東京都が女性起業家支援 10人が来米しNYで研修


APT Women 
ACCELERATION PROGRAM IN TOKYO FOR WOMEN

事業内容のプレゼンテーション29日に開催

 東京都の女性ベンチャー支援プログラム「APT Women」(小池都知事支援)で10人の女性起業家が20日から31日までニューヨークで研修し、そのピッチイベントが29日(木)午後3時30分から6時30分まで、SGR法律事務所NYオフィスで開催される。10日間の研修成果やベンチャー事業の紹介を米国側関係者たちを招いて行い、イベント後は交流会も予定されている。参加希望者は登録フォームhttps://forms.gle/FsF4j2rji3qwfNjj9から申し込む。参加する女性起業家は次の通り。(敬称略)

・堀汐里(株式会社SalesTailor:AIを活用した営業メッセージ支援システム「SalesTailor」 の開発・提供)

・菅原沙耶(Synk株式会社:デジタルコンテンツ制作会社。主にカジュアルゲーム、ウェブ・ネイティブアプリの企画・制作・運営のほか、AI映像編集ソフトの販売代理等を提供)

・森本彩加(WithIris株式会社:20代〜30代女性特化ライフキャリア支援プログラム『Muu by WithIris』コーチングをベースにした20〜30代女性向けライフキャリアデザインプログラムを提供)

・中村瞳(30min.:業界で初めて小割化を実現した、最短30分から30分単位で利用できる家事代行サービス)

・稲本彩(株式会社R4:革新的なスマートジュエリー 「RIVETRING」を展開し、「美とテクノロジーの融合」というビジョンと新しい価値をモアサナイトを通じて提供)

・仲琴舞貴(株式会社SANCHAI:ヒマラヤ生まれのプレミアムピーナッツバターを販売。ピーナッツバターを通じて、生産者の生活向上と地域経済の自立を支え、ヒマラヤの地から生まれた確かな品質とストーリーを世界中の食卓へと届ける)

・三嘴香澄(klarm:敏感年齢肌をサポートするスキンケアD2Cブランド『klarm(クラーム)』を販売。自然由来のクレイと、日本古来技術である発酵エキスなどを用いた処方を軸に、肌の再構築と心身の調律をサポートする製品を展開)

・山脇有紗(株式会社Artisans:着物の技術と芸術を活かした、伝統を再定義する職人発ラグジュアリーアパレルブランド『ALISA有紗』を展開)

・山口奈々(NexaHeat:再生可能エネルギーの導入拡大に伴い発生する余剰電力や工場の排熱の有効活用を目的とし、長期エネルギー貯蔵技術の一種である蓄熱システムの開発、商用化を目指す取り組み)

・小島幸代(株式会社RINNE:暮らしに循環を根づかせる体験型アップサイクルサービス『Rinne.bar』を展開。

篠原有司男一家展 GOCAギャラリーで

 戦後日本美術を代表する前衛芸術家のひとり、篠原有司男はネオ・ダダイズム・オルガナイザーズのメンバーとして1960年代の日本美術界に決定的な影響を与え、69年以降はニューヨークのポストモダンアートシーンに身を置きながら活動を展開。本展では 会期中に94歳を迎える篠原がGOCAギャラリー開館1周年を記念し て 制 作 し た 新 作 《 Black on White 》(2025 )を中 心 に、 「ボクシング・ペインティング」シリーズおよび彫刻作品を展示している。

会場では篠原93歳のボクシングペインティング最新作を展示中

 妻の乃り子(72)は、自身の半生を投影した「キューティー&ブリー」シリーズで知られる画家・版画家。本展では、近年の新作・近作を通じて、日常と記憶、個人的経験とフィクションが交差する表現空間を提示。

 息子の篠原アレックス空海(52)は都市の廃材やストリートカルチャーの感覚を取り入れ、具象と物語性を併せ持つ絵画・彫刻を制作。両親から受け継いだ表現の系譜を背景にしながらも、現代的なスピード感とエネルギーを宿した作品を展開する。2月19日(木)まで。

SOUND OF 生け花 土佐尚子がジャパン・ソサエティーで2月9日

ファッションショー、四季をテーマに表現

 ニューヨーク・ファッションウィークに合わせて、ジャパン・ソサエティー(JS)は2月9日(月)午後7時から、NYと京都を拠点とするニューメディアアーティスト、土佐尚子による「生け花の音/四季」ファッションショーを開催する。

 ショーは四季をテーマにした4部構成で土佐の芸術を通して、日本の伝統的な季節の表現と西洋的解釈の融合を提示する。

 春は生命の輝き、夏は祖先への祈り、秋は収穫の祝祭でドレスにはアニメーションのフレームが直接プリントされ、ダンサーが動き光が点滅すると、映像がアニメーションとして躍動する。冬は武士戦争を描いた名作『平家物語』の象徴的場面である篤盛の死を表現したシーンを上演する。 

