夏を味わう簡単手料理3品

プロに聞く、生き生きEATS(イーツ)

元気と美味しいを求めて料理の達人が腕を振るう (27)

 1996年に創業した酒蔵は、ニューヨーカーに日本酒の世界を紹介するパイオニア的存在で、全米屈指の日本酒バーとして、世界中から多くの日本酒ファンを魅了している。200種類以上の厳選された日本酒もさることながら、本格的なタパススタイルの日本料理でも知られている。米国における日本酒ブームを牽引しているそんな銘店の今月は井上勝久シェフ(50)が登場。埼玉県出身でハワイに10年を含む滞米16年のベテラン日本食料理人、井上氏に、今回は「夏を味わう簡単手料理」3品を教えていただいた。

酒蔵

211 43rd St. B1

New York, NY 10017

212-953-7253

Sakagura.com

月、火、土    17:30-23:00  

水〜金Lunch: 11:30-14:15 

Dinner: same as above 

日曜定休


■夏野菜とシーフードの味噌ペスト和え

材料
アスパラガス 60g
タコ 80g
バジル 40g
ニンニク 40g
かぼちゃ 50g
イカ 50g
味噌 40g
粉チーズ 10g
ミニトマト 4〜5個
エビ 60g

(1)アスパラガスは皮が硬いところだけ薄く剥いて軽くボイルする。

(2)かぼちゃは食べやすい大きさにカットし、レンジもしくはボイルする。

(3)ミニトマトはヘタを取り水洗いする。

(4)魚介類も一口サイズにカットしボイルする。

(5)味噌ペストはバジル(葉だけ)、大葉、ニンニク、粉チーズをミキサーでペースト状にし、そこに味噌、オイルの順に入れ再度ミキサーで合わせる。

(6) (1)〜(5)をボールに入れ、味噌ペストを半分の量を入れざっくり合わせる。

(7) (6)を器に盛り、残りの味噌ペストをかけて、バジルの葉を飾り完成。


■もろこしのハラペーニョ・バター

材料
とうもろこし 150g
ハラペーニョ 12g
バター (有塩) 110g
醤油 5g

(1)バターを常温で柔らかくし、刻んだハラペーニョを混ぜ、ラップにくるみ冷蔵庫で冷やし固める。

(2)とうもろこしの皮を剥き、横に半分、もしくは3分の1にカットして実を切り取る(※写真参照=包丁を上下に動かすと上手にできる)

(3)フライパンに油を敷き、(2)を入れ、(1)を5分の1位入れる。

(4) (3)が馴染んだところに香りを付けに醤油を垂らし仕上げる。


■きゅうりの浅漬け カレー風味

材料
きゅうり 150g
カレー粉 2g
塩 10g
砂糖 10g
水 100g

(1)きゅうりを縦半分に切り、種を取り除き、1口サイズにカットする。

(2)漬け汁は、水に砂糖、塩、カレー粉を入れ混ぜる。

(3)ジップロックバックに(1)(2)を入れ、冷蔵庫で一晩寝かせる。

純米大吟醸 楽風舞をどうぞ

泉橋酒造の橋場社長がNYで試飲会

 泉橋酒造(本社・神奈川県海老名市)の橋場友一社長がこのほど来米し、15日午後、マンハッタン2番街54丁目のアンバサダーワインで試飲会を開催した。同酒造は江戸安政期の1857年に創業で、橋場さんは6代目の社長。当日は、店の常連客をはじめ、試飲会を聞きつけて来店したニューヨーカーなどが橋場社長、米国での同酒造レップを務める阿部嘉代子代表が注ぐ日本酒、楽風舞を楽しんだ。この酒は共同貿易を通して販売、同酒造の酒は、米国では現在8種類が販売されており、市内の高級レストランなどでも提供されている。

 特に純米大吟醸楽風舞は、菅元首相が2回の来米の際、ホワイトハウスにプレゼントとして使った酒で、先月ニューヨークで行われたジャパン・ソサエティの115年記念晩餐会でも乾杯にこの酒と希少な5年熟成した純米大吟醸梅酒がVIPレセプションで振る舞われた。楽風舞は、「五百万石」と食用米「どんとこい」を親に育種され、泉橋が全国で初めて 産地品種銘柄として登録し、泉橋が得意とする生酛造りで醸した。

