(1)大統領令を乱発に批判
(2)レストラン25%店内
(3)フィッシャーマンズ・セーター
(4)コロナ検査自販機登場
(5)日本映画20年のベスト
(6)フレッド・コレマツ記念日
(7)人気店ピンクのベーグル
(8)NYスキー場情報
(9)NY生活ウーマン
(10)地下鉄で通う編集長
バイデン大統領は1月20日に就任すると、その日のうちに世界保健機構(WHO)への復帰など17の大統領令や布告などに署名(前号既報)、その後も25日に連邦政府機関による米国製品の購入を増やす大統領令に、27日に気候変動対策関連の大統領令に、28日には医療保険制度「オバマケア」の拡充や人工妊娠中絶を支援する団体への援助を可能にするよう命じる文書に署名した。29日までに25もの大統領令などに署名し、これらに基づく権限行使は40以上に上る。トランプ前大統領の就任時よりも多いペースとなっている。
1月27日付ニューヨーク・タイムズ紙は「ジョー、大統領令を緩めよ」と題した社説を掲載、大統領令に頼るのではなく、重要な政策変更については議会を通じ法律を制定してやるべきだとバイデン大統領を批判した。
連邦下院は民主党が過半数を制しているが、上院は共和党と同数の50議席でハリス副大統領が議長になるため過半数となるに過ぎず、法案採決を阻止する議事妨害「フィリバスター」を避けるために必要な60議席には届いていない。ニューヨーク・タイムズは、「二極化し、わずかの差で分割された議会では、行政措置を採用するか、議題が人質に取られるかのどちらかの選択肢しかないのかもしれない」と理解を示しつつも、「大統領令は政府に指針を提供することを目的にしており、既存の法律や憲法によって与えられた裁量の範囲内で行使されるべきものだ。新しい法律を作るわけでない」と苦言。また野党共和党から「行き過ぎであり、国の結束を求めるという公約を裏切ったとの非難が出ている」と指摘するなど大統領令乱発に「調子に乗るな」と言わんばかり。
バイデン大統領は、議会での法案成立を経ず実行できるため大統領令を多発しているとみられる。大統領令は大統領が変われば簡単に変更できる。また連邦議会で大統領令を覆す法案が成立したり、裁判所が認めない場合は無効となる。
クオモ・ニューヨーク州知事は1月29日、現在の新型コロナウイルスの検査陽性率を維持した場合、今月14日(日)から定員の25%で店内飲食の再開を許可すると発表した。
クオモ知事は、1月5日の陽性率が7・1%で、現在は4・9%まで下がったことを「山を越えたという良い指標だ」とし、「客数がまったくのゼロよりも25%の方がましである。この陽性率を維持すればバレンタインデーにニューヨーク市内の店内飲食を再開する」と述べた。
また同州知事は、同州内の結婚式についても、式場の収容率を50%または参加者を最高150人に制限し、地元の衛生局の承認があれば3月から執り行っていいことを伝えた。
一方で、感染率や死亡率が再び上昇したなどの場合は「方針内容を変更する可能性はいつでもある」と警告を促した。
クオモ州知事は発表に先立つ27日、ホリデー期間で急増した感染者数が落ち着き、陽性率や入院患者数が減少し始めたとして、一部の地域を除き規制を解除すると発表し、この時点で、市内の店内飲食を再開する可能性を示唆していた。
はい、例年通りの厳しい寒さとなっておりますが、皆様お元気でお過ごしでしょうか?
