編集後記


編集後記

 みなさん、こんにちは。日本で7月20日投開票の参院選が行われます。海外に住む日本人にも「在外投票」が行われました。でもその投票率はとても低い状態が続いています。外務省の海外在留邦人数調査統計によると海外に住む日本人は約129万人(2024年10月時点)で、有権者は102・5万人と見られます。総務省によると、昨年の第50回衆院選時点での在外選挙人名簿登録者数は9万5472人で、登録者は1割に満たない。そのうち投票したのは約1万7403人で、投票率は18・23%(比例代表)でした。有権者102・5万人を母数とすると、実質の投票率は1・7%と2%に満たないのです。わかりやすく言うと有権者が100人いても2人しか投票していないと言うことです。有権者50人に1人も投票していないと言うことです。これってほとんど誰も投票していないに等しくないですか。海外の1票も国内の1票も重たさは同じですが、残りの98%の海外有権者の「投票しませんでした」の理由は、単に、公館投票所に行くのが遠い、面倒だと言う理由か、郵便投票は、在外選挙人証明証の申請をして投票するまでに、郵便が太平洋を5回も往復するという気の遠くなるような手間と時間がかかるのが理由なのでしょうか。インターネットにすればもっと簡単で投票率が上がると言う意見があり、逢沢一郎衆院議員(自民)を会長とする超党派の「在外投票を推進する議員連盟」も作られています。でも、ハッキングや不正アクセス、個人情報漏洩などのセキュリティー面と、強制的な投票の恐れなどを懸念する慎重論は根強くて、国会での議論は進んでいないのが現状です。世の中にこれだけオンライン詐欺が蔓延して、サイバー攻撃が激化している中での本人確認と投票の正確さを担保するのは、本人が出向いてする、代理投票を認めていない、現在の本人直接投票以上には高まらないのではないかという気もします。「あなたの考えに一番マッチする政治家はこの人!」なんてAIもどきのSNSがネット上に蔓延(はびこ)っています。2000年の第1回在外選挙から25年。18回すべてニューヨーク日本総領事館で公館投票してきたという男性は、「投票が海外からの声を届けられる唯一の方法だということは今も変わらないが、投票制度も25年間変わらなかったですね。在外選挙人登録証は3冊目。張り切って最初のうちは投票していたが、だんだん自分の海外での生活にどんな影響があるのかわからなくなった」と言います。住民票に基づいて発行されるマイナンバーと住民票を抜いた人が在外選挙人証を申請できるという紐付け案の矛盾も一度も示されていないとも。「日本に残した家族や親の生活が少しでも良くなるように」「帰国した時に少しでも日本がよくなっているように」という思いで投票していると言う声もありました。海外の有権者が投票しないのは、投票所に行くのが面倒で時間がかかる現在の制度の問題ではなく、海外有権者の大多数の無関心にその原因があるのではないか。「あなたは在外選挙認証を持っていますか?」持っていない理由が、おそらく投票率が低い答えだと思います。私も今回、悩みながら18回目の在外投票をしてきました。さて、どんな選挙結果になるのでしょうか。選挙が終われば、筋書きとして8月1日までに関税25%を下回る日米合意が出るのでしょうねきっと。それでは、みなさんよい週末を。(週刊NY生活発行人兼CEO、三浦良一)

【今週の紙面の主なニュース】(2025年7月19日号)

