被爆証言を米国で 長崎から10人来米

LA、ニューメキシコ、ハワイで

 長崎の被爆者ら10人が12月10日までの2週間、カリフォルニア州、ニューメキシコ州、ハワイ州で被爆証言を行う。長崎の被爆者団体、長崎県被爆者手帳友の会が核兵器廃絶と平和な世界実現を目指し、企画した。11月末、ロサンゼルスで寺院での慰霊や在外被爆者との交流からプロジェクトが始まった。被爆者の平均年齢が86歳を超えた今、被爆の実相を語る「ラストキャラバン」と位置付け、若者との対話集会を開く。

(写真)ロサンゼルスの高野山別院で祈祷した代表団(11月28日)

鈴木史朗長崎市長(右)がホノルル市長への親書を朝長万左男長崎県被爆者手帳友の会 会長に託す(11月26日、長崎市役所で)

 12月7日は、真珠湾で開かれる追悼式典に参列し、朝長万左男会長が鈴木史朗長崎市長から託された親書を持ってホノルル市長らと面会する。親書には、「ホノルル市民と長崎市民との友好が一層深まり、対話を通して信頼を育む『地球市民』の精神が世界中に拡がっていくことを心より願っています」と記されている。35年前、同団体がホノルルへ寄贈した「長崎の鐘」を現地市民と共に鳴らす予定だ。詳しくは https://www.youtube.com/@NGS被爆者手帳友の会。(前田真里)

小学生記者がナガサキを記事にする

前田真里・著
くもん出版・刊

 ナガサキ。1945年8月9日、原子爆弾が投下された街として平和の願いをこめて発信する時は、片仮名で表します。私は爆心地近くで生まれ育ち、高校時代に被爆者と出会ったことから報道の道を志し、地元でアナウンサーとなりました。その後東京、ニューヨークを経て今は再び長崎で働いています。

 2015年、ニューヨークで暮らしていた時、国連で被爆者を取材しました。戦後70年のパネル展示を様々な国の人たちが真剣に見入っていた姿が忘れられません。その時、「赤い背中」の写真を掲げ、訴えた被爆者の谷口稜曄さんは今、もういません。被爆者は高齢化し、施設に入られたりお亡くなりになったりして直接、話を聞く機会は減ってきています。

 もし、今の子供たちが、当時、子供だった被爆者の体験を“自分事”として感じられたら、平和の願いを受け継げるかもしれない。戦後80年の夏、私は児童書を出版しました。新聞制作のボランティアで出会った小学生記者5人のその後を追った1冊です。全国の約360以上が加盟する日本非核宣言自治体協議会は、2008年から「ナガサキ・ピース・タイムズ」という新聞を発行しています。毎年、原爆の日前後に各地から集まった小学生と保護者がナガサキや自分が住む地域の太平洋戦争について取材し、記事を書きます。小学生が初めて聞いた被爆体験を自分の言葉にするのは大変なことです。作文用紙とにらめっこ。一行書くのに一時間以上かかることも珍しくありません。どの記事も、セミの声が響く中、日焼けしながら、時には涙しながらまとめた〝宝物〟です。

 新聞制作を終えて、地元に帰った小学生記者は、ナガサキで感じたことをまわりの人に知ってもらおうと積極的に動きます。核兵器のクイズを出して友達と話したり、キノコ雲の水彩画を描いて平和新聞を作ったり、全校集会で発表したり。この本には、5人がナガサキで何を感じ、どう発信したのか世界平和を伝え、広めるヒントが詰まっています。取材の面白さを忘れられず、本物の新聞記者になり、今も被爆者の記事を書いている人もいます。本を書くにあたり、2年前から各地の元小学生記者に会いに行き、当時の気持ちを一緒に振り返りました。

 この本を読んでくれた国内外の子供達から感想が届きました。「被爆クスノキの空洞に石が詰まっているのを知って、爆風のすごさを感じた。一度燃えたのに今も育っているのがすごい」「小学生記者から最後まで諦めないことを学んだ。悲しいだけじゃない話もあって読みやすかった」。同じ小学生の取り組みを身近に感じてもらえたようです。

