ハンター大学に外務大臣表彰

日本語教育に貢献

 外務省は去る昨年8月28日、令和7年度外務大臣表彰の受賞者を発表し、ニューヨークでは、団体としてニューヨーク私立大学ハンター校日本語・日本文化科が受賞した。その伝達式が12月12日、ニューヨーク総領事大使公邸で行われ、片平聡大使から同大学日本語・日本文化科長のアレックス・ローガルズ氏に受賞正式発表時の担当大臣である岩屋外相名の表彰状が手渡された。功績概要は米国における日本語・日本文化の推進。

 当日は、ナンシー・カンター・同大学長、マーヤン・バルカン同大日本語・日本文化科元科長、古川明代副科長ら大学関係者が招待され祝賀会に出席した。ローガルズ科長は受賞挨拶の中で同大の日本語科を創設して日本語教育に貢献し2018年の叙勲で旭日単光章を受章した川島敦子名誉科長(故人)の功績を称えた。

 現在同大では約1000人の学生が日本語を学んでいる。式典では昨年9月にニューヨークで開催されたワンストーリーアワードの日本語学生スピーチコンテストで優勝し今年訪日招聘されるカイル・フラーさん(39)が日本語を通して日本文化について学んだことなどを語った。

 同大では、本紙・週刊NY生活で毎月第3週に掲載している日本語学習者を対象とする欄「週刊やさしいにほんご生活」を授業で活用するなど日本語教育に力を入れている。

 今回の外務大臣表彰の受賞者内訳は173個人と58団体。このうち海外在住受賞者は155個人、51団体だった。

クリスマスだから ニューヨークの魔法

 私は最近、大失敗を犯した。あまりに最近のことなので、そのことについて書くのも胸が痛い。

 ある仕事関係者から、締切を予定より早めてもらえないかというEメールがクリスマス・イヴに届いた。前に一度、無理だと断わったが、とても困っているらしく、再度の相談だった。

 お世話になっているので、なんとかしたかったが、ほかの仕事との兼ね合いで、不可能に近かった。パニック状態で、「もう、メリークリスマスどころじゃ、ないわ!」と、愚痴っぽいEメールを日本にいる夫に送った。

 と、思い込んでいた。ところが、私は気が動転していたのだろう。うっかりそれを、その仕事関係者本人にEメールしてしまったのだ。

 あわてふためき、私はアメリカのインターネットのプロバイダーに電話をかけた。週末にさしかかるので、彼女がそれを目にするまでに数日ある。

 Is there anything you can do about it?

 なんとかならないですか? と泣きつく私に、

 No, there’s nothing we can do about it. Sorry.

 いえ、なんともならないですね、残念ですが、とつれない返事が返ってきた。

 できることと言えば、その人にお詫びのEメールをすぐに送ることでしょう。

 そんなこと、もうとっくにしました。

 そうですか。

 もう一巻の終わりだ。これだからインターネットなどというのは、便利なようで不便なのだ。

 でも、と電話の相手が言う。

 Yes?

 と私は期待に胸が高鳴り、受話器を握る手に思わず力が入る。

 It’s Christmas.

 クリスマスですよ。

 電話の向こうで彼が言う。

 だから、その人も許してくれるでしょう。

 あるテレビ局の取材で、全米を回った時のことを思い出した。録音機材が規定のサイズより大きかったり、荷物の量が多かったりで、利用する航空会社のカウンターの女性に、数百ドルという追加料金を払わなければならないと言われた。彼女は奥の方で誰かと話をし、しばらくして戻ってきた。

 こちらも覚悟し、払おうと思っていると、

 It’s Christmas.

 女性はそう言って微笑み、特別に見逃してくれたのだ。

 私はすぐに例の日本の仕事関係者にお詫びの電話をし、ひたすら謝った。

 It’s Christmas.

 この思いが伝われば、と祈るばかりであった。

このエッセイは、文春文庫「ニューヨークの魔法」シリーズ第1弾『ニューヨークのとけない魔法』に収録されています。

https://www.amazon.co.jp/dp/4167717220

日系1世の生きた証

名前と顔の一致求めて

写真家・井上博行が撮影


 2025年11月、NY日系人会(JAA)ホールにニューヨーク日系1世のモノクロのポートレート53点が並んだ。100年ほど前に渡米した人々で、撮影されたのは約45年前だから、ほとんどが80歳以上。人生の年輪とでも言おうか、みな何ともいい表情だ。撮影時の聞き書きも一部公開され、起業、留学、結婚、密航、冒険などの渡米理由、新天地での苦難や第二次世界大戦中の差別、敗戦国となった母国への思い、終の棲家となるNYへの愛が、話し口調で生き生きと活字となって蘇る。この紆余曲折の人生譚がまた面白い。ところが「11人しか名前と顔が一致していない」というのを聞いて何とも残念な気持ちになった。さらに多くの人を一致させようと作業を進めるJAAの取り組みを取材した。(小味かおる、取材協力:野田美知代さん、竹田あけみさん、青野栄子さん、横山由香さん)

 撮影したのは、宮崎県出身の写真家・井上博行さん(1951〜2024)。日本と英国で活動後、1978年から約5年はNYを拠点に芸術的な写真を中心として活躍していた。たまたま日系1世と接したことで、グラフィックデザイナーの斎藤央火さんとふたりで「パイオニアともいえる方々の記憶を残そう」と、新移民法(アジアからの移民を全面的に禁止する条項あり)が交付された1924年以前に渡米した日本人を約1年余かけて訪ね歩き、ニューヨーク(JAAと総領事館で2回)と東京で写真展を開いた。

