全米シニアにむけて日本演芸を配信

 ニューヨークを拠点にアーティストへの支援活動を行う非営利団体キャッチ・アス・パフォーミングアーツ(CUPA)主催の、ズームを使ったオンラインイベント「全米シニアのためのオンライン日本演芸シリーズ」が、25日(日)からスタートする。

 全米の日系人シニアを対象に、日本演芸をテーマに集めたアーティストを3回に分けて紹介する。今月25日は午後7時30分から9時まで、質疑応答も行われる。第2回は11月17日(火)、第3回は12月17日(木)に開催。出演は柳家東三楼(落語)、ざぶとん亭龍二(落語)、三宅由利子(日本舞踊)の3人。視聴は任意寄付制(推奨20ドル)。申し込みはオンラインサイトwww.eventbrite.com/e/124954392953から。詳細はhttp://catchus.org

(写真左から柳家東三楼、ざぶとん亭龍二、三宅由利子)

米最長のジェットコースター

 NY州北部ヴァン・ホーヘンベルク山にこのほど、米国内最長を誇るボブスレー型のジェットコースターが登場した。 

 同山は、レイク・プラシッドで開催された1980年冬季オリンピックで、ボブスレー競技の会場となったことで知られる。同「クリフサイド・コースター」は、林の中のオリンピック当時の実際の競技経路をジグザグに駆け下りるだけでなく、絶妙な時間設定とオーディオ・システムを搭載し、ボブスレーさながらの体験ができるのが特徴となっている。アンドリュー・クオモ同州知事は、このアトラクションを含む同オリンピック跡地の開発のために、同州オリンピック地域開発機関に約2億4000万ドルを投じた。 

 「クリフサイド・コースター」は年間を通して週末のみ、午前11時から午後4時に営業し、料金はドライバー1人当たり55ドル、ドライバー1人と12歳以下の同乗者の2人のセット料金は65ドルとなっている。同コースターの詳細、事前のチケット購入はmtvanhoevenberg.comを参照する。 

書画家・田中太山、デザインTシャツとマスク販売

あおぞら学園とのコラボで

 NY在住の書画家・田中太山がデザインしたTシャツとマスクが、ブルックリンのあおぞら学園とのコラボで販売を開始した。ひらがなで「ぶるっくりん」と書かれた同商品にはブルックリンから日本の文化を発信するという意味が込められている。田中は「コロナ禍で学校経営が厳しくなり閉鎖されることも多く、あおぞら学園も例外ではありません。あおぞら学園は私がニューヨークに来た直後から子供達に書道教室を行っている場所。現在、書道クラスはオンラインになってしまいましたが、それでも多くの子供達が参加してくれています。日本文化を発信する学校が無くなってしまってはとても悲しいので、このTシャツとマスクを思いつきました」と話す。Tシャツは子供用から大人用まで各種サイズを用意(各20ドル)、マスクは大人用のみ(10ドル)。すべての売り上げはあおぞら学園に寄付される。問い合わせ・注文はEメール [email protected](田中さん)まで。

海外取材で現場主義を貫いて

ロイター記者・映画監督

我謝 京子さん

 我謝(がしゃ)京子さんは、2001年4月、それまで日本で勤めていたテレビ東京を退社し、ロイター報道記者としてニューヨークに赴任した。その年の9月11日に米同時多発テロが勃発、グランドゼロ近くのアパートに戻れなくなった被災経験が、後に心の復興をテーマにしたドキュメンタリー映画を製作するきっかけにもなった。2008年 第1 作「母の道 娘の選択」、11年「311:ここに生きる」は東京国際女性映画祭、NY国際インデペンデント映画祭などで招待上映された。18年には現代日本と江戸時代のスペインとを結ぶ歴史ドキュメンタリー映画「ハポンさん」も手がけている。 

 職場では、10日1日付の人事異動でニュースや特集の英語報道記者になった。これは、ロンドンの上司の判断で「取材や原稿書き、編集など日本語だけでなく以前から英語でやっていたこともあるのでできると思ったのでしょう」と我謝さん。仕事は世界に向けて、米国、特にニューヨークのさまざまな現場の状況を取材して原稿にして編集し、もちろん英語のナレーションをつけて配信している。

