小学生記者がナガサキを記事にする

前田真里・著
くもん出版・刊

 ナガサキ。1945年8月9日、原子爆弾が投下された街として平和の願いをこめて発信する時は、片仮名で表します。私は爆心地近くで生まれ育ち、高校時代に被爆者と出会ったことから報道の道を志し、地元でアナウンサーとなりました。その後東京、ニューヨークを経て今は再び長崎で働いています。

 2015年、ニューヨークで暮らしていた時、国連で被爆者を取材しました。戦後70年のパネル展示を様々な国の人たちが真剣に見入っていた姿が忘れられません。その時、「赤い背中」の写真を掲げ、訴えた被爆者の谷口稜曄さんは今、もういません。被爆者は高齢化し、施設に入られたりお亡くなりになったりして直接、話を聞く機会は減ってきています。

 もし、今の子供たちが、当時、子供だった被爆者の体験を“自分事”として感じられたら、平和の願いを受け継げるかもしれない。戦後80年の夏、私は児童書を出版しました。新聞制作のボランティアで出会った小学生記者5人のその後を追った1冊です。全国の約360以上が加盟する日本非核宣言自治体協議会は、2008年から「ナガサキ・ピース・タイムズ」という新聞を発行しています。毎年、原爆の日前後に各地から集まった小学生と保護者がナガサキや自分が住む地域の太平洋戦争について取材し、記事を書きます。小学生が初めて聞いた被爆体験を自分の言葉にするのは大変なことです。作文用紙とにらめっこ。一行書くのに一時間以上かかることも珍しくありません。どの記事も、セミの声が響く中、日焼けしながら、時には涙しながらまとめた〝宝物〟です。

 新聞制作を終えて、地元に帰った小学生記者は、ナガサキで感じたことをまわりの人に知ってもらおうと積極的に動きます。核兵器のクイズを出して友達と話したり、キノコ雲の水彩画を描いて平和新聞を作ったり、全校集会で発表したり。この本には、5人がナガサキで何を感じ、どう発信したのか世界平和を伝え、広めるヒントが詰まっています。取材の面白さを忘れられず、本物の新聞記者になり、今も被爆者の記事を書いている人もいます。本を書くにあたり、2年前から各地の元小学生記者に会いに行き、当時の気持ちを一緒に振り返りました。

 この本を読んでくれた国内外の子供達から感想が届きました。「被爆クスノキの空洞に石が詰まっているのを知って、爆風のすごさを感じた。一度燃えたのに今も育っているのがすごい」「小学生記者から最後まで諦めないことを学んだ。悲しいだけじゃない話もあって読みやすかった」。同じ小学生の取り組みを身近に感じてもらえたようです。

 被爆地に足を運ぶのは難しいかもしれませんが、戦後80年の年末、もし、小学生記者と一緒にナガサキを取材している気持ちでページをめくっていただければ嬉しいです。 (前田真里)