛失を恐れて家に保管し、通常は運転免許証などだけで日常生活を送る人が少なくないとみられる。しかし移民取締りが強化される中、交通取り締まりや空港、国境付近などで身分確認される可能性を考えると、滞在資格を示す書類の管理と携帯には改めて注意を払う必要がある。コピーやスマホ写真は紛失時の確認には役立つが、法律上の「携帯義務」を完全に満たすものではない。

 また現状では、ニューヨーク、コネチカット、ニュージャージー各州は、連邦政府が地方自治体の警察に連携を進めるICE業務の委託には反対の意向を示しているが、助成金交付などにより多くの州が地元警察に不法移民の取り締まり業務を進める方向で拡大している。

海上自衛隊練習艦がNY寄港 イントレピッド研修見学

「かしま」と「やまぎり」の2隻


 米国建国250周年を記念し、世界30か国以上から大型帆船が集結して帆船パレードを繰り広げたが、日本の海上自衛隊の令和8年度遠洋航海練習艦「かしま」と「やまぎり」(東良子司令官、乗艦総勢530人)もNYに来航し、ジャージーシティーに寄港した。5日夕には日米招待客120人が参加した艦上レセプションが開かれたほか、練習生たちは3日昼には下船し、研修の一環で米航空母艦イントレピッド航空宇宙博物館を見学した。今回は70回目の航海にあたり、5月16日から10月24日までの161日間でパナマ、メキシコなど5か国11港に寄港予定だ。(写真・三浦良一)

八神純子が旅するルート66    「今を大事に」の言葉に涙

 ルート66には「生きる伝説」「マザーロードの父」と言われる人がいる、と聞いて、会いに行かないわけにはいかない。その人、エンジェル・デルカディロさんは、人口わずか500人のアリゾナ州セリグマンに住み、国道40号の開通とともに、地方の「ただの道」になってしまったルート66を「ヒストリック・ルート66」として復活させた立役者だ、という。

 エンジェルさんは98歳。体調や忙しいこともあり、約束があっても会えるかどうかは、その時になってみないと分からないらしい。セリグマンに着くと、まだ朝早いのにエンジェルさんが家族とやっている土産物店は既に観光客で賑わっていた。「会えるのかなあ」と思っていると、娘のクラリッサさんが出迎えてくれた。

 「父はもうすぐ来ます」エンジェルさんがゆっくりと近づいてくるのが見えた。想像したよりずっと若々しい。がっしり握手をしたあと、土産物店の奥に併設し、エンジェルさん自身も立っていた、かつての理髪店の部屋に案内してくれた。年季の入った理容椅子に座ると、ゆっくりと語り出した。まずは父親の話。人種隔離政策が続いていた1920年代に全ての人種や民族に扉を開いた理髪店を作ったそうだ。それだけでも当時、どれだけ大変だったかは想像に難くない。

 そして「ヒストリック・ルート66」にする話に移る。1978年に国道40号線が開通、一夜にしてルート66沿線の町のモーテルやダイナーに人が来なくなり経済はどん底に落ち込んだ。「このままではルート66は本当に地図から消えてしまう」と思ったエンジェルさんは、ルート66沿いの街々の代表者15人とアリゾナ州運輸局に掛け合った。「初めは届かなかったが、でも我々は諦めなかった」。言葉に力が宿り、拳を握りしめた。10年近いそうした努力が実り、ルート66は1987年に「ヒストリック・ルート66」として地図に残ることになった、という。

 エンジェルさんに「人生の鍵は何か?」と聞いてみた。力強く、でも優しい声でエンジェルさんはこう言った。「今を生きること。昨日は終わったのだから昨日に生きることは出来ない。明日はまだだから無理。今、この瞬間を生きて、人を幸せにすることだよ」。

 「今を大事にして、私の歌で少しでも多くの人を幸せにすることができたら」という心を信じて歌ってきた私は、自分の生き方を認めてもらったようで、自然に涙があふれ出て、止まらなくなった。 

 エンジェルさんはにこっと笑い「鳥小屋を作らなくてはいけないから、そろそろ帰るね」と立ち上がった。鳥小屋を売って恵まれない子供達を支援していると聞いた。もう一度握手をして、ハグをして、エンジェルさんが店の奥に消えるのを見送った。強さの裏にある真の優しさを見た気がした。エンジェルさんは、私のルート66の旅を、また素晴らしい旅にしてくれた。

(やがみ・じゅんこ、シンガーソングライター、ロサンゼルス在住) 

