編集後記

編集後記

 みなさん、こんにちは。ニューヨーク五番街の目抜き通りに日本クラブが1日オープンしました。1905年に高峰譲吉によって創設され121年の歴史をもつ日本クラブが、ニューヨークの五番街のど真ん中に開館を構えるのは初めてのこと。和菓子店、源吉兆庵所有のビル2階から6階までをテナントとして使用する形で同日、会員に施設が公開披露され、オープニング式典も開催されました。ニューヨーク総領事の片平聡大使、五番街協会の会長、ニューヨーク市警19分署の所長もお祝いに駆けつけました。五番街に並ぶ6階建ての瀟洒なビルは、クライスラービルを設計した建築家の作品で、クラシックな佇まいの素敵な建物です。


 河手哲雄日本クラブ新会長は「多くの人に一層親しんでいただける日本クラブになっていきたい。五番街から日本文化の発信拠点になっていける日本の顔として皆様に愛される場所にしたい」と抱負を述べていました。同ビル1階は源吉兆庵の店舗で、2階にカフェ、3階がローズホール(最大定員74人)、4階にレストラン、5階がギャラリー、6階がオフィス兼ミュージックホールとなっています。ニューヨーク日本商工会議所(会員285社)の事務局も入居します。現在日本クラブの会員は約850人。ニューヨークにおける日系3団体の一つとして今後のニューヨーク日系社会の交流拠点の中核としてのますますの活動が期待されています。それではみなさん良い週末を。(週刊NY生活発行人兼CEO、三浦良一)

【今週の紙面の主なニュース】(2026年6月6日号)

(1)米国永住権 取得厳格化を事実上修正

(2)日本クラブ五番街に移転

(3)八神純子が旅するルート66   地球(TERRA)は警告している

(4)ブレア元首相がトランプ大統領擁護 海外日本人サポート

(5)メモリアルデー墓参会 日本人墓地で祈る

(6)JAA奨学金授与式 未来ある16人にエール

(7)野口英世99回忌墓参会  奨学金・垣内さんと藤島さんに

(8)鉛筆写実画で広がる交流の場 岡崎久美子さん

(9)上へではなく自分へ 変わりゆくNYのフェーズ

(10)カッコいい男をNYで創る 下飼清史さん

米国永住権 取得厳格化を事実上修正

 国土安全保障省(DHS)に属する米国市民権・移民局(USCIS)のザック・ケーラー報道官は5月22日、「米国に一時的に滞在している外国人がグリーンカード(永住権)を取得するには、特別な事情がない限り、自国に戻って申請しなければならない」と発表した。これまで親族や雇用主の支援を受ける申請者は、審査期間中も米国内に滞在できるのが一般的だったため、留学生や就労ビザ保持者、米国市民の配偶者らへの影響を懸念する声が巻き起こった。こうしたなか国土安全保障省は5月29日、高度な技能や資格を持つ申請者への影響は限定的になるとの見解を示した。雇用主や移民の間で広がった不安を和らげる狙いがあるとみられる。

 国土安全保障省は29日の声明で、先週公表された指針は長年の法律や運用方針を改めて示したものであり、新たな大規模な制度変更ではないと説明した。特に米国経済に利益をもたらす人材や国益に資すると判断される人については、今回の方針による影響はないとしている。一部の申請者については従来通り海外の米大使館や領事館で手続きを行う必要があると説明した。ただし具体的にどのようなケースが対象となるのかについては明らかにしていない。なお、この方針は既にグリーンカードを保有している永住者には影響しないとしている。

 2024年に発給されたグリーンカードは約140万件。そのうち約82万件が米国内での「身分調整(Adjustment of Status)」によるものだった。身分調整は、雇用主や米国市民の配偶者・家族のスポンサーを受ける外国人が米国内に滞在したまま永住権を申請できる制度で、多くの申請者が利用している。移民弁護士らによると、当初の市民権・移民局の発表後、トランプ政権が合法的な移民の受け入れを制限しようとしているのではないかと大きな懸念を引き起こし、問い合わせが相次いだという。米国の政策における大きな転換と見なされたわけだが、トランプ政権側は対象が限定的であることを強調し、事実上の軌道修正を図った格好だ。 

