サナエノミクスで日本を救えるのか

読売新聞東京本社社友、読売アメリカ社元社長、熱海市民大学講師

麻生雍一郎

 2025年は日米とも多事多難だった。トランプ政権は中東ガザでの停戦にこぎつけたが、ウクライナ戦争は4年目に入り、なお戦闘が続く。貿易赤字改善を旗印に各国へ発動した相互関税は司法が「待った」をかけ(まだ最高裁判断には至っていない)越年した。

 日本では10月21日、初の女性宰相が誕生した。高市早苗首相は就任5日後にはマレーシアへ飛んで東南アジア諸国連合(ASEAN)の関連首脳会議へ出席、とんぼ返りした翌27日はトランプ米大統領が訪日、日米首脳会談を終えると30日には韓国へ。アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議へ参加して李在明大統領と日韓首脳会談を行い、翌31日には習近平中国国家主席との会談も実現した。

 歴代総理に見られなかった華々しい外交デビューに国民の支持率も80%前後に上がったが、11月に入ると情勢急変、2つの不安材料が表面化した。1つは台湾を巡る国会答弁。台湾有事の際の出方をしつこく聞かれた首相は「(中国が)戦艦を使って(台湾への)武力の行使を伴うものであれば、どう考えても(自衛隊の出動が可能な)存立危機事態に成り得るものではないか」と答弁、具体的な状況明示へ踏み込んでしまった。

 習近平主席は高市首相と釜山でのAPEC首脳会談で会うのに躊躇があったという。それでも首脳会談に臨み「戦略的互恵関係で行こう」となったのに直後の台湾をめぐる高市発言に「顏に泥を塗られた」と感じたのかもしれない。

 胸の内を忖度したのか中国側は「勝手に突っ込んできた汚い首は斬ってやるしかない」と感情むき出しの駐大阪総領事のSNS投稿に始まって再輸入に踏み切ったばかりの日本の水産物の輸入停止、訪日旅行の自粛や日本関連イベントの中止など次々に対抗策を打ってきた。

 習主席とは「引き続き会いましょう」と握手して別れた高市首相だっただけに、その後の1か月でこんな局面を迎えるとは思ってもみなかったことだろう。11月には南アフリカで開かれたG20へ参加したが、李強中国首相とは接触もなかった。中国からはその後も度々の答弁撤回要求や航空自衛隊機に対するレーダー照射など外交、軍事両面からの「威圧」が続く。

 日本では「危険極まりない徴発」(読売新聞12月8日社説)との声があるが私の知人の外交筋は「矢継ぎ早に手を打った中国だが、ここへきて圧が落ちてきたのでは」と見る。「ヒステリックな強硬策は世界の世論の支持を得られていない」「尖閣列島国有時のような反日デモを容認すると中国国内の反政府デモに化けかねない」などを例証として挙げる。米国の関税措置に対抗したレアアースの輸出規制も今のところ発動していない。日本も厳しいが経済失速の中国も国民を反日で動員できる時代ではなくなってきた、というのがこの外交筋の見立てだ。

 高市政権の不安材料の2つ目は経済、なかでも為替の反応だ。高市首相にはアベノミクスの継承、発展という意識がある。アベノミクスは財政支出の増大、金融緩和、民間投資の3本柱を立て異次元の金融緩和を行った。経済は一時的には回復し、円の対ドルレート

も1ドル=82円台まで切りあがった。

 黒田日銀総裁は物価の2%上昇を掲げ、政府も適度の物価上昇を実現することで需要の喚起と企業の投資へ結びつけようとした。しかし企業は給与引き上げをしぶり、手取りが増えない国民は買い控えと節約へ向かい、消費、内需は喚起されず経済は停滞した。

 先進各国が設備投資、成長産業への転換、賃上げ、消費拡大へと進む中、日本は”失われた30年“の眠りをむさぼった。この間に国内総生産(GDP)は中国、ドイツに抜かれ、1人あたりGDPはシンガポール、香港、台湾、韓国にも抜かれてしまった。企業は最近やっと賃上げに転じたが、今度は物価がそれ以上の高騰を始めインフレ率の方が賃上げ率を上回っている。

