その6:ニューメキシコで先住民族文化に触れる

さあ行こう! 魅惑のアメリカ旧国道「ルート66」

 ルート66ファンの皆さん、こんにちは!2021年も早くも折り返し間近になりましたが、いかがお過ごしでしょうか。アメリカはワクチン接種率が高く、多くの州や地域でコミュニティが活性化していると聞きます。そして多分に漏れず、ルート66各地でも博物館やインフォメーションセンター、ダイナーなどが営業を再開、たくさんの私の友人達もドライブを楽しんでいるようにSNSで見受けるようになりました。そんな旅行解禁モードに水を差して大変恐縮ですが、編集部にわがままを言い、本コラムは来月より4か月間お休みを頂戴することになりました。私の本業がこの秋に新企画を発足し、その準備で充分な時間が割けなくなることが理由です。毎月楽しみにして下さっている方には申し訳ございませんが、ご理解頂ければ幸いです。

 さて、本題に参りましょう! 今月のおススメルートは、私の第2の故郷サンタフェを中心に、ニューメキシコ・ルート66の一部を3泊の旅でご紹介します。が、もう皆さんもご存知の通りニューメキシコ・ルート66は見所満載なので、残念ながら紹介する時間的制限の中では1回で全てを見られません。相当絞りますのでご容赦を!

 発着空港は同州アルバカーキ国際空港です。ちなみにアルバカーキの空港はエアポートと言わず、サンポートと呼ぶのでご注意。中型サイズの極めて使い勝手の良い空港で、ゲート内にルート66をモチーフにしたバーがあり、個人的には全米で最も好きな空港です。アルバカーキの街は最後に見るとして先ずはI-25を北へ、サンタフェを目指します。熟練運転者であれば、I-25でなく、サンフェリペ、ケワ、ドミンゴなどのネイティブアメリカンの集落を抜けて行く下道もありますが、ここは無理をせずフリーウェイで1時間走りましょう。途中57番出口では「ラ・バハダ」と呼ばれる州きっての過酷な丘陵地域が望める休憩所もあります。

 サンタフェはニューメキシコ州の州都。独特な街並みや多様な文化の融合が特徴的で、街中には日干しレンガで作られたアドビと呼ばれる赤茶色の建物が軒を連ねており、歴史的な建造物と共に魅力的な景観を生み出し「魅惑の州」と呼ばれる由縁がいっぱいです。1926年開通のルート66は1937年までこのサンタフェを通っていました。詳細は割愛しますが、アメリカ最古の教会「サンミゲル教会」、すぐ裏手にある「アメリカ最古の家」、有名な「奇跡の階段」のある「ロレットチャペル」、「聖フランシス大聖堂」を始め、世界中からアーティストが集まる芸術の街の代名詞、数多くのギャラリーが立ち並ぶ「キャニオンロード」や、街の中心にあるプラザではネイティブアメリカンの人達がアクセサリーや工芸品などを売っているので、お好きなものを選んでお楽しみください。食事は「Tomasita’s」、または「Tia Sofia」。宿泊は思い切って「La Fonda」などいかがでしょう。

 2日目はサンタフェからそのままI-25を更に北へ。目指すは「ラスベガス」(ネバダのカジノで有名な街とは別)です。途中グロリエタの街で一旦下りて、下道をペコス方面へ。午前中はペコス国立歴史公園で過ごします。この公園は、先史時代の考古学的遺跡から19世紀の南北戦争の戦場まで、歴史的な要素が詰まっていて、まさにニューメキシコ文化、ネイティブアメリカン文化の真髄です。サンタフェからラスベガスは僅か70マイル、車で約1時間の距離ですが、今夜はここに泊まります。午後はラスベガスの街を散策、街の顔である「Plaza Hotel」、「Castaneda Hotel」そしてアムトラック駅でルート66の歴史を感じてください。宿泊はどちらも超おススメです。