(1)投票率低I在外選挙 開始25年何も変わらず

(2)河合優実 NY初登場 ジャパン・カッツ2025

(3)矢野顕子トリオ NYライブチケット発売

(4)敵国、日本を訪ねて ニューヨークの魔法

(5)週刊やさしいにほんご生活 日本の夏の清涼飲料 人事を尽くして天命を待つ

(6)対日関税25%を通知 舐められてたまかるか

(7)中高生16人が来米 新潟県南魚沼市

(8)日米をつなぐ日本食産業のアンバサダー 木下直樹さん

(9)NYで学んだ「演劇とは行動なり」胸に秘め 伊藤 沙帆さん

(10)Jurassic World Rebirth 未来を開く鍵 シネマ映写室

(11)Mr. IVY くろすとしゆき・著 書評

Mr. IVY くろすとしゆき・著 書評

あの時代みんなアイビーだった
小学館スクウェア・刊

 日本は、1960年代初頭から日本人男性の服装について大きな転換期を迎えた。今と違い、当時の東京オリンピックが開催された1964年あたりには、すでに日本全国にアイビールックというファッションが席巻していた。小学生から大学生、サラリーマンまで、髪は、もみあげがやけに短い七三のアイビーカットが大流行り、ボタンダウンシャツやスリッポンのローファーやウイングチップの日本では「おかめ」と呼ばれた革靴も大流行。どのシャツとセーター、スラックス、ジャケットをどう合わせるのかなど、当時の紳士服店は時代の移り変わりの速さに目を丸くしたに違いない。今でも当時の床屋の壁に貼られていたヘアスタイルモデルの中のアイビーカットの写真が目に浮かぶ。小学生だった私は頭を刈ってもらいながらその写真をじっと見ていた記憶がある。

 その男子服飾新時代の幕開けを担っていた何人かの日本人男性たちがいる。VANジャケットの創業者である石津謙介氏、その長男の石津祥介氏、男性服飾雑誌『メンズクラブ』の初代編集長だった西田豊穂氏、イラストレータの穂積和夫氏、そしてVANジャケットの社員としてさまざまなワードローブを日本に紹介したこの本の著者、くろす・としゆき氏だ。そして忘れてはならないのはアイビーファッションのバイブルとも呼べる写真集『TAKE IVY』をくろす氏らと共に来米して撮影したカメラマンの林田昭慶氏だ。くろす氏以外全員他界している。

 服装のマナーやルールについて系統だった説明や着こなしの見本がなかった時代、高度経済成長期の幕開けを担う日本の男子青少年たちにその着こなしの背後にあるライフスタイルまでをアドバイスしてくれたVANジャケットの存在は、昭和という恵まれた日本の時代を象徴するメンズファッションの王道と言えた。

 本書は、そんなアイビールックの生き証人であるくろす氏が、自身のアイビー・リーグ・モデルを実践した半生を語り、くろす流「IVY10のキーワード」、春夏秋冬着こなしの「エッセンシャル版・トラッド歳時記」の3章からなっている。穂積和夫氏と綿谷寛氏の両盟友のイラストで綴られている超豪華版だ。

 時代を現代のニューヨークに移すと、私が生活する郊外のウエストチェスターからマンハッタンに通勤する電車の中で、ボタンダウンの襟のロールを見事に出してネクタイを締めた初老の企業エグゼクティブと思しき男性をごく稀だが見かけることがある。襟に形状記憶の芯の入っていないボタンダウンシャツを米国で買えるのは、もはや日本製の鎌倉シャツ(オンライン)とオンワード樫山傘下のJプレスくらいだろう。本家本元のブルックス・ブラザースも最近同様のシャツを作ったが、目玉が飛び出すほど高価になっていた。『アメトラ』の著者のW・デービット・マークス氏は「アイビーファッションは、日本人によって保護され生き延びることができた」と著書で書いている。本書は、ミスター・アイビーのくろす氏がエッセイとともに書き記した男子服飾のバイブル的歴史書だ。  (三浦)

投票率低い在外選挙 開始25年何も変わらず

全18回投票の男性「もう疲れた」

 日本で7月20日投開票の参院選が行われる。海外に住む日本人にも「在外投票」が行なわれた。しかしその投票率は低い状態が続いている。

 在外投票制度は2000年の衆院選から比例選で導入され、2007年参院選以降は選挙区選も対象となり、さらに昨年10月の第50回衆院選からは最高裁判所裁判官の国民審査も可能となった。

 外務省の海外在留邦人数調査統計によると海外に住む日本人は約129万人(2024年10月時点)で、有権者は102・5万人と見られる。総務省によると、昨年の第50回衆院選(10月27日投開票)時点での在外選挙人名簿登録者数は9万5472人で、登録者1割に満たない。うち投票したのは約1万7403人で、投票率は18・23%(比例代表)だった。102・5万人を母数とすると、実質の投票率は1・7%ほどである。

 在外投票率(比例代表)が最高だったのは、在外投票が初めて導入された25年前の2000年の衆院選の29・07%で、最低は2003年の15・93%。2000年当時の在留邦人数は約81万人でこの25年で1・6倍の約129万人に増えている。在外投票率は10〜20%台と低調のままだ。

