米国に感謝の全面広告

NY日本総領事館が11日付NYタイムズ紙に

 ニューヨーク日本総領事館は3月11日付ニューヨークタイムズ紙に「揺るぎない日米の友情」と題する山野内勘二大使名での全面広告を掲載した。東日本大震災で、米軍が2万4500人、24隻の船舶、189機の航空機を投入して復旧支援したトモダチ作戦と全米から東北地方に寄せられた7億3000万ドルの寄付に感謝した。広告では被災地が10年を経て経済社会復興を遂げたことは、世界が直面しているパンデミックを克服するための希望であること、日米が強い友情の絆で結ばれていることを伝えている(本紙20面参照)

ワクチン接種60歳から可能

 NY州は9日、新型コロナウイルスワクチン接種可能年齢を65歳から60歳に引き下げ、新規対象者の予約を翌10日午前8時から開始した。17日にはさらに接種可能年齢を拡大させると発表した。NY州では今月5日からジャビッツセンターとヤンキースタジアム、シラキュースの同州フェアグラウンズで、24時間体制で新型コロナウイルスのワクチンの優先接種をスタートした。同プログラムでは、米食品医薬品局(FDA)が承認したジョンソン・エンド・ジョンソン製の1回の接種で済むワクチンを使用。接種会場、接種の対象者情報はhttps://www.somosvaccinations.comを参照。ジャビッツセンターでの接種の予約は電話833・NYS・4・VAXまたは優先接種情報サイトhttps://am-i-eligible.covid19vaccine.health.ny.gov/を参照。 60歳から可能。

春呼ぶステンカラーコート

イケメン男子服飾Q&A 82
ケン 青木

 皆様、時より春の訪れを感じないこともなくはないのですが、気温はまだまだ低く冬の寒さが続いておりますね。お元気でお過ごしでしょうか。今回は春専用ということでもないのですが、実はアメリカにおいてもまた日本においても以前より街中で見かけなくなったなあ、と感じる紳士物のアイテムがありまして、今回はそのアイテムについて、今年の秋に公開されてから60年という記念の年を迎える映画の話と合わせて書いてみたいと思います。

 早速ながら、見かけなくなったのは“オフホワイトのステンカラーコート“で、公開60年記念の映画とは”Breakfast at Tiffany’s”(以下ティファニーと略す)、はい、オードリーとジョージ・ペパード演じるホーリーとポールの映画史上に語り継がれるドタバタ(ファンに怒られるか・笑)恋愛ドラマでしたね(笑)。

 二人が心の底からお互いを必要としていることが確認出来た、映画のクライマックスのシーンでホーリーはジバンシー謹製と思われる、そしてポールもチェンジ・ポケットが付いた、あえて注文服にしたのかも?と思われるトラディショナル、オーセンティックな趣ながら、ちょっと変わったディテールのそれぞれにオフホワイト系のステンカラー、そしてレディスのレインコートを着用していたのでした。

 あくまでも個人的な見解ですが、もしあの場面で二人が黒や紺のレインコート姿で抱擁、キスをしていたら映画の魅力が半減してしまっていた様な気がするのですね。この映画、機会がありましたら是非御覧を。オープニングから昔懐かしいイエローキャブが5番街を北上しながら現れティファニーの前で停車。黒いロングドレスに身を包んだサングラス姿のヒロインが朝食のパンとコーヒーを手に登場という、今のダウンサウスへの一方通行の5番街ではありえないシーンなのです(笑)。そしてなんと公開から56年後の2017年、本当にティファニーで朝食がとれる様になるとは(笑)。

 話を紳士物に戻して。1961年年頭、ケネディ大統領が43歳の若さで大統領就任。彼に合わせるかの様にスリムで若々しく清潔感あるアイビー・トラディショナルスタイルが大人気となりました。ポールが着ているネイヴィー・ブレイザー、グレーのツイード・ジャケットに白黒の千鳥格子やグレー無地のスラックスも一見シンプルでトラディショナルな既製服のように見えなくもないのですが、よく視るとそれぞれにかなり凝った注文服の様なのです。ま、彼には女性のスポンサーがおりましたが(笑)。例えば、ネイビーのブレザーはイーストサイドと思しきアパートメントハウスの階段を昇るシーンでチラリと浅めのサイド・ベンツが開いた際見えたのは真っ赤な裏地(笑)。そして本日の御題であるオフホワイトのステンカラーのレインコートにはなんと珍しいパッチ・ポケット、チェンジ・ポケット付き! チェンジ・ポケットとは通常、男性の上着の右側脇ポケットの上についている小さめのポケットのこと。小銭や交通機関や劇場のチケットを入れておくために考えられたと言われていますが、どうやら上流階級の長身の男性の上着前身頃が間延びして見えない様、ロンドンのテーラーが知恵を絞って考えたディテールなのだ、という御話が有力な様です。