 3日目はちょっと冒険しましょう。ラスベガスよりI-25で少し戻り、州道84号を南下、サンタローザに立ち寄ります。ここのポイントは「ルート66自動車博物館」、常時50台近くあるクラシック・カーを堪能してください。その後はI-40を西へ、285号線と交差してすぐのクラインズ・コーナーで休憩、州内でも最大級規模のお土産屋さんをエンジョイしましょう。ショッピングが終わったらアルバカーキまで残り60マイル少々、I-40をまた1時間ほど走ります。ただし! 注意して頂きたいことが一つ。アルバカーキのルート66はセントラル・アベニューです。街中までI-40を走らず、街の郊外、同名通りの出口で降りて、ルート66を利用して街の中心に向かって走りましょう。

 アルバカーキは街の発祥地である「オールド・タウン」がメイン。ルート66沿いにあり、古くからの街並みが大切に保存されている観光地。1706年にスペイン人によって作られた歴史的な地区で、スペイン文化が色濃く残っています。文化施設やアートギャラリー、カフェや土産物店が軒を連ね、ネイティブアメリカンのジュエリーや工芸品、メキシコ雑貨などアルバカーキならではのお土産が豊富に。のんびりと歩きながら、旅の疲れを取ることができます。

 ネイティブアメリカン文化に興味のある方は「インディアン・プエブロ文化センター」へ。州内に存在する19のプエブロ部族を紹介する博物館や工芸品の展示があり、各部族の文化や歴史を知ることができる全米でも稀有な観光スポットです。

 また街の西側には「ペトログリフ国定公園」があり、火山岩に描かれた先住民の絵画が保存されています。丘の上からは「サンディア・ピーク」が見渡せ、トラムに乗って地平線を楽しむオプションもあるんですよ。そうそう、食事にはルート66きっての有名ダイナー「66 Diner」を忘れてはいけません。お泊りはルート66沿い、最近再開した「El Vado Motel」、または「Monterey Motel」で決まりです。それではまた11月にお目にかかります!
それまでお元気で!

(後藤敏之/ルート66協会ジャパン・代表)

ビレッジウェル、プログラミング言語キャンプ開催

中高生向けに講習コース企画

 日本の文部科学省は、本年度より「プログラミング」を小中高校で必須科目として導入した。ビレッジウェルコンピュータ教室では、学校の授業で習う基礎だけでなく、パイソンを使用して簡単なゲームを自分で作ってみる段階までを教える中高生向けのプログラミングキャンプを企画。7月にニュージャージーの会場を借りての対面式と、オンラインの2通りで実施する。

 第1期は、NJ州フォートリーの会場で対面式授業。基礎の学習と簡単なゲームを作る1週間コースは7月12日(月)から16日(金)。2週目にさまざまな種類のゲームを作ってみる2週間コースは7月12日(月)から23日(金)の平日。午前9時から午後1時まで。

 第2期は、Zoomによるオンライン授業。1週間コースは7月26日(月)から30日(金)。2週間コースは7月26日(月)から8月6日(金)までの平日。午前9時から午後1時までと、午後2時から午後6時までの2回。2つの時間帯を用意することで、西海岸など他地域からの参加もしやすくなっている。

 対象は日本の学年で中学1年生から高校3年生で、日本語で授業を行うため、日本語が理解できることが条件。参加費は、第1期が、1週間コース600ドル、2週間コース1100ドル。第2期は、1週間コース500ドル、2週間コース900ドル。親子や兄弟での参加も歓迎しており、その場合は2人目から割引もある。

 講師を務めるビレッジウェルの村井功代表は「コンピュータプログラマーは世界的に不足している。今後、エクセルに並ぶ重要なプログラミング言語になると思われるパイソンを使ってゲームを作ってみることで、参加した生徒たちが、将来、仕事としてプログラミングをやってみたいと思えるよう、丁寧に指導していく」と抱負を語った。同キャンプの問い合わせ・申し込みはEメール [email protected] で受けつけている。