日本クラブ五番街に移転

日本文化の交流と発信拠点に

 ニューヨーク五番街の目抜き通りに日本クラブが1日オープンした。和菓子店が一階に入る源吉兆庵所有のビル2階から6階までをテナントとして使用する。同日、会員に施設が公開披露され、オープニングの式典が開催された。ニューヨーク総領事の片平聡大使が「創立121周年の記念すべき年の移転、更なる100年の発展を期待します」と祝辞を述べ、五番街協会のエド・ビンカー会長は「ミキモト、ユニクロのあるこの五番街の仲間にようこそ、歓迎します」と挨拶、JETプログラムで京都舞鶴市に3年勤務したことがあるニューヨーク市警(NYPD)のノリーン・ラザルス19分署長もお祝いのことばを述べた。

 河手哲雄日本クラブ新会長は「多くの人に一層親しんでいただける日本クラブになっていきたい。五番街から日本文化の発信拠点になっていける日本の顔として皆様に愛される場所にしたい」と抱負を述べた。

 同施設には、2階にカフェ、3階がローズホール(最大定員74人)、4階にレストラン、5階がギャラリー、6階がオフィス兼ミュージックホールとなっている。ニューヨーク日本商工会議所(会員285社)の事務局も入居する。現在日本クラブの会員は約850人。ニューヨークにおける日系3団体の一つとして今後のニューヨーク日系社会の交流拠点の中核としての活動が期待されている。

日本クラブ新館オープン披露
NY五番街に新たな日本の顔

会員集う憩いの場所に

2階は五番街のパレードも身近に見られる明るいカフェ

 6月1日にオープニング式典が開催された日本クラブ新館の概要は次の通り。 

 【2階】 ▽和菓子カフェ(営業オープンはもう少々先)=コーヒーや日本茶、そして1階「源吉兆庵」の和菓子を楽しめるカフェスペース。和菓子カフェがオープンする頃には、夕方には五番街のライトアップが楽しめる。▽フォーカスルーム=リモートワークやZOOMミーティングなどに使える小部屋がある。▽マルチパーパスルーム=多目的スペース。水場を完備し、ミーティングやセミナー、ワークショップなどに利用できる。(最大収容数:15名)

 【3階】▽ローズホール=イベントホールとして、セミナーやパーティー、レセプションなど幅広い用途に利用できる。(最大収容数:74名)

 【4階】▽レストラン・個室(営業オープンはもう少々先)。和の趣を感じるレストランに加え、最大8名が利用できる「松楓」(しょうふう)ルームと最大6名が利用できる「桜」ルームの2つの個室を併設している。

 【5階】▽日本ギャラリー=展覧会やオープニングレセプションなどに利用できる。(最大収容数:74名)奥は従業員用のロッカールームとパントリー。

 【6階】▽オフィス兼ミュージックホール=普段は日本クラブとJCCIのオフィスとして使用するが、ミュージックホールとしてコンサート、イベントホールとして、セミナーやパーティー、レセプションなど、多岐にわたる用途に合わせて利用できる。(最大収容数:74名)奥はオフィス用の収納・作業スペース。

八神純子が旅するルート66   地球(TERRA)は警告している

 ルート66そのものが通っているわけではないが、ちょっと遠回りすれば、グランドキャニオンに行ける。アメリカに住んで40年以上にもなるのに、ルート66同様、一度も行ったことがなかった。アリゾナ州のキングマンを過ぎて、進路を北に取り、グランドキャニオンに向かった。

 駐車場からだらだらと長い道を歩く。「いつになったら見えるのかな」と思った頃に突然、視界がぶわっと開けた。海沿いの道路を走りながら、ずっと海が見えず、カーブを曲がった途端に見えた時の海の広がりより、写真や映像で見るより、グランドキャニオンはもっともっと広大で立体的だった。コロラド川が削った断崖に吸い込まれそうな深い谷、赤っぽい大地に何層もの地層が描かれている。「これが地球の素顔なんだ…」。人の造作が全くない、地球だけの力で作った風景。しかも地層一つ一つが、20億年もの時間まで確かめさせてくれる。地球が「人類よ、あなた方の力など、どれほどなのか思い知れば良い」といわんばかり。これが「圧倒される」ということなんだ…。

