渡航制限で離れ離れ

再会叶わぬ家族や恋人たち
思いを音楽ビデオに

 世界には渡航制限により、1年以上再会ができていない国際カップルが数多くいる。そして、まだこの先、いつ会えるかわからないという不安と悲しみの中で生活している。「愛は観光ではありません。(Love Is Not Tourism)」は、新型コロナウイルスのパンデミックの際に旅行禁止と国境閉鎖によって強制的に分離された二国間カップルと家族の再会に捧げられた世界的な草の根運動のスローガン。感染防止対策として国境を閉鎖することは、賢明であり、必要でさえあったことを理解しながらも「愛は観光でも休暇を取ることでもない」として家族の再統合と世界中の何千ものカップルや家族の未来について政府に人道的免除を実施するよう要請している。具体的には二国間関係にある未婚のカップル、婚約者、家族が訪問できるよう呼びかけている。

 そんな中で、ブロードウエーのベテラン俳優、アリソン・セムズとジャラン・ミューズと全米演出家振付家準会員でもある演出家/演劇クリエイターである渋谷真紀子、プロデューサーのミューズ佳奈が協力してミュージックビデオを制作した。実際、ミューズ佳奈と夫であるジャラン・ミューズ、渋谷真紀子ほかクリエイティブチームのメンバーは愛する人や家族と離れ離れの状態にある当事者だ。日米間の往来が制限され逢うことことがままならなくなった家族、恋人たちの思いを切実に歌い上げている。

日本クラブで海の日芸術祭、福島から

東日本震災から10年を迎えて
オープニングにミッキー吉野

 日本クラブWEBギャラリー企画展「東日本大震災から10年を迎えて〜震災を超えて、福島から世界へ 〜海の日芸術祭より」が、3月5日(金)から31日(水)まで開催される。(協賛・ニューヨーク日本商工会議所基金)

 震災では津波による大きな被害を受けたが、人々が生きて行くために欠かせない海を愛し、敬意を表し、共生を求める現代芸術家たちが、震災前の福島の豊かな海への感謝と津波の犠牲者に対する鎮魂の思いを込めて制作した作品の数々を紹介する。

 出展作家は、遠藤由紀子、長谷川裕美、星章寛、五十嵐君枝、石田美穂、石黒喜子、小林弥生、こうごみつる、黒川雅子、黒木昭衣、ムラカズユキ、生田目満夫、大橋美保、岡本真美、岡本順子、清水のぶ子、鳥飼規世、塚田洋子、渡辺永子、山田絵美子、吉田江里、吉田真梨子、吉田成寿、吉野祥江、ユキ・ヒロの25人。

ミッキー吉野

 バーチャル・オープニングレセプションは3月5日(金)午後7時から、出展作家に震災への思いと作品について話を聞く。また、ゲストとして音楽家でゴダイゴのリーダー、ミッキー吉野氏が「ガンダーラ」などのヒット曲を演奏する。先着500人。視聴無料だが要申し込み。希望者は登録サイトhttps://us02web.zoom.us/webinar/register/から申し込む。

(写真)左・「凪」 五十嵐 君枝、右・「輪違屋 如月太夫」 黒川 雅子

地下鉄で連続4人殺傷

精神疾患ホームレスの男を逮捕

 精神疾患の病歴のあるホームレスの男性がニューヨークの地下鉄で4人をナイフで殺傷したとして14日、逮捕された。男はリゴベルト・ロペス容疑者(21)で、12日から13日にかけての14時間の間に地下鉄A線の車両内と駅で利用客を襲撃した。クイーンズのファーロッカウェーにあるモット・アベニュー駅で乗っていた男性(57)が刺され死亡しているところが発見された。また、マンハッタンのインウッドにある207丁目駅でも電車内で刺され死亡している女性(44)が発見された。このほか181丁目駅では、43歳の男性がプラットフォームで、別の67歳の男性が駅の出口近くで襲われケガを負った。