 中高生の長い夏休みの過ごし方は色々あるが、プログラミングに特化したデイキャンプという新しい選択肢が加わった。

シアター作品を配信

舞台演出家・マルチメディア・アーティスト

河村 早規さん

 ニューヨークで舞台演出家・マルチメディアアーティストとして活動する河村早規が演出したシアター作品「ザ・ギビング・ツリー(The Giving Tree)」が、今月12日から27日(日)までUNFIXフェスティバル(https://unfixfestival.com/)でオンデマンド配信されている。

 「ザ・ギビング・ツリー」はシェル・シルヴァスタインの本にインスピレーションを受け、ディバイジング、視覚芸術、身体表現の要素を含んだシアター作品。自身が子供の頃から親しんできた絵本を題材に、パフォーマーたちと3か月をかけて作り上げた。絵本ではなくシアター作品として物語を立ち上げることによって、さまざまな人や物との関係性を見つめ直す作品となっている。

 河村は奈良県出身。日本で国際基督教大学に通う傍ら、ダンス公演の舞台演出や、パフォーマーとして活動。演技の名門校アクターズスタジオドラマスクール修士課程演出専攻に日本人で2人目として合格し、2019年にニューヨークに活動の拠点を移した。同スクールの奨学生として在学しながら学外でも積極的にアーティスト活動を行っている。舞踏シアターカンパニー、連翹奏(Ren Gyo Soh)に所属。舞台演出家として活動する傍ら、パンデミックをきっかけに映像の世界にも興味を持ち、2020年のオーストラリア・クアランティン映画祭に作品を出し、優秀賞を受賞。以来、出演者・撮影者・監督としてさまざまな映像作品を制作している。今回のフェスティバルでは、NYの芸術監督補佐も兼任している。

 今回の作品で最も観客に伝えたいテーマは「無償の愛とはなにか」。

 将来の夢は、アジア系、日系を代表できる演出家になり、人々に新しい価値観への扉、気づき、きっかけを与えられるような作品を生み出していくことだ。

河村は「村上春樹さんが翻訳されたことで有名になった「おおきな木」をベースとし、戯曲を使わずに自分たちの身体を使いながらディバイジングというスタイルで、パフォーマーたちと一瞬一瞬を3か月かけて作り上げた。私自身も制作期間でパフォーマーたちと対話を繰り返すうちに、西洋と東洋の自然に対する考え方、感覚の違いを感じた。そしてこのストーリーの受け取り方の多様さや普遍性に触れ、この作品がどうして世界中で長い間愛され続けているのかを理解することができた。視覚芸術・身体表現の要素も取り入れ、さまざまな世代の人に楽しめる作品になっていると思う」と語った。(写真は本人提供)