 土佐は、日本美の型を先端技術で表現する「カルチュラル・コンピューティング」を提唱。1991年AIによる感情音声対話Neuro-Babyで工学博士(東京大学)。MIT Center for Visual Studies でArtist Fellow終了後、京都大学特定教授。賞歴はユネスコデジタル無形遺産2位受賞、コンピュータによる山水禅「ZEN Computer」(2004年)、プロジェクションマッピング [サウンドオブ生け花]グッドデザイン賞受賞(2014年)。2016年度文化庁文化交流使の任命を受け10都市8か国を訪問し個展開催。昨年は万博でZero Gravity Artを展示。作品はニューヨーク近代美術館、京都建仁寺、国立国際美術館、富山県美術館、名古屋市美術館、高松市美術館に収蔵されている。ニューヨークとの出会いは、リアルタイムで音を生成した初期作品『表現』(1985年)がニューヨーク近代美術館(MoMA)のコレクションに収蔵されたこと。映像作品『Sound of Ikebana』は、文化庁文化大使として2017年4月に1か月間、毎晩タイムズスクエアで上映された。入場料・JS会員35ドル一般 45ドル。詳細はウェブサイトhttps://js.naokotosa.co.jp/ja/ まで。

ボランティアを募集 読者2人抽選で招待

 土佐さんは、ショー当日のヘルプをするボランティアスタッフを募集している(交通費20ドルまで支給)。フィッティング補佐2人、ステージマネージャー補佐1、2人、モデル候補1、2人(身長170センチ以上)。また、抽選で本紙読者2人を当日のショーに招待。ボランティア応募と入場希望者はEメール[email protected] へ「土佐尚子ファッションショーボランティア希望」または「入場券希望」と明記し、1月23日まで応募を。

世界に茶室文化を 茶室建築家 椿邦司

 茶の湯空間を世界へとの思いでスーツケース茶室「禅庵」を発表したのは、2017年8月。東京都主催の「ものづくり匠の技の祭典」でのことでした。このイベントの趣旨は日本の伝統的な匠の技を世界へ広めることにあります。世界中を歩くのであればスーツケースの中に伝統の匠の技を詰め込んでしまおうという発想で生まれた茶室が「禅庵」です。座禅はその昔、お線香で時間を計っておりましたので1本燃え尽きる間が約15分です。この時間に禅の瞑想をするように茶室を組み立て、一服のお茶を点てる。2018年5月には国連本部での「Peace is ・・・」にて禅庵茶会を開きました。その後はパリのエッフェル塔前やサウジアラビアのリアド、中国、台湾等々、世界を巡って禅庵茶会を行っては日本の匠の技と茶道文化を広めています。

 平和の茶室立礼棚「葉々庵」は「ものづくり匠の技の祭典」10周年を記念して昨年発表しました。禅語「葉々起清風」の書(海老原露巌筆)を掲げて、7つの葉形の棚を7大陸に見立て、世界の人々が手を繋なぎ清らかな風が舞い世界に平和の風が吹くように願った立礼棚です。昨年亡くなられた裏千家鵬雲斎千玄室宗匠は「一碗からのピースフルネス」を唱えて平和を祈り一碗の茶を点てて世界中を巡りました。その思いも込めて亭主7人客7人で一度に茶を点てることができる「七客七亭」の平和の茶室「葉々庵」が生まれたのです。

 四畳半茶室の原型は銀閣寺東求堂・同仁斎と言われています。その後侘び茶の祖、村田珠光や武野紹鴎を経て千利休が茶の湯を大成させてからおよそ450年。現存する利休唯一の茶室「待庵」が究極の茶室と言われており、その後もその時代の茶人や数寄者が今日までさまざまな茶室空間を造ってきました。すでに海外にも数々の茶室があります。

 しかし、これから日本の茶道文化を世界に広めて行くのであれば、その土地の材料でその土地の気候風土と歴史を踏まえた「伝統と革新」が融合した茶室が現地の職人によってできてこそ、500年先の未来を見据えた茶道文化、禅の文化の真の発展に繋がるのではないでしょうか?

 いま世界中に抹茶を嗜む文化が広がっています。その次ステージでは確実に茶室空間が広まることを願っております。空間(場)があればそこに文化(心)が生まれます。

椿建築デザイン研究所 

https://www.t-a.co.jp/

日本の紙フィルム MoMAで上映へ 1月31日

 ニューヨーク近代美術館(MoMA:西53丁目11番地)主催、第22回国際映画保存フェスティバルが、2月2日(月)まで開催されている。米国初上映となる作品や、公開当時の状態に近づけるべく入念に修復された作品が選出され、世界初公開となる作品も多く含む。