 在外投票率の低さの原因には投票のしにくさが挙げられている。在外投票は、総領事館など近くの在外公館に赴いて投票できるが、公職選挙法で在外公館での投票期間を公示翌日から投開票の6日前までと定められており、在外公館まで遠距離の人も多いため投票期間の短さがネックとなっているようだ。また、国際郵便で投票用紙を日本の自治体から取り寄せ返送する郵便投票は間に合わないことが多く、もう一つの一時帰国して投票する方法はごく一部の人に限られる。

 総務省の有識者研究会は2018年に在外投票に限ってネット投票を認めるよう求める報告書をまとめ、調査研究事業を開始したが、進展はほとんど見られない。2023年には立憲民主党と日本維新の会が、公示・告示の翌日から投票日前日までスマホなどで24時間投票できるようにする「ネット投票法案((インターネット投票の導入の推進に関する法律案)」を衆院に提出した。逢沢一郎衆院議員(自民)を会長とする超党派の「在外投票を推進する議員連盟」も作られている。しかし、ハッキングや不正アクセス、個人情報漏洩などのセキュリティー面と、強制的な投票の恐れなどを懸念する慎重論は根強く、国会での議論は進んでいないのが現状だ。

河合優実 NY初登場 ジャパン・カッツ2025

CUT ABOVE 賞は黒沢清監督に

 ジャパン・ソサエティー(JS)が開催した日本映画祭「ジャパン・カッツ」で12日、「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」が米国で初上映された。

 ヒロインを務めた俳優の河合優実さん(24)が上映前にステージに登場し、「ジャパン・カッツに来るのが夢でした」と英語で挨拶。河合さんは2019年にデビュー後、映画を中心に活躍。24年、宮藤官九郎氏が脚本を手がけたTBSドラマで昭和の不良少女17歳の純子を演じて大ブレイク。現在放映中のNHK連続テレビ小説「あんぱん」に出演中。  

 同映画祭は今年のセンターピース・フィルム(映画祭の最注目作品)には黒沢清監督の「クラウド」を選出した。日本映画への功績を称え贈られるCUT ABOVE賞は16日、黒沢清監督に授与が発表され上映された。(菊楽めぐみ、写真も。)

「米国映画にも出演したい」

ジャパン・カッツ上映で来米
河合さん抱負語る

 ジャパン・ソサエティー(JS)が開催する日本映画祭「ジャパン・カッツ」で12日、「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」が米国で初上映された。監督と脚本は大九明子氏。原作は吉本興業に所属する日本のお笑いコンビのジャルジャル・福徳秀介氏の同名恋愛小説。今年4月25日に日本公開。ヒロインを務めた俳優の河合優実さん(24)が上映前にステージに登場し、「ジャパン・カッツに来るのが夢でした」と英語で挨拶。チケットが完売した満席の客席からは拍手と歓声が起きた。

 上映後は、元ジャパン・カッツのプログラム担当で、現在はイサカ・カレッジで映画研究の分野で教鞭を執っているジョエル・ネヴィル・アンダーソン氏が質問するQ&Aが行われた。通訳はモニカ・ウチヤマ氏。河合さんと大九明子監督が一緒に働くのはこの映画が初めてではなく、再タッグになる。前作はNHK BSで2023年に放送されたドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』。監督は、既に小さいセリフのイメージが出来上がっていて、何度もリテイクがあったと河合さん。言葉遊びがある台詞があり、それが字幕でどう訳されて伝わっているかも気になっているという。撮影に入る前には関西弁を勉強し、メロディのように覚えたという。ちなみに河合氏は東京都練馬区出身。

 13日には河合さんが第48回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞に輝いた映画「あんのこと」も上映された。実際の新聞記事をきっかけに入江悠監督が共鳴して制作され、公開後大きな反響を呼んだ。幼い頃から母親に虐待され売春や覚醒剤の常習者となった女性の壮絶な人生を描いた社会派ドラマだ。上映後、Q&Aが行われ、役作りについての話はもちろん、今後についても聞かれ、年齢的に高校生や子供を演じてきたが、先生や親に変わっていくのが楽しみであり、またアメリカ映画に出てみたいと抱負を語った。14日には、河合さんが大学生を演じる東京国際映画祭で東京グランプリと主演男優賞(長塚京三)に輝いた筒井康隆の小説を吉田大八監督が映画化した「敵」がNY初上映された。