編集後記 6月12日

【編集後記】 みなさん、こんにちは。
毎週、水曜日の午後、印刷所で新聞を刷り終わるとそのあと夕方7時くらいまで、会社の相棒である久松の運転する車で、クイーンズの一部とマンハッタン内の日系スーパー、紀伊國屋書店などに2人で新聞の設置・配達をして回っています。電子版全盛のいまと言えど、紙の新聞は読者の手に渡って目に触れてなんぼの世界です。二人とも元の出身会社が、新聞社の中でも販売部が日本一強い、そして厳しい会社だったので、編集といえども、夜に会社に読者から「新聞がきてないぞ」という苦情がきたら、仕事の手を止め、マンハッタンなら社内にある新聞を持って飛んで行って届けたものです。それで読者は痛く感激してくれてまた愛読者になってくれます。その精神が骨まで(割と浅い方ですが)伝わっているので、配達中は体育会系のノリで「配達命」で頑張っている訳です。元ラグビー部ですし。コロナ以降この1年半、休業レストランでの新聞設置がなくなったので、配達業者を使わす、経費を節約してこうして二人で配達しています。今日も、相棒の久松は郊外へ出てて孤軍奮闘して配達しているはずです。一方、アメリカの新聞事情は変化してるようです。実は私は自宅でこの20年来ニューヨークタイムズを宅配で紙の新聞で読んでいます。ハリソンからグランドセントラル駅に向かうまでの45分は電車の中で朝刊を見てネタ探しです。ところが、この春から配達員が変わったのか、こともあろうに、1週間のうちに3回くらいは新聞が配達されません。土日は取ってないので週の半分は来ない計算です。今日も来ていません。カスタマーサービスにネットで連絡すると選択肢は2つ。「翌日配達」か「リファンド」かです。最初のうちは翌日配達のボタンを押してそれで済んでましたが、2週間ほどそんなことが続いたので「理由を知りたい」とチャット機能を使って書き込むと、答えは「配達地域の責任者に厳重に注意するので2度とこのようなことがないように気をつけます」という内容の長い、丁寧な返答がいく通りも違う表現で返って来ますが、私が知りたい肝心の理由については書かれていません。チャットの相手がAI のロボットであることに気がつくのに2週間くらいかかりました。機械相手のチャットではなくE メールで販売部に「長年新聞を購読しているがこんなひどいことは初めてだ。私が日本人だからこれはNYタイムズによる昨今流行りのアジアンヘイトなのか」とさすがに頭にきて書き込んだところ、すぐ今度は短い返事がきて、翌日からきちんと新聞が入るようになりました。しかし、今週になってまた来たり来なかったりの繰り返しです。新聞社も定期購読者の紙読者の激減で配達コストに以前の水準ではかけられなくなり、安い賃金で配達員を雇っているのかもしれません。それが原因で責任感のない、いいかげんなサービスしかできなくなってしまったのであれば悲しい限りです。しかも、ニューヨークタイムズはもう店頭販売をしていないので、街中のニューススタンド、書店でも紙の新聞を買うことができないのです。明日、また今日の新聞を1日遅れで読むことになります。小さな心配事、大きな心配事を乗り越えて「週刊NY生活」は今週号も無事に出ました。それでは、みなさん、よい週末を。(週刊NY生活発行人兼CEO、三浦良一)

【今週の紙面の主なニュース】(2021年6月12日号)

(1)接種率NY州でほぼ7割達成

(2)NJ在住者は隔離対象外

(3)あー冷たいわ セントラルパーク動物園

(4)成田陽子のTHE SCREEN いい男ジュード・ロウ

(5)粋なリボンベルト イケメン男子服飾Q&A

(6)冷泉彰彦 あめりか時評 

(7)NY日系人会メモリアルデー墓参会

(8)北岡和義 東京レポート2 

(9)原一男と小林佐智子映画NY上映

(10)レコード店が開店 ロックフェラープラザに

接種率ほぼ7割達成

クオモ知事「各種制限の全廃間近」、NY州

 ニューヨーク州のクオモ州知事は7日、州全体の6日の新型コロナウイルスの陽性率が0・66%(検査数7万635件)となったと発表した。新規入院は799人、死者は9人だった。

 陽性率は今年1月4日に7・94%までになったが、ワクチン接種が進み減少傾向が続いている。ニューヨーク市が0・43%などすべての地域で1%を切っており、これは昨年8月19日以来となる。

 ワクチン接種は少なくとも1回が1092万3964件で、これは州全体の成人(18歳以上)の68・6%にあたる。州のホームページによると、地域別ではマンハッタンが73・2%、クイーンズ71・5%、ブリックリン58・6%、ブロンクス56・1%、スタテン島61・3%。ウエストチェスター郡61・5%で、ナッソー郡75・9%など。クオモ知事はワクチン接種率が70%を超えれば、現在19ある各種制限を事実上、すべて緩和できるだろうと述べた。

 ニューヨーク州のハワード・ザッカー保健省長官は州は7月に第一週までに70%に達するとの予測を立てているが、接種率がかなり低い所もある。

州郵便番号約1割
接種率36%下回る

  州の1700のジップコード(郵便番号)のうち10%がワクチン接種率が36%を下回っている。最も低いのは大きなユダヤ人コミュニティーがあることで知られるロックランド郡モンゼイ(10952)の17・6%。ニューヨーク市はクイーンズのファーロッカウェー(11691)の31・2%、ブリックリンのウイリアムズバーグ(11211)31・5%など最も低い25か所のなかに11か所入っている。州ではこうした接種率の低い地域を重点的に接種を進める計画だ。