 ワシントンハイツをパトロール中の警察官がロペス容疑者を発見し逮捕した。防犯カメラに写っていた服と同じものを着用していた。警察によればロペス容疑者の殺害動機はもめごとなどではなく、ある犠牲者には「あなたを殺す」と言って犯行に及んでいたという。ロペス容疑者は殺人と殺人未遂などの罪で起訴された。麻薬所持、暴行などの逮捕歴とともに精神疾患があることが確認され、裁判所は保釈なしの勾留を命じたが弁護士から要請のあった医療処置は認めた。

 地下鉄警備に当たっている警官は約2500人だが、殺傷事件をうけて13日、警官500人が増員された。しかし警察は精神疾患のある人への対応ができていないという批判的な声もある。地下鉄を運営するメトロポリタン交通局(MTA)は14日、さらに警官を1000人増やすよう求めるとともにホームレスや精神的危機にある人に対応するための訓練を警官に施すよう求める書面をデブラシオNY市長に提出した。

 今年1月の地下鉄での暴行事件は18件で、昨年1月の10件から大幅に増えている。線路に突き落とされる事件が5件も起き、市議会では対策を検討する運輸委員会が10日に開かれたばかりだった。コロナ集団感染回避のため市が刑務所服役囚を保釈したことも治安悪化の原因とされている。

東日本大震災から10年

オンライン追悼式3月6日にNYから

 第10回トゥギャザー・フォー・3・11東日本大震災オンライン追悼式典が3月6日(土)午後8時から9時まで、オンライン追悼式ストリーミングにて開催される。

 10周年を迎える今回は出演者のメッセージのほか、この10年を振り返ったダイジェストと、これまでメッセージを届けた人や支援・協力者たちのコラージュ映像も紹介する。式典の出演者は次の通り。

 主催フェローシップ・フォー・ジャパン、トゥギャザー・フォー・3・11主催代表のAK Akemi Kakihara(司会も)、東北からのメッセージ(ダイジェスト)、山野内勘二在ニューヨーク日本国総領事・大使、宮城県石巻市・日和幼稚園遺族有志の会の佐藤美香さん、風の環少年少女合唱団、ジャパン・ソサエティー理事長のジョシュア・ウォーカー氏、福島県福島市在住絵本作家・画家のあきばたまみさん、岩手県釜石市宝来館・女将の岩崎昭子さん、福島県相馬市みなと保育園、ふるさと合唱。

 参加費(視聴)無料だが要事前登録。参加希望者は上記の申し込みサイトから登録すること。追悼式に関するすべての最新情報はフェイスブックページwww.facebook.com/TOGETHERFOR311にて掲載される。

*申込サイト: https://togetherfor311onlineevent.eventbrite.com

フレンチ×アジアの甘過ぎないお菓子ならここ

 アルパカのデザインが目印のアジア系ベーカリーカフェ「ビブル&シップ」のクリームパフ(3ドル90セント〜)は、パリパリの薄皮の中に抹茶、アールグレイ、黒ごま、タピオカ入りのブラウンシュガーなどのクリームがぎっしり詰まっている。クリームは甘過ぎず、重すぎず、日本人ならきっと気に入るちょうどよさ。そのほかアルパカをはじめとした動物型ケーキや、どこから見ても「となりのトトロ」や日本のサンリオキャラクターそっくりのマカロン、タルトやマドレーヌなど、この店では思わず「可愛い!」と連発してしまう商品ばかりが並んでいる。値段は少し高めだが、フランス菓子を学んだパティシエがアジアの風味を融合させて店内で毎日つくる納得の味と品質だ。パンデミック前の店内はいつも満員で注文するための長い列ができていたが今はすぐ買えるので、甘過ぎないお菓子が食べたくなったら今が行きどき。