 そうそう、本日の御題ステンカラーって実はJanglish、和製英語なのです!本当の御話。英米においてはBalmaccan バルマカーンとか、短くBalバルと呼ばれることがほとんどか。なぜ日本でステンカラーと呼ばれるようになったのか? この襟のデザインもまたルーツが軍服にあり、19世紀末にPrussian Collarと呼ばれていた当時のドイツ軍の軍服の襟のデザインを説明するのに英語でStand & Fall Collarと言っていたのをフランス語訳のSoutien Colが日本語化してステンカラーと成った説があります。当然英語だと思って既に使ってしまわれた方がおられるかもしれませんが、Balと言われることが多いのだ、とこれを機会覚えておいていただければ。

 最後に残念な言い方で申し訳ないのですが、日本製の平均的なレインコートは、デザインだけは肩章やウエスト調整のアジャスター等コートとしてそれほど必要と思えないディテールばかりでゴタゴタしている割りに、筒形の抑揚のないシルエットで足元が濡れやすいモノが多い様な気がしております。せめて膝丈で、しかもAラインの立体感ある、本物のレインコートを着用していると驚くほどスラックスの裾や靴が濡れないもの。コートやレインコートの大切さは、男性がこれより上には着るものがない。個人の印象を左右するシルエットの最後の砦であるということ。そして、これは僕のセリフではないのですが、もし公園のベンチが汚れていたりしたら、躊躇なく一緒にいる女性に敷物として使っていただきましょう。それではまた次回。

               ◇

 けん・あおき/日系アパレルメーカーの米国代表を経て、トム・ジェームス・カンパニーでカスタムテーラーのかたわら、紳士服に関するコラムを執筆。1959年生まれ。

「3・11が日本に残した深い傷」

あめりか時評閑話休題 冷泉彰彦

 1995年1月の阪神淡路大震災では、被災地は復興した。勿論、失われた生命は還らないし、街の繁栄が100%回復したわけではない。何よりも心身に傷を負った人々の痛みは消えてはいない。けれども、倒れた高速道路も、潰された地下鉄駅も、破壊された新幹線のトンネルも、短期間のうちに修復された。震災を機に厳しい耐震基準が全国で適用されるようになり、防災・減災の体制は向上した。

 だが、丁度10周年を迎えた2011年の東日本大震災に関しては状況が異なる。過疎高齢化と経済衰退という急降下中のジェットコースターの中で起きた震災という違いがまずある。この点を全く理解していなかった当時の民主党政権により、メリハリのない復興事業が進められた。巨大な防潮堤が建設され、住宅地は新たに高台に造成されたが、流出した人口は戻らなかった。巨費を投じた建造物は、災害の恐怖と、人口減少の恐ろしさを象徴するモニュメントとして後世に伝えられることとなった。

 東日本大震災の残した問題は、具体的な復興の失敗だけではない。震災は日本という国の「国のかたち」そのものに深い傷を残した。被災地だけでなく、国の根幹の部分を傷つけ、その傷は今でも国を揺さぶり続けている。

 1つは感情論への歯止めが外れたという問題だ。

 被災地に千羽鶴を送るのは失礼だという議論がある。今では定着しているが、東日本大震災が契機だった。避難所へ古着を送るのも迷惑だし失礼、そんな議論も同じである。実務的には正しい指摘かもしれない。確かに大量に届く物資は迷惑になることがある。問題は3・11を契機として「負の感情」、つまり「千羽鶴を送られると惨めな気持ちになる」とか「古着の贈呈は上から目線だ」といったネガティブな感情論が解き放たれたことにある。