 私の最近のコンサートで必ず歌うのは、2021年にリリースした「TERRA〜here we will stay」。11分以上もある組曲だが「この曲を作るために今までの音楽人生があった」と公言するほど、今の私にはとても大事な曲だ。ラテン語で地球を意味する「TERRA」。この曲では、地球の誕生から始まり、多様な生物のいる世界が生まれ、人の活動によりその世界が崩れつつあるのではないかという現在、そしていつか消滅する地球そのものの命を描いている。

 この曲を作り、グランドキャニオンを見るまでは、地球の温暖化が進み、沸騰化と呼ばれるようになって「このままでは地球が壊れる。地球は悲鳴をあげているに違いない」と思っていた。でも、20億年の地層に刻み込まれている地球の素顔を前にして、その気持ちが変わった。地球はなくならないのに、いつか人類が絶滅し、この地層の一部となってしまうのではないか。温暖化に起因すると思われる自然災害は「地球の嘆き」ではなく「このままでは絶滅しますよ」という「私たちへの警告」なのではないか。6600万年前に絶滅した恐竜の地層を指差す私たちと同じように、私たちに代わる命を授かった存在が「私たち人類の地層」を指差す、そんな映画のようなシーンが頭をかすめた。

 重い気持ちで初めてのグランドキャニオンをあとにした。大事な遠回りだった。

(やがみ・じゅんこ、シンガーソングライター、カリフォルニア州ロサンゼルス在住)

ブレア元首相がトランプ大統領擁護 海外日本人サポート

 英国のブレア元首相が、最近の論文でトランプ大統領を以下のように擁護しています。「大統領はイラン攻撃への英国の『参加』は求めなかった。英国基地での米軍機の給油を求めただけだ」、「NATOの解体を要求したのではない。防衛費増額を求めただけだ」、「英国に不可欠な同盟を維持するには、困難な時も、不人気な時も、共にいることだ」、「米国民は、政治の現状維持を望んでいない。既存メディアからの批判やスキャンダルにも耐え忍び、支持層が離れない。好き嫌いは別として」

 1か月前にチャールズ国王が米国議会でトランプ大統領をさとした演説とは真逆です。論文は、スターマー首相の進退問題で内輪もめの労働党への警鐘が目的です。「政局」より「政策第一」を訴え、今後の国の方向性も提言しています。

 私が元ブレア首相を評価するのは、英国を含む各国の、対立していた首脳達と一緒に政治活動や政策提言を行っていることです。英国保守党のメージャー首相との地方分権に関する提言、米国ブッシュ大統領との中東政策に関する共同論考、ドイツのメルケル首相との国際会議での共同行動など多数です。

 米国でも、退任後は政党の異なる大統領の間でお互いを評価し合うことが常です。レーガン大統領とクリントン大統領や、ブッシュ大統領とオバマ大統領などです。フランス、ドイツ、イタリアなどでも退任後に異なる政党の首脳同士が協働する政治文化が存在しま

す。日本にはそうした政治文化が無いのが残念です。

 しかし、トランプ大統領は歴代の民主党大統領を痛烈に批判するのに加え、共和党のブッシュ大統領やマケイン、ロムニーなどの大統領候補も批判しています。先人の良き文化も既存政治として否定しているようです。他方、中国、ロシア、イスラエルなど独裁的な首脳への批判は皆無です。対外関税戦争や対イラン戦争による国民生活の下落で支持率が激減し、共和党議員からの批判も急騰していますが、逆にますますKing化しているようです。

 ブレア元首相がトランプ大統領を擁護したのは、大統領の国際的孤立の回避を目指したものと思われます。

 分断を深める世界の中で、大統領が、米国内だけでなく自由主義諸国の中でもKing化することはあまりにも危険だからです。米国の有権者の判断も問われる年です。

ふじた・ゆきひさ=オックスフォード大政治国際問題学部客員研究フェロー(英国在)。慶大卒。国際MRA(現IC)や難民を助ける会等の和解・人道援助活動を経て国会議員、財務副大臣、民主党国際局長、等を歴任。現在、国際IC日本協会理事、岐阜女子大特別客員教授も兼任。

