風の環、仙台からNYへ

コンサート日米を結ぶ

 仙台で5日行われた第13回風の環コンサートは、大成功だった。コロナ禍でニューヨークでのコンサートが不可能となったため仙台に場所を移して開催された今年の風の環コンサート。ニューヨークで活躍しているソプラノの田村麻子、バリトンの門間信樹、バイオリンの大曲翔らが仙台に集結。ガーシュイン、バーンスタイン、バーバー、ビリージョエルなどのニューヨークに係わるアーティストの名曲を次々と披露した。ボストンで活動していた仙台出身のジャズ作曲家・ピアニストの秩父英里も特別参加。

  また仙台の合唱団「萩」のメンバーで東北大学男声合唱団OBの有志がおよそ半世紀ぶりにガーシュインのポギー&ベスを披露した。例年風の環コンサートのホストとして参加しているニューヨークの混声合唱団ジャパン・コーラル・ハーモニー「とも」や風の環少年少女合唱団はビデオ演奏で参加し、コロナ対策のもとで埋め尽くした聴衆の心を掴んだ。主催はニューヨークのNPO法人「9・11風の環メモリアル・コンサート」(白田正樹代表)で、米同時多発テロ犠牲者追悼を目的に2008年から毎年開催し、2011年以降は、東日本大震災犠牲者も追悼している。

 チケット代3000円のうち1500円は、ニューヨークで医療従事者、警察署、消防署、高齢者施設のサポートを続けているニューヨーク日系ライオンズクラブに贈られることになっている。ソプラノ歌手の田村は、このコンサートのため10月初旬から日本入りした。ほかのアーティストも3月から日本にいたので実現した。

「自粛」はしても、「萎縮」はするな

白田正樹

 コンサートを終えた主催者代表の白田さんは、ニューヨークの読者に日本から次のコメントを寄せた。

 「13年続けてきたコンサートをこんなコロナごときで諦めたくないという『意地』のようなものから企画がスタートしました。アメリカからのアーティストは皆二つ返事で出演をOKしてくれました。日本で声をかけた方からは『こんな時期に?』と断られた人もいます。しかしコロナの状況はアメリカから比べたら日本は比べ物になりません。特に地方都市の仙台なんかはそうです。私が今回言い続けたのは『自粛』はしても『委縮』はするな、ということです。それを実践するためのコンサートでもありました。ガイドラインを守ってやれることはやるべきです。このコロナの脅威もだいぶ全体が見えてきました。感染力は強くても致死率は通常のインフルエンザより圧倒的に低いのです。経済面だけではなく社会・文化・芸術面でも活動を再開していかないとそれによる影響の方がコロナより怖い。コンサートを終わって、その自分の信念が正しかったことを確信しています。『白田さんのお陰でまた自分たちの活動も再開したくなった』『とても刺激になった』という声を随分いただきました。

 NYの風の環の子供たちやJCHの演奏をビデオにまとめて会場で放映したこと、アメリカとスペインでライブで同時配信したこともこの延長にあります。やれる範囲で実行してみてそれを共有することの大切さを改めて実感したこと、そして新しいスタイルのコンサートのあり方を模索するという意味でも有意義だったと思います。とにかく今は『やってよかった』というのが実感で、それを後押ししてくれた人たちに本当に感謝したいという気持ちです」。

       (原文まま)

尊敬する女性

ギンズバーグの肖像画イーストビレッジに

 今年9月18日に膵臓がんによる合併症のため87歳で亡くなったルース・ベイダー・ギンズバーグ元最高裁判事の巨大な壁画が、イーストビレッジ(1番街と11丁目の角)に登場した。ブルックリン・フラットブッシュ生まれのストリートアーティスト「Elle」によるもので、3階分の大きさの壁画にはレディ・リバティ(自由の女神)やブルックリン橋なども描かれている。

 ギンズバーグ氏は、米連邦最高裁判所で歴代2人目の女性判事として25年以上務め、リベラル派や女性、法曹界などから支持を集めた人物で、「アメリカ人が尊敬する女性ランキング」では必ず上位に名前が挙がる。2度のがんの手術後も夫の死の直後も、最高裁の仕事を1日も欠勤したことがないことでも知られている。また、2018年には彼女を題材にした2本の映画「ビリーブ 未来への大逆転(原題:On the Basis of Sex)」「RBG 最強の85歳(原題:RBG)」が公開されたり、講演会には毎回長蛇の列ができスター並みの人気があった。  (写真・三浦良一) 