 被爆地に足を運ぶのは難しいかもしれませんが、戦後80年の年末、もし、小学生記者と一緒にナガサキを取材している気持ちでページをめくっていただければ嬉しいです。 (前田真里)

ブラックフライデーに異変 オンラインが史上最高

AIの影響さらに拡大

 米国の感謝祭セールでオンライン消費が過去最高を更新した。アドビ・アナリティクスによると、11月27日の感謝祭のオンライン売上は64億ドル(約9900億円)、翌28日のブラックフライデーは118億ドル(約1兆8300億円)と前年から約9%増えた。寒波や物価高の影響で店舗よりネットを選ぶ傾向が強まり、AIを使った価格比較ツールやスマホ経由の購入が拡大したという。 

(写真上)かつてほどの大混雑が見えないメイシーズ(28日午前)

ナイトマーケットの買い物客

 週明けのサイバーマンデーは142億ドル(約2兆2000億円)と、前年から6・3%増の過去最高になる見通しで、感謝祭からの「サイバー5日間」はいずれも高水準の売れ行きとなる公算だ。 

 アドビは、11月から年末にかけたオンライン支出が計2534億ドル(約39兆2800億円)と前年から5・3%増え、初の「2500億ドル(約38兆7500億円)超え」になると予測する。一方、全販売チャネル(経路)合計の年末商戦売上について、全米小売業協会(NRF)は初の1兆ドル超(約155兆円規模)を見込んでいるが、伸び率は前年比3・7〜4・2%と鈍化するとしている。

 物価高やクレジットカード債務の増加で、中低所得層は支出を絞る動きが強い。一方、株高と賃金上昇の恩恵を受ける高所得層は旅行や高額品の消費を維持しており、「二極化したホリデーシーズン」になるとの見方が出ている。

 年末商戦は、BNPL(後払い)サービスの利用拡大やAIを活用した販促が下支えとなるものの、実質ベースでは横ばい圏との観測もあり、小売各社は値引きと利益確保の両立という難しい舵取りを迫られそうだ。

再び歌う喜びをNYで実感中 Yoshiko”yoppi”さん

シンガーソングライター

 ヨシコ・ヨッピーこと本名・渡邉佳子=わたなべよしこ=さんは、ニューヨークを拠点に「心で歌い、心に届けたい」を大切に活動するシンガーソングライターだ。鹿児島に生まれ、幼少期を大阪、千葉、東京で過ごし、3歳からピアノを始めた。中高校時代はブラスバンドでサックスやトランペットに打ち込んだが、大学時代にジャズ研究会に出会ったのがきっかけで歌の道へ進んだ。

 在学中は渋谷のジャズライブハウスで毎週歌うシンガーとして活動を始めたが、経済学部を卒業後は金融関係の企業に就職、社会人生活を送っていた。結婚を機に来米し、現在は二人の子どもの母でもある。

 日本では、仕事と並行して不定期に歌の活動を行っていたヨッピーさんだが、米国に来てから二人目の妊娠・出産の時期に、再び音楽と向き合いたい気持ちが芽生え、作曲やリトミックの学びを重ねた。現在は音楽家としての新たな自分自身の人生のスタートを切り開いている。

 これまでに2枚のオリジナルアルバムと合計3枚のシングルを発表し、デュオユニット WOWNYとしての作品もリリースしている。米国東海岸ではコンサート出演、イベント、スタジオワークを中心に活動しており、日本でも毎年全国ツアーを行い、2025年には箱根芸術祭で計6公演の弾き語りコンサートを担当するなど、音楽家として活動の幅を広げている。

 また、教育者としてもリトミックメソッドを取り入れた音楽教室「Yoppimusic」を主宰し、月曜から土曜日まで自宅のスタジオには50人近い生徒たちが通う。子供から大人まで幅広い世代に音楽の楽しさを伝えている。