 また州ではここにきて予防接種率が伸び悩んでいるため、野球のチケット、州立公園の2日間パス、サラトガ競馬場の入場バス、州立・市立大学の全額奨学金などの奨励策を取っている。

NJ州在住者は帰国隔離なし

 日本の厚生労働省が1日、検疫強化として日本到着後3日間の強制隔離を米国を含む6か国に指定し、米国内は15州が対象となった(本紙5日号既報)。その中で、ニューヨーク州とコネチカット州が指定対象州となったが、ニュージャージー州は含まれていないため、NY在住者でもNJ州のニューアーク空港から帰国すれば、到着後日本で隔離されなくて済むのではないかと一部戸惑うケースがあった。

 ニューヨーク日本総領事館によると「今回の水際強化措置は対象国・地域に指定された国・地域(アメリカでは州)に居住・滞在していた人が対象となる」ため「ニュージャージー州の在住者は原則隔離対象にはならない」という。従ってニュージャージー在住者が州外のニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港から帰国しても隔離の対象にはならない。

 一方、ニューヨーク州やコネチカット州の在住者はニュージャージー州のニューアーク空港を使って帰国した場合でも日本での隔離対象となる。

あー冷たいわ

 セントラルパーク動物園は1864年に作られ、マンハッタンの五番街64丁目に正門がある。

 中央の水槽プールでは、猛暑をよそに気持ち良さそうにアシカが水中をスイスイと泳いでいる。小規模な動物園だが熱帯、温帯、極地の3区域に分かれて多数の動物の施設がある。

 子供ペンギン館など、水族館並の設備を備えている。コロナ禍で休園していたが、このほど再開、入場料は14ドル。年中無休。

(写真)摂氏33度を越える猛暑のなか水槽で涼しそうに泳ぐアシカ(7日、セントラルパーク動物園で、写真・三浦良一)

いい男ジュード・ロウ

 ジュード・ロウは身長こそイマイチだが、まず全世界の俳優内ではピカイチのハンサムに違いない。彼の強みは「生まれつきだから、別にどうでも良い」という態度で、全く意識していないところだろう。カメラを向けても、照明だとか、アングルだとか、メークなどに全くこだわらず、あっけらかんとしている。

 最近の彼の仕事ぶりが物凄い。まず、美人女優のブレーク・ライブリーが汚れ役の新米スパイを演じる「リズム・セクション」では彼女を鍛える英国MI-6のベテランスパイ役、これぞ適役と言える見た目は良いが、中身が腐ったペテン投資家を演じる「ネスト」=写真=、謎の島で迷う男のドラマ「ザ・サード・デイ」、デカダンのローマ法王を怪演中の「ザ・ニュー・ポープ」、まもなく公開の「ザ・ ファンタスティック・ビースト第3弾」、フック船長を演じる「ピーター・パン・アンド・ウエンデイー」、そして、ワトソン博士を演じる「シャーロック・ホームズ第3弾」などなど企画も延々と続く。

 現在子供が6人!これも大スターらしからぬ生産力と家長力であるが、子供達と前妻などを養うためのハードワークなのか、それとも家庭からのエスケープ作戦なのかはともかく、映画でテレビで大活躍中なのである。

 ジュード・ロウに初めて会ったのは「ガタカ」GATTACA(1997年)の時。超ド級美男子の彼が車椅子の身障者を演じるとその悲惨さが相乗効果を上げるという効果を計算しての配役だった。

 もちろん「ヘイ・ジュード!」と呼びかけたら、その挨拶には慣れきっているはずだろうが、嬉しそうに笑顔で応えてくれた。

 「JUDE THE OBSCURE」というトーマス・ハーデイーの小説とビートルスの歌の両方から名付けられたそうだが正統派美男がごまんといる英国映画界でもずば抜けての眉目秀麗故に早々とスターになり、ルックスに頼らない演技力も高く評価されている。