Bibble & Sip

253 W 51st St, 

New York, NY 10019

(646) 649-5116

www.bibbleandsip.com

NY俳壇の功労者木村令二さん逝く

『方舟』を創刊

 俳句会「方舟」の主宰者であり、長らく北米伊藤園新俳句コンテストの審査員を務めていた木村令二(俳号・木村丹乙)さんが1月21日、コロナに罹患し亡くなっていた。享年96歳だった。妻の津貴子さんを2016年に亡くし、その後娘の真里さんの保護のもと、ワシントンDCのシェアホームに入っていた。ビデオ通話でお別れをしたという真理さんは「穏やかな最期であった」と話す。

 木村さんは1926年に東京に生まれ、1957 年に来米して以来ソーホー地区で画家として活躍する傍ら、68年1月にニューヨーク俳句同人誌『方舟』を創刊し、多くの仲間と共にニューヨークの俳壇の発展に貢献した。

 木村さんをよく知る『方舟』の編集に五十年間も関わっていた太田房子(俳号:太田風子)さんは「ニューヨーク生活の大先輩で何事につけ手解きを受け、ほんとにお世話になりました。句会に誘われて始まった俳句生活は今や私にとって生き甲斐となっております」と木村さんの死を悼む。

 俳句会「方舟」主催で追悼句会を春に開催する予定。問い合わせは、フェイダーちえ(俳号:澪つくし[email protected])さんまで。

日本美術品のお宝鑑定人

サチコ・ホリ・ファインアート代表
堀 佐知子さん

 ニューヨークで美術品の査定や競売会社への取り次などをする美術品コンサルタント、堀佐知子さんの1日は、新型コロナウイルスのパンデミックから1年を経てようやく忙しさを取り戻しはじめた。世界中の美術商や個人の収集家から依頼を受けた日本美術品の査定や鑑定の依頼、問い合せ、または売却したいという連絡などの対応が増えている。作家名があれば本でその年代を書けば良いが、無銘の場合は似ているものを本、オークションカタログから探して明記するという地味で時間と手のかかる仕事だ。

 堀さんは、クリスティーズとザザビーズという世界の二大オークションハウスの本部に勤務するという貴重な経験を活かして日本美術に関する査定、個人、またはオークションハウスからの鑑定依頼、コレクターや会社の美術品売却のヘルプ、コレクターへのアドバイスのほか実際の品物の取引などを行っている。たまにはプロジェクトとして翻訳、展示のキュレーションとそれに関するレクチャーなどもこなしている。自らを「お宝探偵団みたいなものです」と笑う。

 クリスティーズロンドンに1993年に入社し、日本美術部門でスペシャリストの仕事に携わった。ニューヨークに97年に転勤となり、98年にサザビーズに入社。2009年に独立して現在のサチコ・ホリ・ファイン・アートをニューヨークに設立し現在に至る。

 大阪市出身。神戸女学院で中学から大学卒業まで過ごし、大学で専攻した言語学をさらに深めるため米国バーモント州で日本語を教える仕事に充実したあと渡仏。田舎の学校で日本語を教えている時に、クリスティーズのインターン採用に応募したのが、この世界に入るきっかけだった。日本語が大きな武器となった。日本の美術品や骨董品に描かれた署名や文章をきちんと解読できて解説できる人がいなかった。

 偶然のチャンスと人との出会いによって人生の道を切り開いてきた堀さん。競売会社で培った人脈や経験を生かして世界のどこにいてもできる仕事なので、いつかは年の半分ぐらいは、イタリアかスペインあたりで過ごしたいとほのかに思っている。

 (三浦良一記者、写真も)

ある秋のNY

常盤新平 ニューヨーカー三昧 I LOVE NEW YORKER 12

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 「十一時五分、JFK着」とノートブックの日記に書いてある。日付は十月二十三日(月)。たぶん一九八〇年代のことだろう。