 「ニューヨークには、夢を掲げて移り住む人だけでなく、私のようにひょんなきっかけで移住してくる人もいます。その時に結婚や子育てを通して一度キャリアを離れ、今現在もニューヨークで何かしたいけれど、自分には何ができるのだろうかわからず悩んでいる人もいます。人生にはさまざまな形があり、どの段階からでも再び始めることができるというそんな想いを、私自身の歩みと音楽を通して、みなさんに何か届けられたら嬉しいです。私自身、20代の終わりから30代半ばまで、現実の環境を受け入れながら生きてきたため、本当にしたいこと、つまり 『私らしく生きる』 ことがわからなかったのです。でも今は、『こんな生き方も自分らしいのだ』と思えるようになりました。誰かの心に届くような歌を歌い、また、次世代の子供達に音楽の楽しさを伝える音楽活動を続けていきたいと思っています。実はいつも心も響いている歌があるんです。ルイ・アームストロングが1967年に出した曲で、ホワット・ア・ワンダフルワールドという歌なんですが、これから生まれてくる子供たちは私たちよりもきっともっと多くのことを学ぶだろうという世代や人種を超えた内容の歌詞で、私も私たちより下の世代に私たちが学んだことを伝えて、AIの時代になっても、彼ら自身の中から生み出したものを大切に育てていって欲しいという気持ちで子供達を指導しています」と話す。

 シンガーと教育者として生きるヨッピーさん、その歌声とスピリッツは聴く者の心をライトアップし続けている。

 (三浦良一記者、写真も)

植山慎太郎カレンダー読者プレゼント

月とニューヨークがテーマ

 本紙の表紙写真でもお馴染みのニューヨーク在住フォトグラファー、植山慎太郎さんによる「月とニューヨーク」シリーズを収録した2026年版フォトカレンダーを読者10人にプレゼントします。

 コロナ禍から始まった小さな挑戦が、今年で6年目を迎えた。「旅をするように日常を過ごす」ようなニューヨークの季節と詩的な瞬間を届けています。2020年、ニューヨークがロックダウンに包まれた日。仕事も撮影もすべてが止まった中で、「写真を通して人を元気づけたい」との思いから始まったこのプロジェクト。それから6年、毎年好評を博しているフォトカレンダーが今年も新作を迎えた。

 テーマは、「永遠のニューヨーク」。

 ブルックリンブリッジのスーパームーン、セントラルパークの紅葉、雪に沈むSOHO、春色の光。街が魅せる一瞬の表情を切り取り、「時間の流れとともに変わるニューヨークの詩情」を感じられる構成。

 一般的なカレンダーのようにニューヨークのランドマークを並べるのではなく、「暮らしに飾っても、心が静かに満たされる」ような写真をセレクト。「ページをめくるたびに、まるでニューヨークを旅しているような気分に。インテリアとしても楽しめるデザインに仕上げた」と植山さん。忙しい日々の中でふと視線を上げたとき、心が少し軽くなるようなカレンダーだ。

 希望者は「植山さんカレンダーを希望」と明記し、氏名、郵送先住所を添えて編集部までにメールでご応募ください。応募締め切りは12月16日。当選者は本紙新年号で発表し、年内に郵送します。応募先 [email protected]

サムライ・ソード・ソウルが20周年記念公演

 ニューヨークを拠点とするサムライ演劇カンパニー、サムライ・ソード・ソウルは、12月3日から7日(日)まで創立20周年を記念した最新舞台『DON’T CRY MY FRIEND (泣かないで、友よ)』をギブニー280ブロードウエー・アグネス・ヴァリス・パフォーミング・アーツ・センター(チェンバー通り53A番地2階)で好評上演中だ。

 総合演出はヨシ天尾。本作は、日本の二大民話「浦島太郎」と「泣いた赤鬼」を原案にしたオリジナルのサムライ演劇。迫力ある殺陣とコメディ、涙を誘う愛のドラマ、そして物語の核として正義・悪とは何か、人はどうやって自分の道を見つけ歩んでいくのかを問いかけている。公開前夜の2日夜、報道関係者向けのプレス上演が同会場で行われた。