JAA奨学金授与式 未来ある16人にエール

 ニューヨーク日系人会(JAA)の第56回奨学金授与式が5月27日ハーバードクラブで行われた。ニューヨーク、ニュージャージー、コネチカット3州内に住む高校3年生でこの秋に米国の大学に進学する日本人・日系人の生徒16人に総額9万2500ドルと2枚の航空券が授与された。大学院生には第20回本庄奨学金として4人に総額3万ドルが北米伊藤園から授与された。式典では佐藤貢司JAA会長の挨拶に続き、ニューヨーク総領事の片平聡大使が祝辞を述べた。基調講演者としてジャパン・ソサエティー(JS)のジョシュア・W・ウオーカー理事長が招かれた。

奨学金受賞者は次の通り。

(1)村瀬裕子ファミリー賞(1万2000ドルと全日空の日米往復航空券)ドネリー・優希さん(ロッキーポイント高校)イエール大学(2)MUFG賞(1万ドル)ナカゴメ・ハンナさん(スタンフォード・オンライン高校)コーネル大学

(3)林美香賞(8000ドル)クランプ・ジュリアンさん(ガーデン・シティー高校)米陸軍士官学校(ウエストポイント)(4)角田恵理賞(8000ドル)川上エリカさん(ジェリコ・シニア高校)マサチューセッツ工科大学(5)富川宗次博士賞(7500ドル)マーティン美桜子さん(アーズレー高校)セントルイス・ワシントン大学(6)北米三菱商事賞(5000ドル)スタマタキー・クリストファーさん(ノーザンバレー・リジョナル高校)ペンシルベニア大学(7)米国三井USA財団賞(5000ドル)郡 英征さん(スタイブサント高校)ボウドイン・カレッジ

(8)米国オリエントコーポレーション賞(5000ドル)加賀 千天奈さん(エッジモント・ジュニア高校)カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)(9)東京海上火災アメリカ賞(5000ドル)シンタニ・ライアンさん(リッジウッド高校)デューク大学(10)遊馬やよいメモリアル賞(5000ドル)吉平 征時さん(ウエスト・ウインザー・プレインズボロー高校)カーネギーメロン大学(11)江見啓司ロバート医学博士賞(5000ドル)永田  舜さん(ライ高校)ノースウエスタン大学(12)一戸&堀重賞(5000ドル)オオシマ・アリスさん(ハンターカレッジ高校)ヴァッサー・カレッジ(13)永松ジョージ医学博士&永松和子賞(5000ドル)コドナー・ジャスティンさん(スタイブサント高校)コーネル大学(14)NHKコスモメディア・アメリカ賞(3000ドル)デンスモア・アミさん(ニューパルツ高校)マイアミ大学(15)西宮伸一大使賞(3000ドル)ウィーバー・ジュリアンさん(ブルックリン工科高校)ペンシルベニア大学(16)全日空ジャパン・トラベル賞(JAAから1000ドルと日本往復航空券)クラーク  将人さん(チャミネード高校)ライス大学、以上16人。

第19回本庄奨学金
4人に総額3万ドル

 北米伊藤園が在米の大学院生や研究者を対象に支援する第20回本庄奨学金(総額3万ドル)の受賞者は次の通り。

(1)デビッド・アンダーソンさん(プリンストン大学大学院)1万ドル(2)モハメッド・ウエフイェディーン・ガスミさん(プリンストン大学大学院)7500ドル(3)イイズカ・ホナミさん(コロンビア大学大学院)7500ドル(4)タジマ・カナコさん(コロンビア大学大学院)5000ドル、以上4人。