ヴィレッジの物語

常盤新平 ニューヨーカー三昧 I LOVE NEW YORKER 3

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 O・ヘンリーの『賢者の贈物』は懐かしい短編小説だ。貧しい夫婦がクリスマスに自分の大切なものを売って、贈物をする素朴な物語で、私は高校二年の冬に英語の教科書で習った。

 高校には教え方のうまい英語の先生がそろっていたが、定年退職して私たちを教えに来られていた佐伯先生の姿が『賢者の贈物』とともに印象に残っている。小ぶとりの、ごま塩頭のおだやかな先生だった。

 この老教師を私たちはいくらかあなどっていたかもしれない。授業中によく騒いで、先生を困らせた。温厚な先生はそのたびにかなしそうな、情けなさそうな表情を浮かべられた。

 『賢者の贈物』は翻訳で読むと、やさしい英語で書かれているように思われるが、久しぶりに原文を読み返して、なんども辞書を引かなければならなかった。

 この60年、私の英語はちっとも進歩していなかったことになる。O・ヘンリーの文章はけっして平易ではない。妙に凝っていて、悪くいえばもったいぶっているのであるが、それは1900年代のはじめごろと現在の時代の差ということもあるだろう。

 「1ドル87セント。それしかない」というのが書き出した。このお金でどうして愛する夫のジェイムズ・ディリンガム・ヤングにクリスマスの贈物が買えるのかと妻のデラは困りはててしまう。自慢の金髪を売るしかないと心を決め、それをばっさり切ってもらって20ドルを得る。

 彼女は夫のためにそのお金で時計のプラチナの鎖を買う。ところが、ジェイムズはその時計を売って、妻に櫛のセットをおくる。デラは髪を短く切ってしまったし、彼には時計がない。

 けれども、「ふたりでこうした贈り物をする人はすべて賢者なのである」で小説は終わっている。

 英語で小説を読んだのは『賢者の贈物』が最初である。佐伯先生がこの短編の訳読をはじめたとき、私たち生徒はガヤガヤ騒いでいたのだが、やがて先生が原文を読んで、和訳をつづけていくうちに、私たち生徒はだんだんにおとなしくまじめに授業を受けるようになっていった。

 それは高校生にも面白い短編だったからだろう。長い小説だと思っていたが、7ページたらずである。

 『賢者の贈物』の授業では、教室に冬の弱い日がさしこんでいた。そのころは物資不足で暖房がなかった。立派なスチームがあったのだが、それを動かす燃料がなかった。遠い遠い1948年の冬である。

 佐伯先生の授業を聴きながら、私はいつか英語で小説を読むようになりたいと思った。翻訳者になりたいとはまだ願っていなかった。そんな職業があるということを知らない、東北の田舎町の学生だった。

 大学は英文科だったが、英語で小説を読むのは教室だけで、下宿で読むことなどなかった。そのころから私は昼寝好きの怠け者だった。

 ただ、翻訳でメシが食えればと思うようになっていた。翻訳なら家で仕事ができるし、人とつきあうこともあまりないだろう。そのころから、というよりも子供のころから、人とつきあうことが下手だった。

 『賢者の贈物』の舞台はグリニッチ・ヴィレッジのアパートだ。家賃が週8ドル。デラは主婦、夫は勤め人で、つましい生活を送っている。

 グリニッチ・ヴィレッジはNYでも私の好きな街だ。いまアパートの家賃はどれくらいするのだろう。おそろしく高いと聞いている。私の知り合いはウエスト・ヴィレッジに住んでいたが、その後の消息はわからない。

 ヴィレッジではコーヒーショップでエスプレッソを飲んだ。カフェ・ダンテでは手紙を書いている若い女性がいた。彼女はニューヨークに友達を訪ねてきて、故郷の誰かに宛てて書いていたのだろうか。

 『賢者の贈物』は106年も昔の物語だ。これも古きよき時代のおとぎばなしだろう。(2007年12月8日号掲載)