防衛医科大卒のバレエ教育者 菊池理園さん

ABT公式教育アーティスト
NY市立公立学校ダンス科臨時教員

 ニューヨークを拠点にダンス教育者、バレエ指導者として活動している菊池理園(きくち・りおん)さん(26)は、日本の防衛医科大学校で看護・医学を学び、看護師と保健師の国家資格を取得した異色の経歴を持つ。ダンサーの怪我予防やヘルスケアに医療知識を活かす教育者を志した情熱で一念発起して2年前に留学のため来米した。

 ニューヨーク大学(NYU)大学院でダンス教育学の修士号を取得、現在は米最高峰のバレエ団アメリカン・バレエ・シアター(ABT)の公式教育者として、また市内公立校では一般児童から特別支援学級(自閉症・発達遅滞等)の子どもたちまでを指導する生活を送っている。

 防衛医科大に進んだのは、父親が自衛官だったこともあるが、中学時代から親の転勤に伴い東京、アラバマ州で過ごしたことが、防衛省傘下の防衛医科大で、国際的にどれくらい勉強ができるのだろうかという探究心につながった。将来バレエを続ける上で、ダンサー自身の怪我の予防に活かすために看護学や医学の知識を学びたいと思うようになった。そして多くのバレエダンサーたちを支える職業像を描いた時に、看護師・保健師の両方の国家資格を同時に取得できるのは防衛医科大のみだったことも大きな理由だ。看護師はメンタルな部分で保健師は社会全体を見てサポートする。

 高校時代にアラバマで地元のバレエ教室に通った時に、ABTに所属した教師の指導を受けたことが、帰国後再び海外、そして今度はニューヨークへ留学したいという卒業後の進路の希望へと繋がった。

 本来、防衛医大卒業後は看護師として6年間の防衛医大または自衛隊基地での勤務が義務付けられているが、在学中にNY大に合格したこともあり「卒業したら勤務には就かずに留学の道を選びたい」と大学に伝えた。規定の償還金を一括で支払う必要があるため、家族の多大な支えを得てその手続きを完了させ、渡米を果たした。

 「バレエは趣味でやっていけばいいと思っていた父親にとってはショックだったようです。最初は大反対でしたが、今は応援してくれています」という。

 現在は米最高峰バレエ団(ABT)での活動、大学院での指導経験が認められ、アメリカン・バレエ・シアター(ABT)の公式「Teaching Artist」として活動している。多様性をテーマにしたプログラムや、公立校でのアフタースクール・プログラムなどでメインの指導を任せてもらっており、公立学校の通常及び特別支援学級での指導は、9月からも引き続き臨時教員として登録、活動する。

 これに加え、今年9月以降は、ABT認定スクール「American Youth Dance Theater(AYDT)」でのバレエ指導とABTティーチングアーティストとしての活動が米国におけるキャリアの完全なメインとなる予定だ。

 「防衛医科大で学んだことは、国を担っている者としての自覚と知識。世界ではまだ戦争の中で生きる多くの子供達がいる。医療従事者としてバレエ教育者としてその両方を学んだ経験で、どんな辛い時でもバレエという美しい、そして楽しい世界があることを伝えていきたい」と話した。

 (三浦良一記者、写真も)

建国250年で岐路に立つ米国文明

 独立以降の米国は欧州からの移民が基盤を作ったことから、ヨーロッパ文明圏が新大陸に進出したに過ぎないという言い方は可能だ。だとすれば、米国が独立の文明を持つというのは過大評価となるかもしれない。けれども、2度の世界大戦を経て世界の盟主へと米国を押し上げたものは、やはり米国独自の文明であった。

 具体的には、開拓民が育んだ独立独歩の気概と、都市が育んだ理想社会を実験し続ける気風が原点である。この2つの態度が、時代によって対立軸を変えながら、二大政党のダイナミックな牽制と協力というメカニズムを通じて社会経済に活力をもたらしてきた。理想と現実は矛盾するが、そこは現実主義で調整することで理想も現実も捨てないという米国流のプラグマティズムは、まさにこの2つの態度をルーツとして一大文明を築いたのである。けれども、建国250年を迎えた現在、二大政党は分断の泥沼を脱することができず、社会には閉塞感が満ちている。米国という文明は明らかに行き詰まっている。

 問題は分断だけではない。現在アメリカにおいて分断や対立を形成している各グループの思想が、実は米国オリジナルではないということに、危機感を感じざるを得ない。まず、理念として機会の平等や国際協調、人種の平等などを掲げつつ、自由競争経済やグローバリズムを推進するという、クリントン、ブッシュ、オバマ3代12年間の政治は、実は米国独自のものではない。一言で言えば英国のトニー・ブレアが提唱した「第三の道」のコピーである。