日米関係は人の絆で
ウォーカーJS理事長

 当日のメインゲストスピーカーには、ジャパン・ソサエティー理事長のジョシュア・W・ウオーカー氏が招かれた。ウオーカー氏は「世界が不安定化する今だからこそ、日米関係は単なる安全保障や経済関係を超え、『人と人とのつながり』に支えられている。私自身、北海道で育った『道産子アメリカ人』として、日米の間に立ちながら人生を歩んできた。その経験から文化理解や友情こそが両国関係の土台であると信じている。変化するアメリカ社会の中で、日本はもっと自信を持って世界と向き合うべきだ」と述べ、最後に「未来を担う若い世代へ期待する。JAAの奨学金受賞者たちとの交流を通じて、日米関係の未来は明るいと強く感じた」と語った。講演後「奨学生たちの国際感覚と前向きな姿勢が特に印象的だった。世界には多くの課題があるが、次世代の若者たちを見ていると、希望を持つことができる」と感想を述べた。

メモリアルデー墓参会 日本人墓地で祈る

 メモリアルデーの5月25日、クイーンズのマスペスにあるマウント・オリヴェット日本人墓地で恒例の墓参会がニューヨーク日系人会(JAA)の呼びかけで開催された。墓参会にはニューヨーク総領事館から片平聡大使、松永直樹領事部長、佐藤貢司JAA会長、森本恵作ニューヨーク日本人学校校長、武田秀俊ニューヨーク育英学園学園長、三木伸夫NY日系ライオンズクラブ会長、スタンリー・ウェイン日米合同教会牧師、ニューヨーク日本人学校の生徒ら30人余りが参列した。竹田勝男JAA副会長の進行で、NY仏教会のカート・ライ住職が読経した。当日は、昨年に続き、この墓地を日本人のために購入し、JAAの前身である日本人共済会を1907年に設立した日本人医師、高見豊彦博士のひ孫にあたるロビン・タカミさん(28)が家族らと参列した。式典ではソプラノ歌手の田村麻子さんが国歌「君が代」と「いのちの歌」を美しい歌声で斉唱した。

(写真上)左から竹田氏、武田学園長、ウェイン牧師、森本校長、ライ住職、片平大使、佐藤会長、ロビンさん、田村さん、ロビンさん家族と三木会長。

 当日は、ニューヨーク日本人学校の生徒たちが参列し、日本人のお墓に献花した。前日NY日系ライオンズクラブがボランティアで清掃し、墓石にはNY育英学園児童手作りの日米の小旗が飾られた。

 JAAは1907年に医師・高見豊彦博士が日本人墓地の購入と日本人の相互扶助を呼びかけ設立した日本人共済会をルーツとする。1914年に高峰譲吉博士を会長とし、高見博士を副会長に紐育日本人会が設立された。高見博士は、新島襄に憧れ、1890年熊本藩を出藩して1891年に大阪から米国に向け出航。コーネル大学医学部を2番の成績で卒業した。在学中の日本人男子の解剖に立ち会った際、番号だけで処理されてしまう現実を目の当たりにし、コロンビア大学学生会で在留邦人に相互扶助と親睦、日本人墓地の購入を説く演説をして協力を訴え、1912年に同墓地内に日本人のための土地を2500ドルで購入した。現在同墓地には、100人近い日本人、日系人と無縁仏の霊が眠る。大正4年に建立された日本人墓地から歩いて1分ほどの所に高見博士と家族の墓があり、参列者が式典のあと墓参した=写真左上=。

野口英世99回忌墓参会  奨学金・垣内さんと藤島さんに

 日本が生んだ世界的細菌学者、野口英世博士の偉業を讃え、遺徳を後世に伝え、米国で医学の道を志す若き日本人研究者を応援することを目的に、墓守りの活動を続ける「ニューヨーク野口英世記念会」(HNMS、

本間俊一代表)は、5月21日、ニューヨーク、ブロンクスのウッドローン墓地で「99回忌回忌野口英世墓参会」及び「第9回ニューヨーク野口英世記念奨学金授与式」を開催した。

 式典の中でニューヨーク総領事の片平聡大使及び野口博士が在籍したロックフェラー大学ティモシー・オコーナー副学長ほか、博士が生前、黄熱病感染予防のワクチン開発研究に命を賭して多くの人命を救った深い所縁をもつガーナ、メキシコ、エクアドルの各国のNY総領事・国連大使などが出席し挨拶、野口博士生誕の地である福島県猪苗代の「野口英世記念会」本部の倉根一郎理事長からもメッセージが届けられた。