 それから約40年、井上さんのスタジオに眠っていた写真が再び脚光を浴びた。今回の写真展に尽力したアーティストの竹田あけみさんはこう話す。「5年ほど前、博行さんの一世写真展の資料を妻の千恵さんからもらって、強く興味を持っていたのですが、昨年博行さんが亡くなって…」。NYで写真展をしたいと、JAA事務局長の野田美知代  さんに相談し、写真60点と聞き書きノートなどがJAAに寄贈されることになった。

 竹田さんは、日頃から青野栄子さんとふたりでJAAの収蔵庫で週1回、アーカイブのボランティア作業をしている。竹田さんが8月の帰国時に聞き書きノートを持ち帰り、写真展までの約2か月、青野さんとふたりで手書きメモのデジタル化に集中した。音声を文字化するアプリを使って「話した口調そのまま」のメモを読み上げて活字にしたという。展示のために英訳も用意した。「井上さんの手腕もあるのでしょうが、本当に表情がいい。苦難を乗り越えてこういう顔になるのかと思いました」と青野さん、「この仕事を通じて、1924年の法律について知りました」と竹田さん。

 JAAに1989年から勤務する野田さんは「私が来る前のことで、当時のNY日系人の記録が極めて少なく、この写真と聞き書きはとても貴重」と資料的価値を力説する。「ニューヨーク日本人歴史デジタル博物館」の学芸員・横山由香さんは「戦時中はNYの日系人がエリス島に集められたという記録や写真があり、今回の聞き書きにもそれについて話している方がいて、実際に語られた歴史としての価値がある。また、華やかなファッション写真を撮影していた井上さんが、どうして彼らに興味を持ったのか、そのことも非常に興味深い」と話す。

 残念ながら、顔写真とメモされた名前を揃える作業は、展示後は頓挫した状態だという。野田さんは「展示の前に、JAA会員、仏教会や日米合同教会の方々に呼びかけ、10人わかった。しかし、独身の方もいたり、子供たちがNYを離れ米国内外で生活をしていたりと、顔写真と名前を一致させるのは難しい」とため息を漏らす。竹田さんによると、「残された名前リストは62人分と聞き書きした人数より多く、肖像作品は60点の寄付のうち重複を除いて53点と、謎解きが多い」とのこと。展示を通じて作業が進むことが期待されたが、撮影から約45年も経った今となっては、顔写真と聞き書きの一致は困難を極めている。

 先人の足跡に続いて自分たちが居る。どの人が何を語ったのか、生きた証をより正確に記録として残したい。一人でも多くの目に留まれば…。JAAは、今後はロサンゼルスの日系人博物館など全米組織に相談したり、ネガに何か記されていないか千恵さんに確認を依頼したりして、一致させる作業を進めていくという。「ニューヨーク日本人歴史デジタル博物館」としても「ある程度まとまった形での展示を将来的には検討したい」と横山さんは話している。

取材を終えて 

 井上さんの写真を「日系一世の群像」として捉えれば、一人ひとりの名前が判明しなくてもアート作品としての価値があるのかもしれない。しかし、まるで隣にいるような話し口調そのままの聞き書きを読むにつけ、日系1世の人生が語られた表情と証言を「貝合わせ」のように一致させ、被写体のみなさんだけでなく取材した井上さんらがNYに生きた証を明確な形で残して、次世代に伝えていきたいと、強く感じた。手がかりや効果的な方法があれば、JAA(電話212・840・6942)まで。

名前と聞き書きが一致した5人 (聞き書き録から抜粋、一部編集)

清水逸平さん 歯科技工士 

1899年静岡県生まれ、パリとロンドンの大使館に各3年ずつ勤務後、1925年NYに移住。

 政府の役人が来て、戦争になったからここを閉めなきゃいけないと仕事場のドアに張り紙をしましたよ。次の知らせがあるまではここに来ちゃいけないと鍵まで持って行っちゃったんですよ。12月24日に役人が来て、クリスマスプレゼントがあると言うんですよ。今日から開けていいって。(中略)辛かった様なことは一つもないですね。第一、一度も病気をしたことがなかったからいつも幸福でしたよ。そして戦争が始まった時も何もなかったし、長女が大学を出てすぐ死んだことが一番つらかった。そりゃあ、こっちの方が暮らしやすいですよ。日本の面倒なことは、親類、友人たちですよ。お互いみんなとてもよくやってくれるでしょう。あれが困るんですよ。(中略)NYは好きですね。 慣れちゃったし、呑気だからでしょうね。(中略)わしゃー、ニコンを持ってたんですけど泥棒が入って取っちまった。そしてキャノンを買ったんですよ。ムービーカメラの2個も持ってたんだけど、今度はそのカメラもやられたんですよ。


