走る喜び思い出す GREENWICH CONCOURS d’ELEGANCE  2026

 コネチカット州グリニッチで5月30日(土)午前10時から午後4時まで、同町のクラシックカーを扱う旧車専門ディーラーや地元の旧車コレクターたちが自慢の車を出品するコンコース・デレガンス・ショーが開催される。

 入江のヨットハーバーにモータースポーツをこよなく愛するドライバーたちの愛車がズラリと勢揃いする。その一台一台が、現代の「輸送手段」と化した自動車が失ってしまった個性的な美と魅力を放つ。会場はグリニッチ駅から徒歩5分。入場料は大人60ドル。シニアと10代(10〜17歳)40ドル。9歳以下無料、詳細はhttps://www.greenwichconcours.com/

桜の交流 寄贈250本 フィラデルフィア日米協会


スバル桜まつり盛大に

100年前(1926年)に日本政府がアメリカ独立150年を記念して、フィラデルフィア市に寄贈した枝垂れ桜

 フィラデルフィア日米協会主催のスバル桜まつりが、3月28、29日、フィラデルフィアのフェアモントパークで開催された。総勢約2万3000人が参加し、春の風物詩を満喫した。今年は例年より少々早めの開催となり桜は三分咲きだったが、両日会場は”桜花爛漫”と言わんばかりに大勢の参加者で賑わい、華やかに和風が舞う週末となった。

 「桜」が導くフィラデルフィアと日本の結び付きは実に長く、1926年に日本政府がアメリカ独立150年を記念しフィラデルフィア市に1600本の桜を寄贈したことから始まった。その後、フィラデルフィア日米協会が桜の寄贈を続け、アメリカで屈指の書院造りの日本家屋として知られる「松風荘」の存在もあり、フィラデルフィアと日本との繋がりはさらに深まった。

 2003年から、その桜並木の元で日本文化を紹介する「桜祭り」が毎春開催されるようになり、今では地元だけでなく郊外からも数万人が訪れるフィラデルフィアを代表する春の恒例行事となっている。

 今年の桜まつりの幕開けとして、3月27日に「前夜祭」が行われ、子どもたちのソーラン節の踊り、古武道の演武、オーケストラ演奏、長唄三味線など、さまざまなジャンルのパフォーマンスが盛大に繰り広げられた。本番である3月28、29日のフェアモントパークの会場でも、和太鼓演奏・コスプレショー・カラオケ大会・歌やダンス等の情熱溢れるパフォーマンスがステージを彩り、終日参加者の心を躍らせた。

 今回は、フィラデルフィアを彩る桜をテーマとしたダンスで会場は絶好調に盛り上がった。毎年恒例のピンクの衣装を身にまとった可愛い動物たちが会場に勢揃いし、大人気の着付けや茶道などが体験できるブース、祭りを賑わす屋台、クラフト、お土産などの出店も例年以上に多く、参加者は日本のお祭り気分を味わった。

さらに深まる日米の絆

 写真左からデニス・モリカワ氏(フィラデルフィア日米協会理事長)、ジョージ・リオン氏(2026年スバル桜まつり委員会会長)、カズミ・チューニ氏(フィラデルフィア日米協会専務理事)、イアン・モラン氏(積水アメリカ社長)、スーザン・スローソン氏(フィラデルフィア市パーク&レクリエーション・コミッショナー)、ジェフ・ウォルターズ氏(スバル・オブ・アメリカ社長&COO)、パット・デイリー氏(フィラデルフィア名誉領事)、片平聡大使(NY総領事)、ボブ・ピック氏(北米東京海上、上級副社長 &CIO・チーフ インフォメーション・オフィサー)
祝辞を述べる片平大使

 29日の開幕式でフィラデルフィアのシェレル・パーカー市長が「美しい桜がフィラデルフィアと日本を結ぶ大切な役割を果たしており、未来につながる更なる交流を願っている」と祝辞を述べ、ニューヨーク総領事の片平聡大使は、挨拶の中で、フィラデルフィア桜まつりの「人と文化との交流」を大いに称え、今後のより一層の繁栄を願って桜の植樹に参加した。未来につながる新たな桜の木がフェアモントパークに加わった1日だった。