この季節大いに頼りになりますのが伝統的な製法でしっかりと編まれたウールやカシミアなど天然繊維を用いたセーターと、科学的根拠に基づいた合成繊維で作られたダウン・ジャケットなどとの組み合わせ。温かさと軽さに優れていていいですよね。私の場合、多少の重さは気にならず、ダウン・ジャケットよりもっと昔からあるダッフル・コートやピー・コートを着こみ、帽子を被っておとなしめのタータン・チェックのマフラーを巻くことが多いでしょうか。
今回の主旨から少し外れますが、首廻りにマフラーを巻いて帽子を被ると思いの外温かいもの。人間は頭と首から放熱しているので、この2か所をキチンと覆って上げますとコート1枚分温かい…と言われております。ぜひお試しください。
さて、中に着込みますカシミア素材等につきましては、ややデリケートな繊維でもあり、僕の様な「ガテンでガサツな男」(笑)には向いていない面もないではないのです(笑)。そんな時頼りになるのが、羊毛に少し油(ラノリン)を残し、太く編まれた糸でザックリ、だけでなくガッシリ、しっかりと編まれた、そして前部にケーブル編みやダイヤ柄などがあしらわれた生成り色のセーター。この様なセーターが一般にアラン・セーターあるいはフィッシャーマンズ・セーターと呼ばれている、丈夫で温かなセーターなのです。
アランとは島の名前ですが、通常この様なセーターは英国製、つまりイングランド製、またはスコットランド製というのが相場なのですが、このアラン/フィッシャーマンズ・セーター、実はアイルランドにそのルーツがあるのです。スコットランドに詳しい方は、「そんなことない、スコットランドにアラン島はある、大きな島ですよ」と言われるかもしれません。その通り、スコットランドにアラン島はありますが、実はアイルランドにもあるのです。それぞれArran、Aranと綴ります。そしてフィッシャーマンズ・セーターのアランと言えば、アイルランドのAranアラン島なのですね。英語ではAran Islandsと複数、群島なのです。首都ダブリンから真西に約500キロメートルで北太西洋に出ますが、その沖合にある群島がアラン諸島。
この島々は1934年にロバート・J・フラハティ監督が“Man of Aran”というドキュメンタリーを撮って、アメリカでもその名が知られる様になりました。草木もあまり生えていない荒涼としたアラン諸島で漁業で細々と生計を立てている島民の生活を淡々と描いておりました。
アラン・セーターに関する伝説で、6世紀から云々…..と言った説がかつて流布しておりましたが、長年の調査の結果、現在の様なセーターとなり始めたのは19世紀後半、ほぼ完成したのが第二次世界大戦を挟んでの1930年代半ばから1940年代後半だったと言われております。
原型となったのが英仏海峡にあってやはり漁が盛んなGuernsey Islandガーンジー島の漁師たちに着られていたブルーのケーブル編みのセーター だったと言われ、アラン島のある女性が、お子さんがキリスト教の洗礼を受ける際、生成りの糸でセーターを編んで着させたら大変評判になったと言われ、そこから評判が広まっていったそうなのです。
アメリカにおけるアイルランド移民の歴史は差別を受け、白人ながら大変な苦労をしてきました。それでも真面目に働いて、官職につく方が多く、ニューヨーク市警察(NYPD)においてはアイルランド系移民のエメラルド・ソサエティは最大の組織ですね。消防署(FDNY)でもその事は変わりません。第二次世界大戦後から15年余、1961年にアメリカの歴史始まって以来のアイルランド系カトリック信者の大統領が誕生しました。JFKこと、ジョセフ・F・ケネディ大統領です。そして、ちょうどそのタイミングで、素朴で丈夫で温かいアラン・セーターがアメリカ市場で大ヒット、ブームとなったのでした。偶然だったのか、否か?ピカソら芸術家やスティーブ・マックイーンはじめハリウッドでも流行。イングランドやスコットランドに比べて衣類の「名産品」がありそうでなかったアイルランド系移民の人たちにとってはプライドをくすぐる吉報ともなったのでした。それではまた次回。
けん・あおき/日系アパレルメーカーの米国代表を経て、トム・ジェームス.カンパニーでカスタムテーラーのかたわら、紳士服に関するコラムを執筆。1959年生まれ。
(写真)1992年、セント・パトリックデーでアラン・セーターを着たエド・コッチ市長。画面左は日本航空ニューヨーク支店