 座長の天尾は舞台後、「人間とはどう生きるのか、日本からアメリカに来た人、アメリカで生まれた人、日本に帰る人、移民という生き方を常に意識してきた中で、そこに愛はあるのか、正義とは何かと盛り沢山ではあるけど侍を通して『ショーグン』にも出たことで劇団に勢いも出ているので、今後はハリウッド映画の映像とライブとを行き来して続けていきたい」と語った。侍の伝統と現代演劇を融合させた侍剣魂(サムライ・ソード・ソウル)の渾身の一作。チケットはウェブサイトhttps://ticketstripe.com/samuraiswordsoulで購入。

詳細は同カンパニーの公式サイト公式サイトwww.samuraiswordsoul.com参照。入場料40ドル。(三浦)

編集後記

編集後記

 みなさん、こんにちは。ニューヨーク歳末の風物詩とも言えるサルベーション・アーミー(救世軍)の「社会鍋(Red Kettle Campaign)」が街角で賑やかにベルを鳴らして募金を呼びかけています。感謝祭の11月末からクリスマスまで全米各地の街角で行われる恒例行事です。今週号で11月も終わり、いよいよホリデーシーズンの幕開けです。来週はロックフェラーセンターのクリスマスツリーも点灯して1年の締めくくりです。

 この時期、新聞社はどこも新年号態勢でシフトを組んで頑張っているのでしょうか。毎週、オリジナルの記事だけで紙面を埋めていく作業は、毎回綱渡りです。来週号がどんな紙面になるのかは今週はまだわからないところが新聞作りの醍醐味でしょうか。

 ネットを探せばいろんな情報や動画が溢れていて、空想や創造された映像などもまるで本物のように出回っていて、最近は、動画でどれだけ真実を伝えているのか疑心暗鬼になってしまいます。オリジナルの記事でもネットにあげた瞬間、全てAIに吸い取られて公共の情報になってしまう現在、高度な取材力と組織力でカバーされている世界の政治や経済のニュースも全体像を掴むのには便利ですが、日本の新聞にもアメリカの新聞にもテレビにも流れていない「未認知の出来事」の中からまだ人に知られていないニッチな出来事やニュースを伝えていくしかもうAIには勝てないのではないかと最近思っています。

 Chatgptに頼りにされるような媒体でありたいと願うのは絵空事でしょうか。まだ書いてないことはChatgptはまだ知らない訳ですから、小さなベタ記事でも、世の中に「初登場」であれば、その記事を大切にしていきたいと思います。今週号もオリジナルの記事が満載です。感謝祭のホリデーシーズンにごゆっくりお読みください。それでは、みなさんよい週末を。(週刊NY生活発行人兼CEO、三浦良一)

【今週の紙面の主なニュース】(2025年11月29日号)

(1)すし匠が三つ星獲得 2025年ミシュラン

(2)救世軍社会鍋

(3)留学の地、NYで能舞台を演じる

(4)米国の台湾、沖縄、尖閣に対する曖昧戦略

(5)合同県人会若返り作戦 17道県33人が参加

(6)工芸菓子NY五番街に 源吉兆庵で展示

(7)石川県からRhy Zooが来米公演

(8)第41回JCCI年次晩餐会 日米経済界から600人

(9)パワー・オブ・マネー 新・貨幣入門

(10)話題の映画「国宝」監督と俳優が来米 アカデミー賞を狙う

すし匠が三つ星獲得 2025年ミシュラン

複数のNY和食店を表彰

「無垢」「Yamada」

 ミシュランガイドは18日、フィラデルフィアのキンメル劇場芸術センターで北東部のレストランやホテルを表彰する授賞式を開催し、3つ星に昇格したマンハッタンの「すし匠」(東41丁目3番地)を含むニューヨークの複数の和食店が選ばれた。

