(1)非移民ビザ発給を一時停止
(2)外食の街NY第2フェーズ
(3)イケメン男子
(4)文化の絆で日米結ぶ
(5)ボルトン氏の暴露本発行
(6)街に人が帰って来た
(7)メンズコラム 西岡翼さん
(8)ブルックリンの伝道師
(9)BCネットワーク講演会
(10 ) NY生活ウーマン 大野葵さん
非移民ビザ発給を一時停止
新大統領令を公布、年内有効
トランプ大統領は22日、非移民ビザによる米国への入国の制限に関する大統領令を公布した。この大統領令は24日から12月31日までの間有効とされ、延長される可能性がある。日系企業の今後の事業展開にも多大な影響を及ぼすと考えられる。次の非移民ビザを取得して米国に入国しようとする場合に対象となる。また4月に発令された大統領令も、12月31日まで延長され、国外在住の永住希望者の入国が年内凍結された。
今回の大統領令の対象となるのはH1BまたはH2Bビザ(これに同伴・合流する外国人を含む)、 Jビザ(インターン、研修生、教師、キャンプカウンセラー、オペア(au pair)、サマーワーク&トラベル(SWT)プログラムに参加しようとする場合)(これに同伴・合流する外国人を含む)、Lビザ(これに同伴・合流する外国人を含む)。
この制限は次のすべてに該当する者にのみ適用。①24日時点で米国外に滞在②24日時点で有効な非移民ビザを有していない③24日時点で有効なまたは発効日以降に発給され米国への渡航及び入国申請を許可するビザ以外に公的な渡航書類
(トランスポーテーションレター、適切なボーディングフォイル、臨時入国許可書等)を有していない。
またこの制限は次の人には適用されないとされる。
①合法的な永住権を有する者②米国人の配偶者または子(米国移民国籍法が定義する子。未婚、21歳未満等)である外国人③米国の食品サプライチェーンに不可欠な一時的な労働力またはサービスを提供するために入国しようとする外国人④国務長官、国土安全保障長官またはこれらの指名する者により、入国することが国益にかなうと判断された外国人。ジェトロ・ニューヨーク事務所では、この大統領令ついてのウェビナーを6月24日に緊急開催した。
米雇用を最優先
24日発効の新大統領令
ボアズ弁護士が要点を解説
トランプ大統領が署名して発効した大統領令は、米国内で失業者が急増している状況の中、政権が米国人の雇用を最優先することを目的とし発令した。ジェトロ・ニューヨーク事務所では、6月22日に署名されたばかりの特定の非移民ビザの発給を一時停止するこの大統領令についてのウェビナーを24日に緊急開催した。内容は来週号で詳報する。同セミナーで講師を務めたRBLパートナーズPLLCのボアズ麗奈弁護士は重要なポイントとして次のことを指摘している。
ビザ保有者入国可能か
Eビザ、学生も対象外
適応日の6月24日の時点で、既にビザが発給されている外国人は該当しないようだ。つまり、現時点で米国外にいても、既にビザが発給されているH1B、H2B、L1、J1ビザ保持者は、引き続き、入国が出来る可能性がある。大統領令に含まれていない非移民ビザ保持者(E1、E2、E3、TN、F1=学生)は該当しない。また、米国永住者(グリーンカード保持者)も該当しない。米国の食料品供給にに関わるエッセンシャル・ワーカーや、米国政府の国益とみなされる外国人は例外とされます。
米国出国後の再入国できない可能性注意
重要なのは、現在、米国滞在中の外国人には影響はないが、米国を出国することにより、再入国できなくなる可能性があるので、注意が必要。また、米国内での滞在の延長や切り替え申請にも影響はないので、引き続き、米国移民局への滞在延長申請は可能。
なお現時点で上記に該当するビザの面接を予約されている者で、まだビザが発給されていない場合、近々、面接がキャンセルされてしまう可能性が考えられるので注意が必要だ。
外食の街
NY市経済再開フェーズ2
ニューヨーク市でコロナ対策規制の経済再開第2フェーズが22日からスタートし、レストランは店外でのテーブル席での営業が可能になった。アッパーイーストサイド、マジソン街62丁目にあるイタリア・レストラン、ネロは、ジャクリーヌ・ケネディJFK夫人(故人)がよく生前プライベートで食べにきた店として知られる。3か月に及んだ外出規制を経て、ニューヨーカーたちが久々の外食を楽しんでいた。