 同行者は写真家の岡村啓嗣氏。古い知り合いで、世界各地を旅行しているが、いっしょにニューヨークというのははじめてである。

 某クレジット会社からの取材依頼だった。席は生まれてはじめてのファースト・クラス。

 これはNY在住の松本孝幸さんの好意だという。有り難いことだ。

 空港にはやはりNY在住の小林義明さんが出迎えてくれる。寿司清NY支社の経営者だ。

 「ぜいたくな旅になりそうですよ」と岡村さんが言ったとおり、空港にはリムジンが迎えに来ていた。

 ホテルは五十九丁目にあるエセックス・ハウス。部屋はスイートで、眼下にセントラル・パークが一望出来る。

 シャワーを浴びて一時間ほど休息したのち、岡村さん、松本さんとタクシーでグリニッチ・ヴィレッジへ。

 ヴィレッジのアングラーズ&ライターズ(釣人と物書き)でサンドイッチの遅い昼食。ハムが美味。

 ハドソン・ストリートをぶらぶらして、ホワイトホース・タヴァーンでビールを飲む。天気がよくて暑いほどだ。かわいたのどにおいしい。

 スリー・ライブズ&カンパニー書店を覗いてみる。小ぢんまりとした質の高い本屋だ。ペーパーバックを二、三冊買う。

 プリンス・ストリートのカフェでひと休み。アムステル・ライトというビールを飲んで、ホテルに戻る。

 夕刻、小林さんが来て、西三十二丁目のスペース・ガム・ミ・オクと言う朝鮮料理店に案内された。

 焼肉ではなく、ゆでた肉で、ネギといっしょに食べる。すこぶるうまい。この店はメーシーズ百貨店に近いから、コリアン・タウンといっていいか。

 翌二十四日は朝から快晴。七時に小林さんとロビーで会い、小林さんがメンバーになっているNYアスレチックナカグロクラブでスチームバスやサウナ。髭を剃った。

 小林さんのアパート(五七丁目)で岡村さんと朝食をごちそうになる。納豆、イワナの子(粒が小さい)の醤油漬け、焼いたカレイ、キウリの浅漬、おひたし。

 NYで朝からうまい朝食にありつけるとは思わなかった。この前まではコーヒーショップでトーストとサラダだった。

 この日はいやなことがあった。ロングアイランドのサグハーバーに行ったのだが、昼のレストランでテーブルに案内されたのにいつまでたってもウエイターがやってこない。

 小林さんがだんだん不機嫌になっていった。

「ここはWASPの町なんですよ」と小林さんが吐き捨てるように言う。

 ようやくウエイターが来て、私たちはハンバーガーとコーヒーを注文した。それがまた時間がかかった。

 小ぎれいな町ではあるが、マンハッタンの方がはるかに楽しい。

 ストニー・ブルックという町の小さな旅館に泊まった。スリー・ヴィレッジ・インという。旅籠(はたご)という感じの宿だ。

 二十五日は七時起床。ダイニング・ルームでコンチネンタル・ブレックファースト。

 おもちゃみたいなこの町を歩いたのち、雑貨店でシャツを二枚買う。

 小林さんが釣りの話をしてくれた。彼の友人がブルックリン沖にヒゲタラを釣りに出かけた。えさはアオヤギ。

 ヒゲタラは高級魚だそうで、小林さんに言わせると、鍋にするとうまいという。

 その夜は再び小林さん、岡村さん、松本さんと八一丁目とマディスン・アベニューの角のバリオリ・ロマニッシモを訪ねた。今もあるだろうか。

 このイタリア料理店は五年ぶりだ、と日記に書いてある。そのときはJALの雑誌の取材である。

 食事の前に、まずバーブティオペペを飲んだ。バーテンダーの名前まで日記に書いている。

 ミラン・グランサリックという、顔の長い人だ。彼は船で世界を一周し、東京に立ち寄り、東京と大阪に6泊して、スペイン経由でアメリカに帰ったそうだ。

 グラッパを注文すると、彼はグラッパはノニノという銘柄にかぎると教えてくれた。

 日記をもとに、この一文を書いたのだが、実際の記憶がうすれている。いつ行ったのかをしるしていないのは、うかつな話だ。

それでもNYを訪れたときは、必ず日記を書いた。八〇年代、九〇年代にはなんども行ったのだが、行くたびにこれが最後のNY行きだと思っていた。

 今はもう訪れることはないと諦めている。

 冬のニューヨークも私は好きだ。寒いけれど、東京の寒さほどきつくはないと思っている。

(2010年5月22日号掲載)