 北東部で今回唯一3つ星を取得した「すし匠」について同ガイドは「NY公立図書館の影で営む同店で、中澤圭二氏が最上級の熟練の技を実証する。この上なくユニークなおまかせは、多種多彩な魚介や野菜などの素材を日本の発酵技術を多く活用した料理で進行する。中澤氏のチームは柔軟性と進化を尊重しながらも常に伝統技術を誇りとし、完璧なチームワークに目を見張る。流れのペース、こだわりの幅と継承に、どれほどの寿司愛好家も感銘するだろう」と評価している。

 和食店に関してはそのほか、NY市内では懐石の「無垢」(グリニッチ通り412番地)、「Yamada」(エリザベス通り16番地)、そしてボストンのおまかせ寿司「スリーワン」(トレモント・ストリート605番地)が一つ星を獲得した。そのほか北東部の受賞店、ホテルの詳細はhttps://www.michelin.com/en/publications/products-and-services/michelin-guide-reveals-2025-northeast-cities-selectionを参照する。

救世軍社会鍋

 ニューヨーク歳末の風物詩とも言えるサルベーション・アーミー(救世軍)の「社会鍋(Red Kettle Campaign)」募金運動。感謝祭の11月末からクリスマスまで全米各地の街角で行われる恒例行事。赤い募金ポットとベルを鳴らすボランティアは100年以上続く歴史があり、ニューヨーカーには馴染みが深い冬の風景だ。

 NYの社会鍋は、ほかの街よりもパフォーマンス性が高いことでも知られる。ダンスをしながらベルを鳴らしたり、ラップやゴスペル調で募金を呼びかけたりとさまざまだが、とにかく明るくて楽しいのがNY流だ。特にロックフェラーセンター界隈では写真を撮る観光客が途切れない。

 (22日午後3時、6番街48丁目で、写真・三浦良一)

留学の地、NYで能舞台を演じる

能楽師 関 直美さん

Performance of Aya no Tsuzumi © Courtesy of Hosho-ryu School

 ジャパン・ソサエティーで12月4日から6日まで宝生流による能公演『三島の愛した能(英題:Mishima’s Muse – Noh Theater)』が開催される。能や歌舞伎などの古典芸能に精通し、伝統的な日本の美を称賛した三島は、能の代表的な作品の数々を彼と同時代の物語に移し変え『近代能楽集』として八つの戯曲を残した。同公演では、米国デビューとなる第20代宗家・宝生和英率いる能楽宝生流が、それらの元となった『綾鼓』と『葵上』を披露する。関直美さんは、5日に上演される「綾鼓(あやのつづみ)」のツレの女御の役で出演するため今回来米した。茶道の家に生まれ、ニューヨークに学び、帰国後、34歳で東京藝大に入り能楽師となった人だ。

 能の世界に入るきっかけは、喜寿の祝いで舞った百歳の老女小野小町の能『関寺小町』を見たこと。その舞台でシテ(主役)が倒れた。神に捧げる能は、途中で止めることは許されない。シテを舞台袖に寝かせたまま舞台は続く。命を懸けた能舞台を見た関さんは一切を捨てて34歳で能の世界へ飛び込んだ。能とは何か。生きるとは何か。それを問い続ける毎日だった。

 ビジネスの専門学校卒業後、大手ゼネコン会社に入社し、ロスに行った先輩の影響を受けて渡米したが、生活のリズムが東部の方が合っていると思い一旦帰国して今度はNYへ。ロングアイランド、ブルックリンハイツに住んで、セントフランシス大心理学部を卒業後、大学院修了目前に母親から呼び戻され、ビジネス経営コンサルタントの道を断念して帰国した。もしあの時日本に帰っていなければ、今頃マンハッタンのミッドタウンのどこかで仕事をしていたかもしれない。

 人の人生は、常に理不尽で不公平な環境との闘いでもある。能や歌舞伎の世界もそうだ。世襲と世襲でない者とにはっきりと分かれているが、どちらもなくてはならない存在で、お互いに支え合っている立場だ。どんな理不尽なことにも不公平なことにも我慢。「嫌だったらいつでもやめていいですよ」と言われる立場に身を置き続けた。