全米で初となる新型コロナウイルス検査キットの自動販売機がこのほど、ミッドタウンに設置された。
同自動販売機を開発したのは、科学と医療に特化した社会起業家たちが発足した団体「ウェルネス4ヒューマニティ」で、第1台目は、西34丁目225番地の同団体が運営する実店舗前に設置された。販売する検査キット「アットホーム・サライヴァRT-PCR検査(自宅用唾液検査)」は1セット当たり119ドルと低額ではない。しかし現在の相場129〜149ドルよりも安く、検査場で長時間待つ必要がなく、携帯電話で無接触で支払いができるなどの利点がある。精度も99%と高いという。使用方法は、採取した唾液をプリペイドのフェデックスの発送ラベルを使って検査ラボに送り、結果は48時間後にわかる。
同団体の共同創立者のひとりであるリアン・グエン・ファム氏は、香港や英国では、感染拡大防止対策の一環として、人口の多く混雑した地域に同様の自動販売機を設置していることからヒントを得て、自宅で安全、便利に受けられるオートメーション化された検査の実現を考案したという。今後はNY市内では、地下鉄駅構内、ホテル、飛行場、劇場、大学構内、ショッピングモールなどに設置場所を拡大していく。
また、15分で結果が分かり臨床検査の正確さを示す「特異度」が100%というトラストパス社の「ラピッド・アットホーム抗原検査キット」の導入も検討しているという。
文化庁とジャパン・ソサエティー(JS)は5日(金)から25日(木)までACAシネマ・プロジェクト2001〜2020と題して日本映画特集を共催し、米国でオンライン配信する。上映作品は過去20年の中から特に注目すべき実写映画や監督作を1年1本という形で選定。低予算のインディペンデント作品から、大手映画会社の作品、各国映画祭で評価の高い監督や作品、長編から短編まで近年の日本映画の幅広い作品群を北米の観客に向けて紹介する。
世界三大映画祭の一つ、カンヌ国際映画祭ではすでに常連となった是枝裕和監督のファンタジードラマ『空気人形』(2009年)、2014年カンヌ国際映画祭・コンペティション部門に正式出品の河瀬直美監督『2つ目の窓』、作者のフィリピンでの戦争体験を基にした大岡昇平の小説を原作とする塚本晋也監督『野火』(2015年)、橋口亮輔監督のLGBTをテーマとした先駆的コメディ作品『ハッシュ!』(2001年)、2020年トロント国際映画祭で最新作『すばらしき世界』がプレミア上映され、話題となった西川美和監督の作品で、カンヌ国際映画祭・監督週間正式出品『ゆれる』(2006年)など、国際的知名度の高い作家たちの作品が視聴できる貴重な機会となる。
また特別に2020年の最新作2本をQ&Aなどのイベントと共に上映。『愛のむきだし』などでカルト的人気を誇る園子温監督最新作『エッシャー通りの赤いポスト』は米国プレミアとして上映。直木賞作家・島本理生のセンセーショナルな内容が話題となった小説を映画化、夏帆、妻夫木聡共演の『Red』(三島有紀子監督)も米国プレミア上映となる。パンデミックでイベント開催がままならない中で、久々にJSらしいプログラムの復活だ。オンライン配信上映(有料・一部無料)申し込みはウェブサイトhttp://film.japansociety.org
(写真)『ジョゼと虎と魚たち』(犬童一心)2003年
第二次世界大戦中の日系人強制収容の不当性を訴えた権利擁護活動家、フレッド・コレマツ氏(1919年〜2005年)の誕生日に当たる1月30日を2017年にニューヨーク市が記念日としたのを受け同日、民間人権団体、ニューヨーク・デー・オブ・リメンバランス主催の記念式典と昨年東海岸で二例目となる記念日が制定されたニュージャージー州フォート・リー区でオンラインの記念式典が開催された。
フォート・リーの式典は、同区在住日系人の人権活動家、古本武司さん(不動産会社社長)が呼びかけた。
1980年にジミー・カーター大統領は、戦時における民間人の転住・抑留に関する委員会を設置し、第二次世界大戦中の日系人の強制収容に関する調査を行うよう命じ、委員会は日系人への強制収容を、「人種差別や戦時下のヒステリー、及び政治指導者の失敗」により起こったものだと結論づけた。1988年には、合衆国議会において戦時中の強制収容に対する謝罪と補償が制定され、レーガン政権下に存命中の者に一人当たり2万ドルの賠償金を支払うことが決定した。1998年にコレマツ氏は、これに貢献したとして米国における文民向けの最高位の勲章である大統領自由勲章を受章した。