(写真)小味かおる


常盤新平(ときわしんぺい、1931年〜2013年)=作家、翻訳家。岩手県水沢市(現・奥州市)生まれ。早稲田大学文学部英文科卒。同大学院修了。早川書房に入社し、『ハヤカワ・ミステリ・マガジン』の編集長を経てフリーの文筆生活に入る。86年に初の自伝的小説『遠いアメリカ』で第96回直木賞受賞。本紙「週刊NY生活」に2007年から2010年まで約3年余りコラム「ニューヨーカー三昧」に24作品を書き下ろし連載。13年『私の「ニューヨーカー」グラフィティ』(幻戯書房)に収録。本紙ではその中から12作品を復刻連載します。

その2:アリゾナでモーター・イベントをエンジョイ

さあ行こう! 魅惑のアメリカ旧国道「ルート66」

 ルート66ファンの皆さん、こんにちは!2021年、すでに2月も終盤です。ここ東京首都圏は年明けより長く晴天が続き、春めいた日もチラホラ、比較的暖かい冬になっています。でもNYは連日の雪と氷点下のようですのでトライステートの皆様は風邪等ひかないようご自愛ください。さて、先月から新しくスタートしましたシリーズ④では、ルート66を実際に旅するモデルプランのご紹介をしていきますが、第1弾はアリゾナ州のルート66を代表するイベントに絡めて旅をしてみましょう!

 今回の旅のスタート&玄関となる空港はネバダ州ラスベガスが最適でしょうか。ラスベガスからイベントが行われるキングマンまでは約110マイル、2時間弱の車の旅となります。イベントは「Arizona Fun Run」。1988年に始まり、毎年5月の最初の週末にアリゾナ州ルート66の中心の一つ、セリグマンという街をスタートするモーター・イベントです。今年は4月30日(金)〜5月2日(日)に予定されており、本原稿執筆時点では延期・中止の情報はありません。

 セリグマンまで行きますと、フラッグスタッフまで足を延ばすことも充分可能ですが、そこまで行くと更に他にも見どころが出てきますので、今回はセリグマンから西へ向かう、イベントに沿った旅をご紹介します。

 ラスベガスを出て南下しますとヘンダーソンという街に着きます。元々ラスベガスで働く人々のベッドタウンのような位置付でしたが、ここ何年かはカジノも増えすっかり「地元民のラスベガス」となりました。ここからはインターステート11号線に乗り、キングマン方面へと行きますが、途中に「フーバーダム」もあるので小休憩するには良い観光スポットかもしれません。その後は州道93号線をひたすら南下します。周りに何もないのでついスピードが出ますが、待ち構えているポリスがいるのでご注意ください。キングマンに着いたら、セリグマンまで早く行きたい場合は直にインターステート40号線に乗れば、約1時間で行けます。せっかくなので「往復ともルート66を走りたい!」という方はルート66を走れば2時間弱でセリグマンに着きます。途中の街、アンタレスでは「Headacus」というイースター島のTIKIと呼ばれる石像、ハックベリーでは写真スポットもある著名なお土産屋さん「General Store」、トラクストンでは今は営業していない「フロンティアモーテル」、ピーチスプリングス近辺にはウラパイ族の居留区とお土産屋さんがありますので、それぞれ時間を取って立ち寄ることをおススメします。