 勿論、同様の思想はアメリカにもあり、レーガン政権はそうした合理主義で国の荒廃を救ったというのは事実であろう。経済のグローバル化に適応したのはクリントンの功績かもしれない。けれども、思想として考えたときには、サッチャーの冷徹な合理主義に、ブレアが理念を接ぎ木していった「第三の道」にこそオリジナリティがあるのであって、クリントン、ブッシュ、オバマには厳密な意味でのオリジナリティはないのである。

 さらに言えば、現政権に代表されるような反エリート感情を求心力とした自国中心主義というのは、2009年の金融危機を受けて経済社会が混乱したEUが発祥である。勿論、米国には孤立主義の伝統があり、ポピュリズムの歴史も多々ある。けれども、21世紀型の反エリート、反グローバリズムのポピュリズムということでは、英国のブレグジットやフランスのルペン父娘など欧州が先行しており、これもまたアメリカ独自のものではない。

 本稿の時点で勢いが増している民主党の党内左派についていえば、思想としてほぼ100%欧州由来のものであって、これこそ独自性はない。公選による民主社会主義、左からの反グローバリズム、左からの反戦など、何もかもが欧州の長い歴史の中で変遷を経てきた思想以上でも以下でもない。彼らが重視している環境問題にしても、本家は欧州である。

 つまり、90年代以降のアメリカで起きたことは、思想とか文明のレベルではオリジナリティに欠けるのだ。これでは世界最古の民主的な共和国として建国250年を祝うなどということは、かなり難しい。確かに、今回の250周年行事は盛り上がりに欠け、その背景には分断という問題がある。けれども、さらに根底の部分でアメリカがその文明の独自性を消失しているというのは、やはり深刻な問題であろう。

 一方で、21世紀に入って以降も、アメリカの国力は衰えていない。これは何と言ってもテクノロジーの進歩に経済的な価値創出を組み合わせた民間が牽引した結果である。けれども、ここへ来てAIの急速な進歩により米国の民間活力も壁に突き当たっている。知的活動における機械依存と雇用危機、過剰な監視統制の可否、出力内容の真正性の確保など、人間とは何かという根源的な問いに立ち戻る必要が立ちはだかっている。

 これは米国文明にとって正念場であろう。欧州のように環境やプライバシーなどの観点からブレーキを踏むのが良いのか、あるいは中国のように技術を統制の道具とする社会実験を続けていいのか、正答はそのどちらでもないに違いない。では、アメリカという文明はこの問題にどのような答えを出してゆくのか、アメリカはまさに歴史の岐路に差し掛かっている。

(れいぜい・あきひこ/作家・プリンストン在住)

NYで日本食材の底力 ファンシーフードショーに日本32社

 北米最大級の高級食品見本市「サマー・ファンシー・フード・ショー2026」が6月28日から30日まで、0ジェイコブ・K・ジャヴィッツ・コンベンションセンターで開催された。主催者情報などによると、今年は約2500社が出展し、8000人超のバイヤーが来場。約34万平方フィートの会場に24の国際パビリオンが並び、世界各地の食の最前線が集結した。

■JETROと農林水産省の支援によるジャパンパビリオンには、日本各地から32社が出展。抹茶、日本茶、和牛、調味料、菓子、加工食品など、日本ならではの品質と物語性を前面に打ち出した。

■京都の日本茶専門店「茶匠六兵衛」は、1818年創業の老舗茶問屋の流れを受け継ぎ、代表の井上祐氏が抹茶の魅力を海外市場へ伝える。

■鹿児島県からは「鹿児島黒牛」を紹介。県農政部の新原慎一氏は、日本一に輝いた和牛の霜降り、口どけ、厳格な衛生・トレーサビリティを訴求し、米国市場で他国産WAGYUとの差別

化を図る狙いを示した。

■日本食の人気定着

 次の課題は「おいしい」だけでなく、産地、技術、信頼まで伝えるブランド発信にある。ジャパンパビリオン全体からは、単なる日本食紹介にとどまらず、地域産品の背景、職人技、安心・安全へのこだわりを、いかに米国市場の言葉で伝えるかという各社の挑戦が見えた。

■2026年のトレンドと特徴

 会場では、低糖質・高たんぱく・高繊維など健康志向を反映したスナックや機能性飲料、韓国、ベトナム、西アフリカなど多文化の味を取り入れた商品、さらに温めるだけで本格的な味を