フォート・リーの式典で古本さんは1993年にビル・クリントン大統領が日系強制収容を正式に謝罪した時の文章を読み上げた。戦時中の41年にツールレークにあった日系人強制収容所で生まれた古本さんは71年にアメリカ兵として戦ったベトナム戦争から帰還、PTSDに悩まされながらも妻キャロラインさんの献身的な看病で立ち直った退役軍人の立場からも戦争と差別反対を訴えた。
また式典ではスーザン大沼NY日系人会会長がコレマツ氏の業績を讃えると共に「未来を担う若者たちに一人の勇気が世の中を変えることができることを伝えていかなくてはならない」と話した。
ニューヨーク総領事の山野内勘二大使はコレマツ氏を「日米が共有する価値観である自由、民主主義、社会正義、人権尊重という言葉を体現したパイオニアである」とし、「ニュージャージー州でも近く記念日が制定されると聞いて嬉しく思う」と述べた。
式典ではニュージャージー州政府関係者側からフォート・リー郡常任委員会議長のジョセフ・サービエリ氏(古本氏代読)、州上院議員ジョセフ・レガーナ氏、州下院議員のラジ・マケルジ氏、州下院議司法委員会議長アンソニー・ヴェレリ氏がそれぞれ祝辞を述べた。
(写真左)フレッド・コレマツ氏 (上段左から順に)NY総領事山野内大使、古本氏、大沼氏(下段左から順に)レガーナ氏、マケルジ氏、ヴェレリ氏

リトルイタリーにあるオープンサンドのベーグルサンドイッチが人気のユダヤ系カフェ。1番人気の看板メニューは、ブルックリンで100年以上営業している店から仕入れるスモークサーモン、クリームチーズ、トマト、オニオンが入ったボリューム満点の「ザ・バズ」(16ドル50セント)。新鮮でとろけるようなノバサーモンとクリームチーズがたっぷりで、半分でお腹いっぱいになる。サーモンとイクラが半分ずつのったサーモンデュエット(16ドル)や、アボカドトースト(11ドル)もおすすめ。クッキーやチョコレートバブカのファンも多い。また、今週からバレンタインに向けてド派手なピンクのベーグルも登場予定。オンラインオーダーも可能。現在は毎日午前8時から午後2時までオープンしている。
BAZ BAGEL & RESTAURANT
181 Grand StNew York, New York 10013
212-335-0609
例年に比べると暖かい日が続いたNYだが2月の訪れと共に寒波到来。氷点下の気温とコロナのせいで、どうしても家にこもりがちになってしまう。今号では在宅勤務が続く大人と、外で思いっきり遊べない子供達のために、ウェストチェスターからアクセスが良いスキー場3か所を紹介しよう。キーンと冷たい山の空気を吸って心身共にリフレッシュ!
*各スキー場はコロナ対策として人数制限を行っているため、リフト券は必ず事前に購入しておくこと。また、レストランやショップでは必ずマスク着用。

ホワイトプレーンズから車で2時間。マンハッタンから近いスキー場として最もポピュラーなのがキャッツキル山地にあるハンター。1950年代後半の創業時からスノーマシンを積極的に導入し、1967年には世界で初めて頂上から麓まで100%人工雪でカバーしたスキー場となる。標高差490メートル、面積は最大320エーカー、リフト15機。コースの大半が中上級者向けでかっ飛ばす人が多いが、初級コースは独立しているため子供も安心して滑れる。スキーコース67(初級17、中級20、上級20、エキスパート10)のほか、4つのテレインパークを備える。充実したコースと良質なスキー教室、シティからアクセスの良さで人気が高く、週末はとても混雑する。
リフト券(ウェブ予約):大人88ドル、子供(7〜17歳)67ドル
ホワイトプレーンズから車で2時間10分。ハンターの北側にあるウィンダムはハンターより規模が小さく、マイナーな分、人も少ない。標高差457メートル、面積は最大285エーカー、リフト12機。スキーコース54(初級13、中上級24、エキスパート17)。中上級コースは近隣で一番と
誉れ高い。スキー場の施設は充実していないが、こじんまりした良さがある。山からの眺めも素晴らしい。
リフト券(ウェブ予約):大人78〜130ドル、子供(7〜17歳)62〜99ドル。ゲレンデとは別のアドベンチャーパークにはスノーチューブ(3時間25ドル)やキッズスノーモービルがあり子供は大喜び。
