STOP しませんよ〜

Bumper cars

 両手のレバーを操作して回転・前進後進が自由自在にできる氷上バンパーカーにはブレーキがない。大きなチューブがバンパー代わりのクッションでできた車体になっていてあちこちで跳ね返っている。信号もないので暴走車だらけ。「ここでストップサイン出されても止まれませんよ〜だ」。ブライアント公園で平日午後2時から8時、週末は午前11時から午後5時まで。料金は無料だがオンラインでの事前予約が必要。

https://bryantpark.org/programs/frostfest-bumper-cars

(22日、写真・三浦良一)

アマゾンがJAPAN STORE開設

ジェトロが支援

 米テクノロジー企業アマゾン(Amazon)のショッピングサイトで、昨年から新しい特集ページ「ジャパン・ストア」が開設されている。日本貿易振興機構(ジェトロ)とアマゾンによる、日本企業の海外進出を支援するプログラムで、日本各地で生まれる作り手の想いが詰まった日本商品を紹介している。

 カテゴリーは、グローサリー(お茶や醤油など)、ビューティー(スキンケアやヘアケアなど)、キッチン(食器など)、ホーム(お香やハサミなど)、PC&オフィスプロダクト(文房具など)、トイ&ホビー(人形やペット用品など)、ファッション(和服や腹巻きなど)、スポーツ&アウトドア(自転車の部品やアウトドアグッズなど)の8つに分かれてさまざまな製品を販売している。

 ジャパン・ストアは、Amazon.comのトップページや検索結果にストアのバナーや広告が表示されたり、ストアのマーケティングメールが利用者へ配信されるため、露出度が高いという利点があり、アメリカで販売実績のない商品でも集客が見込めるサービスとなっている。出品開始後に効果的なプロモーション方法、日本の商品訴求方法について具体的例を用いて説明するウェ ビナーの実施やニュースレターを配信。 初めてアメリカのアマゾンで販売を開始する企業にはアマゾンの専任担当者がつき、ジャパンストアへの出品決定後、アカウント作成・商品登録、海外送金や海外輸送など日本語でサポートする。2023年3月ごろまで運営予定。

顔が重なる異次元の入口

野村康生の作品NowHereで

 4次元空間を3次元の立体で表現する作品で知られるニューヨーク在住のアーティスト、野村康生が対面式の異次元シェア体験インスタレーションで新たな作品作りに取り組んでいる。ソーホーのギャラリー「NowHere」(ウースター通り40番地、電話917・675・6944)のグループ展「8人の日本人アーティスト」で新作品を発表している。

 コンセプトは「重ね合わせ」。光の作用により、特種な透明版を通して向かい合った人の顔と自分の顔が重なりあう瞬間とその前後の異空間表現を体験できるインスタレーション。

 野村は武蔵野美術大学で油彩を専攻して2004年に卒業、2次元のキャンバスでいかに美しく3次元を描くかという従来のアート表現を模索する中で、現実は2次元がシェアして存在していることに気づき、新しい世界への入り口としての光に交錯による色彩の異現象を体現的なアートでディメンションを扱うことに取り組み始めた。「普段見ている世界を少し拡張した今高次元を体験してもらいたい。将来は宇宙空間の無重力という中でも表現してみたい」と話す。

 キュレーターの戸塚憲太郎さんは「新しさを追求する、他の人がやっていないオリジナリティーを追求するところがアートの面白さだと思うので、その両方を追い続けている野村さんの作品は見応えがある」と話す。展示は2月6日(日)まで。開廊時間は水曜から日曜の午前11時から午後6時。(三)

古本さんを表彰

大使公邸で在外公館長表彰伝達式

 古本不動産代表取締役会長の古本武司さん(77)がニューヨーク総領事の山野内勘二大使から18日夕、大使公邸で在外公館長表彰を受けた。古本氏は、第二次世界大戦中に日系人の強制収容所で生まれ、少年時代を父親の故郷である広島市で過ごし、ベトナム戦争時には米軍兵として出兵した経歴を持つ。退役後、同氏はニュージャージー州フォートリー地区において不動産会社を立ち上げ、以後日系二世の地元の名士として日系人の地位向上のためさまざまな活動を続けている。ニューヨーク広島会会長として、また人権活動家としての各種活動を通じ、ニューヨーク州及びニュージャージー州における日系人社会の地位向上及び日米相互理解の促進、友好親善に寄与したことが功績。 