(写真上)Photo : Valerio Greco

 1月31日(土)午後2時から上映される1日限定プログラム「遊び心〜アマチュア、アニメーター、前衛たち(At Play—Amateurs, Animators, and Avant-Gardes)」は、NY大学オーファン・フィルム・シンポジウムとMoMAによる共同企画で、日本アニメーションの源流とも言える「日本の紙フィルム」が公開される。ダン・ストライブル(オーファン・シンポジウム創設ディレクター)、エリック・フェイデン教授(映画研究家・バックネル大学)=写真右=等によるプレトークがあり、「日本の紙フィルム」本編は、木村伶香能(箏)と玉木光(チェロ)によるデュオ夢乃=写真左=の生演奏と共に上映される。

 紙フィルムは1930年代、日本の数社の製造会社によって、家庭上映用映画としてセルロイドの代わりに紙製のフィルムを用いて製作された。2019年、フェイデン教授は劣化しつつある紙フィルムの保存プロジェクトを発足、フィルムのデジタル保存とその研究に努めてきた。この上映会では90年近くにわたり、上映されていなかった紙フィルムの貴重な作品群を公開する。

 入場料は一般30ドル、シニア22ドル、学生17ドル、16歳以下は無料(チケットは1月24日から発売)。

 詳細はウェブサイト https://www.moma.org/calendar/events/11139を参照する。

編集後記

編集後記

 みなさん、こんにちは。本年もご愛読ありがとうございました。新春特別号の印刷が終わり、昨日はマンハッタン、本日はコネチカット、ニュージャージー、ロングアイランド郊外での配達が進んでいます。本紙「週刊NY生活」は2026年1月で、創刊22周年を迎えます。今年は夏に通算発行1000号も突破し、一度も休むことなく発行できたことは、クライアントの皆様のサポート、読者の皆様のご愛読に支えられての賜物です。私自身もこの22年の間、病気らしい病気や怪我、事故もなく毎週無事に水曜日の締め切りを予定通り乗り越えて来られたのは、奇跡的幸運だと思ってます。学生時代にラグビーで鍛えた強靭な身体が役立っているようです。

 さて、今年はAIが急速に普及して市民生活にもさまざまな影響の出た年でした。特に「分からないことはchatGPTに聞く」というのが当たり前になった年だったと思います。さてその分析力、知力はどの程度でしょうか。さっそく「週刊NY生活」の将来性について聞いてみましたところ、次のような答えがわずか5秒ほどで明示されました。
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『週刊NY生活(Shukan NY Seikatsu)』の将来性について、現在のメディア環境や読者ニーズ、デジタル化の潮流などを踏まえて整理すると、次のようなポイントが考えられます:

  1. コミュニティ密着型媒体としての強み=『週刊NY生活』は、ニューヨーク・トライステート地域の日本人コミュニティ向けに特化した生活情報紙として長年の実績を持っています。無料配布・週刊発行のスタイルで、ビザ情報、教育、健康、イベント情報など、日本語で必要な生活情報を提供しています。こうした地域的・言語的ニッチの強さは、大手の英語メディアには置き換えがきかない価値です。Wikipedia 在米日本人(駐在員、永住者、学生など)の固定読者が存在 地域団体・企業情報の広告媒体としても機能→ この強みは将来にわたり「コミュニティ情報のハブ」という役割を担い続ける可能性があります。

 2. デジタル版の活用と拡大余地=すでに**デジタル版(ウェブでも閲覧可能)**があり、週平均で一定の視聴数があるなど、オフラインからオンラインへの移行が進んでいます。週刊NY生活ウェブ版 紙面そのままのデジタル版が読める 若い層や遠方読者へのリーチが可能。ただし、SNS活用・モバイル最適化・動画・ニュースレターなどの最新デジタル戦略をさらに強化する余地あり。

評価されている点
1. 在米日本人向けの“生活必須情報”が強い=日常生活で役立つ事項(ビザ、教育、医療、税金など日本語で必要な情報)を扱うため、英語メディアと日本語情報のギャップを埋める役割を果たしています。 2. 地域に根ざした独自取材力=大手日英メディアでは取り上げづらい、コミュニティ密着型の情報を掲載するスタイルが読者に評価されています。独自記事が日本本国メディアから引用されることもあるという指摘もあります。discovernikkei.org
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~だそうです。このような好意的な評価をさらに高めていけたらいいなと思いました。むしろ、これだけ本物とフェイクの情報、映像がネット上に蔓延し始めると、案外、紙に印刷された、アナログな印刷新聞の信頼性がより、実は逆に強まっていくのではないかと予感しています。昨日も輪転機が何度も故障して、配達危うしの危機でしたが、「紙を手にして読む、活字の安心感」は、ネットの文字よりもこれからさらに大切にされるのでないかと思いました。先日も日本から来た客人が、週刊NY生活の実物を手にして「これがオリジナルですね!」と感激していたのが印象的でした。ということで、長くなりましたが、来年もどうぞよろしくお願いします。それでは、みなさんよいお年をお過ごしください。(週刊NY生活発行人兼CEO、三浦良一)

【今週の紙面の主なニュース】(2026年1月1日号)