常盤新平(ときわしんぺい、1931年〜2013年)=作家、翻訳家。岩手県水沢市(現・奥州市)生まれ。早稲田大学文学部英文科卒。同大学院修了。早川書房に入社し、『ハヤカワ・ミステリ・マガジン』の編集長を経てフリーの文筆生活に入る。アメリカの現代文学やニュージャーナリズムの作品を翻訳して日本に紹介する翻訳家であるとともに、エッセイスト、作家としても知られた。86年に初の自伝的小説『遠いアメリカ』で第96回直木賞受賞。本紙「週刊NY生活」に2007年から2010年まで約3年余りコラム「ニューヨーカー三昧」に24作品を書き下ろし連載。13年『私の「ニューヨーカー」グラフィティ』(幻戯書房)に収録。本紙ではその中から12作品を復刻連載します。


(写真)冬の陽が差し込むヴィレッジのカフェ・ダンテ(三浦良一撮影)

トランプは負けた

 トランプが敗北を認めないまま政権移譲作業が進んでいません。「不正があった」と言う彼を妄信する支持者たちは首都に繰り出して気勢を揚げますが、さまざまな州でトランプ陣営の訴えが次々と退けられていること、あると言う証拠が一向に出てこない事実には目を向けません。

 多くの州で大統領選挙と上下院議員選挙の投票用紙は同じ一枚に印刷されています。もし大統領選で不正があるなら、上下両院の選挙でもバイデンの民主党有利の不正が行われたはずですが、上下院は両方ともトランプの共和党が善戦していて「不正」の形跡がありません。矛盾しています。

 大統領補佐官だったボルトンがABCニュースで言っていました││トランプ側の主張ではバイデン勝利のためにかなり大がかりな陰謀が行われたことになるが、それを何の証拠も残さず見事に成功させた集団がいるとしたら、ぜひとも彼らを探し出してCIAが雇うべきだ、と。

 今回の選挙で「隠れトランプ」がいなくなってみな堂々たるトランプ支持者になったのはいいのですが、いま書いたようにいくら事実を説明しても聞く耳を持たず、それを理解しようとしない人たちが相当数、しかもこれまた「堂々と」存在するようになったことが気がかりです。

 ある小さな集団を長いことだまし続けることは可能です。ある大きな集団を短いあいだだまし続けることも可能です。けれど、大きな集団を長いことだまし続けることはできない、と、そう思ってきました。けれどあちこちでそんなトランプに「目覚めてしまった」人たちに遭遇して、私はいま若干戸惑っています。

 彼らの多くはそれまで政治にあまり関心のなかった人たちでした。それが不意に「自分と同じ言葉で話し、同じレベルで考えてくれる」トランプに出遭い、敵/味方で明快に事を進める政治ゲームを楽しみ始めた。それはスポーツでした。

 そこでフェイスブックなどで自分なりに情報を集め始める。ところが主流SNSはトランプ陣営の後押しする証拠のない主張を排除し始めた。彼らのために次に待っているのはお高く堅苦しい主流メディアではなく(なにせそれは「フェイクニュース」だそうです)、「Parler」「MeWe」「Gab」などの陰謀論が幅を利かす極右SNSプラットフォームでした。

 強い経済を求めたり、自分の資産を守るためにトランプを支持する人たち以外の多くのトランプ主義者たちは、「選挙の不正」も「社会主義者のバイデン」も、本当にそれを攻撃することが「正義」であり「善行」だと信じています。自分の行いが「悪」だと知りつつそれを遂行できる人は多くありません。

 ならば本当の「悪」はそんな陰謀論を虚妄と知りつつ大衆動員の手段としてしゃあしゃあと駆使している人たちです。彼らは普通「ソシオパス」と呼ばれます。

 新大統領就任まであと2カ月ほど。大統領の不起訴特権が失われるトランプは、これから自分への大統領恩赦の道を探るでしょう。「不正選挙」への訴訟費用を寄付してくれと呼びかける「選挙防衛基金」のサイトは、ファインプリントで寄付されるお金がまず第一に選挙運動資金の赤字分に回ることが書いてあります。訴訟費用など実は二の次。赤字補填のためには「訴訟はやめる」などとはまだ言えない。敗北宣言をしないのは、集められるだけのお金を集めるのと、自己恩赦の目くらましのためです。

 今回、バイデンを推す人たちは懸命に勝利しました。トランプは負けました。ただ、トランプを推す人たちはまだ負けてはいません。

 (武藤芳治/ジャーナリスト)