 つまりお行儀よく「我慢」する必要はなく、堂々と「千羽鶴は惨めだから止めてくれ」という言葉を語って良いことになったのである。賛否両論はあるだろう。そのぐらいに、被災地の傷は深かったという理解がまずは必要だ。だが、一旦解き放たれた感情論は勢いを持つこととなった。津波で倒壊した市役所庁舎を震災の記憶として保存するか、あるいは見たくない悲劇の象徴として取り壊すかという議論もあったが、より深い傷を抱えた後者の意見が通る、そんな風潮も3・11の遺産と言える。

 福島第一原子力発電所の事故の影響を心配して、科学的な根拠もなく西日本へ移住したり、そのために子を連れて離婚したりという現象も起きたが、これも感情論が解き放たれた結果だ。今では日本で定着した「安全・安心の確保」と言う言葉もそうだ。安全と安心は違うのであって両者を確保しなくてはならない、つまり感情論に正式な社会的な位置が与えられたという意味であり、3・11以降の現象だ。そのために、日本における政策上の意思決定はより複雑化し、困難なものとなっている。五輪やコロナを巡る政治の迷走の原点はここにある。

 2つ目はエネルギー政策の行き詰まりだ。

 原子力発電所の再稼働は、3・11を契機として政治的に困難となった。菅政権が脱炭素社会を掲げた今は、化石燃料の使用も止めなくてはならないが、火力発電を止め、ガソリン車を止めるとなれば、水素の輸入しか道はなくなる。太陽と風力には日本の電源を支える能力はない。製造業を諦めて知的産業にシフトすることも選択肢だが、教育や価値観の変革が間に合うとは思えない。

 そこで、政府は豪州に大規模な水素分解工場を作ってもらって、そこから専用船で日本に液体水素を運ぶ計画だ。問題は水から水素を分解するにあたって排出される二酸化炭素である。計画では地層内に永久的に埋設処分することになっているが、文字通り永久となる二酸化炭素の埋設を他国に依存するというリスクは不確実性を残す。

 3・11の残した傷は深く、このままでは国にとっての致命傷となりかねない。10周年を契機として、まずは冷静な診断が必要であろう。

(れいぜい・あきひこ/作家・プリンストン在住)

東日本大震災から10年共に

追悼式典日米結ぶ
私たちNYは忘れない

TOGETHER FOR 3.11

 第10回トゥギャザー・フォー・3・11東日本大震災追悼式典が3月6日午後8時からオンラインストリーミングで開催された。約700人がライブで参加し、現在も3000ビューを超す勢いで更新中だ。

 主催したフェローシップ・フォー・ジャパン=写真上=トゥギャザー・フォー・3・11代表のAKさんが10年間、岩手、宮城、福島の現地からの生の声「忘れないで欲しい」に応え「一緒に前に進んでいきましょう」と挨拶した。

 ニューヨーク総領事の山野内勘二大使は「10年経った現在も避難者4万1781人が故郷に戻れないままでいる。3・11の悲劇を風化させず、次の世代に伝えて行かなくてはならない」と話した。

 宮城県石巻市・日和幼稚園遺族有志の会の佐藤美香さんは、通園バスで非難途中に津波にさらわれ、変わり果てた姿の娘を見つけた時の体験を語り、今後の防災のあり方を考えるきっかけにしてほしいと話した。

 ジャパン・ソサエティー理事長のジョシュア・ウォーカー氏は米軍のトモダチ作戦、ジャパンソサエテティーが1410万ドルを寄付し、過去10年の復興支援に使ったことを伝えた。そのあと、ニューヨークの風の環少年少女合唱団が「ありがとうの歌」を披露した。

 福島市在住の絵本作家で画家のあきばたまみさんは、牛2500頭が餓死した当時の被災状況を報告し「全ての生き物の尊厳を考えるきっかけにして」と訴えた。また岩手県釜石市宝来館・女将の岩崎昭子さんは「廃炉まで40年かかると言われる中で10年が過ぎた。30年後に故郷が蘇るよう今は耐えて子供たちに明るい未来が来る日本でまたお会いしましょう」と笑顔で話した。最後に福島県相馬市みなと保育園の園児たちが「10年間見守ってくれてありがとう」と感謝の言葉を述べ「いつの日か夢はかなう」と合唱した。