 橋場社長は、大学卒業後、証券会社に就職、その後、泉橋酒造に戻り、地元農家と共に相模酒米研究会を設立し、全国でも珍しい「栽培醸造蔵®」「全量純米100%蔵」に生まれ変わらせた。「酒造りは米作りから」というのがモットーだ。同酒に関する問い合わせは 電話202・297・1109、Eメール [email protected]

日本素材のファッションを世界に発信

一般社団法人サクラコレクション 代表理事

田畑 則子さん

 フィラデルフィアで今月6日、次世代の若者を育成するための「日本の素材」をテーマにしたファッションショーをペンシルベニア大学内アイロンゲート劇場でフィラデルフィア近郊のファッション学部専攻の学生デザイナーとともに開催した(3面に記事)。田畑さんが10年間海外で実施してきたショーで、北米では初開催となる。今年のテーマは、江戸時代から続く静岡の伝統織物「遠州綿紬」。伝統を重んじ、日本の四季をイメージした色で糸を染め、昔ながらの織機で1日25メートル以上、丁寧に織られた生地は、驚くほど柔らかな手触り。同イベントでは、在NY総領事館の森美樹夫大使やフィラデルフィア市長ジム・ケニー氏が挨拶、尺八生演奏と殺陣ライブショー のパフォーマンス、デザイナー表彰式、懇親会も行われ華やかな日本紹介イベントとなった。

 田畑さんは、1971年埼玉県生まれ。短大児童教育学科を卒業後、クレジットカード会社に就職、ワーキングホリデイでオーストラリアに約1年間滞在。現地ツアーデスク、日本語教師などを経験した。帰国後、旅行系派遣会社や出版社勤務を経て、95年フリーライターとして独立した。

 97年、女友達と二人で、ポンコツ車に乗って45日間でオーストラリア大陸(約2万2000キロ)一周ドライブの旅に出るなど冒険家だ。

 2008年に多言語で日本の文化や地域を紹介するフリーペーパー『AJ Adventure JAPAN』編集長、発行人として起業。翌09年1月株式会社アドベンチャー・ジャパンを設立した。創刊4号で文楽特集をしたことがきっかけで、13年文楽マレーシア公演をコーディネイト。14年より吉田簑紫郎氏とともに通称「バックパッカー文楽」、アジアワークショプ公演を企画。タイ、ベトナム、マレーシア、フィリピン、インド、ミャンマー、シンガポール、台湾など14都市を巡回、海外イベントに乗り出すきっかけとなった。

 そんな田畑さんが継続して力を入れてきているのがサクラコレクションだ。「伝統文化と世界の人々を繋ぐプラットホームになればと願います。この先は、文化、経済、観光、教育の循環がうまくいくように、生み出されたデザインが、市場に周り、その売上でまた、新しい若いクリエイターを支援できるような仕組みになればと思います」と語る。著者に『起業本能~夢を生み出す女性たち』(サンマーク出版) ほか共著多数。(三浦良一記者、写真も)

平和を考える4色、増田セバスチャン展

 増田セバスチャンのチャリティアート展「カラー・フォー・ピース」が29日(金)から31日(日)まで、Mizuma & Kips(グランド通り324番地フロアB)で開催される。(協力:在ニューヨーク日本国総領事館)

 増田のNY移住後初のイベントで「平和を考える」をテーマに、平和のための4つの色(青、黄、 緑、ピンク)をフィーチャーした作品を展示。作品販売による利益の一部と寄付箱に集まった金額は全米ウクライナ女性協会や、戦争で傷ついた人々を支援する人権団体に寄付される。会場にはアーティストが愛用するビンテージシーツを使用したペイント作品やリトグラフの他、ベッドのインスタレーションやドネーションボックスが設置される。

 増田さんは「人種・宗教・年齢・性別・国境、ありとあらゆるボーダーを飛び越え、会場がたくさんの笑顔で溢れることを願っています」とコメントしている。

 入場無料。開廊時間は正午から午後6時、31日は午後5時まで。オープニングレセプションは29日午後6時から8時まで。

オープニングレセプションは要来場予約

https://www.eventbrite.com/e/charity-art-event-colors-for-peace-opening-reception-tickets-367935463877

愛は未来に繋ぐ

Love and Thunder

https://www.youtube.com/watch?v=U-vBV85ujjw&ab_channel=kruger_lah

 「Thor」シリーズ第4弾。前作「Thor: Ragnarok」のタイカ・ワイティティ監督が続投。ガンズ・アンド・ローゼズの曲をバックに愛と憎しみを経てたどりつく子供たちの明日をウエットとユーモアを織り交ぜ描き出す。