 河合優美さんが出演する映画が3本も上映され、日本を代表する俳優のひとりとして世界で活躍する期待が高まる。(菊楽めぐみ、写真も)

矢野顕子トリオ NYライブチケット発売中

 矢野顕子トリオのニューヨークライブが10月5日(日)午後8時から、ソニーホール(西46丁目235番地)で開催される。出演は矢野のほか、長年のNY在住ミュージシャンフレンズであるウィル・リー(ベース、ボーカル、シンセサイザー)と、クリス・パーカー(ドラム)。同メンバーでこの夏に日本ツアーも行われる。入場料は40ドル55セント〜58ドル16セント。詳細はウェブサイトhttps://sonyhall.com/shows/?eid=14479643を参照。

 矢野は1976年、アルバム『JAPANESE GIRL』でソロデビュー。2024年、上原ひろみとの3枚目の共演ライブアルバム「Step Into Paradise – LIVE IN TOKYO-」 をリリースし、同作は第39回日本ゴールドディスク大賞で「ジャズ・アルバム・オブ・ザ・イヤー」を、ミュージック・アワーズ・ジャパン・2025で「最優秀ジャズアルバム賞」を受賞した。今年5月には「やのとあがつま」で約5年ぶりの新曲をビクタースピードスターレコーズからリリースしている。

敵国、日本を訪ねて ニューヨークの魔法

 反日感情を抱いていた元米国軍人ね。それは私ですよ。

 今からもう二十年前、日本の全国紙の日米姉妹都市についての特集で、そういう人がいると知って、調べていた。ケン・ウッドさんを探し当て、初めて電話で話したとき、彼は静かにそう語った。

 その七年前、姉妹都市提携の調印で高知県土佐清水に行くための費用を、マサチューセッツ州フェアヘーブンの町が出すことに、住民の会議で決まった。当時、都市行政委員だったウッドさんは、土佐清水行きのメンバーの候補に上がった。

 でも、第二次世界大戦中、ミッドウェーで戦い、たくさんの友人を亡くした彼は、日本に行くことを頑なに拒んだ。

 フェアヘーブンでそういう思いを抱いている人は、彼だけではなかった。姉妹都市の活動でホームステイを引き受けるのはいい。でも、日本人だけはごめんだ、と言い張っていた人もいた。日本に対する憎しみから、日本車に乗らない人もいた。

 私は海軍で、祖国のために戦ったことが誇りです。多くの軍人のように、日本を憎んでいました。今でも真珠湾攻撃を忘れることができないし、そのことで日本人を許すことはできない。私はこれまでずっと、この憎しみを胸に抱いてきたのです。

 同じように軍人だった父親が、ウッドさんを説得した。

 お前の気持ちはよくわかる。だが、一度、日本に行って、その目で今の日本を見てきたらどうだ。

 ウッドさんはついに折れ、ほかの十四人とともに日本へ向かった。

 あの日本人など信用できるものか。そう思い続けていたんです。

 船が土佐清水の港に近づいた。こちらに向かって、日本人の老人たちが立っているのが見えた。片手に杖を持ち、もう一方の手で星条旗の小旗を振っている。自分たちの到着を、歓迎している。

 子どもたちも無邪気な笑顔で、星条旗と日の丸を振っていた。

 白い手袋をはめた消防隊員らが、自分たちを迎え入れてくれた。

 警察官たちは、すぐそばに付き添い、エスコートしてくれた。

 私の日本人への憎しみは、潮が引くように、すっと消えていきました。土佐清水で、老人に出会えば駆け寄ってその手を握り、子どもを見かけると抱き上げてほおずりをし、私は何度も涙ぐんでいました。

 目の前の日本人は、自分たちが戦った敵ではなかった。

 滞在中、ウッドさんら一行は、土佐清水市の市長の自宅に招待された。

 市長は私のところにやってくると、頭を下げて謝ったのです。

 私は、第二次大戦で、戦闘機に乗っていたひとりです。本当に申し訳なかった、と。

 何を言っているんですか、とウッドさんは市長の肩に手をやった。

 It’s all over now.