故郷を思う県人
復興に安堵と祈り

ほくほく会

 ニューヨークとその近郊に暮らす東北6県と北海道出身者によって構成される連合会「ほくほく会」は7日午後1時30分から第10回3・11追悼式をZOOMで行った。この追悼式は2011年の震災直後から現在まで、各県がそれぞれ幹事県となり、犠牲者への哀悼の意を表し、災害風化の防止、故郷の現状理解を深めるため、毎年休まず開催している。今年度の幹事県は北海道と福島県が務めた。ニューヨーク福島県人会の竹田小夜子会長が開会の挨拶をした。

 式典は例年通り2部構成で行われ、第1部ではニューヨーク総領事の山野内勘二大使の挨拶、県人会からの被災地報告、読経と黙祷。第2部ではほくほく会ゆかりの合唱団「JCH・とも」の歌と「民舞座」による東北の踊りを披露した。式典の後、引き続きオンラインでの懇親会があった。

 挨拶で山野内大使は「未曾有の大震災から10年、犠牲者の冥福をお祈りすると共に、1月13日現在4万1781人が故郷に帰れない状態が続いている。住民の心の復興が大切で、ニューヨークの日本コミュニティーが、ほくほく会はじめさまざまな団体が募金活動や交流活動をして支援し、それは今なお続いている。人と人との繋がりが乗り越えていく鍵になる。現在コロナ禍と闘っているが、震災も的確に対応することでその記憶と記録を次の世代に伝えていくことが非常に大事だ」と述べた。

 北東アメリカ兵庫県人会会長のジョシュ大西さんは「阪神淡路大震災で復興の努力と同時に防災の努力も大切と学んだ。追悼式典を続けて参加することで風化させないことが大切だ」と述べた。

 被災地からのレポートとして3県から報告があった。福島県を代表して国連職員の高田実さんがSDGsを使った福島の未来について語った。「ジェンダーの平等、気候変動、クリーンエネルギー、平和と公正などの目標で福島が日本一になるよう努力している」などと述べた。

 宮城県名取市議会議員の荒川洋平さん(39)は5万5000人いた住民の中で750人が犠牲となった閖上(ゆりあげ)地区の10年を語った。母親と弟を瓦礫の中で探し続ける日々は、見つかるのも嫌だし、見つからないのも辛い。二人の遺体は今も見つからないままだ。自分が育った故郷を復興することに人生を捧げる覚悟をして街づくりに取り組んできた。人口はまだ2000人を切っているが、施設ができて人を呼ぶことができるような街になった。交流人口の拡大が生き残っていく道だと思う。ハードの復興は昨年3月に復興達成宣言ができたが、生活に直結した悩みがあり、それはある意味で被災地以外と同じレベルになってきた証ではないか。しかし今でも父親も自分も夜中に1週間に1度はうなされる。ニューヨークからの応援を心から感謝している」と述べた。

 岩手県からは釜石市の NPO法人アラマキ副代表の吉野和也さんが現状を報告した。現在は仮設住宅もなくなり防潮堤もでき、綺麗な街になり前を向けるようになった人も多くなった一方、被災地でこれからというときにコロナ禍となり、飲食店などと取引している海産物業者は大きな打撃を受けている。個人を相手にした通販は伸びているようだと述べた。岩手県の感染者数は県全体で150人、釜石市で数人と極めて少ないため、どこで感染してもおかしくない東京などの大都市と違い、感染リスクが低い分、危機感は非常に高い。先祖代々暮らしている古い家で、もし感染者が出たら街を出て引っ越さないとならない、親が死んでも帰って来るなという不安の声もあるなどと紹介した。

 NY平和ファウンデーションの中垣顕實法師が法話と読経を唱え黙祷が捧げられた。中垣法師は「人と比べる命ではなく、かけがえのない自分の命を大切にすること、一人一人が慈愛の目を持ち、人真似ではない自分の持っている色を輝かせる形で他者に尽くすことが大切だ」などと語った。

 このあと民舞座(鈴木百代表)による北海道と東北各県の盆踊りとジャパン・コーラルハーモニー「とも」混声合唱団(阿部友子団長/白田正樹音楽監督)による合唱が披露された。最後に、ほくほく会今年の追悼式典主催幹事の北海道ゆかりの会代表幹事の竹田勝男さんが「3県の被災地レポートを聞いて復興が確実に続いていることを感じた。遠くニューヨークの地から、これからも故郷への思いを届け、応援を続けていきたい」と締めくくった。