 むろん主人公はソーなのだが、本作で存在感を示すのが天文学者でソーの元恋人ジェーン・フォスターとヴィラン、ゴア。ムジョルニア(ソーのハンマー)を振るうことができる女性版ソー「マイティ・ソー」に変身するジェーンと愛する娘を失った悲しみで心つぶされ、神を憎み殺戮を繰り返す神殺しとなるゴアだ。単なる極悪非道の殺人鬼とは異なり、クリスチャン・ベール扮するゴアは吸血鬼のような妖気を漂わせる一方で氷のような悲哀の情をにじませる。

 ひび割れた大地をゴアと娘が歩き続け、遂に娘は息絶える。ゴアは緑地にたどり着き神ラプーに希望への救いを求めるがラプーはこれを一笑に付した。この時から憎しみの権化となったゴアの神殺しが始まる。

 狂気の道を突き進むゴアをとめられるのはソー(クリス・ヘムズワース)しかいない。ニュー・アスガルドの国王となったヴァルキリー(テッサ・トンプソン)や助っ人コーグ(ワイティティ)とゴア征伐に乗り出すソーの前になんとマイティ・ソーに変身したジェーンが現れる。

 ジェーンはステージ4の癌と診断されムジョルニアに治癒力を求める。ヘラによって破壊され今はニュー・アスガルドに展示されているバラバラになったムジョルニアが一体となってジェーンの手に収まる。マイティ・ソーの誕生だ。

 ゴアとソーらの激突は見てのお楽しみだがラッセル・クロウ扮するゼウスの傲慢ぶりや、ソーの今の相棒武器ストームブレーカーがムジョルニアに嫉妬するかわいいシーンもありワイティティ監督ならではの笑いもふんだんだ。ちなみにエンドロールが始まってもすぐに席を立たないように。今後のストーリー展開を予測させる驚きのおまけシーンが2つも出てくる。2時間5分。RG。 (明)


■上映館■

Regal E-Walk Stadium 13 & RPX 247 W. 42nd St.

AMC Empire 25 234 West 42nd St.

AMC Loews 34th Street 14 312 W. 34th St.

Cinepolis Chelsea 260 W. 23rd St.

編集後記 2022年7月16日号

【編集後記】 みなさん、こんにちは。日本が、世界が震撼した。もちろん安倍晋三元首相の死だ。犯人の宗教がらみの身勝手な思い込みにより、個人的で恣意的な殺人計画によって、こともあろうに選挙応援演説の公衆の面前で銃撃されて犠牲となった。しかも背後から忍び寄って自家製の銃器によって。こんなことが現代の日本で起こるのかと目を耳を疑った。アメリカのメディアは「暗殺事件」として一斉に報じた。日本の多くの報道機関は、殺害の背景が政治的なものではないことを理由に「銃撃による死亡」と、あえて「暗殺」という言葉を避けた。本紙は、今週号で、計画的に人を殺害したという意味で「謀殺」という言葉とアメリカの論調で使われている「暗殺」を同一紙面で使い分けた。犯人が歩道から車道にふらふらと歩き出して最初の一発目を発砲するまで約9秒少しあったと報道されている。思い出したのは、1981年3月30日に、ワシントンD.C.で、ロナルド・レーガン大統領が銃撃された事件だ。私はそのニュースをロサンゼルスの日経新聞社の編集部で聞いた。銃弾は大統領専用車の車体に当たって跳ね返りレーガンの左胸部に命中し、他にもジェイムズ・ブレイディ大統領報道官とワシントンD.C.首都警察のトマス・デラハンティ巡査、シークレットサービスのティモシー・マッカーシーに命中した。狙撃犯のヒンクリーはシークレットサービスや警官に取り押さえられ、逃亡しようともせずその場で身柄を拘束された。この10秒に満たない一連の出来事は複数のテレビカメラによってその一部始終が生中継されて世界を駆け巡った。一方、安倍元総理が撃たれた直後の映像は、カメラは固定位置から動かず、望遠ズームで捉えるばかり。世界に配信された写真は、共同通信のカメラマンが近くに駆け寄って撮影した地面に血を流して横たわる安倍氏の1枚の写真だった。その写真も国内では血の部分がモザイクがかけられた。公衆の面前で撃たれて一命を取り留めたレーガン大統領と死亡した安倍元総理の紙一重の落差は大きい。現場にはいなかったが、あえて言わせてもらうなら、せめて、総理の後方を警備していた2人のSPが、ガードレールの外にいれば、飛びかかることができたはずだ。政治的背景がなければ暗殺ではないとするなら、精神異常の犯人から発砲されたレーガンも、1963年にテキサスで暗殺されたジョン・F・ケネディも68年にロサンゼルスで殺害された弟のロバート・ケネディも犯人の犯行動機はうやむやだが歴史上はれっきとした「暗殺事件」であることに異を唱える人はいないだろう。政府の要人を計画的に殺害するということは、何に忖度して言葉を濁しているのかは知らないが、「安倍元総理暗殺事件」と呼んで何らはばかることはないのではないか。国内では毀誉褒貶甚だしい安倍氏だったが、海外での評価は極めて高い。安倍元総理の暗殺は、決してケネディ兄弟やレーガン大統領を狙った暗殺事件に比して決してその重大さに劣るものではない、まごうことなき「暗殺事件」だったと、事件直後に「週刊NY生活」という海外のこの小さな日系新聞社が書いたことをここに記しておきたい。それでは、みなさん、よい週末を。(週刊NY生活発行人兼CEO、三浦良一)