レストランさあ冬支度

除雪対策などNY市がガイドライン

 オープン・レストラン・プログラムが通年に延長されたので、特に滑りやすい道路、除雪作業、バリケードに押し付けられる雪の山など、冬がもたらすストレスに耐えられるよう、すべての道路上の座席エリアを可能な限り安全にするためのガイドラインがニューヨーク市から発表された。新たな道路バリアの要件、囲いのガイドライン、降雪時に求められる事項、レストランオーナーがコンプライアンスを維持できるようにするための市の支援策が盛り込まれている。

【道路のバリア(障壁)】

12月15日までに必要な調整。▽バリアは、充填材を保持するために、造り付けの内壁と底部を有していること▽18インチの道路用バリアはすべて、土または砂で完全に充填すること▽上部外縁に沿って連続的に反射テープを貼り付け、道路に面した2つのバリアの角にはスノースティックを追加すること▽対向車線に面した車道のバリアの前には、プラスチック製の水を充填したバリアを設置することが大多数の飲食店で必要になる。参加者全員に、土嚢、反射テープ、スノースティック、プラスチック製のバリアを無料で提供する。プラスチック製のバリアは「優先順位の高い」レストランに限定的に配布されるが、それらのレストランには別途連絡。その他の配布とピックアップの詳細は後ほど案内。

【囲い(エンクロージャ)】

▽ニューヨーク州のアウトドアダイニングのガイドラインでは、仮設または固定のカバー(日よけ、屋根、テントなど)を設置する場合は、空気の流れを確保するために少なくとも2つのサイドが開かれていることが条件。開かれている必要がある両サイドのうち、片方は車道と平行でなければならない。少なくとも2つのサイドが完全に開かれている場合は、既存のアウトドアダイニングのガイドライン(例:テーブルとテーブルの間に6フィート、1つのテーブルに10人以上が座ってはいけない)に従っている限り、収容人数の25%を超えても構わない。両サイドが完全に開いているものが少ない場合は、収容人数の上限は25%となり、インドアダイニングのガイドラインに従わなければならない。▽プラスチック製のドームのような密閉された構造物は、個々のパーティーのために許可され、空気の循環を可能にするために十分な換気をしなければならない。▽屋根構造を持つ飲食店向けに、市は屋根や日よけ、テントの除雪などの早急な対処法や、安全性を確保するためのコツや手引きを公開する。▽車道のセットアップでは電気ヒーターのみ使用可能。▽ニューヨーク州ホットスポットゾーン内のレストランには追加の制限が適用 [https://forward.ny.gov/cluster-action-initiative]

【降雪時(SNOW)】

▽積雪警報が発令されている間:▽顧客は車道のセットアップに座ることはできない。テーブルと椅子は取り外す。▽車道のセットアップ内の電気ヒーターはすべて撤去。▽可能であれば、頭上のカバーを取り外すか、積雪警報が終わるまで定期的に除雪を行う。▽12インチ(30センチ)以上の積雪が予想される場合:▽縁石に沿って可能な限り足跡を残さないように、車道のセットアップを除去または集約する。▽車道のセットアップを撤去・集約することができない場合は、除雪作業による被害から守るための対策を講じることを勧める。州衛生局は、両側に車道のセットアップがある狭い道路における除雪作業訓練を実施している。衛生局は、設置場所が設置基準を満たしており、道路が効率的に除雪され、通行可能な状態を維持できることを確認するために、レストランを対象としたアウトリーチを実施する予定。スノースティックを使って、セットアップの構成物を移動させた場合の視認性を高めるようにすること。▽Notify NYCに登録すると、雪の警報や雪に関する最新情報を受け取ることができる。Notify NYCに登録するには、311に電話するか、www.nyc.gov にアクセスするか、Twitterで@NotifyNYCをフォローする。▽11月13日午後10時から施行された新しい州のガイダンスに基づき、バーやレストランは、毎日午後10時から午前5時までの間、対面でのサービスを終了する必要がある。午後10時以降は、バーやレストランでは、持ち帰り用の食品の受け取りや配達は可能だが、持ち帰り用のアルコール類の提供は禁止。▽質問やリオープン(再開)に向けてのサポートが必要な場合は、ニューヨーク市中小企業サービス局(888・727・4692)まで連絡する。日本語による問い合わせは、NY日本食レストラン協会事務局にEメール [email protected] まで。