 ロンドンの自宅からのジュード48歳の最近のズームインタビューを紹介しよう。

「コロナ禍のために、つい最近生まれた赤ん坊を含めて6人の子供たちとの濃い時間が持てたし、家の中の整理をしたり、古いドアを直したり、かってない程の愛情を庭の手入れに注いでいる。藤棚をすっきり刈り込んだし、盆栽も生き返ったし。この時期、僕はね、人生を振り返って深呼吸をするという至極貴重な時間を過ごしている。

 6人もの子供を持つなんて夢にも思ってなかったが実は僕の両親はふたりとも孤児で非常に寂しい思いをして育っているから、僕はその穴を埋めるためにもロウ一族の子孫繁盛に努力をしているというわけさ。それに、小さい赤ん坊がそばにいると僕自身も若返るという恩恵もあるしね。

 役を選ぶ基準?同じような役は繰り返さない、少しばかり恐くなるような、驚異を感じるような役を選ぶことにしている。非合理で一笑に付してしまうような状況下で逃げ惑う人間てな役に魅力を感じるね。

 それからね、演技って、70パーセントは、相手の話を聴いている時に実力が判明するという事。自分で叫び狂っている時は演技というより、単なる反応だと思うんだ」

 不敵な面構えで淡々と話してくれた。

(なりた・ようこ/ジャーナリスト/カリフォルニア州在住)

粋なリボンベルト

イケメン男子服飾Q&A 85
ケン 青木

 メモリアルデーを過ぎますと「公式」に夏ですね。今はオフィスに出て来られる方はまだ少ない状況の様ですが、徐々に元に戻していくといった御話を大手企業の皆様から耳にしておりますので、遠からずニューヨークの街も以前の活気を取り戻していくのでは、と。ちょっとオプティミスティック過ぎますかね? 僕は9・11を目の前で体験しまして、あの時、大変な状況でしたが、ニューヨーカーの団結力は人種の壁を軽く越えとても素晴らしかったと記憶しているのです。

 この四半世紀余、ずっと続いてきた夏場のオフィスウエアのカジュアル化ですが、オフィス内ではシャツ姿であっても、通勤時にはやはりジャケットを羽織られたり、もしくはオフィスのロッカーに紺などダークカラーのジャケットを用意されておかれるのが何かという時に安心ですね。

 私がニューヨークに赴任しました1990年頃は今よりもずっとオフィスのドレスコードは厳しかったのでした。会社の中堅幹部以上の方々の多くは兵役経験者が多かったですし…(別の機会に触れますが、スーツ、背広のオリジンは軍服なのです)。ただその様な時代でも当時「フライデーカジュアル」と呼ばれておりました、金曜日だけのビジネスカジュアルの装いはありました。

 「フライデー」の典型的な装いとは、ネクタイをせずにボタンダウンのシャツを着て、上着は紺色の夏向けの生地のブレイザーを羽織り、そして綿とポリエステルを混紡したポプリン(POPLIN)と呼ばれます平織り、薄手の生地、そしてここが大きなポイントなのですが、パーマネント・プレスと呼ばれる折り目加工が施されたパンツを合わせて、つまりパンツのプリースが消えない。足元の仕上げは茶色のローファー、もしくはタッセルなどスリップオン、というスタイル。

 こうしたカジュアルドレスの装いのポイントを言葉で表現するならば、at easeながらもneatとかcrisp、すなわち小綺麗、こざっぱりという感じでしょうか。紺の上着、グレーのスラックスで何も問題なく、全てのシーンにてOKですが、昔からの伝統、何度か触れましたが、メモリアルデーからレイバーデイまでの期間がニューヨークのサマードレスのシーズン。目立って恥ずかしいという方もおありかと思いますが、ベージュやオフホワイト、サックス、ブルーなど明るい色、素材は綿や麻を取り入れられるのもまたお薦めです。