(関連記事8面に/写真・三浦良一)
マドラスジャケットが似合う夏
イケメン男子服飾Q&A 82
ケン 青木
最近のニュースでインドと中国の国境地帯で両国軍隊同士の紛争があって数十人の死者が出たと。なんとか穏便に収まってくれると良いのですが。
インドと中国、それぞれに4000、5000年とも言われる大国としての長い歴史。そして両国共に世界の「四大河文明」と呼ばれ、高い技術力を誇って来たのです。
特に繊維においては日常品、高級品を問わず、古の世から両国の技術、生産力
共に世界のトップでしたが、雲行きが変わってきたのが近代以降の欧米列強に
よる両国への干渉と侵略でした。特にインドにおいてはカシミアと高級綿製品
が有名でした。カシミアとはインドの高地カシミール地方のこと。
人口の多いインドですから、全ては高い技術の手仕事でしたが、オランダと英国による東インド会社がその伝統を壊してしまいました。なんと一説には10万人以上と言われる職人さんの両腕を切り落としてしまったのです。その結果、インドは英国にカシミアの原毛やや綿花を供給し、英国で製品化されたモノを無理やり買わされる立場となってしまったのでした。これが植民地なのです。マハトマ・ガンジーの写真にしばしば糸を手で紡ぐためのホイールが写っていました。彼流の武器を使わない抵抗と抗議のメッセージの象徴であったのです。
こうしてインドの繊維、特に綿製品は高級品から日常品へとシフトして行ったのですが、その中にマドラス・チェックと呼ばれます、後年アメリカの地で大ヒットすることになる生地があったのでした。インドとアメリカとは、実は繊維の世界では昔から深い関係なのですが、その最たるものがブルー・デニムでしょうか? つまりインド原産の藍染インディゴ・ブルー。なぜインディゴなのか?それはガラガラ蛇が大嫌い、やって来なくなるのです。藍に含まれるピレスロイドという成分が大嫌いなのです(笑)。面白いもので天然の藍の染料には消臭、除菌、虫除けの効果もあるのだと。人間の知恵は素晴らしいですね。
一方で、天然故の不都合もあります。これもブルー・デニムで御存知の色落ち。
マドラス・チェックの場合、ブルーだけではなく何色もの色が落ちていくことがあるので厄介と言えばその通りなのですが、このことをbleedingと言います。マドラスの場合、洗濯によるブリーディングに加えて、日焼け・紫外線による色落ちもあるのですね。確かに不都合、不具合ではあるのですが、男の服とは面白いもので逆にそのことが魅力、しかも唯一無二の存在ともなりえるのです(笑)。カタイ言い方をするならば「経年変化」、また「育てる」とか「味出し」などと言ったりもします(笑)。さらに少しキザな言い方をすれば、「一緒に自分の歴史を刻んで行くパートナー」だと言えるでしょうか。
とは言え21世紀の今日、ブルー・デニムもマドラスも優れた機械で織るようになり、化学染料を使うようにもなり、お陰で生地の見た目は優等生となり、また
あまり色も落ちなくなりはしましたが、それはそれで仕方のないことで、より気軽に着れていいことなのではないのでしょうか。今の時代、探せば昔ながらの色落ちするものもまだ見つかりますし。
マドラス・チェックには実に様々な色調とチェック柄があります。シャツだけ
ではなく、ジャケットやショーツ等様々なアイテムがありますから、ジーンズや
チノーズ、さらには綿や麻のシャツ等と幅広く個性的な組み合わせが楽しめます。
新型コロナと共にの今年の夏ですが、この様な時こそ、装いにも工夫を凝らし、
良き想い出としていきたいものです。それではまた次回。
けん・あおき/日系アパレルメーカーの米国代表を経て、トム・ジェームス.カンパニーでカスタムテーラーのかたわら、紳士服に関するコラムを執筆。1959年生まれ。
(写真)パッチワークのように布を貼り合わせた柄をクレイジーマドラスと呼ぶ。合わせるスラックスやシャツは当然無地になる。
文化の絆で日米結ぶ
ジャパン・ソサエティー年次総会
ジャパン・ソサエティー(JS)は18日、2020年度年次総会・授賞式をオンライン方式で開催した。基調講演はダニエル・P・エイモス氏(アフラック社・会長兼最高経営責任者)を迎えて行われ、JS賞は狂言師の野村万作氏に贈られた。