岸はるさん ランプシェード製造 

1904年東京品川区生まれ、18歳で結婚して翌年の23年、夫の起業に伴いNYに移住。

大恐慌にひっかかって倒れてしまった。母から手紙が来て鍋釜は支度しておくから 帰ってきなさいと。でも(中略)そのままアメリカにいることにしました。だからできることは何でもやりましたね。子供がいるから。(中略)1962年に帰ったの。仲良くしてもらいたいと思ったけど自分の兄弟でさえそらぞららしくてあてがはずれた。(中略)何もかも変わっちゃって、私の故郷はないです。自分が歩いた亀の子橋へ行って、そんなものはないし、少しばかり寄付しようと思って行った小学校もなくなっちゃった。都レストランのビルディングのオーナーがとてもいい人で、お前は日本人だけどお前が悪くて戦争をやるんじゃないと、出て行けないとも言わないし、みんなプロテクトしてくれた。だから戦争中でも店を開けた。(職業名は、中西泰子著「母国は遠く/ニューヨークに生きた一世」より)


ハリー・ヨークさん 俳優  

生年・出身地不明。16歳ぐらいで横浜から船に乗り込み、欧州を回り、1925年渡米。

 アメリカに来てやらない事は無いぐらいなんでもやった。(中略)今から57年前の私がレストランの皿洗いで満足してたらまだ皿洗い。ところが希望と野心を持っていた。地下鉄で寝たりパークで寝たり街のベンチで寝ててバケツで水をかけられたこともある。23歳ぐらいの頃ブロードウエーを歩いていたら(中略)スカウトされた。言うのはなんだがスターだった。役なんかまず私のところへ来て、私がいやだと言ったら他をあたった。戦争の頃は、ホワイトハウスで働きミセス・ルーズベルトにつかえた。(中略)ミセス・ルーズベルトが戦地に送ってくれるな、あの小さな男がかわいそうだと。エンターテイナーに逆戻りして(中略)戦争中、アメリカの中を自由にまわれた日本人 は、私ひとりでは。


綾部たかさん  

1900年静岡県生まれ。19年シアトル移住。離婚、帰国を経て、29年に単身留学で再渡米。

 結婚してきたんですけど、彼は先に私は後で一人で来ました。大阪商船でその当時では大きくて1万トン位だったでしょう。彼はシアトルでファーマーズマーケットとして、日本人農民の野菜果物を売っていましたよ。(中略)お金を目的として来ている人が多いでしょ。だからできるだけ倹約してそしてお金を貯めて日本に帰ろうとしたしていた人が多かったですよ。(中略)1926年に日本に帰ってね、(中略)27年に再びアメリカへ、その時は再び日本に帰ろうと思わなかった。無理矢理学生ビザでワシントン大学には入ったけれど(中略)イーストに行きたいと思ったんですけれど(中略)うまくバケーションを利用してシカゴ大学に入った。29年にシカゴの移民局で永住権をもらって38年にNYに行きました。当時のシカゴには700人から800人いましたが、日本人問題が起こって、多くの日本人が帰り300人ぐらいになりました。その大部分は大学生でした。シカゴでは勉強する以外ありませんでした。


赤松三郎さん 日米合同教会牧師  

1905年広島県生まれ、23年高校留学で渡米、34年に神学校とコロンビア大学入学のためNYへ移住。「3つの教会を合同させるのに11年かかった」。

 日本人が排斥されてるのを見て癪に触って、その救済問題を考えたとき牧師になろうと思った。(中略) 戦争前に捕まってエリス島に送られた。3人の有力市民人ジャッジがいろんなことを質問した。その時に私は今エリス島に米国の健全な精神である民主主義に対して不信を抱いている人がたくさんいる。何故かと言うと彼らには帰化権が与えられていない。もしアメリカが海外で民主主義のために戦っているのなら、国内において実施すべきだ。アメリカが日本人、支那人、朝鮮人たちに帰化権を与えたら…と言って退いた。アメリカは偉いね。理屈にあったことを言えば認めてくれる。

NYシニア生活の喜び 大江千里

Senri Oe (Jazz pianist, Jazz composer)

Happy New Year!

 まだ実際に今は旧年中ですがすでに僕の気持ちは1月のど真ん中にいます。なぜならばツアーが日本であるからです。1か月かけて1月4日名古屋を皮切りに

2月1日熊本まで日本列島を走り抜けます。基本ホールコンサートをソロで。途中トリオでのコンサートもあり芦屋ルナホールとブルーノート東京でも3日間6ステージやります。こうして元気で音楽を演奏できる喜びを噛み締めながら今年も幕が開きました。(まだ旧年ですが。ひつこい?笑)

 65歳の旧年中は摩訶不思議なことだらけの体験の年でした。まず数年前から何度か体調に?を感じる瞬間があったのです。理由もなく悪くなるという。アメリカの主治医も「一度大腸スコープをやったほうがいい」と心配そう、保険に入ってないので、ぼくは日本に帰り専門医に全身麻酔で検査をしてもらったのです。案の定ポリーブが3つあり内視鏡で除去。そういうお年頃です。早めにわかって除去できてよかった。でもまたできるのでチェックは必要です。ところが、それだけでは終わらずにこっちが本筋、「フードアレルギーがある」ことが判明しました。お医者さん「突然、調子が悪くなることがあったでしょう?」僕「はい、いきなり下痢や嘔吐が起こりました。だからお酒もやめたんです」お医者さん「フードアレルギーがあります」僕「……」。

 アレルギーといえば幼少時期からダニ、ミルク、くらいだと思ってたのだが、実はアーモンド、カボチャ、じゃがいも、大麦、ピーナッツ、ピスタチオ、キドニー豆、白インゲン、寒天、オレンジ、柘榴、キャベツ、ラズベリー、ひまわりのタネ、白米、とうもろこし、麦芽、ヘーゼルナッツ、カシューナッツ…、などあるある。強陽性のものは6か月くらい接種禁止。低〜中等度のものは4日に1回以上摂取しないなどが言い渡されました。

