岐路に立つ日本の安全と平和

安倍元首相暗殺と日本政治の未来

コロンビア大学政治学部名誉教授 
ジェラルド・L・カーチス

 安倍晋三元首相の暗殺は、日本国民だけではなく、世界の指導者たち、そして日本国外の多くの人々に、彼の死の衝撃と悲しみとショックを与えた。安倍総理は、長年にわたり総理大臣を務め、国際的に尊敬され、影響力のある人物だった。アベノミクスで日本経済を活性化させ、防衛力を強化し、政府レベルだけでなく、知的交流や日本研究プログラムの支援を通じて米国との関係を深めることに尽力した。

 私は安倍氏と長年知り合い、日本の内政や外交の問題について幅広く語り合い、興味深い会話を何度も交わした。経済政策、教育政策、その他多くの国内問題について議論したが、彼の心が国際問題にあることは明らかであった。安倍首相は、日本が世界の舞台で、より大きな指導的役割を果たすべきであると考え、その実現に向けて懸命に努力していた。彼は、これまでのどの首相よりも頻繁に、そして広範囲に渡航していた。ASEAN諸国やインドとの関係も深めた。ロシアとは北方領土問題を解決しようとしたが、結局は失敗した。中国との関係も改善しようとしたが、同時に中国が尖閣諸島に対する日本の支配に挑戦しようとする動きには断固として抵抗した。インド太平洋地域における強力な自由貿易体制を構築するための努力もした。そして何よりも、米国との関係強化に努めた。

 安倍首相は、米国との緊密な同盟関係なくして、日本の国家安全保障戦略の成功はあり得ないと考えていた。だから、オバマであろうとトランプであろうと、安倍氏は米国の大統領と個人的に親密な関係を築くように努めた。オバマと一緒に広島に行き、トランプが当選してすぐ、大統領に就任する前にニューヨークのトランプタワーにトランプを訪ねに行ったのだ。安倍氏は思想的には自民党の右派だったが、外交に関しては現実的なリアリストであることがわかった。

 安倍首相の死が長期的にどのような影響を及ぼすか、確実なことは言えないが、今回の事件が、日本にとって大きな転機となるかもしれない。戦後の日本では、安倍首相の祖父である岸信介首相の暗殺未遂事件、長崎市長殺害事件、オウム真理教による殺傷事件など、衝撃的な凶悪事件が他にも起きている。しかし、安倍首相殺害が他と異なるのは、それが起こった歴史的背景である。第二次世界大戦後数十年間、日本人は自分たちの国は安全で平和だと信じ、国内政策や外交政策を少しずつ変えていくことで日本はやっていけると思っていた。そのため、衝撃的な出来事や恐ろしい出来事があっても、この基本的な信頼が揺らぐことはなかった。

 しかし、新型コロナウイルスによるパンデミック、地球温暖化の脅威、台湾や南シナ海、東シナ海における中国の攻撃的な行動、ウクライナ戦争の結果としてのロシアとの関係の悪化、北朝鮮の核兵器能力の増大、米国の評判と世界のリーダーシップの低下、そして今回の安倍首相の殺害が重なり、日本人は自分の国が本当に安全で平和なのか疑問を持つようになったのだ。

 日本の政治指導者たちは、このような世論がもたらす機会を捉えて、ドナルド・トランプ氏のようにポピュリスト的な政策を推し進め、日本を危険な道に導くのか、それとも安倍首相の後任を目指す人たちが、日本の安全と平和を維持し続ける道を定めるために、冷静で合理的、現実的でいられるかという疑問に対する答えは、私たちには分からない。

 安倍首相は日本の政治の舞台で大きな存在であった。そのレガシーをどうするかは、後継者たちの手にかかっている。

(原文は英語。本紙編集部訳)