【今週の紙面の主なニュース】(2022年7月16日号)

(1)岐路に立つ日本の安全と平和  ジェラルド・カーチス名誉教授

(2)在留邦人も弔問記帳  NY日本総領事館で

(3)上村さんパールアート展 飾る楽しみもNYで紹介

(4)大野俊三  30日にライブコンサート

(5)五嶋龍さんが空手道場  日米武道館を開設

(6)在外選挙投票率22%  参議院選挙で自民大勝

(7)平和な日本でなぜ  海外メディアの「暗殺」報道(在留邦人の声や関連記事もできる範囲で)

(8)タイム誌の表紙に  安倍晋三のレガシーを特集

(9)輸入焼酎の規制緩和 ビールと同じソフトリカー扱いに

(10)NY日商創立90周年 ウクライナ支援の夕べ

(11)着物に見るジャポニズム  メトロポリタン美術館で

岐路に立つ日本の安全と平和

安倍元首相暗殺と日本政治の未来

コロンビア大学政治学部名誉教授 
ジェラルド・L・カーチス

 安倍晋三元首相の暗殺は、日本国民だけではなく、世界の指導者たち、そして日本国外の多くの人々に、彼の死の衝撃と悲しみとショックを与えた。安倍総理は、長年にわたり総理大臣を務め、国際的に尊敬され、影響力のある人物だった。アベノミクスで日本経済を活性化させ、防衛力を強化し、政府レベルだけでなく、知的交流や日本研究プログラムの支援を通じて米国との関係を深めることに尽力した。

 私は安倍氏と長年知り合い、日本の内政や外交の問題について幅広く語り合い、興味深い会話を何度も交わした。経済政策、教育政策、その他多くの国内問題について議論したが、彼の心が国際問題にあることは明らかであった。安倍首相は、日本が世界の舞台で、より大きな指導的役割を果たすべきであると考え、その実現に向けて懸命に努力していた。彼は、これまでのどの首相よりも頻繁に、そして広範囲に渡航していた。ASEAN諸国やインドとの関係も深めた。ロシアとは北方領土問題を解決しようとしたが、結局は失敗した。中国との関係も改善しようとしたが、同時に中国が尖閣諸島に対する日本の支配に挑戦しようとする動きには断固として抵抗した。インド太平洋地域における強力な自由貿易体制を構築するための努力もした。そして何よりも、米国との関係強化に努めた。

 安倍首相は、米国との緊密な同盟関係なくして、日本の国家安全保障戦略の成功はあり得ないと考えていた。だから、オバマであろうとトランプであろうと、安倍氏は米国の大統領と個人的に親密な関係を築くように努めた。オバマと一緒に広島に行き、トランプが当選してすぐ、大統領に就任する前にニューヨークのトランプタワーにトランプを訪ねに行ったのだ。安倍氏は思想的には自民党の右派だったが、外交に関しては現実的なリアリストであることがわかった。