 表彰式で、古本さんは「今日、この場に両親がいたら、タケシ、お前ようやったなと広島弁で褒めてもらえると思う。父は移民で来米し農業を営んだ。人種差別を乗り越え今日がある。これからも続けて日米の橋渡し、日本歴史博物館にも協力していきたい。オバマ大統領が訪日して広島を訪れたとき、私は広島市内の小学校で平和について講演を頼まれ、児童が発言した『平和というのは大人が考えるほど難しいものではない。隣の友人と仲良くすることが平和だ』と語った言葉が印象的だった。これからもニューヨークから平和の大切さを伝えていきたい」と挨拶した。

(写真)山野内大使(左)から表彰される古本さん。右は妻のキャロルさん

マスク25万枚回収

NY州政府が配布

「有効性に疑問ある」

 ニューヨーク州保健局はこのほど、コロナの感染対策のために学校や図書館などの公共施設に配布した約500万枚のKN95マスクのうち25万枚は「有効性に疑問がある」として、回収すると発表した。回収するのはモンロー郡に配布した18万枚、マディソン郡への3万枚、ナイアガラ郡への3万6000枚。

 KN95マスクは中国が認定している医療用マスクで、米国の基準で認定されているN95同様、コロナウイルスに対し高い遮断性を持っているとされる。CDC(米疾病対策センター)は当初、医療従事者用が不足するとしてN95やKN95マスクの一般人への使用推奨を控えていたが、感染力の強いオミクロン株の蔓延で一般の人にも推奨することを検討している。しかし現在、米国で流通しているKN95は偽物であることが多く、CDCによれば約60%が基準を満たさない不良品だという。

(写真)NY州政府がKN95として配布し、安全性上問題があるとして回収対象となったマスク。透けて見えるほど薄く、形状も本物と異なる。

マスク最強はN95

CDCがガイドラインを刷新
外科手術用やKN95も合格

 米疾病対策センター(CDC)は1月14日、新型コロナウイルス感染対策の一環であるマスクと呼吸器のガイドラインをアップデートし、マスクまたは呼吸器の着用は感染防止の上で非常に重要な役割を果たすことを述べた。加えて、重度の疾患を持っている人や新型コロナウイルス患者の看護をしている人、また混雑した公共交通機関を長時間使用するなど感染リスクが高い状況においては、保護力の高いマスクと呼吸器の着用を推奨している。

 マスクと呼吸器は種類と使い方により保護力のレベルが異なり、国立労働安全衛生研究所(NIOSH)の承認を得たものを、顔に正しくフィットさせて着用すると最高レベルの保護力を発揮する。N95の呼吸器はNIOSHの承認を得ており、正しく着用した場合の保護力は最も高い。

 続いて外科手術用サージカルマスクとKN95、その次に層状の細かく織られた製品。緩く織られた布製品のマスクは最も保護力が小さいとされているが、サージカルマスクの上に着用して保護力を高めることは可能だ。2歳以下の子供にマスク、呼吸器の使用は未だに推奨されていない。マスク、呼吸器の使い方、品質基準等の詳細は次の通り。https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/prevent-getting-sick/types-of-masks.html

「food is 風土」

プロに聞く、生き生きEATS(イーツ)

元気と美味しいを求めて料理の達人が腕を振るう (21)

 2004年に1号店Bozu をウイリアムスバーグに出してから18年になります。その頃はまだかなり物騒な場所で、友人を招いても怖がって来てくれませんでした。そんな場所だったからこそ、その場所なりの物を食べてもらいたいという気持ちが湧いてきました。「food is 風土」をモットーに調味料以外は地元にあるものを中心にメニューを考えました。


■アスパラ・クリミニ・ベーコンの酒蒸し

 アスパラガスもクリミニマッシュルームも独特の風味があります。これが酒と醤油と豚の脂と混じり合うとご飯にもビールにも合うんです。

材料

アスパラガス 5、6本

クリミニマッシュルーム 3,4個

ベーコン 100g くらい

酒 50cc

醤油 5cc

メイプルシロップ  小さじ 1/2

【作り方】

 アスパラガスの根元の方は皮を剥く。クリミニマッシュルームはスライスする。ベーコンを油をひかずにフライパンで焼く。ベーコンの脂が出てきたらアスパラガスとクリミニマッシュルームを入れ軽く炒める。酒、醤油、メープルシロップを入れ蓋をし蒸す。