 そして最後になりますがnot at least、 夏に上着を脱いでいたり、シャツ姿の際に最も目立つのが実はベルトなのですね。

 私といたしましては、夏場のビジネスカジュアルのシーズンが始まる前にベルトを数本購入されておくことをお薦めいたします。上着を着用していても、ネクタイをしていない場合、上着を着ていない場合はなおのこと、ベルトの革がくたびれていたり、穴が広がっていたりするのはことの他悪目立ちするものなのです。女性のチェックポイントでもあるそうです。厳しいですね(苦笑)。

 こうした時期に個人的にお薦めなのがSurcingle Belt、日本ではリボンベルトなどと呼ばれております革と厚手のウールのツイル地を組み合わせたスポーティなベルトなのです。写真のように2色のストライプが多く、せっかくですから、例えば紺×赤のストライプでしたら、靴下を赤にするとか、やはりこの様なところで組み合わせのキーとなる色を拾ってあげますと、カジュアルなムードの中にある種の「まとまり感」と言いますか、良い意味で装いに気配りされているという印象になります。

 それではまた次回。

 けん・あおき/日系アパレルメーカーの米国代表を経て、トム・ジェームス・カンパニーでカスタムテーラーのかたわら、紳士服に関するコラムを執筆。1959年生まれ。

コロナと五輪、迷走の原点は「お上と庶民」の相互不信

あめりか時評閑話休題 冷泉彰彦

 日本における新型コロナウイルス対策を、アメリカから見るのは何とも歯痒く、辛い。陽性者比率、死亡率を比較するのであれば、日本の数字は極めて優秀だ。人口比で見てみれば20分の1以下であり、この傾向は最新のデータでも変わらない。にも関わらず、大阪などでは医療崩壊で救命のできないケースも発生したし、何よりもワクチンの接種は遅れた。結果的に、GDPへのマイナス効果はアメリカよりも厳しい。こうした推移について厚労行政の責任とするのは簡単だ。だが、長く複雑な歴史的経緯を考えるのであれば、必ずしも当局を責めて済む話ではない。

 まずワクチン接種の遅れだが、根本にあるのは日本社会に根強いワクチン忌避感情だ。1970年前後までの日本では、感染症の予防接種は厳格に義務化されていた。だが、70年代以降、状況が変わった。副反応を経験した患者やその家族が「同じような苦しみを受ける人を根絶したい」という感情を抱くと、メディアや弁護士が群がって支援してワクチンの「義務化」をどんどん潰して行ったのである。この「反ワクチン」の流れに加えて、一連の薬害問題が事態を悪化させた。薬害エイズ事件に際しては、当時の厚生大臣が政治パフォーマンスに走る中で、厚生官僚の逮捕という事態まで起きた。

 これでは、「mRNAという遺伝子技術を使った新世代ワクチン」などという新技術を、率先して認可する勇気を出せというのは無理な話である。そんな中では、世界各国で大規模な接種実績が進み、その効果が明らかとなるのを待つしかなかったという推測が成り立つ。社会に満ち満ちている不信感に対抗するには、それが唯一のシナリオだからだ。

 日本におけるワクチン接種に関して、歯科医への拡大は進んだが、アメリカのように薬剤師による接種は実現していない。一般的には、医師会が既得権を握って放さないからという解説がされている。けれども、実情としては、薬剤師による接種で事故が起きた場合に監督の医師が厳しく批判され、場合によっては逮捕という可能性もある中では、医師会も防衛的にならざるを得ないのではないか。

 コロナ病床の増床が進まない問題も同様だ。4月から5月の大阪府の場合など、感染拡大の勢いに合わせてコロナ病床を増やせば、その分だけコロナ外の診療には支障が出たであろう。その場合にコロナ外で救命できる患者を救えなかったら、医療過誤事例として最悪の場合は医師に逮捕状が執行される可能性もあるのが現行の制度である。そう考えると、問題には裁判所や警察も含めた複雑な構造があるわけで、厚労省や医師会が保守的だという説明だけで済ますことはできない。