(1)NY日系社会を助ける 1〜23面

(2)改革に「一世代」という途方もない時間のかかる日本 4面

(3)「公益資本主義」の挑戦 5面

(4)週刊やさしいにほんご生活 15面

(5)サナエノミクスで日本を救えるのか 24面

(6)ハンター大学に外務大臣表彰 32面

(7)ニューヨークの魔法 39面

(8)日系一世の生きた証 43面

(9)NYシニア生活の喜び 大江千里 53面

(10) 大田区町工場 職人たちの履歴書2 54面 

NY日系社会を助ける

世界の在留邦人とも連携

邦人医療支援ネットワーク
JAMSNET WORLD

 「邦人医療支援ネットワーク(Japanese Medical Support Network)」、通称ジャムズネット=JAMSNETは、2006年に在留邦人の心身の健康と生活の支援を目的に、心理分野・福祉・医療の団体と専門家が中心となり、これに在ニューヨーク日本国総領事館(以下:総領事館)が側面支援することで設立された。そのきっかけは、2001年9月11日マンハッタンで起きた同時多発テロ事件だった。当時、NYには医療や福祉、教育、心理などの分野で邦人コミュニティーを支援するボランティア団体が多数存在していたが、団体間相互の連携した活動はしていなかった。そこで、2005年に、当時総領事館仲本光一医務官と日本人医師会会長に就任したコロンビア大学教授、本間俊一医師の協同発案のもと、米国日本人医師会を中心に既存の20団体が参加して団体を結成し、直ちにNY州政府から非営利法人NPOの認可を受けて、2006年1月12日に第1回定例会議をNY総領事館において開催した。

 その後、JAMSNETは日本、カナダ、ドイツ、スイス、オーストラリア、アジア各地域へと活動の幅が広がり、2021年4月からはNYで創設されたジャムズネットの名義をNYにおいては“JAMSNET-USA”と通称名を変更。JAMSNET-USAはニューヨーク日系人会(JAA)、米国日本人医師会(JMSA)、邦人児童の教育、発達、適応に関する問題に対応するニューヨーク日本人教育審議会・教育相談室、日系コミュ二ティーの駆け込み寺の名で地域に密着する日米ソーシャルサービス(JASSI)、NY州におけるメンタルヘルス分野での唯一の公認医療クリニック、日米カウンセリング・センター(Hamilton-Madison House)、障害児とその家族に寄り添う「APPLE TIME」、DV被害などの問題に特化する「WOMANKIND」、子育て支援「NYすくすく会」などNY近郊の団体のみならず、現在はサンフランシスコで邦人の心のケアをサポートする「日米ケア」、テキサスで全米、また世界からのアジア人DV被害者を支援する「AADA」、ニューイングランド地方で邦人の生活を支える「JBLine」など、米国各地で活動する27のNPO団体が参加し、在留邦人の日常的な生活サポートや情報提供に努めている。

 また現在はJAMSNET関連ネットワークとしてJAMSNETワールド・メンタルヘルスネットワーク、JAMSNET高齢者支援ネットワークなどが始動している。在留邦人が世界のどこにいてもJAMSNET-Worldのネットワークのもとでメンタルヘルスの連携サポートが受けられるシステムを構築した。「JAMSNET高齢者支援ネットワーク」は、2021年JAMSNETカナダ傅法清代表を中心に、在留邦人の高齢化に伴うさまざまな問題に世界各地と繋がり、情報交換をしながらサポートができる 体制の構築を目指して発足。NYはもとより、北米各地、さらに世界の各地域で邦人の心身の健康、生活支援の役に立てるよう、今後も一丸となって邁進していく決意だ。

 相談・問い合わせはEメール[email protected]まで。JAMSNET-USAウェブサイトはhttps://jamsnet.org/邦人支援ネットワーク(ジャムズネット)

JAMSNET USA
代表   本間 俊一
特別顧問 加納 良雄

(写真上)JAMSNET世界大会に集まった本間代表(中央)、NY総領事・片平大使(左)、加納特別顧問(右)ら医療支援団体代表者たち(写真・三浦良一)

変革に「一世代」という途方もない時間のかかる日本

 昨年、2025年の日本において最も大きな事件といえば、高市早苗氏が女性初の総理大臣に就任したことだろう。現在では、女性初などということを言う人はいなくなり、高市氏の経済政策や外交政策を巡って毎日のように国会の内外で議論が激しい。現実となって初めてではあるが、日本社会は女性首相の登場をようやく受け入れた。女性首相だけでなく、ここ10年ぐらいの間に、大企業を中心に女性管理職も、そして女性の執行役員なども珍しくなくなった。

 そのこと自体は評価すべきと思うが、考えてみれば1985年に男女雇用機会均等法が施行されてから40年という年月が流れたことには呆然とする思いだ。理由は簡単で、女性の権利を認めるのと同時に年功序列制度を改めることをしなかったからだ。その結果、均等法世代の女性が長い年月の下積みに耐えて管理職候補適齢期に入るまで時間がかかったのである。思えば、2007年に当時の福田康夫内閣が「女性の管理職比率」を高めるための目標値を設定したが、全く達成はできなかった。政府関係者は首をかしげていたが、年功序列制度が壊せない中では当然の帰結であった。