 すべてもう、終わったことじゃないですか。

 市長は私を強く抱きしめました。彼の目からは、涙が流れていました。

 その後、フェアヘーブンの一行を乗せたバスが、星条旗と日の丸をはためかせて、高速道路を走っていたときのことだ。バスが近づくと、道路を工事していた工夫たちが、かぶっていた帽子を脱ぎ、拍手で彼らを歓迎してくれた。

 そのなかにひとりだけ、自分たちに背を向けた男がいた。ウッドさんと同年配だった。

 私はそれが気になって、バスガイドに頼んで、その人に理由をたずねてもらいました。

 その人はバスガイドに、自分は第二次大戦で兄弟を失くしたんです、と話しました。

 そして、私たちのバスの前にはためいていた星条旗を指さして、俺はあいつが嫌いなんだ、と言って、にらんだのです。

 日本人にも同じように、忘れられない辛い思い出があることを、私は初めて実感しました。今、私は、大切な息子たちを失った日本人の母親ひとりひとりのほおに口づけをして、すまなかった、と謝りたいのです。

 別れの日、彼らを乗せて遠ざかっていく高速艇に向かって、いつまでも手を振り続けている土佐清水の人たちに、ウッドさんも見えなくなるまで手を振って応えた。

 このエッセイは、シリーズ第8弾『ニューヨークの魔法のかかり方』に収録されています。40万部突破の「ニューヨークの魔法」シリーズ(全9巻)は文春文庫から刊行されています。

https://books.bunshun.jp/list/search-g?q=岡田光世

週刊やさしいにほんご生活 日本の夏の清涼飲料 人事を尽くして天命を待つ 

この連載は、日本語を勉強している人を読者対象としたコーナーです。日本文化やマナー、タイムリーな日本に関する話題などを簡単な日本語で毎月第3週号に掲載します。アメリカ人の友人などにご案内ください。また、漢字をまだ習っていないお子様にとっても社会を知り、漢字に接するよい機会になります。

日本の夏の清涼飲料

 日本の夏は蒸し暑く、体にやさしい飲み物が欠かせません。家庭では麦茶が定番で、最近ではスポーツドリンクや冷たい緑茶もよく飲まれます。熱中症対策としても人気です。夏祭りや花火大会では、涼を感じる飲み物として、ビー玉入りの瓶の炭酸飲料「ラムネ」が親しまれています。飲み方がやや難しいのでぜひ試してみてください。ペットボトルは立ち止まって静かに飲むと所作が美しく映ります。家で人に麦茶を出すときは、グラスに注ぐことでもてなしの心が表れます。味わうことだけでなく、丁寧なふるまいにも、日本の夏らしさと心づかいが感じられます。

(長久保美奈、マナー講師)

わくわくことわざ(11)
文とイラスト 平田恵子

人事を尽くして天命を待つ 


 「できることは全てやった」という最大限の努力をしたら、後はくよくよ悩まずに結果を心静かに受け止めよという教えです。望み通りでなくても天からのメッセージとして次につなぎたいもの。「人事」は人ができること、「天命」は天の神が決める人の運命です。中国の古典に同意の言葉があり、日本には漢籍(中国の本)でもたらされ、江戸時代(17世紀)に努力の大切さを伝えることわざとして広まりました。「よし、がんばろう」と背中を押してくれる言葉です。


《言葉の意味(ことばのいみ)》

・麦茶:barley tea

・熱中症対策:heatstroke prevention

・涼を感じる: feel cool

・ラムネ:Ramune soda / Japanese soda 

・ビー玉:  marble 

・ペットボトル: bottled drink

・人事を尽くす: Do one’s best

・天命:fate or destiny

・古典: old book

・背中を押す:encourage or motivate

・「人事を尽くして天命を待つ」と同じ 意味の英語のことわざ:

God helps those who help          themselves.

対日関税25%を通知 8月1日に発動へ

トランプ大統領

参院選後に交渉の正念場

 トランプ大統領は7月7日、石破総理大臣宛の書簡を送り、日本からの輸入品に対して来月1日から25%の関税を課すと通知した。相互関税の一時停止の期限は9日だったが延長された。4月に発表された日本に対する「相互関税」は一律関税の10%とあわせて24%だったが、25%に引き上げられた。通商拡大法232条に基づき品目ごとにすでに発動している措置(自動車と自動車部品への25%の関税と鉄鋼・アルミニウムへの50%の関税)に上乗せはされない。