■キャロットのラペ

 お正月のなますにガーリックとオイルを入れたらアジアン。そこにジルを振ったらなんとなくイタリアン。

材料

にんじん 100g

ガーリック ひとかけ

サラダ油 小さじ2

酢 小さじ2

砂糖 5g

塩 5g

ディルウィード

【作り方】

 にんじんを千切りにする。塩をまぶし汁が出てくるまで軽く揉む。にんじんの汁がドレッシングになるので捨てない。

 ガーリックをスライスし、分量の油と一緒に火にかける。ガーリックがうっすら焦げてきたら火から下ろし濡れタオルの上に乗せ粗熱をとる。

 塩で揉んだニンジンにガーリックオイルと砂糖、米酢を和える。冷蔵庫で冷やし、食べる前にディルウィードをかける。


■エビと帆立の酒蒸しローズマリー風味

 ローズマリーって醤油に合うんです。帆立はひっくり返さずに醤油で色が染まらないように。

材料

剥きエビ

帆立(貝類なんでも)

ローズマリー 2本

ワインビネガー

バター

醤油 

【作り方】

 エビは殻をむき腸をとる

バターをフライパンで溶かしエビ、帆立を並べ火を入れる。

 片面に火が通ってきたら残りの材料を全部入れて蓋をする。

 エビ、帆立に火が入りすぎないように気をつける。帆立が生食用であったら帆立だけ先に取り出してミディアムで仕上げる。


鈴木誠さん

Bozu

296 Grand St, 

Brooklyn NY 11211

Tel: (718) 384-7770

www.bozubrooklyn.com

自分だけの音楽性を追求する

作曲家、ピアニスト、アコーディオ二スト

永井晶子さん

 「ニューヨーク音楽シーンのユニークかつ予測不能な存在」と評される永井晶子(ながい・しょうこ)さん。前衛音楽とワールドミュージックの自身のバンド「トカラ」を結成、夫でドラマーの武石聡さんとのユニット「ヴォルテックス(Vortex)」では自作曲を発表、ユダヤ教礼拝堂の儀式やアメリカ・チェコ人形劇団ではアコーディオンを演奏、リンダ・ホーグランド監督の映画音楽を担当するなど、ジャンルを越えた音楽家として、知る人ぞ知る存在だ。2月3日放映予定の「Sex and the City」の続編「And Just Like That…」にはミュージシャン役で登場、収録が終わったばかり。

 幼少期からエレクトーンで音楽の感性を磨き、渡米前はヤマハ音楽講師として活動していた。「今エレクトロニクスを融合した前衛音楽が作れるのは、エレクトーン演奏者だったからこそ」と、その経歴を強味とする。「ジャズピアニストになりたい」との思いからバークリー音楽院へ進学、「美しく弾くだけではない自分だけの音楽性」への意識が芽生えた。

 ニューヨークで活動を始めたある日、前衛音楽家の大御所、ジョン・ゾーンから電話があった。この共演がきっかけで、フリージャズへと活動範囲が広がる。また、イスラエル出身の友人が多かったことからシルクロードでつながる東西の音楽ひいてはワールドミュージックへと演奏の幅が広がり、いつしか中東音楽を奏でるアコーディオン弾きとしても不動の地位を得た。そうしたいくつかの出会いを「運命」と晶子さんは言う。「よかったら直ぐに反応してくれる。ユダヤ人でもない私を起用してくれる。そういうのがニューヨーク」。

 夫の武石聡さんとの出会いも「彼なしでは音楽性の成長はありえなかった」と言う「運命」。即興演奏など「間の取り方」がぴったりなのだそう。夫婦ユニットの「ヴォルテックス」は結成20周年を迎える。

 近年は作曲活動に主軸を置く。今年は3つの助成金を得て、CDリリースも控える。3月にはバースデーライブも企画。「自分のアイデンティティーをいかにクリエイティビティーの中に出せるか」を常に意識する。「音楽を書くことは苦しみ。葛藤がないと書けない。」と言う時、柔和な表情が一瞬引き締まった。一流の音楽家がしのぎを削るニューヨークの緊張感あふれる環境での活動は「使命」と感じている。名古屋市出身。(小味かおる)

www.shokonagai.net

Photo: Satoshi Takeishi 

Masha’s ARIGATO

An album of gratitude from the three daughters of a mother that survived on a Sugihara visa