 どちらかというと健康に気をつけて、好きでもないアーモンドを一生懸命食べてたのだが、それあかんやつやーん? それで具合が悪くなった可能性も高い。消化不良、ゲップ、吐き気、胃炎、湿疹、頻尿など…、老化だけじゃなかったのねん。ぼくは人生初の「食べ物改革」を開始。ローテンションガイドをもらい免疫反応を沈めるために、原因食物を控えました。そして新たな食物アレルギーを防ぐために食物をローテーションで摂取するよう心がけ。

 2025年は食べることが根底から覆された年だったので、冷蔵庫に「野菜、穀物、豆、飲み物、フルーツ、

乳製品および代替食品、ナッツ種子オイル、シーフード肉卵」の円グラフ表を貼り、代わりの食物を見つけたらそこへ鉛筆で記入し、しっかり毎日睨んでそれを守って食生活をするように心がけました。

 とにかくかぼちゃとアーモンドがものすごい拒否反応だったようなので、ついつい「ヘルシーに買っちゃおう」とする自分を抑え、サラダに入ってるかぼちゃやフレークに注入されてるアーモンドにも注視し、なんだか数か月はものすごく緊張しながらの生活でした。ハロウインの時目に入るかぼちゃさえ「いっ」ってこわばりましたもん。しかしなんだかんだでだんだん気持ちがリラックスしてきて、たしかにNG食品を食べないと身体の調子もすこぶる良くて楽しくなり、数値の低い低ー中等度のものならばとちょこちょこ摂取するようになりました。だってあれだめこれだめは寂しすぎる。

 ちょっとまえにひどい症状の下痢嘔吐をツアー中に繰り返しそれからアルコール摂取をやめたのですが、おそらくアルコールというよりはこれらのNG食品が原因だったと思われます。しかしながら、せっかくお酒を飲まなくなってなんかこれもよかったので、6、7年前に辞めたタバコのように、軽い気持ちでお酒もとらないようになりました。なんだったんだってくらい平気でSoberに。

 しかしながら外食は続けてますので野菜やチキンの胸肉などをたくさん摂取できる店を選ぶように気を配り、前よりよく噛むように

なりました。

 同時進行で歯を治したり、朝晩ストレッチを始めたり、とにかくよく歩くようになりました。すると不思議なもので、気持ちがおおらかなのかピアノの練習も無理なくできるようになって、指の歪曲や弱い指の訓練も丁寧にやるようになり、少しずつピアノもまたうまくなってきたのです。(自分比較。)歯を変えると噛み合わせも変わり、口角を上げて笑うようになります。この意識がすごくよくて、てくてく歩いていても

いろんな人と短い会話をやるようになりました。

 そうこうしているうちに、9月6日の誕生日でなんとMedicareがスタートしたのです。これまで18年のNY生活、コロナワクチンで意識を失ったり、腹膜炎でやばかったり、なんどもERにお世話になり、保険も始めて辞めてを繰り返し、最後は保険がないままになってたのです。それがなんといきなりのMedicareの降臨。基本のA・BプランにC・DプランをくっつけてMedicare Officeの人と電話で話しながらなんとか自己プランを決め、「ぼくのシニア生活」がスタートしました。

 それからほどなく主治医のアポがあったのですが、無事終わって受付で毎回びっくりするような額を払わなくても「じゃね」「またね」と手を振るだけで帰れる喜びと達成感よ。あー、シニアなのだ!と街中に言いふらしたい!また、どうやらMTAもシニア割引があるらしい、と聞きバッテリーパーク近くにあるオフィスに出掛け写真を撮ってもらい、胸を張って割引で乗れる「OMNYカード」を持参するようになり、これによって、今まで行ったことのないアップステートへDay Trip、マンハッタンの中もスイスイ。感覚としては、Refillしようとしてもまだまだあるよ、ってかんじ。嬉しいのなんの。急にいろんな路線に乗って行動範囲が広がって。

 秋に妹と甥っ子が来た時も一緒にメトロポリタン美術館へ入場する時、「えっと、実は…シニアになった

んだけど、一昨日が誕生日だったんだ」と告げたら「ええ、じゃ、割引になるよ。いくら払いたい?」「え?どういうこと?」「あなたが決めていいのよ」「ほんとに?じゃ、30ドル(もちろん1人)」「オッケー、じゃシニア値引きで30ドルね、はい、領収書!」見るとどう考えても妹と甥っ子と僕の3人分がまとめて30ドル。

 「おじちゃん、すごい」甥っ子に褒められてなんか偉くなった気分。しかし人生ってほんとにあっという間に65年過ぎちゃうものなんですね。最近、こうして食を見直し、多少は運動をし、ピアノも英語もスロウだけれど努力し、ほんのすこしずつまた変化していく楽しみができました。僕の中でこの変化はきっと「80代になっても自分の足で歩けて楽しく音楽をやる」ための地道な準備や訓練なんだろうって思うようになりました。そしていまコロナ禍から書き溜めたnoteの原稿が1冊の本になります。1月19日、KADOKAWAから発売。タイトルは「ブルックリンの子守唄〜耳をすませば命の音が聞こえる。」です。