 コロナ禍以降、昨年から入場を有料にしたが、曇りの天候にもかかわらず、両日ともに多くの来場者で賑わった。参加した人たちからは 「これは毎年の大切なイベントだから、来年も絶対に来たい」「ボランティアとして参加して有意義な経験ができた」「この桜祭りは人種、年齢、国籍の枠を超えて、みんなが楽しめる素晴らしいイベントだ」 といった声が聞かれた。

 日米協会桜祭り実行委員の宇佐美友加さんは「来年の開催を心待ちにしている様子が伝わってきました。この桜祭りが地元に定着し、欠かせない季節行事となっていることがよくわかります。日米の友好の絆である桜は、これからもフィラデルフィア日米協会主催の春の恒例行事であるスバル桜祭りを盛り上げ、人々の心をつなげていくでしょう」と話している。

百年続く桜の歴史
独立250年を記念

フィラデルフィア日米協会

 写真左からマイク・オルーク氏(ペンシルベニア州経済開発部ディレクター)、間瀬博幸首席領事(NY日本総領事館)、ジョン・グロム氏(フィラデルフィア保険会社 Philadelphia Insurance Companies、社長&CEO)、カズミ・チューニ氏(フィラデルフィア日米協会専務理事)、右側にいる子供たちはフィラデルフィア補習校の児童生徒。一番右は同校の元日本語教師、フミヨ・バッタ氏。

 フィラデルフィア市内フェアモント公園にある桜の下で、過去25年にわたり桜まつりが毎春開催され、今は市長も参加する大きな年間行事のひとつとなっているが、その起源は日本政府からフィラデルフィアに桜の木が寄贈された100年前にさかのぼる。

  1926年、フィラデルフィアではアメリカ独立150周年を祝うため万国博覧会が開催された。日本は10余りの参加国のひとつで、フェアモント公園内に「日本パビリオン」を建設し1年間におよぶ展示をした。さらに、この万博参加にあたり、日本政府は桜の木を含む花が咲く樹木1600本をフィラデルフィアに市に寄贈。それは参加各国原産の木や花を「常設展示」してほしいというアメリカ政府からの要望に応えたものだった。 

 同年5月21日には、フェアモント公園内カトリックサークルの噴水の前、200人を超える観衆が見守る中で贈呈式が催された。松平恒雄駐米大使、ローランド・モリス元駐日アメリカ大使、ケンドリック フィラデルフィア市長などが参加。その時に植樹された桜は今でもフェアモント公園に見事な花を咲かせている。

  その後、フィラデルフィア日米協会は1998年から10年かけて、さらに1000本の桜の木をフェアモント公園内に植樹。 2023年には、東京海上グループに属するPHLYが250本を寄贈した。この250という数字は、今年2026年がアメリカ独立250周年にあたることも意味している。 

 4月1日に、この250本の植樹式典が100年前に開催されたのと全く同じ、公園内のカトリックサークルの噴水の前で行われた=写真上=。フィラデルフィアのメディアが中継する中、東京海上北米CEOジョン・グロム氏、ニューヨーク総領事館・間瀬博幸首席領事、フィラデルフィア名誉領事パトリック・デイリー氏ら多数参加した。

(フィラデルフィア日米協会専務理事チュー二・一美)

 参考:「Phila-Nipponia:フィラデルフィアと日本を結ぶ歴史的絆」 フィラデルフィア日米協会出版 (2015)

音で感じる日本語のこころ— オノマトペ — 十人十色 週刊やさしいにほんご生活

この連載は、日本語を勉強している人を読者対象としたコーナーです。日本文化やマナー、タイムリーな日本に関する話題などを簡単な日本語で毎月第3週号に掲載します。アメリカ人の友人などにご案内ください。また、漢字をまだ習っていないお子様にとっても社会を知り、漢字に接するよい機会になります。


音で感じる日本語のこころ
 — オノマトペ —

 日本語には、「オノマトペ」とよばれる言葉があります。フランス語がもとですが、日本語で音や様子、気持ちを表す言葉としてよく使われています。例えば「しーん」は、とても静かな様子を表わす表現です。日本の漫画では、音がない場面で「しーん」と書きます。また、「ぺこぺこ」は何回もお辞儀をする様子と、とてもお腹がすいた状態の表現の両方に使われます。その他、柔らかいものを「フワフワ」と表現するのも一般的です。オノマトペは、音だけでなく、心もつたえます。見えないものや、音のない静けさまでも表現するところに、日本語の豊かさがあります。