 サナエノミクスの呼称もできた経済政策は所得が低い層を補助金で救済しようとする。困った人たちを助けるのは大切だが、物価上昇を補助金で相殺すれば財政は赤字が増え、円安はさらに進み、輸入物価の値上がりでインフレは加速するだろう。政権発足前、1ド

ル=140円台だった為替は一挙に150円台にジャンプし、円の価値を下げている。

 物価最優先を掲げて与党が作った補正予算は18兆円を超える大型で財源の過半は追加国債の発行であてる。国の財布を借金で回してきた日本は借金の額がGDPの2倍以上、おぎゃあと生まれてくる赤ちゃんまで含め、国民1人当たり1000万円余になる。

 英国ではリズ・トラス元首相が代替財源がないまま大規模減税を打ち出したが、金融市場が混乱し、2か月も持たずに退陣した。アベノミクスは行け行けどんどんではなかった。三菱UFJリサーチ&コンサルティングの土田陽介主任研究員は「安倍首相は任期中に消費税を2度引き上げ財政運営の健全性にも相応に配慮していた」と指摘する。一方、円安が進む最近の市場について「金融市場は財政のさらなる拡張と金融緩和の維持をよしとしていない」と警告している。

 高市首相は少数与党で連立政権を組み、保守派の女性首相という共通点があるイタリアのメローニ首相とも親交を深めている。そのメローニ首相は分配を求める声に小出しの配慮はしても財政悪化につながる政策には踏み込まない。イタリアでは政治不安も落ち着い

てきた。「政治が安定すれば野放図な財政拡張は防がれる」と土田氏は指摘する。  

 トランプ大統領は好き勝手にやっているようにも見えるが記者団から微妙なところを突かれると「それは答えない」「言いたくない」「まあ、状況を見てみよう」などはぐらかすことも多い。私は故大平正芳首相を思い出す。大平首相は1980年に豪州、ニュージーランドを訪問し、フレーザー豪首相らと環太平洋連帯構想で合意した。私はシドニー特派員として同行取材したが、これは今日のAPECや太平洋・島サミットを生み出し日本外交の成功例として記憶されている。

 環太平洋連帯構想は中国や韓国はもとよりASEAN各国にもちかけても大東亜共栄圏を連想されて失敗しただろう。だが先ず豪州とNZの賛同を得たことで実現に向かった。大平首相は日本では口下手で地味な総理とのイメージもあったが、海外では思慮深く発言する実直な人として評価が高くオセアニア各国の首脳は皆、大きな信頼を寄せた。

 先進国首脳会議(サミット)を終えると牛場外務次官などを豪州などへ派遣し、内容を詳しく伝えた。繊細で気配りの利いた、日本的な外交努力が奏功したのである。

 高市首相はまじめな勉強家だ。語り口は歯切れがよく、ウソがつけない。安倍外交の継承を標ぼうするが、いま外交で範とすべきは故大平首相ではないかと思う。存立危機の条件を聞かれて大平首相だったらどう答えただろうか? 代名詞ともなった「あ〜、う〜」とうなって先ず2、30秒を稼ぎ、その間に「質問者は自分から何を引き出そうとしているのか」と考えただろう。そして外交問題に発展しかねない具体的な事例に踏み込むことは注意深く避けたであろう。私はそう想像する。

 プロフィール:1942年東京都出身。早稲田大学第一政経学部政治学科卒、65年読売新聞入社。78年シドニー支局長、87年シカゴ支局長。92~97年読売アメリカ社社長。99年読売香港社社長。2006年読売新聞社退社、2012年まで法政大学、上智大学兼任講師ほか日刊マニラ新聞セブ支局長、南日本新聞客員論説委員などを兼務。第一回サザンクロス賞(日豪交流ジャーナリズム賞)受賞。著書に『オーストラリア未知未来の大陸』『オーストラリア歴史・地理紀行』など。(写真は熱海新聞提供)