 高市早苗氏について言えば、初当選の1993年から総理就任までは32年という気の遠くなるような年月を要している。その間に落選したり、政党を変わったり、立場性も中道左派から右派へ変えてみたりと、有権者の懐に入るためには大変な苦労をしてきた。

 考えてみれば、日本という社会は変革に極めて時間のかかる体質を抱えている。例えば、DXにしても、Windows95とインターネットの普及が1995年だとして、DXが加速するのに約30年を要している。これまた気の遠くなるような年月を必要としたのである。消費者としてデジタルに抵抗感の多い団塊世代、そしてアナログを切り捨てる勇気のない谷間世代の経営者、この両者が去るのを待たなくては、官民のデジタル化は進まなかったのだ。

 女性の活躍にしてもDXにしても、一つの改革に約30年がかかるというのは、要するに個人が変わらないからだ。そのために、旧世代が権力を手放すまでには、一世代分の時間がかかるというわけだ。これは日本という国に宿命的な特徴なのかというと、実は大きな例外がある。それは国家の転換期に起きる現象だ。

 例えば1945年の敗戦の前後においては、国家総動員法が1938年で、降伏が45年、再独立が52年であり、この14年の間に無謀な対米開戦と降伏、戦後改革と民主化へと時代が一気に進んだ。更に遡るのであれば、幕末維新の際には、ペリー来航が1853年で維新遷都が68年であるからやはり15年で歴史が一気に進んでいる。

 この2つの転換期に起きたのは、世代の退場を待たずして日本人一人ひとりの個人が変わることができたということだ。代表例は、伊藤博文であり、攘夷派のテロリストとして、英国大使館放火事件に関与しながら英国留学を経て開国派に転じた。同じような個人の変化というのは、1945年前後にも起きている。

 そう考えると、人口減の中で産業構造を更新できずにズルズルと経済衰退を招いた「失われた35年」が寛政から天保の改革失敗期であるのなら、現在のインバウンド襲来、移民依存政策の進行というのは、「黒船」かもしれない。これに対してネットに溢れる「外国人問題への不満」というのが攘夷イデオロギーという見立ては可能だ。

 けれども、年間150万人が死亡する一方で、出生は60万で90万ずつ人口は減っている。そんな中で、9000人に満たない帰化人数を更に減らすというのは、どう考えても国の滅亡を早めるだけだ。そう考えると、今、熱狂的に排外を叫んでいるネット民たちも、いずれ「現実」に直面したら意外とアッサリと国際派に転向するかもしれない。そこで、維新開国や戦後改革のような「不連続な変化」を起こすことができれば、日本という国の命運を先へと保てるかもしれない。

 新しい年のはじめにあたり、とにもかくにも一つの改革には一世代がかかるという絶望的な保守性を乗り越える、そのような時間感覚を確かなものとしたい。日本という国に「持続のための不連続な変化」をもたらす、そのために個々人が自らの変化へと踏み出す年としてはどうであろうか。

(れいぜい・あきひこ/作家・プリンストン在住)

週刊やさしいにほんご生活 新年は「はじめて」を大切に、正月でつながる日本の心のルーツなど

この連載は、日本語を勉強している人を読者対象としたコーナーです。日本文化やマナー、タイムリーな日本に関する話題などを簡単な日本語で毎月第3週号に掲載します。アメリカ人の友人などにご案内ください。また、漢字をまだ習っていないお子様にとっても社会を知り、漢字に接するよい機会になります。

新年は「はじめて」を大切に


 日本では、新しい年に「はじめてのこと」を大切にします。これを「初(はつ)〜」と言います。たとえば、新年に、はじめて神社やお寺に行くことを初詣(はつもうで) と言います。多くの人は、お願いごとだけでなく「去年もありがとうございました」と感謝の気持ちを伝えます。ほかにも、新しい年にはじめて見る夢を 初夢、年が明けてから、元旦に見る日の出のことを初日の出と言います。初カラオケ、初スキーなど新年はじめての行動には「初」をつけて楽しみます。また、お正月はいつもより予定を入れずに家でゆっくり過ごしたい人も多くいます。新しい年に気持ちを整える時間を持ちたいと考える日本らしい文化です。

年末の大掃除

 日本では、新しい年をむかえる前に、家や職場をきれいにする習慣があります。これを 大掃除(おおそうじ) と言います。年末になると、家庭だけでなく学校や会社、店などでも大掃除をします。一年のよごれを落とし、新年を気持ちよくむかえるためです。大掃除は、そうじをすることだけが目的ではありません。日本では、大掃除は、新しい年に、よい縁をむかえるための縁起のよい行動 と考えられています。また、場所や物を大切にあつかうことは、家庭でも職場でも、一緒に過ごす人への思いやりにつながります。大掃除は、新年を大切にむかえるための、日本らしい生活のマナーです。