 1987年にテレビ東京新卒採用で最初から経済報道部記者でスタート、そこから特集班やドキュメンタリー担当になり、ロイターでは主に株式市場の取材を多く手がけた。テレビ報道に携わって30年以上の大ベテランだ。

 この仕事のやりがいは「何度、取材して、何百本と特集を作っても、毎回、これでよかったのか、いかに伝えたら良いのかと、創意工夫に終わりがないこと。生きがいは、娘を含めて若い世代を応援して、少しでも私がやってきたことが役に立つことでしょうか」と話す。

 テレビの仕事と映画製作を離れれば、家庭では母親であり、私生活ではお茶の先生でもある。日本在住の母、清水宗美(クミ子)さんとはこれまでブルックリンの桜祭りで10回以上もお点前を観衆の前で披露している。「2022年夏には日本に『お茶を知る旅』を弟子たちと企画しています。とても楽しみです」とすでに目は2年先に。

 人生のモットーは「知ったかぶりしないこと、直感を信じてみる」ことだそうだ。「取材する側も取材される側から取材を受けているようなもの。相手の心に触れないと心を開いて語ってくれない」。取材前に描いた予定原稿より現場でしか知ることのできない事実を大切にする。それを取材姿勢として貫いている。

 仕事と家庭以外では、母校上智大学の学生を毎年、年2回受け入れロイターで研修機会を提供している。同窓会のNYソフィア会会長職や役員は引退したが今も楽しく会員として関わっている。

 「人生100年時代。90代までは現場を大切にする現役監督、そして記者として活動が出来たら良いなと思います。その世代になって初めてみえる風景もあると思うからです。米国ではRBGもイエレンもクリントンも孫がいるおばあちゃんでありながら現役。私もおばあちゃんになっても現役で頑張りたいですね」といつもの笑顔を見せた。(三浦良一記者、写真はコロナ以前に津山恵子撮影)

「遠くとも一度は参れ善光寺」

長野県長野市 善光寺

 長野を代表する観光名所で、本堂が国宝に指定されている善光寺。江戸時代から人々の間で「遠くとも一度は参れ善光寺」と語り継がれ、一生に1度お参りするだけで極楽往生が叶うといわれているお寺だ。そんな善光寺は、まだ仏教の宗派ができる前(約1400年前)に開山されているため、どこの宗派にも属さない無宗派ということもあり、誰でもお参りできる門戸の開かれたお寺として古くから広く人々の信仰を集めてきた。日本最古の仏像といわれる一光三尊阿弥陀如来(いっこうさんぞんあみだにょらい)を本尊としてご利益が多いことで知られていて、コロナ禍の今年はともかく例年だと年間600万人以上が参拝するのだという。

 仁王門を抜けてにぎやかな仲見世通りを過ぎると、大きな山門が見えてくる。手水で清めてお参りをしてから靴を脱ぎ152畳ある本堂に座って心を鎮め、金色に輝く来迎二十五菩薩像や、優しいお顔をした地蔵菩薩・弥勒菩薩を眺めた。見ることはできないがここにある瑠璃壇の最奥に御本尊が祀られている。ここでぜひ体験したいのが「お戒壇巡り」だ。瑠璃壇の脇から地下へと続く急な階段があり、瑠璃壇の床下にある真っ暗な回廊を手探りで歩き、戻ってくると生まれ変わることができるというもので、死の疑似体験なんだとか。階段を下りて2〜3メートルも進めば完全に光が遮断されて何も見えず、暗さに目が慣れることもなく、とにかく壁づたいに触れた指だけを頼りに進む。あまりの漆黒の闇に心臓がドキドキしてくる。後から入ってきた女性が私の背中に少し触れているが、この暗闇に果敢に立ち向かっているという連帯感からか、それがちっとも嫌でなかったくらいだ。