特別ゲストとして安倍晋三日本国内閣総理大臣、元ニューヨーク州知事のジョージ・パタキ氏、元駐日米国大使のキャロライン・ケネディ氏、駐日米国臨時代理大使のジョセフ・M・ヤング氏からのビデオメッセージを紹介した=写真はいずれもJS提供・©Japan Society (NY)=。司会進行はJS理事長のジョシュア・W・ウォーカー氏と、東京からタレントのアンミカさんが担当した。
当日は新型コロナウイルス感染症の最前線で対応にあたる医療従事者に敬意を表し、ニューヨークの米国日本人医師会と日本の国立国際医療研究センターの国際感染症センターを表彰した。エンターテインメントとして、メトロポリタンオペラ・リンデマン・ヤング・アーティストのピアニスト/コーチの青木ゆり氏と、同ソプラノ歌手のユヌエット・ラグーナ氏によるパフォーマンスが披露された。
視聴者の22%が日本、寄付金として100万ドル以上が集まり、今後JSの主催するさまざまなビジネス・文化・芸術プログラム活動に対する助成金として活用され、日米交流のさらなる発展に役立てられる。
安倍首相は「コロナウイルスは、人類に未曾有の危機をもたらしている。この大きな危機に対して私たちは、自由、民主主義、基本的人権、法の支配という普遍的な価値観を共有している。ニューヨークではこうした努力により感染状況を乗り越えつつある。私は延期された2020年東京オリンピック、パラリンピックを人類が新型コロナウイルスとの闘いに打ち勝った証として来年の夏に開催する決意だ。日米の同盟関係、友情は不変だ。これまで100年以上にわたって日米の友好関係を育んできたジャパン・ソサエティーが、今後米国でより多くの人々の協力を得て一層大きな役割を果たしていくことを願っている」とビデオメッセージで挨拶した。
JS賞を受賞した野村氏は「狂言というのは、素晴らしく幅が広いということを父から学んだ。その私を通して倅の萬斎に受け継いでもらっている。今後も大いに海外との交流をさせていただこうと思っている。88歳だが、もうちょっと頑張ってNYの皆さんに一家で野村狂言の芸風をお見せできればいいなと思っている」と挨拶した。
(写真)ビデオで祝辞を述べる安倍総理大臣
ボルトン氏の暴露本刊行へ
差止請求を棄却
ワシントンDC連邦地裁
ワシントンDCの連邦地裁は20日、米司法省が申し立てたジョン・ボルトン前大統領補佐官(国家安全保障問題担当)の回顧録『The Room Where It Happened(それが起きた部屋)』の出版差し止め請求について、これを棄却した。回顧録は予定通り23日に出版された。
トランプ政権は「回顧録には機密情報が含まれており、国の安全保障を危うくする」と主張し、16日に出版差し止めを求めていた。これに対し連邦地裁は、すでに回顧録は書店に配送済みで内容も報じられていることを指摘、元の状況に戻せないことから「出版差し止めが適切な措置とはならない」とした。
ただし地裁は機密の有無についての政権の精査が終わっていないと指摘した。ボルトン氏は機密は含まれていないと主張しているが、これが間違っている場合は著作から得る利益を失うとした。トランプ大統領はこうした点をツイッターで指摘し、「法廷での大きな勝利だ」「彼は市民を空爆し殺すのが好きだった。こんどは自分に爆弾を落とした!」と投稿した。
ボルトン氏は回顧録のなかで、トランプ大統領は「行き当たりばったり」で、「衝動的で驚くほど無知」と酷評。再選のことしか考えていないと指摘している。例えば2019年6月、中国の習近平国家主席との会見で「ウイグル族の強制収容所」を容認する一方、自身の大統領再選を後押しして欲しいと訴え、「米国の農作物を買うよう」に中国に求めたという。また大統領3選の可能性についても話したという。選挙を自分に有利にするために外交や外国勢力を利用したとすれば重大な連邦法違反となる。
ウクライナ疑惑では、大統領がウクライナへの軍事援助を棚上げするよう指示したこと、それがバイデン前副大統領の疑惑を捜査するよう圧力を掛けるためであったとしている。また、フィンランドはロシアの一部ではないのか、英国は核保有国なのかと聞いたりと、ひどい無知であるとしている。