 恒例になったバードランドシアターも2026年は10月30、31日に決定。きっと一昨年の春に亡くなったぴーすがパパを守ってくれてるのかなと思います。

 皆様、新しい年も笑顔で参りましょう。今年も心からよろしくお願いします。

大江千里 元旦2026年

大田区町工場 職人たちの履歴書2

SAP CHANO・著
マグノリア出版・刊

 『大田区町工場 30年目の履歴書』(2024年)の第二弾だ。前回は、写真家・SAP CHANOが 30年前に取材した東京都大田区の町工場の職人たちを再訪し、令和の今に至る姿と声を写真と文章でまとめたノンフィクション+写真集だったが、今回は、金属加工以外の職人たちにも幅を広げ、町工場の伝統の中に生き続ける現代の匠の顔27の素顔を捉えている。写真家としての視点で、職人の「手(技)」や「顔(表情)」、工場の機械・現場の息遣いが丁寧に収録されている。

 大田区は日本有数の中小町工場が集まる地域で、かつてのバブル期以降の経済構造の変化や後継者問題などを背景に、職人・工場のあり方が変わってきた。本書は、そんな時代の変化と職人たちの営みを「人の顔」、ポートレートで描く写真の記録としての価値 をさらに色濃く打ち出した人物レポート写真集だ。

 人間にも、時代にも、国にも、芸能人にも、一番輝いているピークというものが存在する。今回の第二弾で登場する技術者たちは、親の代から受け継いだ2代目、3代目の工作者たちが多い。親世代の多くは、昭和の日本の高度経済成長期にその高い技術力で日本の重厚長大の産業を下支えしてきた歴史がある。30年前の1995年に茶野氏がこの大田区の町工場を取材して、30年後に、ニューヨークタイムズの記事を沖縄の行きつけのなんちゃって日本食レストランで目にしたのが、写真レポ復活のきっかけだった。

 こちらで言えば、ハードウエアストアの棚に並んでいるような小さなボルトやナットから、日本の政府から注文を受けて原発や瀬戸大橋、高速鉄道のクッション、シリンダーの作成まで、ミクロン単位の精度で仕上げる高い技術が、町工場のひしめく大田区に点在している。その一軒、一軒を飛び込みで取材。100通の取材依頼メールで返信が来るのは3通あまりだったという。そのなかでの27人のポートレートと家族の成り立ちまで取材したヒューマンドキュメンタリーが、茶野さんの軽妙洒脱な文章と、本業である写真家としての腕前で1冊の記録写真集として再び多くの人の目に触れる。

 前回も書いたが、著者の茶野氏は1986年から91年までニューヨーク読売プレス社のカメラマン茶野邦雄として欧米取材やブルック・シールズのインタビュー写真などを撮影して活躍していた報道写真家だ。当時、ワンショット3万ドルと言われたNYで活躍した広告写真の第一人者、HASHI(故人)にもニューヨークで懇意にしてもらっていたようで、その後のアフリカのファッションメンズたちを写真取材したサプールシリーズで日本で大きな注目を集めた。2018年にはフランスのランス市から招待され、国鉄ランス駅で写真展も開催している。ライフワークは、覚悟の決まったカッコいい人たちを世界中から探し出して写真と文章で紹介することだそうだ。茶野氏自身の生き様もかなりカッコいい方の部類に入るのではないだろうか。この調子でライフワークとして続けて欲しい。何しろ写真が文句なく素敵なのだから。 (三浦)

編集後記

編集後記

 みなさん、こんにちは。 今年も残すところ半月余りとなりました。ニューヨーク地域に住む日本人にとって、今年はどんな年だったのでしょうか。遡れば今年1月のトランプ大統領の就任以来、米国は過去に類例を見ない大変革の1年となりました。バイデン政権時の弱者救済の博愛主義は影を潜め、富めるものがさらに富を増幅させ、一般国民だけでなく本来最も安定した職業と見られていた公務員の連邦政府職員たちまでもが路頭に迷う光景が繰り広げられました。そしてニューヨークの物価は高止まりのまま。街でラーメン一杯と餃子を外食すれば、日本円に換算して約6000円というご時世。外国人として米国に暮らす日本人の日常を取り巻いた今年1年のさまざまな出来事を本紙の見出しで振り返ってみました。1面から4、5面で特集しました。

 今年も一年ご愛読ありがとうございました。来週号は1回お休みをいただいて、2026年新年号は、12月29日の発行、配達(一部地域・郊外は30日)となります。来たる年もまたどうぞよろしくお願いいたします。それでは、みなさんよい週末を。(週刊NY生活発行人兼CEO、三浦良一)

【今週の紙面の主なニュース】(2025年12月13日号)

(1)本紙見出しに見る  NY重大ニュース

(2)NYで能公演 宝生流が来米 ジャパン・ソサエテティー

(3)花・香る・飲む香水  本格芋焼酎MORRIS米国で販売中

(4)サンタに会えるイベント会場

(5)NY日系人会 華やかに晩餐会

(6)特撮の神様 殿堂入り 円谷英二氏

(7)やさしいにほんご 

(8)年越しそば予約開始  イーストビレッジの蕎麦屋

(9)DEEPなQUEENS  アストリア リトル・エジプト

(10)運動を通してNY地域女性の健康サポート  吉岡真理子さん

本紙見出しに見る  NY重大ニュース

 今年も残すところ半月余りとなった。ニューヨーク地域に住む日本人にとって、今年はどんな年だったのだろうか。遡れば今年1月のトランプ大統領の就任以来、米国は過去に類例を見ない大変革の1年となった。バイデン政権時の弱者救済の博愛主義は影を潜め、富めるものがさらに富を増幅させ、一般国民だけでなく本来最も安定した職業と見られていた公務員の連邦政府職員たちまでもが路頭に迷う光景が繰り広げられた。そしてニューヨークの物価は高止まりのままだ。街でラーメン一杯と餃子を外食すれば、日本円に換算して約6000円だ。外国人として米国に暮らす日本人の日常を取り巻いた今年1年のさまざまな出来事を本紙の見出しで振り返ってみた。