(長久保美奈、マナー講師)

わくわくことわざ(20)
文とイラスト 平田恵子

十人十色


 人の性格や好み価値観などは、個人によってみな異なるという例えです。ここでの色は「種類」のことで、十人いれば十種類の違いがあることを表しています。4月はさまざまな花や若草が咲き誇り芽吹く季節です。学校などで多様な個性が集まるなか、周囲に合わせるのではなく、「自分という花をどう咲かせるか」、そして「他者の色の違いをどう認めるか」という共生の精神も含まれています。「日本の好きな点を尋ねると、生け花、ポケモン、忍者、 十人十色の返事だった」などと使います。

《言葉の意味(ことばのいみ)》

・オノマトペ onomatopoeia ・音(おと) sound

・様子(ようす) situation / state ・気持ち(きもち) feeling

・静か(しず=か) quiet ・お辞儀(おじぎ) bow

・とてもお腹がすく very hungry

・共生の精神(きょうせい=の=せいしん):Spirit of coexistence

・芽吹く(めぶ=く):Fresh green sprouts come out. sprout

・「十人十色」と同じ意味の英語 :So many men, so many minds. 

*「十人十色」の十の読みで「じゅう」は中国語由来の「音読み」。

「とお」は日本固有の「訓読み」だが、言いやすさを重視して「と」と発音する。

ジャズの大御所はシティポップに首ったけ 三上クニさん

ジャズ・ピアニスト

 ニューヨークで活躍する現役バリバリの日本人ジャズピアニストとしてはおそらく最古参の部類だろう。三上クニさん(72)は1954年東京生まれ。6歳からピアノをはじめ、1974年、19歳でニューヨークに渡った。ダウンタウンのモットストリートとハウストンストリートの家賃125ドルのアパートに住むも、数年後の寒い冬に積もった雪で天井が壊れたのをきっかけにイーストビレッジに移動、85年までその地域に数か所あったロフト・ジャズで演奏を開始する。

 この時期にピアニストのバリー・ハリス氏とノーマン・シモンズ氏に手ほどきを受ける。1991年にスイングジャズの名門ライオネル・ハンプトン楽団に入団、ハンプトンが亡くなるまで12年間在籍、彼の最後のピアニストとなった。同時にイリノイ・ジャケー楽団、キャブ・キャロウェイ楽団、デューク・エリントン楽団など、数々の名門楽団で演奏し、エリントン楽団のピアニストとして老舗ジャズクラブ・バードランドに1998年から2006年まで8年間毎週出演。98年にはエリントン楽団日本公演メンバーとして訪日した。2015年に活動を開始したニュー・ライオネル・ハンプトン楽団でもピアニストを務めている。同時に日本のメロディをポップ風にアレンジした曲を米国内各地の文化的催しで演奏、国際交流基金の招聘で南アフリカや中米、ブラジル各都市でも演奏している。

 自己のトリオでは主にニューヨークのジャズクラブで演奏を続ける。毎年、春と秋には日本各地で「0才からのジャズコンサート」を、2010年から計450回開催、観客動員数は毎年6000人を上回る人気だ。

 現在はジャズトリオの活動に加えて近年来世界中で流行っている日本の1980年代のシティポップを演奏する女性歌手4人を加えたグループ「東京ダウンタウン」のリーダーとして毎月1回、ブルックリンのライブハウス「The Red Pavilion」で演奏している。

 「アメリカの音楽に憧れてアメリカに来たけど、今はこうやって日本の音楽もやってる。シティポップは現代の日本文化だよ。伝統芸能だけが日本文化じゃないよね。昔は民謡ポップ風のイベントもあったけど。アメリカの若い子たちは一緒にシティポップを歌ってくれる。楽しいですよ本当に。英語でジャズ歌ってる子も日本語の歌詞だと100倍くらいよくなる。発音とかアレンジに疑問が湧かないからね、だからその自信も会場に伝わってか観客のノリはすごくいい。始めたのはここ1年くらいで、その前は昭和歌謡。僕は74年に来米してるから80年代の日本のシティポップは知らない。でもねR&Bのテンポも入ってアレンジがかっこよくて、アメリカのパクリにしても音楽がグッとよくなって、歌詞とメロディが今のラップとは違うよね、実に都会なわけ。ジャズは30年代40年代の男性がリードする世界だったけど、シティポップは女性が主張して強くなった。昭和歌謡は藤圭子じゃないけど捨てられた女の恨み節みたいでなんか暗いけど、80年代ってあの頃若者がまだ車持ってるんだからね真夜中に運転したりして。録音だって8小節のたった30秒の中にトロンボーンや大物ミュージシャン雇ったりして贅沢な作りで厚みがあるよ」とジャズピアニストの大御所は、すっかりシティポップに惚れ込んだようだ。「片足突っ込んでるって? いやいやもう両足入れてもいいよ」と笑う。