楽しめるプレミアム簡便食が目立った。ノンアルコール飲料の進化も著しく、「あえて飲まない」ライフスタイルの広がりを感じさせた。また、米国企業のブースでは「サステナビリティ」を大きく掲げる展示も多く、環境配慮が一過性の流行ではなく、食品ビジネスの経営基盤になっていることを印象づけた。

■古市裕子

サステナビリティ・ジャーナリスト。国連サステナビリティ (ABD: Ph.D.) 。

著書・新潮社『欧米企業に学 ぶ・SDGs 転換戦略:サステナブル×これからの企業価値』。『パーパス: 何の ために存在しどんな価値を提供するのか』

建国250年祝う海と空 NY両岸で花火

独立記念日盛大に

 米国の独立記念日となった4日、ニューヨークでは建国250年を祝う大規模な記念行事が朝から夜まで繰り広げられた。中心となったのは、ニューヨーク港を舞台にした帆船パレードと、夜のメイシーズ花火大会で、マンハッタン、ブルックリン、ジャージーシティ、ホーボーケンなど水辺の観覧スポットには、多くの市民や観光客が詰めかけた。

(写真上)大勢の市民が見守る中、ハドソン川上空を飛行した各国精鋭のアクロバット航空隊の戦闘機(写真・植山慎太郎)

 日中には、米海軍のブルーエンジェルスを先頭に、米軍や同盟国の航空機による大規模な飛行ショーが行われた。あわせて、世界各国から集まった帆船や艦船がニューヨーク港からハドソン川へ進むパレード「セイル・フォース250(Sail4th 250)」を実施した。帆船パレードは、1976年の建国200年や、自由の女神100周年を祝った1986年の大規模海上行事を思わせる演出で、港町ニューヨークの歴史を印象づけた。

 夜には、恒例のメイシーズ・フォース・オブ・ジュライ花火大会が開催された。数日間続いた危険な熱波はこの日が山場となり、雷雨など悪天候への懸念から、通常は午後9時半前後に始まるところ9時過ぎに打ち上げが始まった。今年は同大会の50回目とも重なり、花火はロウアー・ハドソン川とロウアー・イースト川に配置された6隻の打ち上げ台船などから放たれ、ブルックリン橋では特別演出も行われた。

 打ち上げられた花火は約8万5000発に上り、このうち約2万発はブルックリン橋での演出用に特別に設計された装置から放たれた。赤、白、青を基調とした光が夜空と川面を彩り、ショーの模様はNBCなどを通じて全米に中継された。

 ニューヨーク市と周辺地域では、花火に合わせ道路閉鎖や交通規制が敷かれ、観覧後の地下鉄、PATHトレイン、フェリー、道路の混雑も目立った。ハドソン川とイースト川の双方を使う今回の花火大会は、建国250年を祝う特別仕様で、市内各地では関連イベントも行われた。一方、花火の最中にブルックリン橋の仮設設備付近で小規模な火災が発生。消防が対応し、けが人は報告されていない。 

「私の仕事を増やさないで」 田村麻子のカーテンコール

 母が昔からよく使う言葉の中に、私がどうしても好きになれないフレーズがある。

「私の仕事を増やさないで」

 たいていそれは、私が何か失敗をした時や、家のルールを間違えた時に言われた言葉だった。忙しいのにこれ以上迷惑をかけるな、もっと注意深くなれ、というその裏の意味は、自分が母になってからは、よく理解できるようになった。だが私は、娘に同じ言葉を使ったことは一度もない。この一言を聞くたびに心がきゅっと固くなり、悲しくなったことを覚えているからだ。子供の私にとってそれは単なる注意ではなく、「あなたは私の負担を増やす厄介な存在だ」という意味に等しかった。

 日本では昔から「人に迷惑をかけないこと」が美徳とされてきた。電車の中では静かにし、公共の場はきれいに使い、相手の時間や労力は極力奪わない。そうした心遣いは日本社会の素晴らしさの一つだと思う。

 しかしその価値観が強くなりすぎると、人は他人にも自分にも厳しくなる。困っていても助けを求められず、育児や介護を一人で抱え込んでしまう。さらに「人に迷惑をかけない」は、裏を返せば、「自分も人から迷惑をかけられるべきではない」という価値観でもある。自分にそこまで厳しく律してきた分、他人にも同じ基準を無意識に求めてしまうのだろう。困っている人を見ても「自分で何とかすべきだ」と考え、時には他人の不手際を公然と批判することさえある。または、下手に介入して、逆に迷惑になる事を避ける人もいるのかもしれない。