 イベントに参加(しなくてもOK)する場合、セリグマンでのレジストレーションは金曜日の夕方なので、それまでに着いておく必要があります。このイベントは、通常なら米国内はもとより世界中のルート66ファンやクラシックカーファンが詰めかけますので、事前の宿泊地の確保は必須です。一昨年の登録車数は800台超!でした。土曜日の朝10時にセリグマンを出発するクラシックカーの一団は、ゆっくりと楽しみながらルート66をキングマンまで、日曜日には更にキングマンから最終目的地のトポックまで、ルート66中「最も長く途切れないルート66のストレッチ」と言われる140マイル(約224キロ)を走ります。締めのパーティはトポックで行われますので、皆さんそれぞれのスケジュールに従い、セリグマン、キングマン、トポックであればそこから州を越えて(ただ川を越えるだけ)すぐのニードルスという街でお部屋を確保しましょう。セリグマンであれば「Historic Route 66 Motel」「Supai Motel」、キングマンなら「El Trovatore」がルート66ファンにはおススメですが、キングマンは大きい街なので、ベストウェスタン、ラマダ、マリオット等、大手チェーンのホテルも沢山あります。ニードルスまで行かれるのであれば「Fender’s River Resort」が最高です。リゾートといっても「高級リゾートホテル」ではないのでご安心を。

 このようにざっと書き並べてきましたが、一例として金曜の早朝にラスベガスを出発し、フーバーダムに寄り、キングマンからはルート66を走り、途中止まりながら夕方6時にはセリグマン入り。土曜日はイベントに参加するしないに関わらず、キングマンまで行き、トポックまで行かないのであればキングマン泊。行くのであれば土曜日中にオートマンの村を経てニードルスまで。ニードルズは1日あれば観光もできますから、あとはラスベガスでどれだけの時間を使うか、が全体滞在期間の焦点だと思います。またセリグマンまで行ったのであれば、あの「伝説の」エンジェルさんに是非お会いしてもらいたいです。エンジェルさんは、ルート66の廃線後、その歴史と文化を残すためにルート66最初の正式支援団体を立ち上げました。彼の尽力はその後ルート66が通る8州全てにおいて支援団体が組織されることに繋がりました。エンジェルさんは高齢なのでお店に顔を出すのは開店直後の30分程度と、夕方に「もし体調が悪くなければ」という感じです。絶対に会いたい!という方は木曜日の夜にはセリグマン入りした方がいいかもしれません。セリグマンは、わずか1キロほどのルート66歴史保存地区にたくさんの撮影ポイントがあります。かつての繁栄を肌で感じる事ができ古き良き時代のアメリカが残る町として人気が高いです。

 こうやって見ると全てのことを細かくご紹介するのは紙面の都合上難しいですね。「ここの部分をもっと細かく聞きたい」等、ご質問がございましたらお気軽に週刊NY生活編集部([email protected])を通じてご連絡ください。一人でも多くの読者の皆さんに実際にルート66を体験頂ければ幸いです。また来月お目にかかります!

(後藤敏之/ルート66協会ジャパン・代表)