尺八を世界に伝え

ジョン・海山・ネプチューン
半生描く映画配信

  カリフォルニア生まれの米国人尺八師範、ジョン・海山・ネプチューンの半生を映画監督の息子、デビッド・ネプチューンが撮影期間5年をかけて長編ドキュメンタリーにまとめた。

 作品タイトルは「Words Can’t  Go There (邦題:海山 たけのおと)。日本での劇場公開を経て米国ほか各国で20日からオンランで配信が開始された。

 2020年アリゾナのShow  Low映画祭で 最優秀ドキュメンタリー賞と最優秀スコア賞をダブル受賞した。日本では伝統的な古典楽器のイメージのある尺八を、真正面から「楽器」として向き合った海山の音楽界に与えた影響や個人的な葛藤を描き出す。アマゾンなどで配信。価格9ドル99セントから。 詳細は公式サイトwww.kaizanmovie.com

板張りまだ外せません

大統領選で混乱
暴動恐れる商店街

 一部のマンハッタンの店主は木の障壁を徐々に取り外し始めているが、トランプ関連の不安で、さらに事態が悪化することを恐れている。特に五番街などの一部の大手商店は店舗の窓やガラスのショーウインドーに貼った板を取り付けたままで、再び混乱が起きることを警戒しているようだ。

 マンハッタンやブルックリンの商店は選挙後の抗議活動など最悪の事態に備えて窓やガラスに厚い板を貼って保護したが、ジョー・バイデン氏の勝利が伝えられたことで、暴動や破壊行為の代わりに多くの市民が道に出て踊ったり乾杯するなどして勝利を祝った。しかしながらトランプ大統領が今でも敗北を認めていないため、すぐには楽観的にならずに板を取り外す時期をみている。ある店の店長は「オーナーはまだ今後の暴動を恐れている。店を守るために、今のように静かで通常の状態に早く戻れることを願っている」と話した。 (写真・高田由起子)

バスの守り神

ニューヨークのとけない魔法 ⑩
岡田光世

 夜九時頃だったので、かなり不安だった。知人の家はバス停から近いとはいえ、アメリカでは、夜の郊外の住宅地に人影はほとんどない。以前、この州で別の友人のところへ行ったときに、バスを乗りすごしてしまい、夜の見知らぬ場所で大変な目にあった。

 ハドソン川の川向こう、ニュージャージー州に住む知り合いの一軒家に、何日間か泊まることになっていた。

 マンハッタン北部のジョージ・ワシントン・ブリッジ・バスターミナルで、ニュージャージーへ向かうバスにひとりで乗った。そのバスに乗るのは、初めてだった。

 Dアベニューで降りたいんだけど、着いたら教えてもらえますか、とドライバーに頼むと、もちろんだよ、と答えた。

 空いていたので、声をかけてもらいやすいように、一番前にすわった。

 若い白人の女性が降りるとき、ドライバーと楽しそうにことばを交わし、彼に何か手渡した。その人が降りると、ドライバーが私にそれを見せた。

 彼女が出場するんだってさ。

 プロボクシングの試合の招待券だという。

 バスはそれから、十分ほど走っただろうか。

 次だよ、とドライバーが教えてくれ、私はバスを降りる。

 住宅地に人気はまったくない。暗闇のなか、道のない草むらを下り、歩道に出る。

 その先にある、幹線道路の下の真っ暗なアンダーパスを、一気に駆け抜ける。

 ここで襲われたら、車の騒音もあるし、叫んでも誰にも聞こえないだろう。

 家には住所の番号が付いているが、暗いのでそばまで行かなければ見えない。

 ようやく知人の家の番号を見つけ、無事にたどり着いたときには、ほっと胸をなでおろした。

 翌日、友人とマンハッタンのレストランで夕食を取ったあと、同じバスを待っていた。手に下げているビニール袋には、食べきれなかった料理が入っている。店の人が余った分を、丸く平たい紙の容器に詰めてくれるのだ。容器の形で、ひと目でそれとわかる。

 バスに乗り込むと、ドライバーが言った。

 I remember you.

 ああ、君じゃないか。

 前夜の人だった。

 Dアベニューで降りたいんだけど、と私が言った。

 You said that yesterday.

 君、昨日、そう言ってたよ、

とドライバーが答えた。

 Oh, you have food. That’s good. Is that for your husband?

 おっ、食べ物だな。いいね。ダンナのかい。

 No. It’s for me.

 違うわ。これは私のよ。

 Oh, not for your husband?