 実は私は、音楽の世界でも同じことを感じる時がある。ある高名な指揮者のもと、著名なオーケストラと共演した時のことだ。私は迷惑をかけまいと様子を伺いながら歌い、そんな私を気遣って彼も控えめに棒を振り、その空気を読んだオーケストラもまた固唾をのんで演奏していた。皆が互いに遠慮し合うあまり、音楽が縮こまってしまって、三者で苦笑したことがある。本来アンサンブルとは、互いに遠慮し合うものではなく、よく聴き合いつつ自分のやりたい事を表現し、そして相手も受け止め合いながら一つの世界を創り上げていくものだ。

 社会の中で生きるということは、このアンサンブルと同じではないかと思う。隠居した仙人でない限り、誰にも迷惑をかけずに生きられるわけはない。気を配りつつ助け合い、時には面倒をかけ合って生きていくものだ。その温かいやり取りの繰り返しの中にこそ、人間関係の豊かさがある。

 日本にはまた、「困った時はお互い様」という暖かい言葉もある。気をつけていても迷惑をかけてしまった時、かけられた時には、「お互い様」と笑って許し合えるバランスの良い社会が、一番居心地が良いのではなかろうか。「迷惑をかけない」が日本の美徳であり続ける一方で、「迷惑をかけ合うのもまた人間」と認め合うことも同じくらい大切な価値観として育ってほしい。

 母のあの言葉も、きっと彼女なりの不器用な、「迷惑をかけないで」という時代の呪縛だったのかもしれない。私自身はそんな「お互い様」の精神を胸に、今日もまた誰かに少し迷惑をかけている。

田村麻子=NYタイムズ紙に「輝くソプラノ」と絶賛されリンカーンセンターデビュー。欧米歌劇場で『椿姫』『ルチア』『蝶々夫人』他、数々の主役に抜擢。W杯前夜祭3大テナー公演で故パヴァロッティらと共演。MET管、BBC交響楽団などと共演。MLB公式戦にて外国人初の米国国歌斉唱の栄誉を担う。ディステファノ国際コンクール(伊)1位。米マネス音楽院首席修了。世界を舞台に活躍する国際的プリマドンナ。

海外結婚相談室 直感を信じて一歩踏み出そう

スピードデートが教えてくれる出会いのヒント (5)

 ニューヨークでは、マッチングアプリのようなバーチャルな世界での出会いが増えている一方、五感で相手を感じられる「スピードデート」という対面イベントも人気です。スピードデートは、一度のイベントで多くの異性と1対1の短い会話を順番に重ねていく、効率的でエキサイティングな出会いのスタイルです。

 「スピードデート」は、とてもシンプル。参加しているお相手候補者全員と、一人あたり5分程度の対話を順番に行っていきます。時間の合図とともに男性が次の席へと移動、お相手全員とお話しが終わった後、「もう少し話してみたい」「連絡先を交換したい」と感じた方を選んで主催者へ伝えます。お互いの希望が一致すればマッチングが成立。連絡先交換や次のデートへと繋がっていく仕組みです。

画面越しでは分からない「直感」の力

 スピードデートの最大の魅力は、お相手の話し方や雰囲気、そして「直感的な相性」を短時間で体感できる点にあります。画面越しに文字だけのコミュニケーションに行き詰まりを感じがちな婚活において、「まずはリアルで会ってみる」というアプローチは、実は理想のパートナーに出会うための近道なのです。

安心感と、質の高い出会いを両立

 結婚相談所が主催するスピードデートであれば、参加者全員の意識が「結婚」にフォーカスしているため、安全で質の高い出会いが期待できます。エンタメ的な要素もあり、リラックスして出会えると参加者からは毎回、好評をいただいています。

 「プロフィールや写真だけでは、お断りしていたかもしれないお相手でも、実際にお会いしてみたら印象が全く違った。『真剣交際』へと発展しました」という嬉しいフィードバックも少なくありません。条件やデータだけでは測れない五感のひらめきが、そこにはあります。

ニューヨークでの新しい一歩に向けて

 私たちの結婚相談所では、ニューヨークをはじめ、ロサンゼルス、サンフランシスコ、東京、シンガポールなど数多くのスピードデートを開催し、世界中でご縁を繋いできました。 

 ぜひ次回ニューヨークで開催される際には、勇気を出して一歩を踏み出してみてください。あなたの直感が、未来のパートナーを引き寄せる素晴らしいきっかけとなりますように。私たちはいつでも、あなたの新しいスタートを心から応援しています。

松本直子

国際結婚相談所TJM代表。米国を拠点に、世界でパートナーを探す日本人女性と海外男性の良縁を繋ぐ。温かく丁寧な支援で成婚へ導く。  https://traditionaljapanesematchmaker.us/