 この回廊の醍醐味は、途中に仏具の独鈷(とっこ)の形をした「極楽の錠前」があり、これに触れることができれば晴れて極楽往生が約束されるというもの。暗闇の恐怖に打ち勝ち何が何でも錠前に触れるぞと意気込んでいたのだが、とにかくこの闇から1秒でも早く抜け出したい気分ですっかり忘れて出口にたどり着いてしまった。これでは極楽へは行けないじゃないか。係員にもう一度入っていいかを確認して2度目の挑戦で無事に錠前に触れることができた。私の前にいた若いカップルが「ここにあるぞ」と錠前をガチャガチャさせていたのが大きな助けとなったのだが。回廊の長さは45メートル、壁が円を描くように丸いところがあったり、どの方向に進むべきかわからないので想像以上に長く感じ、このまま明るい場所に戻れないのではないかと不安がこみ上げてくる。自分を試す試練として、暗闇エンターテインメントとして、そして極楽往生のため、お戒壇巡りはおすすめする。

 お戒壇巡りの緊張から解放されたらお腹がすいてきたので、善光寺を出て信州グルメが揃う仲見世に戻る。山門周辺の蕎麦屋で手打ちそばを食べてから、信州土産の定番とも言える七味唐辛子の老舗「八幡屋礒五郎」の本店でレトロなパッケージの商品を選んだり、野沢菜や切り干し大根などが入った焼きたてアツアツのおやき、味噌風味のソフトクリームを食べ歩いた。ソフトクリームに七味唐辛子を少しかけるととてもおいしいことも学んだ。

 さて、「牛に引かれて善光寺参り」という民話をご存知だろうか。【むかし、欲深くて信心のないおばあさんがいた。ある日、川で布をさらしているとどこからか現れた牛がその布を角に引っ掛けて走り去ってしまった。慌てたおばあさんは牛を追いかけ、走りに走って善光寺にたどり着いた。ところが牛の姿を見失い、日も暮れたので仕方なく善光寺の本堂で夜を明かすことにした。するとその夜、夢枕に如来様が立ち不信心を諭した。翌朝目覚めたおばあさんは今までの行いを悔いて信心深くなり、その後たびたび善光寺を参拝したため、ついに極楽往生を遂げた】というもの。「思いがけない縁がきっかけで今までとは違う方向に導かれ、それが良い結果へと繋がる」という意味がある。そんな物語が生まれた善光寺、知れば知るほどその奥深さに魅了される場所だ。後で考えたら、善光寺参りをしたあの時が人生の分岐点だった、と思うこともあるかも知れない。

 また、善光寺では7年に一度、御本尊の分身である前立本尊の御開帳が行われ、この時に本堂前にご本尊との縁を結ぶ「回向柱(えこうばしら)」と呼ばれる巨大な木の柱が立つ。これに触れることができれば前立本尊に触れたと同じご利益があるという。次回の御開帳は本来なら来年4月の予定だったが、新型コロナウイルス感染防止のため延期され、2022年4月から5月まで開催されることが発表されている。御開帳の延期は現本堂が建立された1707年以降、初めてのことだ。いまは日本に里帰りしてもなかなか国内旅行を楽しめる雰囲気ではないが、いつかこの世界規模の危機が終わったら、一生に1度の機会だと思って、善光寺を訪ねてみてはいかがだろうか。 (本紙/高田由起子)

編集後記 10月17日号

【編集後記】
  みなさん、こんにちは。7月に81歳で亡くなったニューヨーク日本人美術家協会(JAANY)会長で創設者でもあるアーティストの飯塚国雄さんの作品が、オンラインの「週刊NY生活ギャラリー」(https://nyseikatsu.com/gallery)に今月から展示されている。初期の作品から近作まで10点が展示されている。無料で世界中から見ることができ、作品を購入することもできる。飯塚さんは、4月初旬に新型コロナウイルスに感染して入院、約1か月間の治療を経て退院、リハビリセンターに移ったが、その後後遺症や心臓の病気で再入院、亡くなる数日前から心臓疾患が悪化していた。飯塚さんは1939年東京生まれ。逗子開成高校、お茶の水美術学院卒業後61年渡米。その後永住権を取得し、ニューヨークの「アート・スチューデント・リーグ」彫刻スクールで教鞭を執った。73年ニューヨーク日本人美術家協会を創立し、初代会長となる。週刊NY生活ギャラリーでは展示作家を随時募集している。問い合わせはEメールで [email protected] まで。それでは、みなさんよい週末を。(「週刊NY生活」発行人兼CEO三浦良一)