 今年NY野口英世記念奨学金を受けたのはコロラド大学で酵素マイクロバルブを用いた新たな肺洗浄、呼吸補助技術の開発に取り組む博士課程研究フェローの垣内健太さん(36)とニューヨーク大学で中米の雲霧林に生息する歌うネズミを用いて社会的音声コミュニケーションを支える海馬の神経機能の研究をする藤島悠貴さん(31)の2人。米国日本人医師会、日本医師会(東京)、NY福島県人会、NY日系ライオンズクラブからの寄付によりそれぞれに2500ドルが贈られた。

 垣内さんは2013年に早稲田大学理工学部を卒業、2015年に修士号取得。東京女子医科大学非常勤講師を経て23年に来米。「水の中に酸素がもっとあれば、人間は水の中でも生きられるのではないか」と思ったことが研究の動機という。

 藤島さんは2021年に九州大学医学部を卒業し同年来米。ニューヨーク大学で23年から博士課程に在籍。「歌うネズミが2匹いると、片方のネズミが歌い終わるまでもう片方のネズミは歌い始めない。そこに社会的コミュニケーションの原型があると感じ、歌うネズミの脳機能の理解と研究の成果が、人間の社会的認知機能の低下の仕組みや精神疾患の理解や治療法開発につながることを目指している」という。

黄熱病の研究中に死去

 野口 英世(のぐち ひでよ、1876年〈明治9年〉11月9日〜 1928年〈昭和3年〉5月21日)。日本の医師、細菌学者。栄典は、正五位・勲二等旭日重光章。学位は医学博士(京都大学)、理学博士(東京大学)。

 福島県耶麻郡三ッ和村(現:耶麻郡猪苗代町)出身。高等小学校を卒業して上京し、済生学舎(日本医科大学の前身)に通い、医術開業試験に合格して医師となった。渡米してペンシルベニア大学医学部の助手を経て、ロックフェラー医学研究所研究員となった。主に細菌学の研究に従事し、黄熱病や梅毒の研究で知られる。数々の論文を発表し、ノーベル生理学・医学賞の授賞候補に3度名前が挙がったが、後にその業績の多くが否定された。黄熱病の研究中に自身も罹患し、1928年(昭和3年)5月21日、英領ゴールド・コースト(現在のガーナ共和国)のアクラで51歳で死去。

鉛筆写実画で広がる交流の場 岡崎久美子さん

鉛筆写実画家

 岡崎久美子さんは、嫁ぎ先の日本の富山県で矯正歯科医師として夫婦で医療現場に携わる一方で、鉛筆画による肖像画制作および日本国内と海外での活動を行っている鉛筆写実画家だ。昨年12月にニューヨーク日系人会(JAA)で、1日限りのワンデイ初個展を開催し、大谷翔平やトム・クルーズなど日米の有名人の肖像画を鉛筆だけで表現した作品を披露し、その緻密なペンシル画の奥深さで来場者を唸らせた。

 今年5月には、ソーホーにあるCooke School and Instituteの支援が必要な学生たちへ鉛筆画の教室を行い、またニュージャージー州バーゲン郡の郡知事執務室手前の展示スペースにて、5月のアジアン月間として大谷翔平選手を描いた肖像画が1か月間展示された。

 幼少期は絵を描くことが好きだったが、2020年にオンライン会議で多くの人の顔が画面に並ぶのを見たことをきっかけに制作を再開し、似顔絵を描き始めたのだという。肖像画を通して人とつながる楽しさを再発見した経験が、現在の活動につながっている。

 現在は2児の母としての生活と医療職を続けながら、地元富山県に拠点を置くリアル鉛筆画の第一人者・古谷振一氏に師事し、「鉛筆画マスター・ナンバー・1」を授与。一番弟子として鉛筆写実画アーティストとして活動中だ。

 これまで日本各地での展示に加え、東京都美術館での女流画家協会展に選出され一般賞候補となったほか、フロリダ州ではペンサコーラ美術館、ウエストフロリダ大学美術学部にて活動を行った。またニューヨークでは、マンハッタンのママサロン、放課後アートクラス、Mama’s Space NY、イーストチェスターのシニアホームなどにて、鉛筆画を通して描く楽しさを共有する活動を紹介。