【1月】

■NYで渋滞税施行(1月11日号)

 交通渋滞課金制度が1月5日に開始され、5つの行政区およびそれ以外の地域に住む通勤者に影響を与えている。この制度は、マンハッタン60丁目以南の道路や大通りに入ったドライバーに課金する政策で、乗用車の場合、EZパス利用で平日の午前5時から午後9時まで、週末の午前9時から午後9時までの「ピーク時間帯」の料金は9ドルを支払う必要がある。EZパス利用の乗用車の場合、夜間は料金が2ドル25セントに引き下げられる。

■第2次トランプ政権始動  (1月25日号)

 米大統領に返り咲いたドナルド・トランプ氏(共和党)が20日、ワシントンDCでの大統領就任式に臨み、第47代大統領に就任した。寒波のため、通常の合衆国議会議事堂の外ではなく議事堂内のロタンダ(円形大広間)で行われた。寒波のため議事堂内で行われるのは1985年のレーガン大統領就任式以来となった。就任演説は前回4年前の約16分の倍近く長い32分ほどだった。 

【2月】

■メキシコ湾→アメリカ湾に 米大統領令で改称(2月22日号)

 ホワイトハウスのテイラー・ブドウィッチ大統領次席補佐官は14日、AP通信がアメリカ湾への改称に従わないことは「誤情報」であり「無責任で不誠実な報道」だとX(旧ツイッター)で批判、「無責任で不誠実な報道をする彼らの権利は憲法で守られているが、大統領執務室や大統領専用機のような限られた空間に自由に出入りできる特権はない」と述べた。

ビザが取れない
連邦職員は大量解雇の悪夢未だに

■「不法移民狩り」 移民社会に影(2月1日号)

 1月28日、米移民取り締まり当局は、ブロンクスで誘拐、暴行、窃盗容疑の不法移民者を逮捕した。国土安全保障省のクリスティー・ノーム新長官が発表した。摘発したのは、同省傘下の米移民税関捜査局(ICE)とニューヨーク市警察(NYPD)。前週からニュージャージー州ニューアーク、イリノイ州シカゴでも大量の摘発が始まっている。さながら冷戦期のアメリカの1950年代初めのマッカーシズム「赤狩り」の再来を思い起こさせる「不法移民狩り」が始まった。

【3月】

■津田和夫さん死去 国連国際学校で教鞭(3月1日号)

 国連国際学校(UNIS)で長年、日本語を教え、アメリカ北東部での中等日本語教育のパイオニアとして親しまれた津田和男さんが2月18日未明、ニューヨークの自宅で亡くなった。76歳だった。

■米公務員の大量解雇 続々通知で大混乱 (3月1日号)

 トランプ大統領は1月の就任初日に大統領令でマスク氏をトップとするDOGE(ドージ)こと政府効率化省(Department of Government Efficiency)を設立。政府の効率性と生産性を最大化すること」としておよそ300万人を擁する連邦政府職員の削減計画が急ピッチで進んでいる。手始めとして1月29日、2月6日までに退職に応じれば9月30日までの給与を支払うとフルタイムの連邦政府職員200万人に通知。ワシントン・ポスト紙によると7万5000人以上が応じた。

【4月】

■外国人登録を厳格化 グリーンカードに携帯義務(4月16日号)

 ニューヨーク日本総領事館は9日、米国における外国人登録義務等の厳格化について在留邦人に「重要事項」として注意喚起した。内容には4月11日以降、米国永住権(グリーンカード)を持っている者はグリーンカードを常時携帯する義務が生じるなどと記載されている。18歳以上の外国人は、国土安全保障省(DHS)が発行する登録証明書(Iー94、就労許可証・EAD、グリーンカード等)を常時携帯する義務が生じる。

【5月】

■沿道に6万人 ジャパンパレード(5月17日号)

 ニューヨークへの感謝と日本文化の紹介、日系社会の連帯を目的に10日、マンハッタンのセントラルパークウエストでジャパンパレードが盛大に開催された。今年で4回目となるこのパレードは参加団体110と昨年より11団体増え2800人以上が行進する大規模なものとなった。今年のグランド・マーシャルに選ばれたアイアンシェフで知られる森本正治さんがパレード先頭グループでオープンカーに乗り沿道に詰めかけた約6万人の観衆に手を振って応えた。(写真上)

■帰国土産は日本米 「日本より安い!(5月24日号)

 日本国内で、全国的な米不足で、価格高騰が深刻化している一方で、米国では日本のお米が安く買えるということで一時帰国の際に、日本から輸入された日本米をお土産に持って帰る人が出始めている。日本で5月5日から11日までの銘柄米は5キロあたり4434円で前週比36円値上げ、ブレンド米は同3895円で同54円の値上がり。インフレが続くニューヨークでは、日系食料品スーパーで、日本から輸入された米が24ドル(1ドル150円換算で3600円)などで販売されている【6月】