 同様の内容の書簡が税率は別にして各国に送付されている。追加関税率は、韓国、マレーシア、カザフスタン、チュニジアは日本と同じ25%、南アフリカ共和国、ボスニア・ヘルツェゴビナは30%、インドネシアは32%、バングラデシュとセルビアは35%、カンボジアとタイは36%、ラオスとミャンマーは40%となっている。

 トランプ大統領は「ほぼ最終的な提案だ」としているが、4月のような世界株安は起こらず、米国のS&P総合500種株価指数が最高値圏にあるなど世界的に株価は落ち着いた動きをしている。トランプ氏はこれまでも関税を発動しては引っ込めるということを繰り返しており、金融業界の間ではTACO(TRUMP ALWAYS CHICKENS OUT=トランプ氏はいつもびびって退く)」と揶揄する言葉があるほどだ。トランプ氏が「威嚇」しようとも関税によって経済が大混乱になることはないという見方が強い。実際、米国の経済やインフレには大きな悪影響は出ておらず、株価も高水準にある。しかしそのことが逆にトランプ氏を強気にさせているとの見方もある。

 日本は、赤沢亮正経済再生相が7回訪米するなどして米側と協議を重ねてきたが、日本側が求める自動車関税の削減などの進展は見られない。トランプ氏は「各国からほかの方法の申し出があれば、われわれはオープンに対応する」とも述べている。13日には「日本がとてもとても急激に方針を変更している」と語った。ベッセント財務長官は「参院選が合意に向けた制約になっている」と述べており、交渉は7月20日の参院選以降に本格化すると思われる。

大統領の美しい支出

NY州知事が猛反発


 大統領が4日署名した「一つの大きな美しい支出パッケージ」は、全米およびニューヨーク州において、社会保障網を大幅に再編成する可能性がある。この4兆5000億ドルの法律は、2017年にトランプ政権の最初の任期中に可決された富裕層向けの継続的な減税措置を資金調達するほか、移民取り締まりと国境安全保障の強化を盛り込んでいる。これらの優先事項への支出増額を賄うため、メディケイドや補充栄養支援プログラムなどのサービスに大幅な削減が施されている。ホウクル知事は5月初旬に254億ドルの州予算に署名し、支出を大幅に増やしたが、迫る連邦資金削減の大部分を反映していないため、声明で「この法案は医療を剥奪し、コストを上昇させ、数百万人の食料支援を削減する」と猛反発している。

なめられてたまるか
首相発言米では静観

80年代「なめねこ」ブーム連想の投稿Xも

 「これは国益をかけた戦いだ。なめられてたまるか」。9日、石破首相は参議院議員選挙の街頭演説で、こう語気を強めた。日本の首相が同盟国の米国相手に激しい口調で語るのは極めて異例だったこともあり、日本国内では参議院議員選挙前の国内向けのポーズ発言とも受け止められ、大統領の対日感情を悪化させて関税交渉に影響を与えるのではないかと危惧する報道が相次いだ。

 発言の意図は「(日本は米国に)いっぱい頼っているのだから(米国の)言うことを聞きなさいということだとすれば、それは侮ってもらっては困りますということ」と首相は翌日出演したテレビで説明した。

 日本メディアの過敏な反応の一方、米国主要メディアではこの発言についての報道、論調などは出ていないが、投稿サイトのXでは「80年代に日本で流行ったなめねこ(写真=『なめんなよ、又吉のかっとびアルバム』立東舎文庫・刊、津田 覚 その他、写真・脇田 敏 )ブームを連想させる」といった投稿が英語で10日に配信されているくらいだ。果たしてトランプ大統領がなめねこを知っているかどうかは別として、「なかなかしっかり言うべきことを言うじゃないか(見直した)」と前向きに捉えるのか「喧嘩売ってんのか」と逆鱗に触れるのかは未知数で予測不能だが、又吉のキャラクターは「かわいい」と思うかもしれない。

中高生16人が来米 新潟県南魚沼市

ワシントンDCとNYを訪問

世界と故郷の架け橋に

 新潟県南魚沼市の中学生と高校生を合わせた16人がワシントンDCとニューヨークを訪問し、ホームステイなども含め7月29日から8月4日まで来米する。市が主催する「南魚沼市中学生海外派遣事業」の一環で来米するもので今年で3回目。一行には岡村秀康南魚沼市教育長はじめ、市教育委員会職員が同行する。 