 日本国内では、丸亀市や岡山市でのアートの場づくりを行い、故郷・東京都板橋区では4人展を主催するなど、地域に根ざした発表と交流の場も広げている。

 岡崎さんが描く鉛筆画は、まるで白黒フィルムの写真のプリントのような陰影と滑らかなグレデーションが見事に表現されていて写真と見紛うほどの緻密さだ。絵が写真に近づくことの意味とは何かを、自身が描き出してきた作品から問われ、絵としての存在価値に意味を自問することもあるという。写真をもとにした肖像画なので、自分で撮影した写真でない限り、他人が撮影した写真、被写体を模倣することになる。依頼主からの写真提供を受けて作品を制作していく方法を探るなど、アートの道を極めるために乗り越えていかなくてはならないハードルもある。

 肖像画は、写真技術が発明される以前の中世に盛んだった貴族の肖像画などが美術館などに並ぶが、AIがさまざまな画像をクリエイトできる今となっては、似ているということのみでそこに芸術性を見出すことはますます難しくなっている。

  岡崎さんは「今後も絵を通して、人と人がつながる場や、描く楽しさが広がる時間を世界に広げていきたいと考えています」と話す。鉛筆画を通したコミュニケーションこそが、制作のモチベーションになっているのだろう。

 (三浦良一記者、写真も)

上へではなく自分へ 変わりゆくNYのフェーズ

 ニューヨークという街は、かつて「頑張ること」が似合う場所だった。

 朝からジムに行き、仕事後はパーティーで名刺交換。夜中まで働き、週末は美術館や話題のレストランを巡る。忙しさそのものが、ある種のステータスだった時代が確かにあった。

 ところが最近、周囲の友人知人から不思議と同じ言葉を聞くようになった。

 「もう、そんなに頑張らないことにした」

 皆、これまで猛烈に働き、人並み以上に成功を収めてきた人たちだ。だから最初は、年齢的な節目からくる実感なのだろうと思っていた。しかし二十代や三十代の若い世代と交流していても、なぜか同じ空気感に出会うことが多い。どうやらこれは個人の変化ではなく、パンデミックを経て、ニューヨークという街の価値観そのものが変わってきた気がしてならない。

 以前のような「もっと上へ」「もっと成功を」という熱量が、街全体から少しずつ静かに薄れてきている。

 かつて忙しさは正義だった。しかし今は、「ちゃんと寝てる?」「無理しないで」という会話の方が増えた。ウェルネス産業は巨大化し、瞑想アプリが流行する。ハイエンドなレストランより、どんなセラピーが効き、お気に入りの癒しグッズやリラックス法は何かと言った話題の方が、断然盛り上がる。平たく言えば、皆、疲れているのだと思う。インフレーションに。長引く戦争に。どこに向かっているのか分からない政策に。

 確かに賃金は上がった。しかし同時に家賃は異常に高騰し、外食の価格もチップの相場もここ数年でさらに跳ね上がった。

 「夢を叶えるため」から、「何故にここにいるのか」と、自分に確認しなければ生き抜けない街になって来ていると感じる。

 ただその一方で、興味深い変化も見える。人々が「自分が本当に好きなもの」に対して、正直になってきたという事だ。

 かつて、自分のやりたい事を優先したり、自分を一番大切にする事は、「わがまま」と同義語であった。成功とは、自分の成したい事を成すと言うよりも外の物差しで、稼いだ人、名声を得た人、と言う意味を指した。しかし自分の成したい事をする事こそが自己を大切に、自身に敬意を持つ事と同義であり、ひいては他人の事も同様に大切に扱う事に繋がると、多くの人が気づき始めている。そして結局は、その方が人間関係も人生も、ずっと健全に循環していく。自分を大切に扱うとは、甘やかせて楽をしたり、怠ける事では無く、真剣に自分と向き合う事でもあるからだ。

 実際、「自分の本当にやりたい事だけをして、会いたい人とだけ会う」と決めた友人が、私の周囲には驚くほど多い。無理に流行を追わず、背伸びもせず、本当に好きな小さな店に静かに通う。それはある意味、この街がたどり着いた「成熟」の形なのかもしれない。