Chiune Sugihara

    “During the Second World War, many Jews escaped from Europe on the Trans-Siberian Railway. They traveled to the United States via Japan holding life-saving transit visas which allowed them to pass through a third country (known as “Visas for Life”), the only means to travel abroad in wartime. The diplomat who wrote approximately 2,000 visas by hand, Chiune Sugihara(1900-1981), and his family, now live in New York.  They are still grateful to Japan. One recipient of the visa, Marsha Leon =Right side of the photo (Bernstein), a 10-year-old girl at the time of her escape, passed away five years ago at the age of 86.  Her memory lives on in her three daughters who grew up hearing their mother’s memories of kindness shown to her by the Japanese.Leon’s daughters are now thriving artists (a composer, a pianist, and a photographer). The three of them collaborated to make an album to express their gratitude towards Japan.  The album, entitled “Masha’s Arigato”=Left side of the photo, contains original songs and a rendition of “Sakura”, a traditional Japanese folk song.(Ryoichi Miura / Translated by Marie Smith)

“A visa for life made me a big fan of Japan”

Japanese Culture and Friendship Taught to Woman’s Three Daughters

 “Our mother, Masha, arrived in Tsuruga in February 1941, and then she traveled to Kobe on February 24.  She was 10 years old at the time and was taken care of by a French nun at St. Mary’s Catholic Elementary School.  My mother and my grandmother, Zelda Bernstein, used Kobe as a base and visited Tokyo, Nara, Osaka, and Takarazuka during their six months in Japan.   I remember that they shared their fond memories of watching samurai movies and walking around Honmachi with us.  Her time in Japan was followed by her marriage in the United States, where she gave birth to three daughters.  She worked as a reporter for a Jewish newspaper while taking us to Kabuki and Bunraku performances.  In particular I remember the time when Toshiro Mifune came to the U.S. in 1992 at the invitation of the Japan Society.  There was a poster contest for the movie “Seven Samurai,” and I drew the poster and had him sign it. I gave him a copy. I was already a fan of Japanese movies, so my mother and I were very moved. 

  There were also folding fans and postcards that my mother brought from Japan, which were donated to the Tsuruga Museum in Japan two years ago.  Another memory I have is accompanying my mother when Prime Minister Abe visited the Jewish Museum in Washington D.C.  She was invited as a representative of the survivors and shook hands with him.

  I heard that nearly 4,000 Jewish refugees once arrived in New York via Japan. I don’t know the exact number of survivors now, but my mother’s great voyage on the Amakusa Maru has led to our peaceful life today. We still have a subscription to TV Japan and enjoy watching sumo matches and other broadcasts.  My sisters and I were exposed to Japanese culture from a very young age.  My older sister, Laura, is a pianist, I (Karen) am a photographer and illustrator, and my younger sister, Nina, is a composer. Two years ago, the three of us collaborated on an album, which contains original compositions and “Sakura”.  It’s entitled  ‘Masha’s Arigato’ (Thank you from Masha)”.  Whenever I listen to it, I can feel the emotions of the distant Showa era surging through me. 

Visa for Life Online Conference Links Japan and the U.S.A

  On November 12, 2021, the “Japan-U.S. ‘Visa for Life’ Online Conference” was held to discuss Sugihara’s humanitarian efforts and their legacy. The event was centered around two books written by Akira Kitade. The first about the Japanese who supported Sugihara at the time, “Visa for Life, Faraway Journey” (published by Kotsu Shimbunsha), and “Harukanaru Tabiji (Continuing Life’s Journey)” (published by Parade), which focuses on the rescue of Jews by other diplomats. At the beginning of the conference, Ambassador Kanji Yamanouchi, Consul General of Japan in New York, delivered a message. In the latter half of the meeting, Laura Leon, a pianist living in New York City and daughter of the late Marsha Leon, read a statement and played music her sister, Nina, had created called “Masha’s Arigato”. In her statement of gratitude, Ms. Leon said that although it had been more than 80 years since Sugihara issued the visas, the descendants of Jewish refugees whose lives were saved by him and who made it to New York City are still grateful to Japan. 

 Shukan NY Seikatsu interviewed two of the three daughters of Marsha Leon, a survivor who passed away in 2017 at the age of 86: her eldest daughter Laura and Karen, who live in New York City.  For more information about the album: https://lauraleonpiano.com/cds/cds/c/241      musicaltapestriesinc.com 

マンガとアニメで繋がる世界

ジャパン・ソサエティー

 ジャパン・ソサエティー(JS)のリビング・トラディションシリーズ、オンラインセミナー第5弾「マンガとアニメで繋がる世界:日本のポップカルチャー」が、2月15日(火)午後7時から開催される。

