昨年、2025年の日本において最も大きな事件といえば、高市早苗氏が女性初の総理大臣に就任したことだろう。現在では、女性初などということを言う人はいなくなり、高市氏の経済政策や外交政策を巡って毎日のように国会の内外で議論が激しい。現実となって初めてではあるが、日本社会は女性首相の登場をようやく受け入れた。女性首相だけでなく、ここ10年ぐらいの間に、大企業を中心に女性管理職も、そして女性の執行役員なども珍しくなくなった。
そのこと自体は評価すべきと思うが、考えてみれば1985年に男女雇用機会均等法が施行されてから40年という年月が流れたことには呆然とする思いだ。理由は簡単で、女性の権利を認めるのと同時に年功序列制度を改めることをしなかったからだ。その結果、均等法世代の女性が長い年月の下積みに耐えて管理職候補適齢期に入るまで時間がかかったのである。思えば、2007年に当時の福田康夫内閣が「女性の管理職比率」を高めるための目標値を設定したが、全く達成はできなかった。政府関係者は首をかしげていたが、年功序列制度が壊せない中では当然の帰結であった。
高市早苗氏について言えば、初当選の1993年から総理就任までは32年という気の遠くなるような年月を要している。その間に落選したり、政党を変わったり、立場性も中道左派から右派へ変えてみたりと、有権者の懐に入るためには大変な苦労をしてきた。
考えてみれば、日本という社会は変革に極めて時間のかかる体質を抱えている。例えば、DXにしても、Windows95とインターネットの普及が1995年だとして、DXが加速するのに約30年を要している。これまた気の遠くなるような年月を必要としたのである。消費者としてデジタルに抵抗感の多い団塊世代、そしてアナログを切り捨てる勇気のない谷間世代の経営者、この両者が去るのを待たなくては、官民のデジタル化は進まなかったのだ。
女性の活躍にしてもDXにしても、一つの改革に約30年がかかるというのは、要するに個人が変わらないからだ。そのために、旧世代が権力を手放すまでには、一世代分の時間がかかるというわけだ。これは日本という国に宿命的な特徴なのかというと、実は大きな例外がある。それは国家の転換期に起きる現象だ。
例えば1945年の敗戦の前後においては、国家総動員法が1938年で、降伏が45年、再独立が52年であり、この14年の間に無謀な対米開戦と降伏、戦後改革と民主化へと時代が一気に進んだ。更に遡るのであれば、幕末維新の際には、ペリー来航が1853年で維新遷都が68年であるからやはり15年で歴史が一気に進んでいる。
この2つの転換期に起きたのは、世代の退場を待たずして日本人一人ひとりの個人が変わることができたということだ。代表例は、伊藤博文であり、攘夷派のテロリストとして、英国大使館放火事件に関与しながら英国留学を経て開国派に転じた。同じような個人の変化というのは、1945年前後にも起きている。
そう考えると、人口減の中で産業構造を更新できずにズルズルと経済衰退を招いた「失われた35年」が寛政から天保の改革失敗期であるのなら、現在のインバウンド襲来、移民依存政策の進行というのは、「黒船」かもしれない。これに対してネットに溢れる「外国人問題への不満」というのが攘夷イデオロギーという見立ては可能だ。
けれども、年間150万人が死亡する一方で、出生は60万で90万ずつ人口は減っている。そんな中で、9000人に満たない帰化人数を更に減らすというのは、どう考えても国の滅亡を早めるだけだ。そう考えると、今、熱狂的に排外を叫んでいるネット民たちも、いずれ「現実」に直面したら意外とアッサリと国際派に転向するかもしれない。そこで、維新開国や戦後改革のような「不連続な変化」を起こすことができれば、日本という国の命運を先へと保てるかもしれない。
新しい年のはじめにあたり、とにもかくにも一つの改革には一世代がかかるという絶望的な保守性を乗り越える、そのような時間感覚を確かなものとしたい。日本という国に「持続のための不連続な変化」をもたらす、そのために個々人が自らの変化へと踏み出す年としてはどうであろうか。
(れいぜい・あきひこ/作家・プリンストン在住)