コロナ時代に負けず踊る

ダンサー 菊池 梨緒さん

 ニューヨークで活動するダンサーの菊池梨緒は2017年の夏に来米し、ニューヨークの名門、アルビン・エイリー・ダンススクールの奨学金プログラムに2年在籍した。卒業後すぐにアジア系舞踊団のナイニー・チェン・ダンスカンパニーに入団し、現在も同カンパニーダンサーとして踊っている。

 最近では、ジャイロキネシスの指導員の資格も取得した。入団は19年夏に100人以上が入団テストを受けた中から合格者2人の一人に選ばれた。所属していて今2年目。カンパニーでは モダンダンス、コンテンポラリーダンスを主にジャンルとして、同カンパニーならではのアジア文化にインスピレーションを受けた作品や、中国舞踊にも今挑戦中だ。

 パンデミック前では、ニューヨーク・アートセンターでの公演や、ニューヨークとニュージャージー州で学校訪問をするなどしてショーも行っていたが、パンデミック後は、オンラインリハーサルが始まり、今はカンパニー全体で感染予防を徹底しながら、少人数でインパーソンのリハーサルをスタジオで行っている。

 コロナの影響で公演やツアーは延期に次ぐ延期で激減したが、オンラインでの公演の機会が逆に増えた。マスクをつけながら踊ったり、定期的にPCRテストを受けに行くなど、感染防止の対策をしっかりしながら、またステージに戻りオンラインの公演の為の撮影など、この状況の中でできる限りの事を現在は活動中だ。この状況にめげずに今できる事を全力でやっていることで、どんな状況でも自分は踊り続けたいんだという気持ちをさらに強く認識したという。

  最終的な夢ははっきり決まっていないが、今はニューヨークでプロダンサーとして、経験を積むことに専念だ。世界中から集まるプロのダンサーたちと一緒に稽古や公演に出ることでテクニックや表現力を吸収し「自分らしさも大切にしながらも輝いてる人になりたい。そしていつかは、私の生の踊りを日本にいる家族に見せて、成長した自分を見せたい」と笑顔を見せた。東京都出身。

 (三浦良一記者、写真は本人提供)

何が異常なのかも分からないぼくは自宅で卓上花見です

 桜の季節である。昨日、ビルの隣の花屋で桜の小枝を1本買ってきた。400円也。今朝起きたら満開である。テーブルの花瓶に生けた卓上の桜で花見を楽しんでいる。

 ぼくのマンションから上野公園は歩いて数分。通常の散歩コースは東京藝術大学の正門前を通り過ぎて上野公園に入り、ゆっくり、ゆっくり歩む。植えこんだ黄色いチューリップが大噴水を取り巻いて美しい。若い夫婦が小さな子どもを遊ばせている。平和な光景だ。

さて、その上野の桜である。東京都はバリケードで物理的に散策できないように仮設工事している。1年で一番美しい上野の桜は昨年についで見られない。

 これこそ異常でなくてなんだろう。

 日本は新型コロナウイルスのパンデミックでパニック状態が続いている。毎朝、毎晩、コロナ、コロナである。「花見は止めて」と小池百合子都知事が懇願の声明、千葉、神奈川、埼玉首都3県知事も悲鳴の訴えである。

 ぼくは79歳と高齢でかつ肝臓ガン。コロナに感染したらイチコロだが、このパニックの異常社会の方が怖い。

 アメリカはトランプがコロナ蔓延初期、重要視しなかった。現在、死者が50万人超えたそうだ。南北戦争の犠牲者総数は62万人。それに次ぐ犠牲者が出ているというのにトランプはフロリダでゴルフを楽しんでいる。バイデンの大統領就任式サボって。

 トランプを非難するアメリカ人はいないの?