 生徒たちは、ワシントンDCでホワイトハウスやリンカーン記念堂、アーリントン墓地、スミソニアン国立自然博物館などを見学する。またアメリカン大学を訪問して学校生活などを日本人留学生から話を聞く。

 ニューヨークでは山﨑国連大使とNY総領事の森大使を表敬訪問して両大使から海外における日本の立場や日本人の役割などについて直接話を聞く機会が設けられている。滞在中は、同時多発テロの現場に作られた9・11メモリアル博物館を見学するほか、ニューヨーク新潟県人会が迎えるホストファミリー宅に宿泊し、海外で生活する同郷の先輩たちとも交流する。主催する南魚沼市では、選抜は成績評価だけで決めるのではなく、一生懸命努力をしている子や、芸術やスポーツに熱心な子などさまざまな観点から市教育委員会が選んだという。  

 この新潟県の生徒たちをアメリカに招くきっかけとなったのは、ニューヨーク新潟県人会の現名誉会長で南魚沼市出身の大坪賢次さん(不動産会社社長)の発案からだ。大坪会長の妻、理恵さん(故人)が生前、パンデミック前から「故郷が発展するには人材の育成が大切で、それにはまだ進路を決めていない中学生の時が良いと思う」と言っていた言葉を叶えたいと「中学生をアメリカに招いて、政治の中心地のワシントンDCと経済・文化あらゆる面で世界最高の地であるニューヨークを見せてあげたい」とニューヨークから故郷新潟に何度も足を運んだ熱意が南魚沼市の林茂男市長に伝わり、市が全面協力して実現に漕ぎ着けたものだ。

 そういう事情で「南魚沼市中学生海外派遣事業」と銘打った市の事業は、3回目となる今回も中学生12人に加え、高校生4人を派遣生として選考した。大坪さんは「今後も南魚沼の生徒たちが世界に目を向ける機会を提供し、新潟の発展に貢献してくれるような人材が育つよう応援していきたい」と話している。

 南魚沼市からの参加学校名と生徒名は次の通り。(敬称略)。

〈中学生〉井上聡太郎(大和中学)、髙野真歩(大和中学)、上村愛莉(八海中学)、並木あかり(八海中学)、久保田在希(六日町中学)、小林春斗(六日町中学)、石井真都(塩沢中学)、小野塚真央(塩沢中学)、貝瀬滉介(塩沢中学)、石田会(附属長岡中学)、関詩音(附属長岡中学)、樋口大駕(附属長岡中学)、〈高校生〉石田由唯(国際情報高校)、小泉舞桜(十日町高校)、志田亜呼(長岡高校)、塚本佳史(長岡大手高校)以上16人。

日米をつなぐ日本食産業のアンバサダー 木下直樹さん

NY日本食レストラン協会会長

木下直樹さん(69)

 4月28日に開催された定例理事会で、ニューヨーク日本食レストラン協会(NYJRA、NY Japanese Restaurant Association)の会長に就任した。45年あまりのニューヨークの老舗「レストラン日本」の支配人、CEOとして日本食の対米普及に貢献してきた経験と手腕を見込まれての就任だ。

 NYJRAは2020年1月設立以来、ニューヨーク地域における日本食レストランを代表し、日本料理とその食文化の振興に取り組んでいる団体だ。日本食レストランが直面するさまざまな課題の解決に役立つ調査や情報提供を行い、それにとどまらず、政府機関への政策提言も積極的に行っている。コロナ禍パンデミックの時は、市内全域で店内営業ができなくなったが、アウトサイド店舗の設営基準の会員店への迅速な広報活動やオンライン講習会を開催、また、ロビー活動を通じて従来販売カテゴリーがハードリカーだった日本の焼酎をビール並みにレストランで飲める基準まで下げることにも成功した。

 政府機関との交渉は、恩師レストラン日本創業者の倉岡伸欣氏が築いたトラフグ輸入解禁でも毎回JFK空港の税関でバイヤーズ・アソシエーションの代表としてFDAとやりとりした経験から現場感覚は今も現役だ。

 日本食レストランを取り巻く環境は、トランプ大統領の対日関税25%課税やニューヨーク市内の物価高騰、キッチンヘルパーなど現場の底辺を支えている移民労働者の激減など、日に日に厳しさを増している。最盛期120店ほどあった協会加盟会員は現在70社あまりに減っている。