回顧録には、トランプ大統領が日本に対し在日米軍撤退をちらつかせて現行の4倍となる年間約80億ドル(約8500億円)の防衛費負担を求めたことも書かれている。負担増について日本政府は「そのような事実はない」(菅義偉官房長官)と否定していた。回顧録に書かれた韓国、米国、北朝鮮の首脳協議について韓国チョン・イヨン国家安保室長は22日、「事実を大きく歪曲している」と批判した。
ボルトン氏はジョージ・ W・ ブッシュ大統領政権で国務次官、国連大使を務め、2018年4月から19年9月までトランプ政権の国家安全保障問題担当補佐官として働いたが、トランプ大統領と北朝鮮問題などで意見が合わず辞任した。イラク戦争を強力に推し進めるなどタカ派として知られる。
弱点は武器になる
ダンサー 西岡 翼さん(26)
拍手に呑み込まれる感動
ダンスで生きる人生決意
ダンサーの西岡翼さん(26)は、日本でも特に歴史があり、国内外で活躍するダンサーを排出している埼玉全国舞踊コンクールで3位入賞や、海外でも有名なNBAバレエ団の公演にも出演したのち、ニューヨークへ活動の場を移した。現在、複数のカンパニーに所属してダンサー、振付家、指導者として活動している。
「コロナウイルスの影響で世の中が一変し、アメリカでは差別問題で人々が荒れて大変な時期だからこそ、精神を落ちつかせ、癒してくれる芸術が必要だ」と思っている。そんな思いで、活動を続けている日本人ダンサーがいることを知って欲しいと編集部に連絡してきた。
大阪生まれ、千葉育ち。小さい時から踊るのが好きで、小学校1年の時に妹のバレエ教室を見学して魅了された。市川市の大杉芸術学園でバレエを初め、その後、アトリエドゥバレエフェリに移る。有明教育芸術短期大学芸術教養学科舞踊コース卒業、山田あつこ、清水フミヒトに師事した。
身長157センチと小柄だ。日本のバレエの世界で生きて行くには身長が足りなかった。自分を表現できる場所がどこなのか。迷っていた学生時代、ニューヨークのアルビン・エイリー・ダンスカンパニーのサマースクールを恩師の清水が勧めた。怖くて興味もなかったが、大学を出て社会人になる時に踊りの世界に進むことを決め、受験した。高校の時から名前だけは知っていたので合格通知が来た時は嬉しかった。そこで黒人の身体能力、バネの凄さを見て、身長が低い事はこのアメリカで武器になることを知った。一旦帰国して1年間準備を進めてスカラシップを取って再渡米。一番思い出に残っている作品ロバート・バトルの「バトルフィールド」をリンカーンセンターで踊った時。客席が4階まで迫り、拍手に呑み込まれるというということを実感した。
いつか自分のカンパニーを持ってやりたかった作品をどんどん発表していきたい。色々アイディアを書き留めたノートがある。それを全て作品にできたらと思うと心も踊る。コンテンポラリーダンス、モダンダンスの聖地ジョイス・シアターの舞台にいつか立つことを夢見て。唯一無二なキャラクターでステージで存在感のあるダンサーになりたいし、ミュージカルも大好きでいつか挑戦したい。自分のウイークポイントは武器になることがあることを伝えたい。絶対にチャンスはあるんだと。それは自分に言い聞かせてきた言葉でもある。(三浦良一記者、写真・本人提供)
街に人が戻ってきた
街に人が戻ってきた

ニューヨークの街に人が戻ってきた。レストランでは屋外での着席サービスが可能となり、ヘアサロンでも営業が可能になった。ただし、レストランの客入りは、マンハッタンの中でもばらつきがあった。学生の街グリニッチビレッジは夏休みで、なおかつコロナで学生が寮から出ていていないため、通りは閑散としていて閉めている店も多い。また、観光客が市内にいないため、ブロードウエーの劇場に隣接したレストラン街も閑古鳥が鳴いていた。では、どこが賑わっていたかというと住宅街のレストランだ。アッパーイーストサイドもウエストサイドも住宅街に隣接したレストランはどこも常連と思しき客で賑わっていた。レストラン解禁はエリアによって明暗がはっきり分かれた。(22日、写真・三浦良一)

ガイドブックもカバーしていないブルックリンの知られざる魅力の伝道師
ドム・ジェルバシさん
生まれも育ちもブルックリンで、誰よりもブルックリンを愛するドム・ジェルバシ氏。当時働いていた会社の倒産が、世界中からの観光客を惹きつけるブルックリンのウォーキングツアー「メイド・イン・ブルックリン・ツアーズ」を2011年に立ち上げるきっかけとなった。