 将来の夢を聞くと「つつがなく音楽をやり続けて一生を終えたい」とのこと。三上さんのもう一つの顔は、40年近く、ニューヨーク日系人会(JAA )のパートスタッフとして週に2日の勤務で今もニューヨークの日系社会と共に過ごしていることだ。家庭では妻と大学生の息子の3人暮らし。(三浦良一記者、写真は本人提供)

NY日系人の記録 JAAで映画上映

戦後のララ物資支援を解説

 ニューヨークの日系人に関する歴史記録映画の上映会が5日午後、ミッドタウンのニューヨーク日系人会(JAA)で開催され、約50人が先人の活動について学びを深めた。

(写真上)戦後日本に送られたララ物資について解説する西田教授

 第1部は「NY日系人会の礎を築いた人物:輝ける星 高見豊彦医師の軌跡」。高見博士(1875—1945・写真円内)が15歳で渡米を決意して家出同然で熊本を出て渡米するなど苦労を重ねた青年時代から、日本人墓地の購入に尽力するなど日系人コミュニティに多大な貢献をした足跡を辿る内容で、英語の自叙伝を軸として制作された。第2部は「LARA物資に託した想い:NY日本人による祖国救済の記録と記憶」。戦後すぐに米国の民間団体が中心となった支援(Licensed Agency for Relief in Asia=ララ)の物資に、ニューヨーク日系人コミュニティーがいち早く、かつ多大な貢献をしたことが紹介された。ララ物資について研究を重ねる立教大学・西田恵子教授がこの上映会にあわせて渡米、日本での配布状況について「極めて公平かつ全国に平等に配布された」と補足説明をした。2作の制作を統括したニューヨーク在住の映像プロデューサー・青松伴晃さんは、「多くの人に日系人の歴史を知ってもらいたいという思いが強い」と話し、青松さんの意志に賛同したJAAが制作資金や資料提供に全面協力して完成した。特に「ララ」の映画は、西田教授が監修者として協力した。

映画の制作について語る青松氏

 会場には、高見博士の子孫や通っていた協会の牧師なども姿を現し、上映後は和やかに歓談していた。

 JAAは1907年に高見博士が「日本人墓地の購入と日本人の相互扶助」を呼びかけ設立した「日本人共済会」が基盤となっている。ブロンクスにある日本人墓地への墓参会は毎年メモリアルデーに行われ、その前日には墓掃除のボランティア活動も続けられている。映画や墓参会への参加など問い合わせは、電話212・840・6942(JAA)まで。

(小味かおる、会場写真も)

 JAAのYouTubeチャンネルに当日のビデオが公開されている。

https://www.youtube.com/@jaanytv5548

ジャパンパレード公式マスコットの名称 Happi に決定


  5 月 9 日(土)に開催される「Japan Parade & Street Fair」に向けて公募していた公式マスコットの名称が決定した。多くの応募から選ばれた名称は、「Happi」に決定した。日本文化の魅力や親しみやすさ、そしてジャパンパレードが大切にする日米の絆を象徴する。また、公式マスコット「Happi」をデザインしたオリジナルグッズの販売を開始した。商品は、 Tシャツ、ステッカー2種で、公式ウェブサイトではTシャツのみが35ドル(送料・税別)で販売する。イベント当日には ストリートフェアのテントにて販売。また 17 日より紀伊國屋およびジャパンビレッジにおいても、Tシャツとステッカーの販売も開始する。両店では、Tシャツ38ドル、 ステッカー4ドルで販売。オンライン販売サイトはhttps://www.customink.com/fundraising/japan-parade-2026