 「第一に会員にとって何がベネフィットになるのかを考えたい。コンプライアンス(法令順守)、保健局対応、チップ、オーバータイム、人事管理、労働力確保、保険代の高騰などレストランビジネス、外食業界の内側を全て見てきた経験があるからこそ分かるレストラン業界の悩みに寄り添ったサポートをしたいです」という。

 就任以来、「NYJRAの果たす役割、存在意義の明確化」を再認識すべく、協会各理事、輸入卸業者、食材サプライヤー、レストランコンサルティング、法務アドバイザー、政府機関など、幅広い分野との意見交換を交わし、包括的なサポートの活性化を目指している。

 「ニューヨークの日本食市場の活性化や食文化の普及にはさまざまなアプローチがありますが、私たちは、日本食レストランこそがその中心的な役割を果たすと考えています。会員の皆様と手を携え、日本食文化の発展と普及に共に取り組むことができれば、これに勝る喜びはないです」と語る。

 1975年 兵庫県立龍野高校卒業。78年 慶應義塾大学法学部政治学科卒業。慶應義塾体育会バレーボール部主将を務め、世界バレーボール連盟公認 国際コーチライセンス取得。パキスタン男子ナショナルチームコーチ就任(1978〜79)。母校慶應の先輩、レストラン日本創業者の倉岡社長(故人)に請われてレストランビジネスの世界に入った異色の経歴の持ち主。趣味は最近自宅近くのイーストリバーでできるカヤックに心酔している。(三浦良一記者、写真も)

NYで学んだ「演劇とは行動なり」胸に秘め 伊藤 沙帆さん

俳優

 日本で演劇俳優として舞台や映画で活動してた伊藤沙帆さんがニューヨークに拠点を移したのは、コロナ・パンデミックが明けた2023年。演劇学校のザ・ネイバーフッド・プレイハウスに留学し、この5月に卒業したばかりだ。

 在学中、学校の制作作品「ドラキュラ」で殺される看護師を演じて好評だった。ザ・ウォーターフロントという小作品にも在学中出演した。

 東京都出身。日本では6歳よりバレエを始め、パフォーマンスすることが好きだった。大学在学中に小さい頃から興味のあった演劇を始めるため、劇団スーパーエキセントリックシアターレッスン生を経て東京芸術劇場シアターウエストなど幾つかの舞台や、映画カイジファイナルゲームでエキストラを経験した。

 ニューヨークに来た時にこのエネルギーに溢れたチャレンジ精神を奮い立たせる場所に惹かれた。とは言っても英語も得意ではなかったので自分では、夢のまた夢だと思っていたが、パンデミックと社会人生活3年の経験を経て、一度しかない人生やはりこの好きな場所で演劇をやりたい、将来後悔したくないし、一度しかない人生を良いものにしたいと思い長期留学を決意した。

 ニューヨークの演劇学校で体験したのはマイズナー・テクニックと呼ばれる演劇習得方法やダンス、歌、ステージコンバット、ボイストレーニング、スピーチ方法など。1年生から2年生は選抜制の進級となるが、無事に進級し、ファイナルプレイなどのスクールパフォーマンスの経験を経て卒業し、現在は舞台活動や、ショートフィルムなどのオーディションを受け始めている。また、今の英語力をキープそしてさらにスキルアップするためにTOEICの勉強も始めた。

 将来の夢は後悔しない人生を送ること。そのためにオフブロードウエー、オンブロードウエーの舞台に立つこと。演劇を英語でアメリカで学ぶことの楽しさと素晴らしさも伝えていきたいと思っている。いつかはアメリカのメインロールでフィルムに出ることを大きな夢として心に秘めている。「先が見えないという不安はありますが、毎日がチャレンジで、ニューヨークで寂しいと思うことはなく、みんな周りが頑張っているので、ニューヨークは落ち込んでいる場合じゃないという思いでいっぱいです。自分を奮い立たせてくれるものがある街です。役者としてしっかり稼げるアクトレスに、多分続けていれば、諦めなければいつかなれる、そんな気がします」。恩師、サンフォード・マイズナー氏が言った「ACTING IS DOING 演劇は行動だ」という言葉を噛み締めている。

 (三浦良一記者、写真も)