 なんだ、ダンナのじゃないのか。

 No. He’s in Japan.

 違うわよ。ダンナは日本なの。

 He’s in Japan? How can you do that to him?

 ダンナは日本?  よくそんな目にあわせられるな。

 真面目な顔で、私をからかった。

 ダンナをひとりにして、よく君だけニューヨークにいられるな、ということか。

 三日目、バスに乗りこむと、偶然また、同じドライバーだった。

 Hey, sweetie.

 やあ、スウィーティー。また、君じゃないか。

 彼は私に気づき、声をかけると、バスの後部に何かを点検しに行った。

 私はバスが走り出すまで、前のほうの席にすわり、アイフォーンをいじっていた。

 D Avenue, right?

 Dアベニュー、だろ?

 顔を上げると、目の前にドライバーが立っていた。

 Yes. You have a good memory.

 そうよ。なんて記憶力がいいのかしら。

 ほほ笑みながら、大きくうなずいた。

 Because now I know you.

 だって僕はもう、君のことをわかっているんだもの。

 ドライバーはこの三日間、私の守り神のようだった。

 彼は、バスというコミュニティへの「招待券」を、私に贈ってくれた。

 このエッセイは、シリーズ第8弾『ニューヨークの魔法のかかり方』に収録されています。

https://books.bunshun.jp/list/search-g?q=岡田光世

その20:アメリカを自分の足で走破した男

魅惑のアメリカ旧国道「ルート66」 をフォーカス

 ルート66ファンの皆さん、こんにちは!気が付けばもう11月、日本はすっかり秋冬の装いになり、晴天かつ肌寒い日が続いています。世の中アメリカ大統領選挙結果とコロナのニュースばかりですが、つい最近の11月11日、皆さんはどのようにお過ごしになりましたか?11日と言えばVeterans Day。退役軍人さんに敬意を表する祝日ですが、実はもう一つ大切な日でもあるのです。このコラムにお付き合いを頂いている読者の皆さんはピンときますよね。そうです、11月11日は1926年の同日に誕生・開通したルート66の94歳になるお誕生日なのです!拍手拍手!ということで毎年この時期になると「気が付けばもう今年もあと残すところ…」という話になりますが、筆者の友人の間ではYear to Forget という表現が聞かれ、来年は全てにおいて良い年になるよう期待したいとろです。

  今月の「魅惑の旧街道を行くシリーズ」は「〇〇の秋」から連想されるスポーツ「マラソン」と、マラソンに関するクレイジーな友人について、ルート66の歴史に絡めて少しお話したいと思います。

  さて唐突ですが、アメリカ国内で毎月いくつマラソン大会が開催されているか、ご存知ですか?筆者はランナーではないので全く想像もつきませんが、その筋の情報サイトによれば、この11月、12月の2か月でもアメリカ国内で100〜120のレースが予定されているようです。年単位にすれば、世界中で年間7万近い数のレースが開催されるようです。ビックリですよね?残念ながら今年は多くのレースがコロナ禍のためキャンセルになってしまい、筆者のホームタウンであるサンフランシスコ・マラソン(11月15日予定)も早々と同様の憂き目を見ました。

 そんなマラソンですが、実はルート66上でも毎年多くの参加者を集めるマラソンがあるんです。もちろん一般参加OKなので、ランナーの皆さん、これを機会にぜひ来年度挑戦してみてはいかがでしょうか。(今年は11月21、22日)2006年から始まった、正式名称「Williams Route 66 Marathon」と呼ばれるルート66を走るマラソンは、オクラホマ州タルサにて開催され、フルマラソン、ハーフマラソン、リレー、そして5Kマラソンがあります。昨年2019年度の参加者は5500人ほど。充分立派なサイズですよね。それもそのはず、実はこのルート66マラソンはUSATF(米国陸上競技連盟)の公式認定コースで、あの「ボストン・マラソン」の予選大会の役割もしています。とはいえ、やはり今年はコロナ禍。中止とまではいきませんが、何と「バーチャル・マラソン」という新しいスタイルでの開催のようです。(詳しくは大会ホームページまで)