失業して無気力だった時、ギリシヤや自身のルーツであるシシリアのさまざまな工房で見た職人芸に魅せられた。旅先で見たようなブルックリンのものづくりの現場を多くの人に紹介したいと、ネットで見つけた工房を渡り歩き、ツアーを組み立てた。検査官と間違われることが多く、すぐに経営者と話せたことも、ツアー作りに役立ったと笑う。最近は、ブルックリンで生きる「人」に焦点を当てた ”Makin’ It” というインタビューシリーズを始めた。視聴はメイド・イン・ブルックリン・ツアーズ(Made in Brooklyn Tours)のフェイスブックページから。(須能玲奈)
Made in Brooklyn Tours
www.madeinbrooklyntours.com/
フェイスブック:@MadeInBrooklynTours
コロナ禍のストレスとうまく付き合おう
第3回BCネットワークオンライン講演会
乳がんに関する最新情報や早期発見の啓発活動を行う非営利団体のBCネットワークが27日(土)午後8時から、インターネットのライブ配信による第3回BCネットワーク・オンライン講演「コロナ禍のストレスとうまく付き合おう〜がんとの関係を考える〜」を開催する。
講師に日本国外務省診療所、外務技官(精神科医師)の吉田常隆さんを迎えて、前半は「ストレスに関すること」、後半は「ストレス対処法に関すること」をテーマに講演を行う。司会はFCI-NYキャスターの久下香織子さん。質疑応答もある。
視聴は無料。所要時間は1時間(講演40分、質疑応答20分)を予定。問い合せはEメール [email protected] まで。申し込み・詳細はウェブサイト https://bcnetwork.org/cn43/corner215/event.html から。
サバイバルな街NYに生きる
ダンサー 大野 葵さん
ニューヨークでダンサーとして米国のジョン・レーラー・ダンスカンパニー、に所属して公演活動を続けている大野葵さん(28)は、生まれ育った神奈川県伊勢原市で3歳からクラシックバレエを始めた。16歳から執行(しぎょう)バレエスクールで執行伸宜氏に師事。ダンス専門学校卒業後、芸能事務所に所属。2012年ドラマ「ビューティフルレイン」にバレエ講師役として出演、ミュージカル「真夏の夜の夢」では、リードダンサーとして、また郡司企画プロデュース「東京レビュー2」にゲストダンサーとして立て続けに出演した。
しかし自分の進むべき道は演技ではないと思い、事務所を退所、稲吉優流氏のもとアシスタントをしながらジャズダンスを学び、自主公演などに主要キャストとして参加する毎日が続いた。
次第に日本では本格的に学ぶ事の難しいモダンダンスを学びたいと思うようになり、2014年渡米、名門アルビン・エイリー・スクールで奨学生として2年学んだ。在学中、選抜生徒としてメンバーと共にニューヨーク・シティーセンターの舞台に立っている。
昨年春、ニューヨークのダンスカンパニー、ジョン・レーラー・ダンス・カンパニーのオーディションを受け、150人の中から合格者5人の一人に選ばれ入団。メンバーとして年間を通してアメリカ国内からヨーロッパツアーまで参加。また、アーチ・バレエ、ブルックリン・バレエにおいてソリストとして所属。主にニューヨーク市内での公演に参加している。
現在は、シアターもリハーサルスタジオもクローズせざるを得ない状況なので復活後を見越してオンラインリハーサルなどを行っている毎日。9月にはフロリダ、11月にはドイツツアーを予定している。
近々の夢としてはジョン・レーラーのメンバーとともにアジアツアー、日本ツアーをすること。また将来的に日本から世界へ飛び立ちたいダンサー達へサポートする事だ。
「ニューヨークはサバイバルな町。頑張ろうという気持ちがなくなった時、もう私はニューヨークにいる意味がなくなるような気がする」。
(三浦良一記者、写真・本人提供)
その7:アラビアン・ナイト
ジャズピアニスト浅井岳史のエジプト旅日記
昼間ピラミッドを見学し、夕刻にコプト教寺院で原始キリスト教に感動、しかし今日はまだまだ終わらない。これは気温が高いからだと思うが、エジプト人が街に繰り出すのは陽が沈んでからである。コプト教寺院は確かにオタクな観光スポットであるが、今から行くオールド・カイロは誰しもが観なくてはならない、1000年以上の歴史をそのままに残すカイロの心臓部なのだ。