 漫画家であり株式会社ミクシィのコンテンツ・プロダクション・グループ・マネージャーを務めるジュリア・メクラー氏、そして『ジャパナメリカ 日本発ポップカルチャー革命』著者のローランド・ケルツ氏を迎え、マンガ・アニメ業界の現状や最新トレンド、技術革新について話を聞く。また、司会に『Japanese Popular Culture and Globalization』著者のビル・ツツイ氏を迎え、マンガ・アニメの歴史から、オタク文化が世界に与えた影響、今後の日本国内外での展望を議論する。同セミナーはリビング・トラディションシリーズの最終回として、日本のポップカルチャーの世界を探求するもの。セミナー言語は英語。

 参加費無料だが要事前登録。申し込み・詳細はウェブサイトhttps://www.japansociety.org/を参照。

編集後記 1月22日号

【編集後記】
 みなさん、こんにちは。国連職員になりたい、と思ってもそう簡単にはなれませんが、資格があれば挑戦してみてはどうでしょう。外務省国際機関人事センターは日本時間1月22日(土)、2月6日(日)、2月19日(土)に「2022年度JPO試験説明会」を開催します。JPO派遣制度とは、1961年の国連経済社会理事会決議により設けられた、国際機関が各国の若手人材を受け入れる制度。日本の外務省も1974年から同制度による派遣を開始し、これまでの累計派遣者数は1800人以上に上る。派遣期間は原則2年間。期間内は外務省のサポートを得ながら正規職員と同様の勤務をこなし、国連職員・国際機関職員として必要な知識・経験を積みます。派遣期間終了後には正規採用を得ることが期待されているのですが、確実になれるとは保証されているものではなく、正規職員となるには通常求められる手続きに従って空席ポストに応募する必要があります。応募段階で内部の推薦状などが力を発揮するため、JPO制度が正規職員への事実上の登竜門となっています。興味のある人は、申し込み、詳細は外務省人事センターホームページ(JPO試験 外務省 国際機関人事センター (https://www.mofa-irc.go.jp/jpo/))を参照。問い合わせは電話。東京03・5501・8238、Eメール[email protected] 外務省国際機関センターまで。国連分担金の関係と女性優遇措置で、日本人で女性だと格段と採用に有利に働くそうです。大学院以上の学齢と一定期間の専門分野での職務経験がモノをいう世界のようです。詳細、今週号の1面で記事になっています。それでは、みなさん、よい週末を。(週刊NY生活発行人兼CEO、三浦良一)

【今週の紙面の主なニュース】(2022年1月22日号)

(1) 国連職員を目指そう
(2)光のトンネルNYを渦巻く
(3)こんな食材が欲しかった
(4)有機ココナッツオイル米上陸
(5)黒澤明の「影武者」上映
(6)今井千恵さんの本が英語版へ
(7)新年賀詞名刺交換会
(8)アルコールインク・アート展
(9)ティファニーズ・ランプ展
(10)米国のメジャー舞台で大活躍

国連職員を目指そう

外務省がJPO試験説明会を開催へ

 外務省国際機関人事センターは日本時間1月22日(土)、2月6日(日)、2月19日(土)に「2022年度JPO試験説明会」を開催する。JPO派遣制度とは、1961年の国連経済社会理事会決議により設けられた、国際機関が各国の若手人材を受け入れる制度。日本の外務省も1974年から同制度による派遣を開始し、これまでの累計派遣者数は1800人以上に上る。派遣期間は原則2年間。期間内は外務省のサポートを得ながら正規職員と同様の勤務をこなし、国連職員・国際機関職員として必要な知識・経験を積む。派遣期間終了後には正規採用を得ることが期待されているが、保証されているものではなく、正規職員となるには通常求められる手続きに従って空席ポストに応募する必要がある。応募段階で推薦状などが力を発揮するため、JPO制度が正規職員への事実上の登竜門となっている。

 募集の対象は、開発・人権・教育・保健・平和構築・IT・広報、人事等の分野で活躍する35歳以下の若手日本人。2022年度のJPO候補者の募集は既に開始されており、3月7日までに事前登録と必要書類の提出が求められる。本説明会でこれら応募の仕方の詳細を詳しく説明する。加えて、書類作成のコツ、また派遣までのプロセスなども説明する。国際機関での勤務に興味がある日本国外在住の社会人、学生に積極的に呼びかけている。説明会への出欠は、試験の選考に一切影響しない。オンラインによる説明会の参加定員は各日300人。参加費無料だが事前の予約が必要。3回の内容は全て同じ。定員に達し次第締め切る。申し込み、詳細は外務省人事センターホームページ(JPO試験 外務省 国際機関人事センター (https://www.mofa-irc.go.jp/jpo/))を参照。問い合わせは電話。東京03・5501・8238、Eメール[email protected] 外務省国際機関センターまで。