 そもそもルート66上でのマラソンの歴史は1928年まで遡ります。世界中から約200人ほどのランナーが集まって、3月4日、ロサンゼルスをスタートしました。これが世界最初のアメリカ大陸横断レース「Bunion Derby」と呼ばれるもので、「トランス・コンチネンタル」という触れ込み、さらには当時のハリウッド俳優でもあり、ルート66の別称の一つにもなっている、ウィル・ロジャース氏や多くのセレブ達の応援に支えられ、ニューヨークの地まで完走したのは僅か55人でしたが、イベントとしては大成功を収めました。レースの2年前である1926年に開通したルート66の知名度はこれによってグッと上がったことは言うまでもありません。優勝者はオクラホマ州フォイルのチェロキー・インディアンの地を引くアンディ・ペイン氏でした。彼はシカゴまでのルート66を走った後、ニューヨークまでさらに走りました。正直筆者には想像もつかない距離であり、理解に苦しむモチベーションです(笑)。事実、彼の偉業をたたえる銅像をフォイルを訪れた際に見ても「へぇ〜」という言葉しかなく、実感の「ジ」の字すら見えない状態でした。少なくともあるクレイジーな男に出会うまでは。

  勝山敦行さん(通称Kさん)は大阪府出身、現在タイのバンコクにお住まいで、「Bonita Cafe and Social Club」というヴィーガン・カフェ(完全菜食)を経営されています。KとC、イニシャルは全く異なりますが、KさんのKは「クレイジー」のKだと思っています。今から数年前、その「ミスター・クレイジー」と共通の友人を介して知り合い、彼がアメリカに渡ってルート66を全走破する計画があると聞きました。当然私は車かバイクかと勝手に思っていましたが、話を聞いているうちにどうやら「走って」走破するらしいことに気付きました。「足で」です。「何言ってるんだろうこの人?」と、その瞬間「クレイジー認定」です。が、彼の真剣さと情熱、そしてきちんとした経験に裏付けされた計画を聞いたとき思いました。「こんな愛すべき大バカ者に会うことは滅多にない。できる限りサポートしないと!」と。先に書いたようにマラソンとは無縁の筆者が出来ることと言えば、Kさんを現地の人たちと繋げて何かあった時の力になるよう頼む「親切の押し売り」ぐらいでした。

 結果から言えば、Kさんはルート66を走り切り、その後アンディと同じようにニューヨークまで走り、横断合計13州、横断総走行距離は79日間で5026キロにも達しました。Kさんにとって「アメリカを走って横断すること、ルート66を自身の足で走破すること」は20年来の夢だったそうです。Kさんは言います。「走る行為そのものは自分独りであっても、横断プロジェクトは友人、チーム、そしてスポンサーさんあってのこと。このアメリカ横断物語は、79日間に渡って24時間態勢で献身的にサポートしてくれた妻と友人の物語でもある」と。ここまで聞くと成功しないなどとは夢にも想像できないレベルです。Kさんはそれ以降、バンコクを中心とした東南アジア地方の伝道師として、ルート66日本アソシエーションの運営スタッフとして参加してくれて、現在もルート66の魅力を共に発信し続けてくれています。そのKさんの奮闘ぶりにご興味があれば「永遠を駈ける:アメリカ横断5000キロ・ランニング日記」を是非ご一読ください。それではまた来月お目にかかります!

(後藤敏之/ルート66協会ジャパン・代表)

オンライン入試の未来

コロナ時代の帰国受験 第4回 田畑康 

 いよいよ海外生・帰国生入試が始まりました。オンライン入試を実施していない中学・高校を受験するために、既に帰国された生徒もいますが、今年度は何と言っても「オンライン入試」がキーワードです。

 前回の記事でも「今後は帰国生入試も一般入試もオンライン入試がカギになってくる」とお伝えしました。来年度以降に入試を控える小4〜5年生、中1〜2年生の保護者様からも「来年以降はどうなるでしょうか」という問い合わせが増えてきています。今回は、来年度以降の展望についてもお伝えいたします。

 昨年度までは、海外に居ながらにして受験できる学校は、書類選考型もしくはスカイプ面接を採用していたほんの数校しかなかったのですが、今年はこのコロナ禍のなか、オンライン入試がとても増えています。果たして、オンライン入試は今年度のコロナ対応のみの現象なのでしょうか。

 実施を決めた首都圏のとある私立中学・高校の入試担当の先生によれば、コロナ感染拡大による休校措置期間中の在校生へのオンライン授業提供の経験が、入学試験のリモート実施の実現につながったとのことです。