 安倍首相の死が長期的にどのような影響を及ぼすか、確実なことは言えないが、今回の事件が、日本にとって大きな転機となるかもしれない。戦後の日本では、安倍首相の祖父である岸信介首相の暗殺未遂事件、長崎市長殺害事件、オウム真理教による殺傷事件など、衝撃的な凶悪事件が他にも起きている。しかし、安倍首相殺害が他と異なるのは、それが起こった歴史的背景である。第二次世界大戦後数十年間、日本人は自分たちの国は安全で平和だと信じ、国内政策や外交政策を少しずつ変えていくことで日本はやっていけると思っていた。そのため、衝撃的な出来事や恐ろしい出来事があっても、この基本的な信頼が揺らぐことはなかった。

 しかし、新型コロナウイルスによるパンデミック、地球温暖化の脅威、台湾や南シナ海、東シナ海における中国の攻撃的な行動、ウクライナ戦争の結果としてのロシアとの関係の悪化、北朝鮮の核兵器能力の増大、米国の評判と世界のリーダーシップの低下、そして今回の安倍首相の殺害が重なり、日本人は自分の国が本当に安全で平和なのか疑問を持つようになったのだ。

 日本の政治指導者たちは、このような世論がもたらす機会を捉えて、ドナルド・トランプ氏のようにポピュリスト的な政策を推し進め、日本を危険な道に導くのか、それとも安倍首相の後任を目指す人たちが、日本の安全と平和を維持し続ける道を定めるために、冷静で合理的、現実的でいられるかという疑問に対する答えは、私たちには分からない。

 安倍首相は日本の政治の舞台で大きな存在であった。そのレガシーをどうするかは、後継者たちの手にかかっている。

(原文は英語。本紙編集部訳)

在留邦人も弔問記帳

NY日本総領事館で

 ニューヨーク日本総領事館は、7月8日、安倍晋三元総理大臣が逝去したことを受け、11日と12日に弔問記帳を受け付けた。

 パーク街の48丁目にある日本総領事館が入居するビルには午前9時30分から在留邦人が続々と詰めかけ、1階ロビーはエレベーターに乗る人たちで長い行列ができた。当日は事前の登録は必要なかったが、ビル1階の同館受付で身分証明書を提示し、入館に際しセキュリティ・チェックを受けるなどの警備態勢が敷かれた。

 入館者たちは記帳台帳が置かれた18階広報センター内ギャラリースペースに案内され、それぞれの思いを込め遺影の前で手を合わせ、記帳していた。2日間で日米市民や在留邦人ら325人が記帳した。

(写真)弔問記帳する在留邦人(11日午前9時30分過ぎ、NY日本総領事館で、写真・三浦良一)

身につけ飾って楽しむ

上村さんがパールアートNY展

 パール芸術作家の上村栄司さんが7月5日から9日までソーホーのギャラリー・マックス・ニューヨークで「パールアート展」を開催した。ニューヨークでは3年ぶりの開催。初日には上村さんが新たに手がけているストーリー性のある作品で、身につけた後は自宅に飾って見て愛でる芸術作品としての表現の数々を紹介した。来場したパール愛好家の顧客たちは、作品を手に、首に、胸に飾りながら上村さんの説明に聞き入っていた。当日は講演会も開催された。

 上村さんは、 三重県南伊勢で祖父の代から真珠養殖を営む3代目で、真珠に限りない愛情を注ぎ制作に取り組んでいるユニークな真珠アーティストだ。もの心ついた時から枕元にいっぱい真珠が転がっているような環境の中で育った。パンデミックの2年半、今まで気がつかなかった多くの発見があった。その一つが、身に着けるものだけでなく、身に着けない時間をアートとして身近で眺め愛でることができる作品の創作だ。また真珠をあしらったテーブルウェアなどにも力を入れている。そうすることで、「これまでジュエリーに全く興味の無かった方がお求めくださったり、またご自分をイメージした作品を作って欲しいなどの依頼もいただいたり、真珠の別次元に一歩踏み入った感覚で制作しています」と話す。