【今週の紙面の主なニュース】(2020年10月17日号)

(1)報道関係ビザを制限   1面と4面
(2)映画館閉鎖続く     5面
(3)ルーズベルトホテル廃業 5面
(4)ストリート日本フェア  9面
(5)常盤新平 NY三昧(再)   10面
(6)ニューヨークの魔法9  11面
(7)飯塚国男さん常設展示  12面
(8)コロナ時代の帰国受験2 13面
(9)魅惑の旧国道ルート66      18面
(10)絶景のアウトドアダイニング 20面

報道ビザを制限

有効期間240日に短縮

国土安全保障省提案

 米国土安全保障省(DHS)は9月24日、ジャーナリストのビザの有効期間を240日に制限する内容の提案(プロポーザル)を発表した。学生は最長4年だが場合によっては2年とする。同省は、規則を遵守させ、入国管理法違反を減らし、国家安全保障を強化するためとしている。提案であり現行のビザに直ちに変更があるわけではない。10月26日までパブリックコメントを受け付けている。

 提案では、I(報道関係者)ビザの有効期限を最長240日にする。現在は最長5年で更新も難しくないとされるが、提案では米国土安全保障省および米国務省の方針と一致する外国メディア組織を定義し、適格な審査基準を設けるとしている。

 F(学生)ビザは最長4年間にする。ただしビザのオーバーステイ(期間超過)率が10%以上の国からの人やテロリスト支援国家の出生者などはまず2年とする。現在のビザプログラムでもっとも恩恵を受けているのは発給数の多い中国と言われる。米政府は中国人スパイによるハイテク技術や知的財産権の窃盗の防止対策として、中国人留学生や研究者らへのビザ発給を制限しているとされるが、今回の提案は日本を含む他国への影響が大きい内容となっている。

報道関係者ビザ期限240日の怪
学生ビザ厳しく

米移民制度を見直し

 ジャーナリストのビザの有効期間を240日に制限する内容の提案(プロポーザル)は、国土安全保障省が、F、J、Iビザの非移民が膨大な数となっていることを受け、米国の移民システムの完全性を確保するために考えたとしている。

 学生ビザについては、学校が公的に認定されたものか、あるいは企業などのスポンサーが良好な状態のE-Verify参加者かどうかなども厳しく審査し、問題なければ4年に自動延長されるとしている。

 またビザが切れた場合、出国期限は現在60日だがこれを30日にする。延長を求めるI、F、および研修などのJ(交流訪問者)ビザの外国人(非移民)には明確な適格基準を確立するとし、生体認証も収集するとしている。ただし、ビザの資格を得るための基本的な要件の変更は今回の提案には入っていない。

 トランプ政権は2017年に安全保障上の問題があるとしてイスラム教徒が多数派を占めるイランなど7か国(その後、5か国)からの入国を禁止した。今年6月にも新型コロナによる経済低迷で自国民の雇用を優先させるとして就労ビザの新規発給を今年末まで停止する大統領令を出した。7月にはオンライン授業のみを受ける外国人留学生を対象にビザの発給制限すると発表した。これには61の大学と18の州が提訴に踏み切るなど激しい反対が巻き起こり撤回する形になったが、実態は3月以前にビザが発行されていた者を救済するだけに留めた。

映画館閉鎖続く

4万5千人解雇

世界第2位米英全館で

 大手映画館チェーンの英国のシネワールド・グループは5日、米国と英国内のすべての映画館の営業を停止することを発表した。 

 同グループは英国に127か所、米国では536か所の映画館を展開し、映画館業界ではAMC社に次ぐ世界第2位の大手として知られる。同社の映画館は、新型コロナウイルス感染拡大の影響で数か月間休業し、7月から安全対策に配慮し営業を再開していた。しかし、再び拡大している新型コロナウイルス感染と、007シリーズの新作「ノー・タイム・トゥ・ダイ」の公開延期は、映画館業界には大きな打撃となっている。同社の株価は5日付で42%以上急落するなど、コロナ禍での生き残りの能力が問われている。営業停止により、英米合わせて従業員4万5000人が解雇される。 