「おもち」と「おもちつき」

 日本では、お正月に おもち を食べます。おもちは、新しい年の幸せや健康を願う、縁起のよい食べもの と考えられています。白色は、新しい始まりを表します。おもちはよく伸びることから、幸せが長く続くように、という意味もあります。年末やお正月に、おもちつき をする家庭や地域もあります。臼 に入れた、むしたもち米を杵でつくと、やわらかく伸びるおもちができます。皆で声をかけ合い協力し合うことも縁起のよい行動と考えられています。また、おもちは、あんこや醤油をつけたりと食べ方もさまざま。お雑煮はおもちが入った 汁もの で、野菜や、地域によってはぶりなどの魚 を入れます。地域によって味付けが違うのも興味深いポイントです。(長久保美奈、マナー講師)


正月でつながる日本の心のルーツ

新しい年を迎えて、おめでたく賑やかな日本のお正月。今年の干支は午(馬のこと)であり、前向きなエネルギーが加速するといわれています。本年がみなさまにとって、躍動と前進の1年になりますように。

(絵と文/平田恵子)

米は日本文化や日本人らしさのもと


 お正月の伝統的な汁ものが、餅入りの雑煮です。餅の材料となる米は、昔から神へのお供え物とされ、雑煮は餅を食べることで神の力をいただくという意味があります。さて、米が日本に伝わったのは約3000年前。その後、稲作(米づくりのこと)を通して「和」を大切にする民族性が生まれました。稲を育てるには、村人との共同作業が欠かせなかったからです。また、稲の成長は天候に左右されやすく、人々は春に豊作を祈り、秋には収穫を感謝する祀りを行うようになり、神道文化や信仰心とも結びつきました。米は日本人の主食であり伝統的な行事食や祝膳には欠かせません。また、餅・酒・菓子など多彩な加工食品がつくられています。米食に箸を使うことで、日本人の手先の器用さが養われたともいわれています。

縁起物や縁起担ぎは、幸せへの願い


 お正月にはさまざまな縁起物が登場します。縁起物とは、幸運や金運、成功など福を呼び込むと信じられているもの。例えば、門松はお正月の神さまの出迎え、お節料理はお正月に食べると縁起のよい料理です。ほかに鶴や亀は長生きの象徴、だるまは幾度倒れても起き上がる強さ、招き猫は商売繁盛を表しています。日本では昔から、こうした縁起物に願いを託し、飾ったり食べたりすることで、幸せを祈ってきました。また、縁起担ぎは、「福を呼び込むための行動」です。例えば、初物を食べる(強い生命力をもらうことで75日長生きできる)試験の前日にカツどんを食べる(カツ=勝つに通じて合格する)などのアクションです。これらの背景には日本的な信仰心や言霊という言葉の力にあやかる安心感などがからみあっています。

日本が誇る武士道とは、強く正しくやさしい心

 お正月と武士道は日本の伝統的な価値観と精神性において、いくつかの共通点があります。武士道とは「強く、正しく、やさしい心」を持つ生き方です。武士は平安時代中期(10世紀)に登場し、戦いがなくなった江戸時代(18〜19世紀)に武士の道徳として完成しました。その道徳は明治時代(19世紀末)に新渡戸稲造が英語で執筆した解説書「武士道」で「義・勇・仁・礼・誠・名誉・忠義」という七つの徳目で紹介されています。義は正しい判断(正月を折り目正しく迎え、正しく生きる決意を新たにする)、勇は正義を行動に移す力、仁は弱き者や困っている人へのやさしさ、礼は相手への敬意(正月行事では挨拶や儀式など礼儀が重視される)、誠は嘘をつかない誠実さ、名誉は誇りある生き方、忠義は私利私欲より社会の利益や公平を大切にする心です。これらは善悪や正邪などの判断基準を示すもので、次第に日本人の道徳観の基盤に。武士道は形をかえて現在の日本人の心に息づいています。

「公益資本主義」の挑戦 

 公益資本主義を目指す東京円卓会議「富める者だけの資本主義に反旗を翻す」に出席しました。公益資本主義の提唱者の原丈人さんと、慶應大学との共催です。「短期的・投機的な投資家の動きに対して経済社会の持続性をどう確保するか」が主テーマで、経済、金融、ファクトチェックの専門家が講演しました。

 公益資本主義とは「短期的な株主利益の最大化ではなく、企業を社会の公器と捉え、中長期的に公益(社会全体の利益)と企業価値を両立させる資本主義」です。

 旧知の原さんは、慶應大学、スタンフォード大学で学び、シリコンバレーでベンチャーキャピタリストとして成功した実業家であるとともに啓蒙家です。バングラデシュやザンビアなどの経済自立支援や、仲介外交などで私と共感する同志です。