編集後記

【編集後記】 みなさん、こんにちは。東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会(JOC)の森喜朗会長(83)が10日、辞任の意向を固め、後任に川淵 三郎元サッカー日本代表監督が決まる見込みとなった。今月3日の女性蔑視とも取られる森氏の発言については米メディアも相次いで報じていた=本紙今週号7面に記事=。ニューヨーク・タイムズ(電子版)は3日、「会議での女性の制限を提案」との見出しで報道。「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」といった森会長の発言を紹介した。SNSで「会場で誰も女性差別に疑問の声を上げなかったことも問題」などと激しい批判が出ていることを指摘し、この時点で辞任問題になりかねないと示唆していた。また4日には森会長が謝罪したものの、会長辞任は否定したことも報じた。さらに10日付では国際面の紙面を半分以上割いて日本国民の半数以上が森氏は五輪組織委のトップに不適任と世論調査で答えたと報じ、有力全国紙2紙が辞任を求めているとも伝えた。テニス選手大坂なおみさんの「全くの無知」とのコメントも掲載した。同紙が今回の森氏の発言で特筆したのは、森氏と森氏を取り巻く関係者たちの「いつもの調子で乗り切れる」と思っている旧態依然とした意識だった。ニューヨーク・ポスト(電子版)は「東京オリンピックの森会長が性差別的な苦情で騒ぎを起こす」との見出しで報じた。「女性理事は話が長過ぎて”迷惑”と受け取られる発言をしたと伝えられている」とし、具体的には「女性理事の数を増やすなら発言時間をある程度制限する必要があり、終わらせるのが難しく、面倒だ」と述べたことを紹介した。世界経済フォーラムの2020年世界男女格差指数によると、日本の男女格差は「すべての先進国の中で群を抜いて最大」で、153か国中121か国にランク付けされていることを指摘した。開催まで半年ない時期でトップ交代は足踏みしている時間がない。コロナ感染者数の推移次第では、開催そのものが不可能になることもありうるだけに予断を許さない。昨年夏の当初開催予定の大会延期、コロナ収束に向けた非常事態宣言、森会長辞任と大波乱の東京五輪・パラリンピック大会は、開催されればむしろ世界の目が日本に注がれる大会となる。時代に乗り遅れた「老兵はただ消え去るのみ」となるのも、新生ジャパンが、ガバナンス力を手に入れるための大きな試練と思えば「日本のミラクル」も不可能ではない。それでは皆さん、よい週末を。(週刊NY生活発行人兼CEO、三浦良一)

【今週の紙面の主なニュース】(2021年2月13日号)

(1)国連職員への登竜門JPO

(2)給与保護プログラム第2弾

(3)草間彌生NY展4月10日から

(4)アウトサイドに寿司カウンター

(5)あめりか時評 冷泉彰彦

(6)女性蔑視発言海外に

(7)邦人女性が車内で被害に

(8)ほくほく会3.11追悼式典

(9)リトルイタリーの朝食

(10)東日本大震災被災地とNY結ぶ

国連職員への登竜門

JPO制度登録を実施中

 日本の外務省国連機関人事センターは、35歳以下の若手の日本人に対して原則2年間国際機関で勤務経験を積む機会を提供するJPO(Junior Professional Officer)派遣制度の登録を現在実施している。この制度は、各国政府が費用を負担することを条件に国際機関が若手人材を受け入れるもの。採用試験の事前登録期限が今月25日に迫っている。海外在住の日本人も登録が可能だ。応募条件は35歳以下で大学院修士号取得、職歴2年以上、英語力がある日本国籍所有者。

 同センターでは、日本時間の今月20日(土)午後10時から11時15分まで(米東部時間同日午前8時から9時15分まで)第3回目のJPO制度に関するオンライン説明会を開催する。

 申し込み方法は、登録専用アドレス([email protected])に(1)20日と記載(2)メールアドレス(3)所属(大学名、会社名など)(4)質問(任意)を記載。

 JPO派遣制度は、1961年の国連経済社会理事会決議により設けられ、各国政府の費用負担を条件に国際機関が若手人材を受け入れる制度。日本も外務省を含む複数の省庁が、国連をはじめとする国際機関に派遣を実施している。外務省では、74年から同制度による派遣を開始し、これまでの累計派遣者数は1700人以上。JPOは派遣期間中に、国際機関職員として必要な知識・経験を積み、派遣期間終了後に正規採用を得ることが期待されている。ただ自動的に国際機関の正規職員となることが保証されるものではない。派遣期間終了後に正規職員となるためには、通常の手続きに従って空席ポストに応募して採用される必要がある。

 JPOのメリットは、正規職員と同様の勤務経験が得られることや、派遣期間中に培った勤務経験や人脈を活かして次期ポスト獲得に向けた活動ができること。外務省のサポートが得られること。

 人材が求められている分野は、開発・人権・人道・教育・保健・平和構築の分野に加え、IT、ロジスティックス、調達、法務、財務、広報、人事、会議管理、モニタリング評価(M&E)環境、工学、理学、農学、薬学、建築、防災など。