ホワイトプレーンズから車で1時間45分。今回紹介する4つの中では最も近いが、実はマサチューセッツ州になる。充実した初級者向けコースと子供向けプログラムで家族向けスキー場として人気が高い。標高差300メートル、面積は最大119エーカー、リフト8機。スキーコース40(初級15、中上級15、エキスパート10)。標高が低く、降雪が少ない弱点があるものの、のどかなバークシャーの景色と、近隣の町ヒルズデールの魅力がその弱点を補ってくれる。
リフト券(ウェブ予約):大人35〜93ドル、子供(7〜17歳)25〜79ドル。

ホワイトプレーンズから車で3時間30分。前述の3スキー場に比べるとダントツに遠く、日帰りは無理。ニューヨーク州最大規模を誇るゴア・マウンテンは標高差773メートル、面積は最大439エーカー、リフト15機、初級からエキスパートまで107のコースを持つ。大都市から遠く、敷地が広いため混雑することがなく、スキーやスノーボードを満喫できるのが嬉しい。天気が良い日にはバーモントの山々、時にはカナダの山脈を望む。
リフト券(ウェブ予約):大人105ドル、ティーン(13〜19歳)80ドル、ジュニア(7〜12歳)60ドル、6歳以下10ドル。
1998年、集英社から小説家としてデビューした作品『パンの鳴る海、緋の舞う空」がいきなり小説すばる新人賞を受賞して文壇に彗星の如く現れた。それまでは音楽ライター、編集者を経て94年に初のイラストエッセイ集『ニューヨーク街角スケッチ』を出版したり、イラストエッセイ集を計3冊出版したりしたが、今では長編小説で本領を発揮している。第2作となる『フラグラーの海上鉄道』は、旅行先のキー・ウエストとブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブの取材のために訪れたキューバがきっかけとなり、執筆された作品。『カチューシャ』『チェリー』がそれぞれ、小学館児童出版文化賞、坪田譲治文学賞候補となる。2020年、『宇宙でいちばんあかるい屋根』が映画化され、このほどDVDも発売された(2面に記事)。
多作だ。著作は「虹の巣」「海鳴屋楽団、空をいく」「犬のうなじ」「チェリー」「おどりば金魚」、翻訳絵本「もぐらのバイオリン」他多数。また、イラストレーターとして、装画、広告イラストなども手がける。自身の挿画による小説に「ぴしゃんちゃん」、イラストエッセイ集は前述の「ニューヨーク街角スケッチ」ほか「カリブ海おひるねスケッチ」「ニューヨーク アンティーク物語」などがある。最新刊はクリーニング店を舞台にした「洗濯屋三十次郎」。絵も描ける小説家としてNYで活躍している。
明治大学文学部文学科演劇学卒業。東京生まれ。音楽出版社の編集者を経て音楽ライターとなり、国内外問わず多くのミュージシャンを取材。80年代後半から90年にかけて、B’z、久保田利伸等の取材で何度か訪れていたニューヨークに、1992年に移住。「帰国を気にせずに好きなライブを観たかったから」という理由がきっかけだったというから当世代の若い女の子と動機は変わらない。
来米当時は音楽ライター、エッセイスト、イラストレーターとして活動していたそうだが、取材で訪れたカリブ海の島々やキューバのエッセイを書くうちにフィクションでも表現してみたくなり、小説の執筆に取り掛かったという。
「私の小説は、ヒーロー的な人間像よりも、生きるのに不器用で精一杯な人々が主体なのですが、そういう人々のささいな心の動きを小説の中で代弁できたらな、という思いは常にあります。表現としては、フィクション、ノンフィクションという枠にこだわらず、何かに深く感銘を受けたり、表現したいテーマに遭遇した時に、それをつきつめ、入念なリサーチも含めて、ひとつの世界観をあらわす作品として完結させられたら理想です」と話す。
クリエーターとしての将来を聞くと、「このコロナ禍で、長く構想を重ね、これからまさに手掛けようとしていた作品の根底がゆらぎ、一から築き直さないといけないという状況に去年は陥ってしまいました。そこで新たに、今の自分のいる環境と現実に基づいた作品、創作といえどもリアルな時代性のある物語が生み出せたらなと思っています。NYに住んでいるからこそ書ける、ということで、もしかしたらフィクションとノンフィクションの狭間にあるような作品になるかもしれません。一方で、絵を描くのも好きなので以前出版した『ぴしゃんちゃん』に続いて、絵と物語を融合させた本も作ってみたい」と意欲満々。これからも多くのファンを楽しませてくれそうだ。(三浦良一記者、写真は本人提供)