 融通の利かない制度の背景には、社会に統一された常識(コモンセンス)がないので、ルールを決めたら杓子定規に適用するしかないという問題もあるだろう。更に突き詰めて考えると、問題の原点には江戸時代から綿々と続く「お上と庶民」の相互不信という問題に行き着く。医療を縛る硬直した規制の多くは、こうした不信の産物だからだ。

 今回の五輪開催の是非をめぐっては、この相互不信が思い切り噴出した感がある。「庶民」の側は、ワクチンの効果など無視して外国人の大量入国に勝手に怯えながら、五輪反対のムードをエスカレートさせている。反対に「お上」の側は実施へ向けて引くに引けなくなってきた。政府としては、さまざまな矛盾点については大会が成功すれば「結果オーライ」となるという読みから開催という賭けに打って出ている。説明を渋っているのは、賭けの危険性を薄々感じているからであろう。更に、7月の東京都議会選挙と、10月と言われる衆議院選挙という政治日程が、政権与党を「五輪強行開催」という危険なギャンブルへと追い詰めている。

 この相互不信があるレベルを超えてしまうと、大会の成功も難しくなる。国民の8割が反対という状態が続くようでは、各国選手団に「感染拡大で危険な国」という印象を与え、大会の足を引っ張りかねない。そうしたシナリオを回避できるか、いよいよ正念場に差し掛かってきた。

(れいぜい・あきひこ/作家・プリンストン在住)

NY日系人会、メモリアルデー墓参会

日系の先駆者に感謝

 前日の大雨の後、曇り空の5月31日のメモリアルデーに、恒例のマウント・オリベット日本人墓地での墓参会を、山野内勘二大使をはじめ30人が集まり開催した。新型コロナ感染からのニューヨークの再開に合わせて参加者が昨年より増え、全員マスクをして、ニューヨーク仏教会イザベラ・バーナード副開教使の読経の中、厳かに全員で献花をした。副開教使は大好きな「千の風になって」の音楽のように、今この墓石の前で私たちの先駆者への感謝と敬意を表すことは大きな意味があると述べた。

墓参会でスピーチする山野内大使

 山野内大使は、1912年、JAAのルーツである日本人共済会がこの日本人墓地を購入し墓参会を始めて今年で110年目、今日、墓参できたことを嬉しく思うと述べた。そして1860年、今から161年前に日本使節団が初めてニューヨークを訪問して以来、多くの日本人・日系人が移り住み、幅広い分野で影響を与え、日米関係に貢献してきた。この歴史を将来の世代に語り継いでいくために「ニューヨーク日本歴史評議会を設立し、「ニューヨーク日本人デジタル歴史博物館」(www.historyofjapaneseinny.org)をオンラインで開設、歴史的文書、写真、手紙、新聞記事などを保存しているのでご覧くださいと述べた。

 この後、墓地のお掃除ボランティアとして参加していたソプラノ歌手田村麻子さんが、「千の風になって」と「アベマリア」をここに眠る先駆者に捧げた。最後にJAA竹田勝男副会長が、朝からお墓掃除に参加した人に感謝を述べた。

先駆者に歌を捧げる田村麻子

 今回の墓参会は、ニューヨーク仏教会、ニューヨーク日本国総領事館、ニューヨーク日系ライオンズクラブとニューヨーク育英学園とニューヨーク日系人会/JAAで行った。

 参加者は墓参会のあと、近くにあるJAAの創設者、高見豊彦先生の墓地にもお参りした。参加者はNY仏教会しんじょう副和尚、山野内勘二大使、寛二大橋建夫NY総領事館領事部長、竹田勝男JAA副会長、野田美知代JAA事務局長、ライオンズクラブ伊藤りき、相田マイク、三木伸夫、滝田佳功、滝田智佳、森本マリ、広瀬由美子、原茂和美、原茂佳正 &原茂英利佳とお掃除部隊のボランティア10人(ソプラノ歌手田村麻子さん親子も含まれる)。

 ニューヨーク育英学園の岡本徹学園長と上妻雅浩事務局長と参加者の多くは、式の前に日本人墓碑の掃除、花を植え、そして育英学園の子供たちが描いた世界の国旗を飾った。