■留学ビザ面接停止で邦人留学生路頭に(6月7日号)

 ルビオ米国務長官は5月27日、世界各地の米国大使館に対し、大学留学などに必要な学生ビザ取得申請者の面接予約を一時停止するよう命じた。「反ユダヤ主義」とみなされる外国人留学生がいるとの主張を受け、ビザ申請者による交流サイト(SNS)への投稿履歴の審査を厳格化することを目的としている。新規面接予約の停止が対象となるのは一般学生向けのFビザはじめ、職業研修・訓練を受けるMビザと交流訪問者向けのJビザも含まれる。小中高生や大学院生を含むあらゆる学生が対象で日本の留学希望者にも影響すると見られる。

【7月】

■マンザナー強制収容所史跡 反米展示警告標識設置 (7月5日号)

 全米日系人博物館(ロサンゼルス、JANM)は6月18日、第二次世界対戦中にアメリカの日系人が強制収容されたマンザナー国定史跡やミニドカ国定史跡を含む国定史跡や国立公園において「訪問者にアメリカ史を批判する内容とみなされる情報」を報告するよう促す標識を設置したことを非難した。(Photo :Toyo Miyatake Studio/Three Boys Behind Barbed Wire, Manzanar Internment Camp)=写真左=。

■参院選在外選挙 NY845人が投票 (7月23日号) 

 総務省によると第27回参議院議員通常選挙に伴い前倒しで実施された在外投票の投票者数は、選挙区選挙が2万7011人、比例代表選挙が2万7160人だった。7月20日時点の在外選挙人名簿の登録者数は10万431人で、投票率は選挙区選挙が26・9%、比例代表選挙が27%となった。各在外公館調べの投票者数では、ニューヨーク総領事館が845人と全米の在外公館ではトップで、内訳は小選挙区が832人、比例代表が844人。ニューヨークでの在外選挙人登録者数は4760人で投票率は17・75%だった。

【8月】

■ミッドタウンで銃乱射 警官ら4人が死亡(8月2日号)

 マンハッタンで7月28日午後6時半ごろ、パーク街52丁目345番地にある44階建て高層ビルに男がAR15ライフル銃を持って侵入して銃を乱射し、5人が撃たれ、警察官を含む4人が死亡した。容疑者はビル内のオフィス33階で自殺した。アダムス市長が同日夜記者会見し、容疑者はネバダ州から来た27歳の男で、名前はSHANE TAMURA で犯行動機は捜査中とした。

■イチロー殿堂入り 英語スピーチ話題に (8月2日号)

 マリナーズなどで通算3089安打を放ち日本人で初めて米国野球殿堂入りしたイチロー氏(51=本名・鈴木一朗。元マリナーズなど)が7月27日、ニューヨーク州クーパーズタウンでの式典に出席し、英語で19分間のスピーチを行った。米メディアはそのスピーチの素晴らしさを相次いで報じた。

【9月】

■H1ビザ取得に10万ドル新規雇用企業に手数料(9月27日号)

 トランプ米大統領は19日、専門技術を持つ外国人向けのH1Bビザ申請について、雇用主の企業に年10万ドルの手数料を課す大統領令に署名、21日から発効した。H1Bビザ申請にはこれまで抽選登録料の215ドルと、雇用主が提出する請願書の申請料780ドルだったが、これらに加えて10万ドルが必要となる。適用されるのは新規のビザだけで、ビザの更新やすでにビザを持っている人に10万ドルの手数料は必要ない。

■報道関係者滞在ビザは240日 (9月14日号)

 米国土安全保障省(DHS)は8月27日、留学生向けのFビザ、交流訪問者向けのJビザ、外国メディア関係者向けのIビザについて、「滞在期間を固定制に変更する」新たな規制案を公表した。これまで学籍・雇用期間などに応じて柔軟に滞在可能としていた「ステータス有効期間」方式を廃止し、上限付きの滞在に改める。具体的には、FビザおよびJビザは最長4年間、Iビザは国籍別に制限され、一般の外国人報道関係者は240日で、中国国籍者は90日までとする。

【10月】

■米政府機関一時閉鎖 連邦職員の給与停止(10月4日号)

 米連邦政府は10月1日から始まる新会計年度を前に、議会で予算が成立せず、政府の一部期間が閉鎖された。現行の予算は9月30日深夜に失効した。それまでに与野党が妥協できなかったため政府閉鎖となった。閉鎖が現実となり約30万人が給与停止に直面し、不可欠業務に従事する法執行官らは無給で勤務を強いられる。航空管制官や交通保安局(TSA)の訓練が停止し、人員不足に拍車がかかる懸念がある。

■眞子さん表紙にタウン&カントリー誌(10月25日号)

 米誌『タウン&カントリー』が、秋篠宮家の長女、小室眞子・元内親王を特集記事で取り上げている。同誌は1846年創刊の老舗ライフスタイル誌で、読者には上流階級や富裕層が多い。そんな同誌が表紙に眞子さんを載せた10月号が米書店の店頭に並んだ=写真=。日本からニューヨークに居を移した経緯と夫の圭さんとの米国での暮らしぶりを記事で紹介している。

11月】

■NY市長にマムダニ氏 若者層が支持、連邦政府敵に(11月8日号)