 同社の今年前半の収益は67%に当たる16億ドル減だった。同社最高経営責任者のムーキー・グレイディンガー氏は「主要市場が再開に向けより具体的なガイダンスを設け、撮影所が主要映画公開の供給経路を確実にするなど、現状を入念に監視しながら、相当な時期を見計らって営業を再開する」と話している。 

 同グループ傘下で、NY州内の他の多くの映画館と同様に営業が停止したままのタイムズ・スクエアの映画館リーガル・シネマズはこのほど、入り口の電子掲示板に、上映中の映画作品のタイトルの代わりに「48州で映画館がこれまで再開を果たしているのに、なぜNY州はまだだめなのですか、クオモ州知事?」というメッセージを提示した。アンドリュー・クオモNY州知事は今年8月、同州内のすべての映画館は間もなく再開できるだろう、と伝えていた。米劇場所有者協会(NATO)のジョセフ・マーシャーNY支部長は「クオモ州知事の返答を待ち続けている。次の再開は映画館だ、と前回発言したのはすでに1か月前で、結局次に再開したのはクリケットだった」と話している。同州知事のスポークスマン、リチャード・アゾパルディ氏は「不愉快な思いをしている人々がいることは理解しているが病に陥ることよりはまし。州政府は、2波を阻止しようと全力で努めている」と伝えている。

(写真)米国内536館を閉鎖したシネワールド・グループの傘下のリーガル・シネマズ映画館(タイムズスクエアで12日)

ルーズベルトホテル 100年の歴史に幕

 マジソン街45丁目にあるミッドタウンの老舗ホテル、ルーズベルトホテルが今月31日付でおよそ100年の歴史に幕を下ろし閉業することが10日明らかになった。約500人の従業員に9日、解雇通知を出した。パンデミックとなった3月以降も一時閉鎖せずに一般顧客対象の営業を細々と続けていたが、1025室ある客室はほぼ空室が続き、営業赤字とコロナウイルス感染収束の先行きが見えない中で閉鎖を決断したという。今月17日が最終営業日となる。コロナウイルスが原因で廃業するニューヨークの大手ホテルは、タイムズスクエアヒルトン、マリオット・ヘラルドスクエア、ザ・プラザ、Wホテルに続き5件目。

 同ホテルは、大恐慌前の1924年に完成、セオドア・ルーズベルト大統領の名前にちなんで命名された。戦後間もなくコンラッド・ヒルトンに買収され、47年に全米で初めて全室にテレビを完備した。95年から97年まで一時閉鎖して大改装工事をしたが、ブティックホテル乱立のNYでロビーやバーを開業当時のまま残した古き良き時代のホテルとして世界中の観光客から愛された。 

今年初の日本のストリートフェア

サニーサイドで18日

 クイーンズのサニーサイド銀座(7番線46丁目駅の高架下)で18日(日)正午から午後6時まで、NPO団体サニーサイドシャイン主催のストリートフェア「ジャパニーズ・オータム・ポップアップマーケット」が開催される。当日は団子、焼きそば、たこ焼きなど日本のストリートフードと30店以上の地元の物販ベンダーが出店する。パフォーマンスエリアでは太鼓の鼓舞演奏や泰子バレイ教室の踊り、マジックショーなどのほか、NYを拠点に活動する落語家、柳家東三楼師匠が司会進行を兼ねて英語で落語を披露する。

 マンハッタンでのストリートフェアが軒並み開催できない現状のなか、今年初のストリートフェア開催となる。もともと4月5日に行う予定だったものがコロナの影響で一旦中止になったが、サニーサイド地区がコロナの陽性率が極めて低いことが評価され、ニューヨーク市長室の特別許可が下りて急な開催となった。公衆衛生上の安全対策に万全を期するために、イベントスペース内への人数制限、ベンダーのフェイスシールド着用、入場者へのマスクの配布、サニタイザースタンドの設置などが徹底される。詳細はウェブサイトhttp://sunnysidemarkets.orgを参照。