 パンデミックとは自然が新型コロナウイルスをこの地上のぼくらに贈り、反省を迫っているように思える。

 もう一つ、3月11日は東日本大震災から満10年。ということは福島原子力発電所が爆発事故を起こして10年経ったということでもある。

 3月3日、原発の危険性を生涯訴え通した小出裕章が、京都大学原子炉実験所を退職し、松本駅前で原発反対のデモに立った。「アベ政治の継続を許さない」と大書きしたプラッカードを持って、黙って。ごく普通の市民が通り過ぎてゆく。

 小出は10年前の原発事故の際、注目された。原子力発電の危険性を核エネルギー研究者として生涯訴え続けた。「助教」という低い身分のまま。でも小出はめげない。松本の美ヶ原温泉で飲み歓談した。

 コロナ蔓延から1年、フクシマ原発事故から10年。ことしの春は桜を観に行ってはいけない、という菅首相や小池知事らのお達しでぼくは自宅の卓上花見を楽しんでいる。

 それなのに東京オリンピック・パラリンピックは断固やる、とお偉い方々は言う。なにかおかしいよね日本は。新鮮な東京レポートを送りたい。

(在京ジャーナリスト)

市内に公共冷蔵庫、ヴィーガン専用で

 ノーホー地区ブリーカー通りのジム「オーバービュー・ボクシング・クラブ」の前にこのほど、前例のないヴィーガン専用の公共冷蔵庫が設置された。 

 同ジムは、健康志向のニューヨーカーのためだけでなく、健康的な食生活を兼ねたパーキンソン病患者のリハビリ、子どもたちの食育セッションなどを行っている。同ジムのプログラマーであるパワー・マルさんは昨春、生活困窮家庭の食事配達のボランティアを経験した時に、健康な食生活の欠如を実感し、公共冷蔵庫のアイディアに至ったという。 

 ベニヤ板に覆われた黒い冷蔵庫の扉には「ニューヨーク、あなたは何と闘っているのか」というネオンサインが光る。ヒップホップ音楽を通して食事支援を行う「ヒップホップ・イズ・グリーン」や菜食主義の推進を行う「チリズ・オン・ウィールズ」などの協力も得て、同冷蔵庫の中にはレンズ豆や米、肉代用品などのオーガニック食材が常に詰まっており、誰でも無料で食材を手にすることができる。ノーホー地区は決して貧困地域ではないが、マルさんは「多くの住民は新型コロナウイルス感染拡大の影響で失業、減給で、食べるものさえ賄うことができなくなっている。健康食で新型コロナウイルスに打ち勝ってほしい」と話している。

クイックUSAアメリカの人事部(38)

ワクチン接種を強制しますか?(2)

 もし、ワクチンを受ける場合には、その接種できる場所や接種するための方法などの情報が分かれば従業員にもシェアすべきだろう。また、そのためのコストや病欠(Sick Leave)の利用についての情報なども提供できると従業員も安心度が増すだろう。

 コミュニケーションを行うツールもZoomなどのビデオミーティング、動画での説明、Eメール、テキストメッセージ、郵便などいろいろなメディアを通じて従業員に伝える工夫をしたい。

 会社としては、方針を決めてプランをコロコロ変えたり、人によって対応が変わったりしないようにすること。

 従業員からの反応を予想してどのように回答すべきか準備をしておくこと。政治的な議論や陰謀論には企業として入り込まないことなどが重要な対策だろう。

 従業員へのコミュニケーションはHRだけでなく、トップマネジメントがコミットすることが重要だ。ワクチンの接種可能なスケジュール、そのコスト。そしてこれから役割が大きくなるであろう薬局の情報などをつかんでおこう。

 また、EEOC(Equal Employment Opportunity Commission)はワクチンの強制接種を認めているが、障害を持った従業員や宗教的信条をもった従業員が非接種の選択をすることについても認めているので、その点の配慮を充分行うべきだろう。

 ワクチンの強制接種をした場合の雇用者としての責任(Liability)についても顧問弁護士と確認をしておくことをお勧めしたい。

 引き続き皆様の安全と健康、そして、可能な限りのビジネスの再興をお祈りしております。

(Philosophy LLC  President 山口 憲和) 

www.919usa.com

クイックUSAアメリカの人事部(37)

ワクチン接種を強制しますか?