 ニューヨークの市長選挙は4日、投開票され、急進左派のニューヨーク州下院議員の民主党候補ゾーラン・マムダニ氏(34)が初当選した。インド系移民でアフリカ東部のウガンダ生まれのマムダニ氏は、家賃値上げの凍結や市営スーパーの導入といった生活コスト低減政策を掲げ、物価上昇に苦しむ若年層を中心に支持を集めた。民主党の今後の方向性について議論が予想される。マムダニ氏は、全米最都市の市長としては最も若い人物となる。南アジア系の人物として、そしてイスラム教徒としても初めてこの役職に就くことにもなり、ニューヨーク市政で歴史的な選挙結果となった。

■能と歌舞伎の共演 日本の伝統芸能に大喝采(11月22日号)

 カーネギーホールで14日夜、日本の伝統芸能「歌舞伎」と「能」を融合した特別公演「An Evening of Traditional Japanese Arts」が行われた。圧巻は、「三響会版・獅子」で観世喜正が能の、歌舞伎俳優の中村隼人が歌舞伎の獅子となって海外同一演目で並び立つという前代未聞の舞台を披露し、同大ホール2000席完売の客席からスタンディングオベーションの大喝采を浴びた。

【12月】

■サムライ・ソード・ソウルが20周年記念公演(12月6日号) 

 ニューヨークを拠点とするサムライ演劇カンパニー、サムライ・ソード・ソウルは、12月3日から7日(日)まで創立20周年を記念した最新舞台『DON’T CRY MY FRIEND (泣かないで、友よ)』を好評上演中だ。総合演出はヨシ天尾。本作は、日本の二大民話「浦島太郎」と「泣いた赤鬼」を原案にしたオリジナルのサムライ演劇。

NYで能公演 宝生流が来米 ジャパン・ソサエテティー

 ジャパン・ソサエティーでは、三島由紀夫生誕100年記念シリーズとして、4日から6日までにわたり『三島の愛した能』と題して、宝生流による能公演『葵上』『綾鼓』を上演した。米国デビューとなる第20代宗家・宝生和英氏が『葵上』のシテを、『綾鼓』では後見を務めた。また伝統に則り、能の前には舞と大蔵流山本東次郎家による狂言『附子(ぶす)』が演じられた。『綾鼓』ではツレの女御役で能楽師・関直美氏が舞台を踏み、主題にさらなる慎みと奥行を広げ、三島が魅入られただろう一瞬を披いた。

 公演の前には、三島と能についての講演が催され、普段は親しみのない能へと誘われた観客は、その後舞台の上に現れた幽玄の世界にすっかり魅了されていた。

 上演の後、宝生和英氏と山本則重氏による対談が行われ、能楽師としての気概や、これからの希望展望などを忌憚なく語り、覇気に満ちた若い世代による伝統芸能の継承に期待が寄せられた。 (フェイダーちえ)

(写真)『綾鼓』ではツレの女御役で能楽師・関直美氏が舞台を踏む(Photo by Ayumi Sakamoto)

サンタに会えるイベント会場

●メイシーズ・ヘラルドスクエア店(西34丁目151番地8階)

 今年もクリスマスプレゼントが特設会場いっぱいに飾られたサンタランドが登場。時間は毎日午前10時から午後9時(日によって若干異なる)、12月24日まで。予約・詳細はhttps://www.macys.com/s/holiday-celebrations/nyc-santaland/

●タイムワーナーセンター(コロンバスサークル10番地4階)

 「Passport to Santa」を持って北極への魔法の旅に出発。サンタへの手紙を書いたり、サンタ工房でおもちゃを作ったり、各スポットでスタンプを集めて完成したパスポートを見せるとサンタから景品がもらえる。参加費49ドル。31日まで。予約・詳細はhttps://www.vossevents.com/

(写真)ロックフェラーセンターのクリスマスツリー

花・香る・飲む香水 本格芋焼酎MORRIS米国で販売中

 15年前に凛とした香りの焼酎を打ち出したラグジュアリーブランド・リードデザイナー今井千恵さん。

(写真左)モーリスを手にする今井さん

 2010年、当時芋焼酎を香りで打ち出す酒蔵会社はどこにもなかった時代、女性が胸をはって飲めるかっこいい焼酎を生み出した。

 飲みやすさと香り、凛とした口ざわり、CHIE IMAIのモーリスが15年を経て今花開き始めた。ファッションデザイナーはよく、次なるアイテムとして香水をプロデュースするが、今井さんの発想は違った。これまでにないものを生み続けてきたその感性は、ただの香水ではなく「飲む香水」だった。それが、本格芋焼酎MORRIS(モーリス)。今井さんのふるさと鹿児島の豊かな環境が生み出した、まったく新しいスタイルの本格芋焼酎が、ニューヨークの大手食品商社を通じて好評販売中だ。

 今井さんは「アメリカは政権が変わり、貿易関係がタイトになりつつありますが、こんな時代こそ、モーリスなのです。逆境を跳ねのけて伸びてきたモーリス。糖度0。若者に今大人気です。日本では、素晴らしいホテルのバーや、三ツ星レストランなどで飲めても買えない焼酎として人気が出ています」という。

【飲み方例】

▽モーリス・ウォーター

 冷たく冷えたモーリスとトニックウォーターを3:7の割合でグラスに注ぎ、スライスしたライムで飾り付けして出来上がり。マティーニグラス、フルートグラスがおすすめ。

▽モーリス・オン・ザ・ロック

 ロックアイスをお好みのロックグラスに入れ、モーリスを注ぐ。お好みでライムスライスを添えて。