中米の楽園・癒しの楽園と呼ばれるコスタリカ共和国をご紹介します。この国の魅力は何と言っても、さまざまな生き物たちとのワクワクドキドキの感動的な出会いでしょう。世界一美しい鳥と賞賛されるケツァール、森の宝石ハチドリ、くちばしの長いひょうきんなオオハシ(トゥーカン)、愛くるしいナマケモノの親子、驚きの水面を走る美しいトカゲのバシリスク、集団で葉っぱを運び農業をするハキリアリ、そして夜は暗闇の中に浮かび上がるアカメアマガエルなど、亜熱帯特有の鮮やかな美しい生き物たちとの出会いが待っています。
●生物王国の小さな国

面積は5万1100平方キロメートル、日本の四国と九州を足したほどの小さなこの国は、世界の陸地面積のわずかか0・03%にす
ぎませんが、なんと世界の全生物種の5%が生息する多様性生物王国なのです。コスタリカの野生生物観察の魅力は、わずかな移動で景色や生き物の種類が変わること、長年の野生生物保護により野鳥もサルも人間を恐れないので驚くほど近くで観察できることです。
●自然の中で楽しめるアトラクション
太平洋とカリブ海に挟まれ国土の中央を背骨の様に山脈が走り、年中泳げる数々の美しいビーチから高山の火山まで、変化に富んだ多様性の自然を育みました。その豊かな自然の中でさまざまなアトラクションを楽しめます。熱帯雨林のトレイルやジャングルクルーズでの野生動物探索、日本にはないおしゃれなジャングル温泉での癒し、森の中で木から木に渡されたワイヤーロープを滑車で滑り渡るキャノピーツアー(ジップライン)、水しぶきを浴び爽快なリバーラフティング、シュノーケリングにイルカウォッチング、コーヒー好きの方はコーヒーツアーに参加し知識を深めるのも良いでしょう。

●1年中春の快適さ
温暖な気候で首都サンホセなどは年中常春の快適さ、浜辺は年中最高気温が30度を超えます。年間の温度差は少なく、12月〜4月の乾季と5月〜11月の雨季の2つの季節です。3月〜5月はケツァールなどの多くの野鳥の営巣時期、7月〜9月はウミガメの産卵時期と見所が異なります。
●コスタリカの食文化
あまり知られていないコスタリカの食事について。特別に変わった料理はありませんが、素材の良い野菜や肉を使った料理は、味付けがあっさりしていて日本人の口に合うと評判です。特に毎朝のように食べる「ガジョ・ピント」は赤飯のような見た目のご飯と豆のピラフの様です。
●コスタリカのCOVID-19現状
2021年1月24日、1日あたりの感染者は1000人前後、累積感染者数18・9万人、回復者数14・6万人、死者2518人となっています。現在コスタリカへの入国に関してはPCR検査は不要で、健康状況に関する質問のフォーマット記入と規定の保険への加入が必須です。国内での主な規制は、午後10時〜午前5時の車両外出禁止、店内への入場者数制限、サッカーなどの無観客試合、外出時は100%近くの人がマスクを着用しています。コスタリカでの観光は屋外なので密集した環境は少なく、コロナ感染のリスクが低い国と言えるでしょう。
1949年に軍隊が廃止され平和をこよなく愛するコスタリカ人の多くは、寛容で明るく親切です。環境保護の先進国とも呼ばれ、国土の約30%が国立公園・自然保護区などの何らかの保護区になっており、豊かな自然を利用したエコツーリズムが盛んです。教育に力を入れているのもコスタリカの特徴で、観光地では普通に英語が通じます。
コスタリカを旅している際に頻繁に耳にする言葉があります。プーラ・ビダ(Pura Vida)、Pure Life(純粋人生・生活)の訳ですが、ポジティブな意味でさまざまな場面で使われます。「元気ですか?」「調子はどう?」と聞かれた答えに「プーラ・ビダ」、「Good」「最高!」って感じですね。「ありがとう、どういたしまして」などの意味としても使います。また「あいつは、プーラ・ビダ」=(クールな奴)なんて言い方もします。地球幸福度指数で何度か1位に輝いた、楽しく幸せに生きる術を知っているコスタリカ人ならではのフレーズです。
スペイン語を公用語とする国は世界に30か国ありますが「プーラ・ビダ」を使うのはコスタリカだけ。旅行者のあなたが「プーラ・ビダ」と話せば、コスタリカ人は間違いなく喜びます。