 60%、39%、21%。それぞれ何の数字だろうか?

 www.pewresearch.orgが実施した調査によると、60%のアメリカに住む人はCOVID-19のワクチンを絶対打つ、あるいは恐らく打つと回答している。39%は打たないと回答している。そして、21%はもっと詳細の情報がそろわない限り、自分のワクチンに対する態度は変わらないと回答している。

 2020年12月16日に下記の動画で配信したようにEEOC(Equal Employment Opportunity Commission)はワクチン接種を従業員に強制することは可能と発表してる。https://www.youtube.com/watch?v=IZce2wZNhJs

 企業としてもワクチン接種のポリシー、ガイドラインを決定するタイミングになってきた。恐らく企業がとるべき選択肢は大きく分けて下記の3つが考えられる。

(1)職場で仕事をする場合はワクチンの接種を義務化

(2)ワクチン接種を奨励

(3)ワクチンに関する情報提供に留める

 従業員へのコミュニケーションはどのように行うべきか?

(1)職場で仕事をする場合はワクチンの接種を義務化

 ワクチン接種を義務とする場合は、従業員へのコミュニケーションに下記のような言葉を使うべきだろう。Must、Required、Necessary。例えば、Before returning the office, you must provide proof of vaccination to HR.

(2)ワクチン接種を奨励

 奨励をする場合は、下記のような言葉を使うべきだろう。Care、Concern、Community、Family。例えば、Give immunity a shot! Take care of yourself and your loved ones by getting vaccinated. というような案内が出来る。

(3)ワクチンに関する情報提供に留める

 従業員を教育するということに留める場合は、まず下記の言葉使わないことがポイント。Must、Required、Necessary、Mandatory。例えば、情報として提供するには下記のようなことを伝えることが考えられる。 Currently, the U.S. Food and Drug Administration has Provided emergency authorization to three different COVID-19 vaccines. All but one of the COVID-19 vaccines that are currently in Phase 3 clinical trials in the U.S. use two shots.

(Philosophy LLC  President 山口 憲和)

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編集後記

【編集後記】
 みなさん、こんにちは。ニュージャージー州のラトガース大学で5日(金)午後7時から、「ラトガース大学、日本との出会い」と題するオンライン会議が開催されます。この会議は、同大学に明治時代初期、日本人留学生が大挙留学して150年になることを記念するもの。同大は、オランダ修正教会を母体とする学校を前身として1866年に創立された州立大学。ストレプトマイシンを発見したS・A・ワックスマンを輩出するなど、化学、農学、科学技術分野に突出した業績を持つニュージャージー州最大の総合大学す。この大学に近代日本の黎明(れいめい)期にあたる慶応3年から明治30年までの30年あまりの間に、300人近くもの日本人留学生が学んだことはあまり知られていません。当時この大学に学んだ日本人留学生の多くは、幕末の壮士、政治家、知識人とその子息たちで、帰国後、科学技術、政治、教育、ビジネスの分野で日本の近代化に大きな足跡を残している人ばかり。慶応3年(1867年)にラトガース大学に入学した日本人最初の官費留学生、日下部太郎のパスポート番号は第4号。日本からの正式な海外渡航者の4人目、当時の奨学金として年間600ドルが支給された。当時の同大学の年間学費は45ドルから60ドルだったことを考えると手厚い支援だったようです。越前福井藩士の日下部は、同大を3年間でしかも首席で終えたのですが、卒業の1か月前に結核のため、この地で亡くなります。享年26歳の若さでした。しかし成績が優秀だったため、正式に卒業が認められて米国最高の学称ファイ・ベータ・カッパの称号と金のカギを受けていいます。明日、同大でその会議が開催されます。記念式典と会議は5日(金)午後7時から。以下のリンクから登録すれば無料でオンライン視聴できます。


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本紙16面でも記事が掲載になってます。それでは、みなさん、よい週末を。(週刊NY生活発行人兼CEO、三浦良一)

【今週の紙面の主なニュース】(2021年3月6日号)

(1)海を渡った若獅子たち

(2)アジア系差別激増

(3)孤高のラッパーメジャーリリース

(4)国連代表部で天皇誕生日祝う

(5)クオモ知事にセクハラ疑惑浮上

(6)ロサンゼルスの東本願寺に放火

(7)ポスターでハリソンのレストラン応援

(8)女性の顔を輝かる光と影の魔術師

(9)NYで人気の餅ドーナツ

(10)SCHOOL LIFE 新学期特集