40+ 女の人生  シャネルのあと、暗闇のアルプスへ

ビリオネアが集まる冬のサンモリッツ。
予定通りにいかない大人の旅の楽しみ。

 先日、パリからスイスのサンモリッツへ旅をしました。パリではシャネルのファッションショーを見たあと、そのままアルプスへ向かうという少し贅沢な移動です。

 普通ならパリからチューリッヒまで飛行機で行き、そこから車で約3時間ほどでサンモリッツに到着します。でも今回は、あえて電車を選びました。

 アルプスへ向かうこのルートは、ヨーロッパでも特に美しい景色が見られることで知られているからです。ただ、旅は最初から少し波乱でした。

 パリで最後にシャンパンを飲みすぎてしまい、なんと電車を一本逃してしまったのです。そこから予定が大きく狂い、駅の中をスーツケースを引きながら走り回ることに。次の電車がどこから出るのかもよく分からず、しかも私たちは現地の言葉も話せません。

 結局、ChatGPTやGoogleマップなど、使えるテクノロジーを頼りにしながら、なんとか次のルートを探していきました。

 最終的にはローカル列車を6回も乗り継ぐことになりました。

 しかも、アルプスの景色を見るために電車を選んだのに、途中で日が暮れてしまい、窓の外は真っ暗。

結局、4時間もの間、何も見えない暗闇の中を走る電車に乗っていることになりました。

 ようやく到着したサンモリッツは、冬になると世界中の富裕層が集まる場所として知られています。実はサンモリッツには商業便の空港がなく、飛行機で直接入る場合はプライベートジェットのみ。そう聞くと、この街の雰囲気が少し想像できるかもしれません。

 今回の目的の一つは、凍った湖の上で開催されるクラシックカーイベント「THE ICE」。

氷の上には、まるで美術品のようなクラシックカーが並びます。

 VIPテーブルでシャンパンとイベリコハムをいただきながら、その光景を眺めていました。

雪景色の中に並ぶクラシックカーは、どこか現実離れした美しさがあります。

 でも、実は一番印象に残っているのは山の上のレストランでした。

 「パラディーゾ」というレストランで、車では行けません。スキー客と同じようにゴンドラに乗って山を登ります。

 周りには普通のスキーウェアの人たち。

 その中に、まるでファッションショーのような人たちも混ざっています。

 夜は「ドラキュラ」という有名なメンバーズクラブへ。

男性は黒いジャケット着用がルールで、もし持っていなければ50ユーロでレンタルする仕組みです。

 中に入ると、そこは完全にパーティーの世界。

音楽が鳴り響き、人々は踊り、エネルギーに満ちた空間でした。

「これが本物のビリオネアのパーティーなのかもしれない」と思うほどの熱気でした。

 美味しい食事、パン、ワイン、シャンパン。

どれも驚くほど新鮮で、ゆっくり時間をかけて楽しむ文化があります。

 大人になると、旅は計画通りに進むことよりも、予定外の出来事の方が思い出になる気がします。

電車を逃したことも、スキーができなかったことも、

今となってはすべて楽しい出来事でした。

40代以降の旅は、

「どこへ行くか」よりも

「その時間をどう楽しむか」が大事なのかもしれません。

 サンモリッツは確かに華やかな場所です。でもそこで見た人たちも、結局は雪の中で踊り、シャンパンを飲み、ただ人生を楽しんでいるだけでした。

 それが、なんだか素敵だなと思った旅でした。 


藤田カンナ

美容クリニック「Re:forma」と「Kirei House」代表として日本の美の哲学と、米国および世界中から取り入れた先進的な技術を融合させ、心身の調和を重視した総合的な美容と健康ケアを提供。女性の健康をサポートするために開発、Femtechアワードを受賞した幹細胞製品の米国代表。KAATSUスペシャリスト認定資格およびインテグレーティブ・ニュートリション認定ヘルスコーチの資格を持ち、コロンビア大学で学んだビジネスと経営の知識を活かし、事業運営や顧客サービスにおいて、常に最先端のアプローチを追求している。

吉田実代リターンマッチ 4月25日ボストンで

 ニューヨーク在住のIBF元王者ランキング1位の日本のプロボクサー吉田実代が4月25日(土)午後5時からボストンでボクシングのリターンマッチの試合をする。IBFから世界戦の指名挑戦指令が命じられ秋に世界タイトル予定。開場は午後4時。吉田実代はセミファイナル午後7時30分頃予定。応援シートはリングサイドで入場料100ドルにTシャツ付き。チケット購入は、[email protected] か当日会場入り口にて販売。80ドル、60ドルのチケットも会場またはwww.bostonboxingpromotions.comにて販売。