少し前に一緒に仕事をした二十代のモデルの女性から聞いた話が、深く心に残っている。

 彼女はハーバード大学で経済を学び、幾つもの言語を話す才女で、卒業後は金融業界で働いていた。しかし「自分の居場所ではなく、面白くなかったから」辞めた。以前なら、「折角ハーバードを出たのに」と言われたかもしれない。でも彼女は、そんな世間の物差しを軽々飛び越え、自分が本当にやりたい事を選んだ。その屈託ない姿を見ながらこれが今のニューヨークなのかもしれないと感じた。この街は今でも、圧倒的なエネルギーに満ちている。しかしその質が変わった気がする。

 以前が、外へ、より上へと向かう力だったとすれば、今は内なる自分を守る為、頑張らずに生き延びる知恵。競争の街から、本当の意味での自分ファーストを模索する街へ。私たちは今、その新しいフェーズに生きているのかもしれない。

田村麻子=NYタイムズ紙に「輝くソプラノ」と絶賛されリンカーンセンターデビュー。欧米歌劇場で『椿姫』『ルチア』『蝶々夫人』他、数々の主役に抜擢。W杯前夜祭3大テナー公演で故パヴァロッティらと共演。MET管、BBC交響楽団などと共演。MLB公式戦にて外国人初の米国国歌斉唱の栄誉を担う。ディステファノ国際コンクール(伊)1位。米マネス音楽院首席修了。世界を舞台に活躍する国際的プリマドンナ。

カッコいい男をNYで創る 下飼清史さん

マスターバーバー理髪師

 このほど日本からニューヨークに、プロ中のプロと言える理髪師がやってきた。下飼清史 (しもかい・きよふみ)さん(56)。北海道函館市で34年間経営した自分の店を閉めて、先月ニューヨークのヘアサロン、ミングルSOHO ニューヨークに新設された理容部門の責任者として着任した。

 北海道では札幌市役所、全日空ホテル、DAIDO生命ビルなどの理容室勤務を経て1993年に父親が経営する理容シモガイに入社、4年後に独立し、2002年には日本初のスポーツバーも開業するなど事業を拡大、2005年にワールド・バーバー・クラシック審査員なども務め、若手指導などに関わり多くの弟子たちが日本全国で活躍している。子育てに追われながらも地元コミュニティーに根差した「町の床屋さん」として若者から年配まで世代を超えた市民に愛される理容室を築き上げた。その手腕を買われて今回ニューヨーク行きが実現した。

 ニューヨークには、25歳の頃から6回も個人旅行で来てはいたが、海外勤務は初めて。5年間は「日本の理容室の素晴らしさをここNYで知ってもらうことが最大の使命」という。理容師の世界では、馴染みのお客さんが3代続いて店に来てくれたら良しとされるそうだが、下飼さんは、ひ孫まで4代の髪の毛を切ってきた。「誕生日、七五三、結婚式などその人のいい人生の記念日に寄り添える仕事です」と笑顔を見せる。イメージチェンジしたいという若者の髪をカットしたら彼女ができたと言って喜ばれたこともあるそうだ。「お客さんから、ありがとうと感謝されるのが何より嬉しいですね。理容は時代のトレンドの仕事だとは思いますが、時代の先を行くのと同時にその人に合ったスタイルを提案するための引き出しをいっぱい持っていないとダメな仕事でもあります。髪型は生き方に対するスタイルだと思います。その人の持つポテンシャルを引き出すのが仕事ですね」と話す。

 日本で培った理容師・理髪師としての本筋が背骨を貫く。日本理髪の精密さでオーソドックスな日本人ビジネスマンとして国際舞台のどこに出ても恥ずかしくない現代的なヘアスタイルはもちろんお手のものだが、流行のヘアスタイルでその人に合ったポジティブな髪型で店からプラスにして送り出すのが仕事だ。日本の本場の理容室で培ったフルシェービングも男女共に人気だという。書道五段、剣道初段、国際空手協会黒帯と多彩な特技も持ち合わせている。「理容とはカッコいい男を創る」と見つけたり。

    (三浦良一記者、写真も)