 岸田文雄首相が提唱した「賃金と成長の好循環という新しい資本主義」は公益資本主義がベースと言われ、この日も石破茂前首相や神谷宗幣参政党代表も来賓で出席しました。

 公益資本主義は、1986年に国際MRA(現在の国際IC)のスイスのコーで設立されたコー円卓会議を想起させます。オランダのフィリップス社元会長の提唱で、日本の輸出攻勢に反発した欧米の経営者と日本の経営者が本音で語り合う会議で、私が事務局を務めました。1994年には「企業の行動指針」を策定しました。その理念はキヤノンの賀来龍三郎社長が提唱した「共生」、欧州が提唱した「人間の尊厳」、米国が提唱した「ステークホルダーへの責任」でした。「ステークホルダーへの責任」はハネウェルや3Mなどが提唱し、社員、顧客、地域、環境などを尊重する経営でした。

 しかし、近年の「ステークホルダー経営」は株主利益中心主義で、原さんが警鐘を鳴らしています。賀来さんが唱えた「世界との共生」や「倫理国家構想」は、原さんの唱える「公益」、「倫理」と一致します。

 私は「失った30年検証研究会」の提言策定に関わりました。資本主義の再生に留まらず、「危機管理を含めた世界全体の長期的・戦略的なStatecraft(国家運営)の確立」が提言の柱です。本年は、混乱と分断が増し、倫理崩壊が著しい世界の新しい理念と秩序作りの年とすべきです。そのためにも、公益資本主義を支援して参ります。

 皆さん、本年もよろしくお願いいたします。

ふじた・ゆきひさ=オックスフォード大政治国際問題学部客員研究フェロー(英国在)。慶大卒。国際MRA(現IC)や難民を助ける会等の和解・人道援助活動を経て国会議員、財務副大臣、民主党国際局長、等を歴任。現在、国際IC日本協会長、岐阜女子大特別客員教授も兼任。

サナエノミクスで日本を救えるのか

読売新聞東京本社社友、読売アメリカ社元社長、熱海市民大学講師

麻生雍一郎

 2025年は日米とも多事多難だった。トランプ政権は中東ガザでの停戦にこぎつけたが、ウクライナ戦争は4年目に入り、なお戦闘が続く。貿易赤字改善を旗印に各国へ発動した相互関税は司法が「待った」をかけ(まだ最高裁判断には至っていない)越年した。

 日本では10月21日、初の女性宰相が誕生した。高市早苗首相は就任5日後にはマレーシアへ飛んで東南アジア諸国連合(ASEAN)の関連首脳会議へ出席、とんぼ返りした翌27日はトランプ米大統領が訪日、日米首脳会談を終えると30日には韓国へ。アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議へ参加して李在明大統領と日韓首脳会談を行い、翌31日には習近平中国国家主席との会談も実現した。

 歴代総理に見られなかった華々しい外交デビューに国民の支持率も80%前後に上がったが、11月に入ると情勢急変、2つの不安材料が表面化した。1つは台湾を巡る国会答弁。台湾有事の際の出方をしつこく聞かれた首相は「(中国が)戦艦を使って(台湾への)武力の行使を伴うものであれば、どう考えても(自衛隊の出動が可能な)存立危機事態に成り得るものではないか」と答弁、具体的な状況明示へ踏み込んでしまった。

 習近平主席は高市首相と釜山でのAPEC首脳会談で会うのに躊躇があったという。それでも首脳会談に臨み「戦略的互恵関係で行こう」となったのに直後の台湾をめぐる高市発言に「顏に泥を塗られた」と感じたのかもしれない。

 胸の内を忖度したのか中国側は「勝手に突っ込んできた汚い首は斬ってやるしかない」と感情むき出しの駐大阪総領事のSNS投稿に始まって再輸入に踏み切ったばかりの日本の水産物の輸入停止、訪日旅行の自粛や日本関連イベントの中止など次々に対抗策を打ってきた。

 習主席とは「引き続き会いましょう」と握手して別れた高市首相だっただけに、その後の1か月でこんな局面を迎えるとは思ってもみなかったことだろう。11月には南アフリカで開かれたG20へ参加したが、李強中国首相とは接触もなかった。中国からはその後も度々の答弁撤回要求や航空自衛隊機に対するレーダー照射など外交、軍事両面からの「威圧」が続く。

 日本では「危険極まりない徴発」(読売新聞12月8日社説)との声があるが私の知人の外交筋は「矢継ぎ早に手を打った中国だが、ここへきて圧が落ちてきたのでは」と見る。「ヒステリックな強硬策は世界の世論の支持を得られていない」「尖閣列島国有時のような反日デモを容認すると中国国内の反政府デモに化けかねない」などを例証として挙げる。米国の関税措置に対抗したレアアースの輸出規制も今のところ発動していない。日本も厳しいが経済失速の中国も国民を反日で動員できる時代ではなくなってきた、というのがこの外交筋の見立てだ。