 会場はマサチューセッツ州ハーバーヒル、モニュメント通り137番地。ハーバーヒル・ハイスクール。対戦相手はメキシコ元フライ級王者エディス・ラ・パンテラ・フォレス。

 吉田は、日本のプロボクシング二階級制覇チャンピオンプロボクサー、キックボクサー、元総合格闘家、シュートボクサー。ミッドタウンにあるBread winnerNYC所属。グループレッスンや講演なども受付中。問い合わせは[email protected]

 プロモートはアメリカに拠点を移した2022年から2026年2月14日まではディベラ・エンターテインメントを卒業し現在はフリー。元WBO女子世界スーパーフライ級王者。元IBF女子世界バンタム級王者。世界2階級制覇王者。元OPBF東洋太平洋女子バンタム級王者。元日本女子バンタム級王者。マネジメントはTMAとKeith Sullivan, attorney。

 「6月にNY、8月にテネシーで試合をして10月に世界戦になると思います。今年こそは4度目の世界チャンピオンに返り咲きます。頑張ります」と意欲を見せる。Instagramはmiyo_yoshida_
Xは@MiyoBluedog

「太陽を盗んだ男」など上映 ジャパン・ソサエティーで5月から

長谷川和彦回顧上映会


 ジャパン・ソサエティー(JS)で5月8日〜16日まで、「Kazuhiko Hasegawa’s Anarchic Ethos」と題した映画監督・脚本家である長谷川和彦回顧上映会を開催する。長谷川和彦は今年1月、80歳で亡くなった。代表作は79年(昭和54年)公開の沢田研二主演の『太陽を盗んだ男』=写真=である。沢田が原爆を自作する中学校教師を演じた異色のアクション映画。公開当時は興行的に振るわなかったがアナーキーな内容から熱狂的なカルト的人気を得て、後に「キネマ旬報」ベストテン1位に選ばれるなど、日本映画史に残る傑作と評されている。デビュー作である『青春の殺人者』は、76年(昭和51年)公開され、水谷豊・原田美枝子主演。千葉県市原市で起きた親殺し事件を下敷きにした中上健次の短編小説『蛇淫』をもとに、田村孟が脚本を執筆した。深い理由もなく、行きがかりから両親を殺してしまった青年とその恋人の末路を描き、「キネマ旬報」ベストテン1位の他、日本映画監督賞。長谷川の監督作品は2本のみで他は脚本を手がけている。今回の回顧上映では監督作品2本以外に脚本を担当した『濡れた荒野を走れ』(73年)、『宵待草』(74年)、『青春の蹉跌』(74年)も上映される。詳細はウェブサイトhttps://japansociety.org/を参照する。

編集後記

編集後記
 みなさん、こんにちは。ニューヨークへの感謝、日本文化の紹介、日系社会の連帯の3テーマで今年もジャパンパレードが5月9日(土)午後1時から3時30分までセントラルパークウエストで開催されます。81丁目から68丁目まで100以上の日系団体による参加者2800人規模(昨年実績)で盛大に開催され、6万人(同)を超える沿道の観客、人出が見込まれています。

 開催5回目を迎えていま、毎回楽しみにパレードを見ている観客が、予想外の我慢を強いられていたことが浮上してきました。観衆の最大の悩みはトイレだったのです。パレード沿道や、72丁目で開催される日本の屋台の食べ物テントのストリートフェアに繰り出す一般客のための仮設トイレがないのです。招待客やVIPなどがパレードを観るためのメインスタンド裏には、仮設トイレがいくつか用意されますが、一般の観客は使えません。パレード参加者用の仮設トイレも出発地点近くにありますがほぼ参加者限定。ストリートフェアのテント近くにも仮設トイレが設置されますが、使用できるのは屋台や模擬店を出店しているスタッフ・関係者のみで鍵がかかっています。では一般の人はどこでトイレの用を足していたのでしょうか。