 現在、公立・私立を問わず、日本国内の学校ではICT(情報通信技術)を活用した「オンライン授業」の進歩が目覚ましいです。インターネットの普及と「プログラミング授業必修化」などの時代の流れに、ウィズ・コロナ時代が運命的に重なったともいえるかもしれません。

 今年度の「帰国生オンライン入試」がどう行われるのかをまとめてみました。 

①書類提出+面接試験 これまでも実施されてきた、スカイプやZOOMを用いた面接試験です。学校での成績や活動をまとめた書類の内容が重視されるか、面接が重視されるかは学校によって違います。

②事前課題提出+面接試験 出願者には事前に課題が提示され、期限までに自宅でその課題をこなします。「解答用紙」または「回答動画」をスマートフォンなどで撮影し、データをメール送信するか、受験生用に作成されたアカウントにアップロードする形式です。

③オンライン学力受験 学校側が試験時間中、受験生を監督する形式です。カメラ・マイク・スピーカー付きのパソコン、A4の印刷ができるプリンターなどの環境を整える必要があります。試験終了後、答案データを速やかに学校に送信することになります。

 いかがでしょうか。昨年までは想像もつかなかった入試形態が今年、出現してきています。

 先述の学校の入試担当の先生に来年度のオンライン入試はどうなるかと質問したところ、「続けるかもしれないし続けられないかもしれない」という回答でした。

田畑康(たばたやすし)

早稲田アカデミーニューヨーク校校長。海外生・帰国生指導歴15年。自らも帰国生(オーストラリア、マレーシア)であった経験を生かし、「合格のその先」を見据えた指導を心掛けている。

編集後記 11月14日

【編集後記】 みなさん、こんにちは。大統領選挙が終わり、勝利したバイデン元副大統領が組閣準備に入りましたが、組閣に必要な人事局の事務所やその膨大な資料をまだ使用することができない状態です。組閣人事に入るには、公正な選挙が無事に終了したということが前提条件のためです。トランプ大統領が「選挙立会人が集計室に入ることができなった。違法投票だと判断する必要がある」として選挙の不正を訴えています。トランプ陣営および共和党はこれまでに少なくとも45州で300件近い訴訟を起こしているとされますが、ミシガン州やジョージア州では証拠がないとして却下されるなどすでに多くは退けられています。世界がバイデン候補に祝電などを送っている中で、どうしてトランプ大統領はこうまでして負けを認めないのでしょうか。世論を敵に回し、やれ往生際が悪いだの、みっともないだの言われてなお、選挙結果を認めないのは、トランプ大統領には大統領なりの「勝算」があるからかもしれません。それは選挙制度の仕組み自体に構造的な、通常では想定外の陥穽(かんせい=落とし穴)があるからです。12月14日に各州の選挙人による投票がありますが、共和党が多数派を占める」ペンシルベニア州などでは、裁判中であることを理由に選挙人が決まらない可能性があり、そうなれば、バイデン氏が過半数の270に届かないことがあり得るのです。その場合は、連邦下院が決めることになっていますが、この投票は50州がそれぞれ1票の投票権しかなく、州の数では過半数を占める共和党が有利になります。この流れでこのまま行ってしまうと、トランプ大統領がどんでん返しの大逆転になることを共和党も民主党も知っていますから、バイデン氏も法的手段で対抗し始めました。法廷論争の挙句最高裁まで行ったとき、そこには、連邦最高裁の欠員にトランプ氏の肝いりで就任した保守派のエイミー・パレット連邦控訴審判事が待っています。この分かりきったシナリオをどこまで破壊して、現選挙制度下で選ばれたバイデン氏が大統領執務室にたどり着けるのか、本紙は、そんなことから今週号のトップは「大統領就任まで紆余曲折」との見出しになりました。それでは、みなさんよい週末を。(「週刊NY生活」発行人兼CEO三浦良一)

【今週の紙面の主なニュース】(2020年11月14日号)

(1)大統領就任まで紆余曲折  1面

(2)アジア系差別やめてっ!  1面

(3)欧米紳士淑女の外套着   3面

(4)常盤新平のニューヨーカー三昧 3面

(5)超高層ビルに花で永遠の生死観 4面

(6)冷泉彰彦のあめりか時評    6面

(7)共に未来への連携を確認    7面

(8)デジタル地下鉄マップ公開   7面

(9)歳末商戦コロナ直撃      6面

(10)手作り納豆で日本の食文化紹介 11面