しかも現地の友人、モハメッドが案内してくれるという。モハメッドの啓示通り(笑)、Al Shohadaaと言う駅で待ち合わせ。めでたく3人が揃ってさらに電車に乗ってオールド・カイロへ。
実は2日前に同じく夜に来てウンザリしたあの街である。秋葉原の人口密度を4倍にして、面積を4倍にしたようなところである。人が多くてまっすぐ歩くだけでも大変だ。駅を降りると直ぐに羊を大量に売っていた。急いでカメラを出して撮ろうとしたら止められた。「悲しいことだが」とモハメッドが「今週のお祭りでみんな屠殺されてしまう」と言う。各家庭でその日まで傷をつけないように大切に飼っておいて、お祭りの日に家長が風呂場で解体するそうだ。ユダヤ教も羊を犠牲にする。イスラム教とユダヤ教徒の原点をここに見る。
広い通りをかなり歩いてから、路地に入った。1000年間変わる事の無いオールド・カイロの街である。確かに建物が古い。廃屋になっている建物が多いが、その建築様式は今まで観てきた西洋諸国と全く違うエキゾチックなデザインだ。
モハメッドはかつてはゲームのプログラミングをしていたそうだが、今は観光ビジネスを自分で起業しようとしているとのこと。背がスラッと高いうえに非常にハンサムで、映画で見たようなアラビア人である。しかも非常に誠実で真面目で真剣に建物や歴史を説明してくれる。
しばらく歩くと大きな石の城壁が見える。昔の砦と回教寺院だそうだ。見上げるほどの高い壁の前で、現地の若い女性がベールをしたままアクセサリーを付けてポーズを取っていた。やはりそうだ!若い女性は宗教、文化、国籍に関係無く綺麗でいたいと思うはずだ!その横では、少年たちがサッカーをしている。エジプトにもチームがある。
モハメッドが回教寺院に入ろうと言ってくれた。そいつは嬉しい。寺院に入る時は全員靴を脱がなくてはならない。裸足で暖かい石の上を歩く。ところどころには赤い絨毯が敷いてある。中央は回廊に囲まれた大きな四角い広場になっていて屋根がない。天の神と直接対話するためだそうだ。広場には一つ手洗い場があり水が出る。手を清めるためだ。端には木でできた扉付きの階段があり、司祭がその上で演説をするのだそうだ。無数のランターンが吊るしてある。非常に神聖な場所であることは容易にわかる。しかし、この広場に座る人が全員靴を脱いだら帰りに自分の靴が見つけられないのではとどうでも良い心配をしてしまった(笑)。
旅はさらに続く。所々にカフェもあるが、どうも様子が違う。まず、男性ばかりで女性がいない。水タバコを吸っている人が多い。この光景はかなりエキゾチックである。イスラム教の世界では昔から女性は男性に見られることが御法度である。その風習は今も色濃く残っている。女性がそっと街の様子を見るために作られた専用の出窓と専用ののぞき窓が今も残っている。裕福な家だけだろうが。
クラフト店もある。金と銀の2種類の金属を混ぜ合わせた皿に、手で複雑な模様を掘っていた。それが実に手練れていて思わず見入ってしまう。
さらに進むと今度は別の目玉、スルタンの墓所と城がある。なんとここは私がフランスから追いかけているルイ9世率いる第7回十字軍をモンサールの戦いで破ったスルタンのものだと言う。戦いの途中で死んでしまうが、元奴隷の妃がそれを隠して十字軍に大敗をもたらしたそうだ。地中海を挟んで歴史が繋がった。
彼の説明は続く。喜望峰を発見したバスコ・ダ・ガマに端を発したポルトガルとの戦争、征服者ではあるが、エジプトを世界に紹介する役割を果たして本当は感謝しているナポレオン(ロゼッタストーンのことだな)などなど。
普通ならこの辺でカフェにでも入って一服するものだが、彼は違っていた。なんと彼は昔砂漠の部隊にいたそうで、10日間飲まず食わずで歩き続けることができるそうだ。でも私も相棒も砂漠部隊のトレーニングを受けているわけではない。ちなみに後どれくらいあるか聞いたら、まだ半分も見ていないとの事(笑)。夜11時を過ぎている。流石に帰ることにした。それにしても深夜にこの人出とこの喧騒、同じ頃に近くで爆破テロが起きて20人が死んだことなど知る由もなかった。(続く)
浅井岳史(ピアニスト&作曲家)www.takeshiasai.com