 パレードの運営を担当するリエゾン・オフィスのゴージャスエンターテインメントに聞いたところ次のような返答がありました。 「一般向けの仮設トイレにつきましては、ニューヨークにおける屋外イベントの一般的な運営方式に準じ、周辺施設のトイレをご利用いただく形で運営しております。先ごろ開催されたセントパトリックデー・パレードやメーシーズ感謝祭パレードをはじめ、市内の多くの大規模パレードにおいても、セキュリティ面での懸念なども踏まえ、一般来場者向けの仮設トイレは通常設けられておりません。パレードおよびストリートフェアからほど近いセントラルパーク内だけでも、 Rambles Shed、Mineral Springs Public Restrooms など、一般の方にご利用いただけるトイレが複数ございます」とのことでした。

 パレードが開催される以前は、セントラルパーク内で「ジャパンデー@セントラルパーク」という催しが数年間開催され、フードテントの近くの公園内にズラリと仮設トイレが設置されていました。「ジャパンパレードは、セントラルパークウエストに沿って開催されるので、公園内に仮設トイレを設置できないものでしょうか?」と再度主催者側に質問しましたが、「回答に少し時間が欲しい」との返事が来たままです。以前は公園内に設置できたので、今回もできないことはないはずですが、もしできない理由があるとするなら、ジャパンデーは公園局の管轄、パレードは警察の管轄と「イベント申請先が違うので同じようにはできないし、今からでは間に合わない」という答えが返って来そうです。だとしてもそんな縦割りの垣根を超えてでも対処してもらえたらいいのですけどね。ある家族はこう言いました。「この日は朝から飲み物を飲まずに行きました」。お子さんたちの我慢が限界に達しないことを祈ります。今週号の5面、社会面で詳報しています。それでは、みなさんよい週末を。(週刊NY生活発行人兼CEO、三浦良一)

【今週の紙面の主なニュース】(2026年4月11日号)

(1)アポロから半世紀 月への航路再び

(2)春の風物詩 イースター

(3)タイムズスクエア電飾アートジャック 松山智一

(4)窓越しの声 ニューヨークの魔法

(5)紫 今に聞く クリエーターNY訪問

(6)政権がとりあえず立ち上がった  あめりか時評

(7)トランプ界隈の怒りの正体

(8)どうするトイレ? ジャパンパレード

(9)日本の相続と生前準備  山口里美さんが解説

(10)世界中を飛び回るピアニスト目指して  結束真琴さん

アポロから半世紀 月への航路再び

アルテミスII打ち上げ

人類の月帰還へ序章

現代は中国との宇宙開発競

 米航空宇宙局(NASA)は4月1日、有人月周回ミッション「アルテミスII」をフロリダ州から打ち上げ、4人の宇宙飛行士を乗せた宇宙船が約10日間の飛行に出発した。人類が月へ向かうのは1972年のアポロ17号以来で、50年以上ぶりとなる。

 乗組員は米国人3人とカナダ人1人で、月面着陸は行わないものの、月を周回して地球へ帰還する。今回の任務は、将来の有人月面着陸や長期滞在に向けた重要な試験飛行と位置付けられている。宇宙船「オリオン」は約69万5000マイルの往復飛行を行い、月の裏側を含む観測を実施する予定だ。

 打ち上げは午後6時35分に行われ、現地には多数の見物客が集まり歓声を上げた。一方で、ニューヨークなど都市部では関心の低さも見られ、宇宙開発への関心の変化も浮き彫りとなった。

 打ち上げ直前には技術的な不具合により約11分の遅延があったが、飛行はおおむね順調に進行している。ミッションは太平洋への着水で完了する予定で、NASAは「人類の月帰還に向けた序章」と位置付けている。

 今回のミッションでは、黒人宇宙飛行士や女性、さらには米国以外の宇宙飛行士が初めて地球周辺を超えた深宇宙飛行に参加するなど、多様性の面でも歴史的意義を持つ。1960年代、NASAはソ連に先んじて月面着陸を成し遂げようと競い合っていた。今回は中国との宇宙開発競争となっている。

 人類が再び月に向かうことになった理由としては、将来の火星への有人飛行を想定して長期滞在・放射線対策・生命維持技術などの実験場となることや水、ヘリウム3、レアメタルなど将来利用できる資源があることがあげられる。そうした科学拠点だけに留まらず、通信・衛星ネットワークの拠点、深宇宙の監視、軌道上インフラの整備など宇宙空間での軍事的主導権争いがある。月に誰が先に拠点を作るかが国際政治のテーマになっている。中国は2030年末までに宇宙飛行士を月面に着陸させることを目指している。NASAは2030年までの月面着陸、さらに月面拠点の構築を目指すとしている。