 高市政権の不安材料の2つ目は経済、なかでも為替の反応だ。高市首相にはアベノミクスの継承、発展という意識がある。アベノミクスは財政支出の増大、金融緩和、民間投資の3本柱を立て異次元の金融緩和を行った。経済は一時的には回復し、円の対ドルレート

も1ドル=82円台まで切りあがった。

 黒田日銀総裁は物価の2%上昇を掲げ、政府も適度の物価上昇を実現することで需要の喚起と企業の投資へ結びつけようとした。しかし企業は給与引き上げをしぶり、手取りが増えない国民は買い控えと節約へ向かい、消費、内需は喚起されず経済は停滞した。

 先進各国が設備投資、成長産業への転換、賃上げ、消費拡大へと進む中、日本は”失われた30年“の眠りをむさぼった。この間に国内総生産(GDP)は中国、ドイツに抜かれ、1人あたりGDPはシンガポール、香港、台湾、韓国にも抜かれてしまった。企業は最近やっと賃上げに転じたが、今度は物価がそれ以上の高騰を始めインフレ率の方が賃上げ率を上回っている。

 サナエノミクスの呼称もできた経済政策は所得が低い層を補助金で救済しようとする。困った人たちを助けるのは大切だが、物価上昇を補助金で相殺すれば財政は赤字が増え、円安はさらに進み、輸入物価の値上がりでインフレは加速するだろう。政権発足前、1ド

ル=140円台だった為替は一挙に150円台にジャンプし、円の価値を下げている。

 物価最優先を掲げて与党が作った補正予算は18兆円を超える大型で財源の過半は追加国債の発行であてる。国の財布を借金で回してきた日本は借金の額がGDPの2倍以上、おぎゃあと生まれてくる赤ちゃんまで含め、国民1人当たり1000万円余になる。

 英国ではリズ・トラス元首相が代替財源がないまま大規模減税を打ち出したが、金融市場が混乱し、2か月も持たずに退陣した。アベノミクスは行け行けどんどんではなかった。三菱UFJリサーチ&コンサルティングの土田陽介主任研究員は「安倍首相は任期中に消費税を2度引き上げ財政運営の健全性にも相応に配慮していた」と指摘する。一方、円安が進む最近の市場について「金融市場は財政のさらなる拡張と金融緩和の維持をよしとしていない」と警告している。

 高市首相は少数与党で連立政権を組み、保守派の女性首相という共通点があるイタリアのメローニ首相とも親交を深めている。そのメローニ首相は分配を求める声に小出しの配慮はしても財政悪化につながる政策には踏み込まない。イタリアでは政治不安も落ち着い

てきた。「政治が安定すれば野放図な財政拡張は防がれる」と土田氏は指摘する。  

 トランプ大統領は好き勝手にやっているようにも見えるが記者団から微妙なところを突かれると「それは答えない」「言いたくない」「まあ、状況を見てみよう」などはぐらかすことも多い。私は故大平正芳首相を思い出す。大平首相は1980年に豪州、ニュージーランドを訪問し、フレーザー豪首相らと環太平洋連帯構想で合意した。私はシドニー特派員として同行取材したが、これは今日のAPECや太平洋・島サミットを生み出し日本外交の成功例として記憶されている。

 環太平洋連帯構想は中国や韓国はもとよりASEAN各国にもちかけても大東亜共栄圏を連想されて失敗しただろう。だが先ず豪州とNZの賛同を得たことで実現に向かった。大平首相は日本では口下手で地味な総理とのイメージもあったが、海外では思慮深く発言する実直な人として評価が高くオセアニア各国の首脳は皆、大きな信頼を寄せた。

 先進国首脳会議(サミット)を終えると牛場外務次官などを豪州などへ派遣し、内容を詳しく伝えた。繊細で気配りの利いた、日本的な外交努力が奏功したのである。

 高市首相はまじめな勉強家だ。語り口は歯切れがよく、ウソがつけない。安倍外交の継承を標ぼうするが、いま外交で範とすべきは故大平首相ではないかと思う。存立危機の条件を聞かれて大平首相だったらどう答えただろうか? 代名詞ともなった「あ〜、う〜」とうなって先ず2、30秒を稼ぎ、その間に「質問者は自分から何を引き出そうとしているのか」と考えただろう。そして外交問題に発展しかねない具体的な事例に踏み込むことは注意深く避けたであろう。私はそう想像する。

 プロフィール:1942年東京都出身。早稲田大学第一政経学部政治学科卒、65年読売新聞入社。78年シドニー支局長、87年シカゴ支局長。92~97年読売アメリカ社社長。99年読売香港社社長。2006年読売新聞社退社、2012年まで法政大学、上智大学兼任講師ほか日刊マニラ新聞セブ支局長、南日本新聞客員論説委員などを兼務。第一回サザンクロス賞(日豪交流ジャーナリズム賞)受賞。著書に『オーストラリア未知未来の大陸』『オーストラリア歴史・地理紀行』など。(写真は熱海新聞提供)