コロナ禍の閉塞した生活の中に必要なのは癒しです。コスタリカの自然と「プーラ・ビダ」のフレンドリーなコスタリカ人があなたをお待ちしています。
※記事作成時の情報となりますので、最新情報は各公式機関にてご確認ください。
※現在地域により移動制限等が発表されておりますので、各州の最新情報や現地大使館・総領事館からの安全情報をご確認ください。
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四月も半ばなのに、きょうの東京は寒い。
この冬は例年よりも寒かったように感じられて、ほとんど外出せずに家にこもっていた。
街へ誘ってくれる人もなく、冬ごもりだった。出不精になっている。
家にいても本を読むくらいしかない。
そんなとき嬉しいことに四月五日付けのニューヨーク・タイムズの切り抜きが送られてきた。有り難いことだ。
その切り抜きは週刊誌「ニューヨーカー」と編集長のデーヴィッド・レムニックのことが書かれている。
翻訳すると四百字詰原稿用紙で十枚ほどになるだろうか。レムニックと「ニューヨーカー」のオフィスの写真が出ている。
レムニックは「タウン・カー」は使わずに、毎日地下鉄で通っているという。
「ニューヨーカー」も彼も倹約を旨としている。食事なども彼は大衆レストランですましてきた。
前任のティナ・ブラウンという女性は万事に派手な人だったが、レムニックは彼女とは対照的で地味に徹しているようだ。
アメリカの雑誌は厳しい状況にあるが、「ニューヨーカー」の広告ページも昨年は二十四パーセント減ったとはいえ、ほかにくらべるとはるかにましなほうだ。
レムニックはニュージャージー州出身で、若いころは「ビレッジ・ヴォイス」を読んでいた。
大学卒業後はワシントン・ポストに勤めた。今年五十一歳のレムニックは「ニューヨーカー」入りして十一年になる。
今でも新人と思われることもあるらしいが、社内での評判はすこぶるよい。
親会社であるコンデ・ナスト社は傘下の雑誌に二十五パーセントの経費削減を一律に命じたが、「ニューヨーカー」だけは例外だ。
倹約が「ニューヨーカー」を守ってきた。
レムニックのもとで週刊誌の部数が二十三パーセント増えて百万部を超えた。ただしニューススタンドの売り上げは少し減っている。
私が「ニューヨーカー」を購買するようになった五十年前ごろは、部数は五十万にも達していなかった。部数を増やすまいとしているかのようにも見えた。
今はアメリカの雑誌は一週間遅れで読めるようになった。一か月ほどかけて届くのを待っていたころにくらべると、便利な世の中になったものだ。
レムニックは現在オバマ大統領の評伝を書いているという。早起きして書き、夕食後も週末も書いている。
オバマの本は何十冊も出ているが、レムニックの書いたものなら読んでみたい。今年中に出るそうで、初版は十三万部で、版元のクノップフ社もベストセラーになることを期待している。
「私はジャーナリストだ」と彼は言う。「毎日仕事がある。それもたいへんに疲れる仕事だ」
彼はエスプレッソが好きらしい。ダブル・エスプレッソに角砂糖を一個入れて飲む。
ニューヨーク・タイムズのこの記事は寒い春の午後に日なたぼっこをしながら読んだ。
この週刊誌を読みはじめて、私もまもなく五十年になる。その間、私の英語力はちっとも進歩しなかった。
今回だって英語辞書を十八回も引かなければならなかった。でも、辞書を引くのは厭わない。辞書を引くのが習い性になってしまった。
それにヒマもできて、辞書を引くのがむしろ楽しいくらいだ。辞書を引きながら、ニューヨークに遊んだ遠い昔を思い出したりする。
もう彼の地を訪れるのは無理だ。若いうちに行くことができてよかった。西四十四丁目に「ニューヨーカー」のオフィスを訪ねることもできた。
(2010年4月14日掲載)
(写真)乗車客で賑わうタイムズ・スクエア地下鉄駅(写真・三浦良一)
■常盤新平(ときわしんぺい、1931年〜2013年)=作家、翻訳家。岩手県水沢市(現・奥州市)生まれ。早稲田大学文学部英文科卒。同大学院修了。早川書房に入社し、『ハヤカワ・ミステリ・マガジン』の編集長を経てフリーの文筆生活に入る。86年に初の自伝的小説『遠いアメリカ』で第96回直木賞受賞。本紙「週刊NY生活」に2007年から2010年まで約3年余りコラム「ニューヨーカー三昧」に24作品を書き下ろし連載。13年『私の「ニューヨーカー」グラフィティ』(幻戯書房)に収録。本紙ではその中から12作品を復刻連載します。