 ニューヨークから帰国後、母の死により、茶家を継ぐため京都の裏千家学園に行った。そして1999年東京藝大の音楽部邦楽科を能楽専攻にて受験し見事に現役合格する。宝生流宗家より楽屋入りを許される職分となり(公社)能楽協会に入会する。芸大での9年間の研究を終え、音楽博士の学位を得た。

 能楽師として舞台に立つ傍ら、研究者としての能楽の研究をして玄人としては初めての音楽博士となる。また茶道においては1990年パリのルーブル美術館でのシラク大統領夫妻臨席の献茶式渡仏代表団の一員に選抜されている。

 「どんなに辛いことがあっても、自分を支えてこれたのは、ニューヨーク時代の留学生活があったから。自分の置かれている立場を常に客観視できて、追い詰められることがなかったのが救い」。留学体験は関さんにとって大いなる幸運であり人生のリワード(ご褒美)だったのかもしれない。

 今年、著書『Yes, Noh』をKULA SCIP社から出版している(本紙2月1日号の書評欄で紹介)。そこには女性能楽師で重要無形文化財総合指定保持者でもある関直美さんの「YESな半生」が綴られている。1964年、北海道帯広市生まれ。

 (三浦良一記者、写真も)

『窓ぎわのトットちゃん続編』英語版を米で発行

翻訳者の手嶋さんNYで語る

講談社USA

 講談社USAは黒柳徹子のベストセラー『窓ぎわのトットちゃん続編』の英語版発行に合わせニューヨークで3つの記念イベントを開催した。22日には翻訳者・手嶋優紀さんによるトークイベントがニューヨーク公共図書館(53丁目分館)で午前11時30分から開催された。当日は、講談社USAの編集者アレクサンドラ・マカロー=ガルシアさんと手嶋さんが続編について来場者からの質問にも答えながら英語版を紹介した。

 手嶋さんは冒頭で、「自分の母親が大のトットちゃんファンだったので、翻訳者として関わることができて本当に親孝行ができました」と述べた。

 会場の読者から「続編から読者が発見する最大のものは何か」という質問に対し、手嶋さんは「人生であった一つの出来事が、自分の人生のすべてではないということ、どんどん自分を前進させていくことだと思います」と述べた。

 続編では、戦後から現在に至るまでのその後について描かれているが、アメリカ人女性から「戦争の表現や平和についてどんなふうに書かれているのか、英語版に翻訳する上で難しいところはなかったか」という質問もあった。

 手嶋さんは「本の中身に難しい政治的表現はなかったし、私は黒柳さんの表現をそのまま忠実に翻訳しただけなので、翻訳すること自体には難しいことはなかった。疎開先での話や彼女の声と彼女の経験をいかに英語で伝えるのかということに専念した」と述べた。

 24日には、紀伊國屋書店NY本店1階の特設会場で手嶋さんのブックトークとサイン会が午後6時から行われ大勢のファンが詰めかけた。

 手嶋さんは4歳から24歳までロサンゼルスで過ごした後、東京とロサンゼルスを行き来する生活を送り、2011年から15年まではニューヨークで暮らしていたことがあるという。

 「アメリカで育ったので英訳する際に(アメリカの)読者目線で表現できた部分はあったかもしれない」と振り返った。会場から「フェミニストとしての日本での存在感」について参加者から問われ「日本女性で初めて自分のテレビトーク番組を持ち、その長寿番組を通じて今でも大きな社会的影響力を持っている」と答えた。25日夕にはジャパン・ソサエティーでアニメ映画『窓ぎわのトットちゃん』が上映され、パネルディスカッションとサイン会が行われた。

 続編の英語版発行にあたり著者の黒柳徹子さんは「皆さんこんにちは、黒柳徹子です。このたび、『窓ぎわのトットちゃん続編』の英語版が発売されることになりました。40年も経ってしまいましたが、一生懸命書きました。みなさん、楽しんでくださいね」とコメントしている。 (三浦良一、写真も)

(写真右)黒柳徹子さん Photo/Kazuyoshi SHIMOMURA