私の「ニューヨーカー」グラフィティ

常盤新平・著
幻戯書房・刊

 本紙先週号1面で常盤新平さんからの手紙について書いたところ多くの読者からまた連載を読んでみたいとの声をいただいた。本紙で連載した原稿がその後、『私の「ニューヨーカー」グラフィティ』(幻戯書房)に収録出版されている。連載第1回目を再掲載する。


常盤新平 ニューヨーカー三昧
I LOVE NEW YORKER 1

 金曜日は11時ごろに出かけて、新宿に行く。紀伊國屋書店で『ニューヨーカー』を買う。この週刊誌を買うようになって、何年になるだろう。

 少なくとも40年近くにはなるだろう。それ以前は船便で予約購読していたのだが、ある日から航空便で入荷したのが紀伊國屋書店に並ぶようになって、便利な世の中になったとよろこんだ。

 予約購読すれば、わざわざ新宿まで出かけなくてすむし、その方が安上がりであるが(書店では一部1291円)、私にとっては2日おくれで届く『ニューヨーカー』を買うのが楽しいのである。

 はじめてニューヨークを訪れたのは30年も昔のことだ。そのときは10日間ほどプラザホテルに滞在したのだが、一番嬉しかったことの一つは、その日のニューヨーク・タイムズを買えることだった。1部15セントだったろうか。それとも10セントか。

 羽田を発った飛行機はホノルルに到着すると、乗客はだいぶおりてしまい、サンフランシスコでは私たちのほかに、ほんの2、3人の乗客しかいなかった。

 ケネディ空港には19時間ほどで夕方近くに着いた。ニューヨーク行きは私が勤務していた会社の社長とニューヨークの出版界視察というのが目的だった。社長に機内で「のんびりやろう」と笑って言われて、気が楽になった。

 タクシーは59丁目を通って五番街に出ると、晩秋の夕闇が迫っていて、黄金の薄霞がかかったような美しい街の風景だった。

 その後、なんどかニューヨークを訪れる機会はあったが、あのような風景を目にしたことはない。もっとも、私ははじめて来たニューヨークに興奮していたのだろう。

 ニューヨークでは街角のニューススタンドで『ニューヨーカー』を買い求めた。そのころから水曜日発売だったのだろうか。

 この週刊誌とのつきあいは50年になるけれども、身を入れて読むようになったのはこの4、5年だ。いまはようやく通読するようになったが、興味のある読物を読むときは、しきりに辞書を引かなければならない。

 辞書を引くのに時間を食う。それは苦にならないが、わからない単語が多すぎる。読解力がいっこうに進歩していないのがよくわかる。

 若い頃はいろんな雑誌を古本屋で買っていた。渋谷や神田の古本屋のほうが早く手に入った。駐留する米軍が放出したそれらの雑誌は少々汚れていた。

 銀座には洋書店イエナがあったけれど、船便で届く雑誌は40日から50日おくれて入荷した。アメリカははるかに遠かったのだ。

 現在私が読んでいるのは『ニューヨーカー』一誌だけで、それで十分に満足している。この雑誌でニューヨークの消息がおおよそわかるし、世界の情勢まで知ることができる。

 8月20日号ではオリーブ油の読物が出ていて、インチキなオリーブ油が大量に出回っていることを報じていた。また27日号には「ニューヨークで最もリッチな建物」という記事でセントラルパーク・ウエストの優雅な建物が紹介されている。

 『ニューヨーカー』を読んでいると、一週間はたちまち過ぎ去ってしまう。私は夜に寝床で読んでいるが、一つの読物を読みおわらないうちに、眠りがやってくる。

 かつて一生つづけたいと思っていたことがいくつもあった。競馬もその一つであるが、年とともにつづけたいものが減っていった。ただ、『ニューヨーカー』だけは辞書を引きながら読みつづけるだろう。

 もはや急ぐことはない。電車の駆け込み乗車なんかもとうにやめている。酒場をハシゴすることもない。

 いっそう忘れっぽくなった。『ニューヨーカー』を読んでも、すぐに忘れてしまう。でも、読んでいるときは。こういう雑誌を読めるのは仕合わせな事だとしみじみ感じる。(作家・東京都在住)(「週刊NY生活」2007年9月8日号18面に書き下ろしで掲載)