 テーマは、スパイダーが真珠を掴んでいる作品や、宇宙飛行士が月面着陸している宇宙を真珠で描いた作品などさまざま。

 講演では「一緒にお出かけした後は、特性ケースに飾って、感謝の気持ちで、アートとして鑑賞して楽しむ」使い方も紹介した。養殖真珠が開発されたのは、今から約100年前。天然真珠と比べ、まん丸で形もすべて揃っている養殖真珠は世界の人々の賞賛を集めた。 祖父の代から真珠養殖に携わってきた上村さんは「丸く揃っている真珠は素晴らしい。しかし、丸くなくても、揃っていなくても真珠は美しい。 人間ひとり一人、姿かたちが異なるように、真珠もまた 一粒ずつ異なる趣きを秘めている。 芸術というと少し遠い存在に感じたりもするが、日常のちょっとした風景にもアートを感じて自分なりに楽しんでみていただきたいです」話していた。

希望を持って生きる力を

トランペッター 大野俊三

30日ライブコンサート

 ニューヨーク在住のトランペッター、大野俊三が30日、イーストビレッジのザ・パブリック・シアター、ジョーズ・パブ(ラファイエット通り425番地)でライブ公演「メタモーフォシス(変身)」を行う。パンデミック前に出したアルバム「エピック(勇者の抒情詩)」からの選曲で同名タイトルの曲などを演奏する。1974年3月13日に、アートブレーキーの招きでニューヨークにやってきた。ギル・エヴァンス、ウェイン・ショーター、ハービー・ハンコックら多くのミュージシャンと共演してグラミー賞をはじめとする多くの賞を受賞する中で、渡米直後の母親の自殺、その後も交通事故、第4期咽頭癌を経験し、その回復の過程で逆境を超えた可能性を見出してきている。今でも、右側の唇、頬、喉、肩から125の筋肉とリンパを切除したため神経がない。唇の左側で演奏する。術後、あらゆる世界の一流トランペット奏者についてリハビリをしたが、何度ももうダメかと挫折しそうになったという。項垂れて歩いている目に飛びこんだグランドセントラル駅の看板の文字「HOPE IS POWER」に勇気づけられた。「生きているだけも奇跡だ。まだ俺にはトランペットがある」。

大野がトランペットの世界に入るきっかけとなった映画「トランペット少年」(1955年、東映)のポスター

 小学生時代、学校で年に2回、文部省推薦の映画を観に映画館へいく行事があって、そこで見た「トランペット少年」(1955年、東映)に魅了されたのがトランペットとの出会いだ。岐阜県長森中学の吹奏楽部に入ってそれからは朝から晩までトランペットばかり吹いている、まさにトランペット少年だった。今、75歳。「慈悲とは悲しみを慈しむこと。今回の演奏会は自分に優しく、親切にすることで希望を持ち、その生きる力を感じていただける清涼剤になってもらえたら」と言う。   (三浦)

 演奏会は30日(土)午後7時開演。入場料20ドル(+ドリンク2杯またはフード12ドルミニマム/1人)。電話212・539・8777、チケット申し込みは

https://publictheater.org

五嶋龍さんが空手道場

「日米武道館」を開設

 バイオリニストとして知られる五嶋龍さんがこのほど、ニューヨークで空手道場「日米武道館」を設立した。「伝統的な価値観を現代に生かす」をモットーに、武道を通じて日本とアメリカの文化の懸け橋になるため、現代的なアプローチをとっていく。目標は「年齢や性別、国籍に関係なく常に人格、運動能力、向上心を育むマインドセットを養う」ことだ。五嶋さんは、7歳から空手を始め、日本空手協会三段、米国ナショナル空手フェデレーション三段、日本空手協会ナショナルチームメンバー、AAUメダリスト、船越義珍杯 第14回 世界空手道選手権大会ファイナリスト。

 幼少より、バイオリン、空手に親しみ、勉学の傍ら世界に名だたるオーケストラとの協演、リサイタル、メディア出演を重ねる。実姉は世界的なバイオリニストの五嶋みどり。ハーバード大学在学中より多面に渡る企業設立に関わり、音楽家、起業家、空手家である経験を生かして、社会活動にも貢献する。「あらゆる学問や、芸術にも武道精神が土台となることから、今はこの道場がしっかり成長することにエネルギーを費やしたいと思っている。武道が他の仕事と両立できないとは考えていないが、現在は、バイオリニストと空手師範の二兎は追わない」と話す。現在、入門生を募集している。

 練習は、日米合同協会(7番街255番地3階、電話603・803・3757)で、稽古は毎週火曜、木曜、土曜に実施している。問い合わせはEメール [email protected] 詳細はウェブサイト https://linktr.ee/JABudokan