その5:素晴らしい絵画と素晴らしい音楽

ジャズピアニスト浅井岳史の2019南仏旅日記

 今朝は、昨夜の7時間の運転のおかげで眠い朝となった。だが、それ幸いにと午前中は仕事をした。このフランスの滞在が終わるとNYには3日間帰るだけで、エジプトのツアーに出る。その3日間のうち2日は演奏が入っている。演奏家は演奏だけしているわけにはいかない。エジプトツアーのマーケティング活動を、窓を開いた心地よい風が吹き抜けるテーブルに座ってネット越しに行った。なんと言う時代だ。
 で、昼は目の前にあるスーパーにランチの素材を買いに行く。いやー、これはすごい。果物も野菜もタップリ太陽の光を浴びて育っている。さらにたくさんの瓶詰めのパテ、チーズ、見るからに美味しそうなロゼワインが並ぶ。ただし肉類はアメリカに比べて非常に高い。ハム2切れが4ユーロ、買うのに躊躇してしまう。そういえば、フランス語の教科書の例文に「ハムを3切れください」とあった。アメリカ英語の教科書ではあり得ないだろう。
 ランチの後、外出。この小さな町はもうほとんど見てしまっているが、唯一見ていないMuseeに出かけることにした。今日は太陽がすこぶる熱い。すぐに到着したがシエスタ中で、3時に再開するとのこと。先に地図で見て気になっていたLe Templeに向かった。タンプル教団の古い建物なのかと期待したが、職業安定所になっていた。で、また中世の石の街を写真を撮りながらMuseeに戻る。ここにHistoire(歴史)の展示があると書いてあるので入ってみたが何やらピカソの弟子かと思うアーティストの展示であった。それならやめようと思ったのだが入場は無料で、優しいおばさんが「アントレ」と招いてくれたので入ってみた。マリア様がお年を召されたような慈愛に溢れるその女性が、Michel Timoleonthosと言うそのアーティストについて説明してくれた。英語はほとんで出てこないので、フランス語を最大級に絞り出して話したが、どう言うわけか会話が楽しくて仕方がない。修道院で育てられたこのアーティストが最初に書いた絵が、なんとマグダラのマリア、昨日訪れたレンヌ・ル・シャトーのテーマであった。やはりマグダラのマリアは南フランスにどこでも登場する。聖(サクレ)ではマリア、俗(プロファン)では裸婦、「結局女性ばかり描いとるやん!」と突っ込んでしまう(笑)。
 そのおばさん、そして同僚のこれも優しいおじさんとたくさん話をしてすっかり楽しい気分になって、栞10枚と大きなポスターまで買ってしまった。これはNYのスタジオに貼ろうと思う。自分がジャズピアニストであると伝えるとたいそうびっくりして、ここでも夏はコンサートをやっていて最後の夜はジャズだとパンフレットを見せてくれた。こうして知らない土地の人とその土地の言語を使って交流する、これに勝る旅行の醍醐味は無い。心がほっこりとしてきた。そして、このアーティストが大好きになった。おばさんから、この人の作品が隣の教会に飾ってあると言われ、早速出かけることにした。お別れが惜しかった。
 隣の11世紀からある大聖堂は、随分とカビ臭いが、堂内は荘厳でそこには、先ほど知った画家、Michel Timoleonthosの絵が当意即妙に飾ってある。
 いきなり素敵な歌声が聞こえてきた。見上げると壇上に美しいクワイアがいる。教会では残響時間が長いために歌声に深いリバーブがかかる。さらに反対側から別のクワイアが聞こえ、さらに別のとこから、となんと素晴らしいポリフォニーの宗教曲を生でたっぷり聴かせてもらった。どうやら、ドイツから若いプロの聖歌隊が来ているようで、今夜ここでコンサートがあるようだ。そして今はそのリハのようだ。現地のスタッフとは英語で話し、楽団の中ではドイツ語、そしてスタッフ同士はフランス語の会話が聞こえる。
 以前、冬にパリのモンマルトル大聖堂に入った瞬間、聖歌隊が歌う宗教曲に戦慄が立ち、そのまま立ち尽くしてしまった。今回もそれに準ずる素晴らしさだ。フォーレとかプーランクだと思うが、わからない。現代的な洗練されたハーモニーだが、歴史をキチンと踏襲している、そのバランスが素晴らしかった。ちなみに私は自分が(偏屈)作曲家であるので、そう簡単には他人の音楽を好きにならない。有名な作曲家でも嫌いな人の方が多い。でも、この音楽は素晴らしかった。リハの大半を聴いてしまった。このタイミングの良さ、神からのギフトのように思えた。これでチケットを買って本番に行く必要が無くなった(笑)。
 感動を胸に、そぞろ歩きでアパートに戻って今夜は自炊。今日はとてもDomesticな日なのであるが、窓から入る心地よい風を受けながらのこの地元民のような生活が最高の贅沢に思える。美術館での素晴らしい絵と優しい人たち、教会での素晴らしい音楽との出会い、素晴らしいUzesの最後の日は、それにふさわしい素晴らしい1日であった。(続く)
(浅井岳史、ピアニスト&作曲家)
www.takeshiasai.com

EAST VILLAGEはJAPAN TOWNだ

日本食がいっぱい!

 イーストビレッジに日本あり。かつてマンハッタンの前衛的なアートを愛する若者の街として、また革新的な公民権運動やアナキーな自由を愛する人々の集積地として知られたエリアは今、マンハッタンの中でも、安全で、そしていろいろな日本食が楽しめる「美食の町、ジャパン・タウン」としてニューヨーカーに愛されている。経済再開が徐々に進み、屋外レストランも出揃った。社会的距離を保ちながら外食するならイーストビレッジへ行ってみよう。

案内してくれた八木代表

 案内してくれたのはイーストビレッジを中心に15店余りの日本食レストランを経営するTICグループの代表で、NY日本食レストラン協会の会長を務めるボン八木さん。今回の新型コロナウイルスの感染拡大による非常事態宣言で自分の店を全店閉めたがカムバック。市内日系レストランの再開を支援しながらイーストビレッジを「食のジャパンタウン」に再生する取り組みに挑戦している。「飛行機に乗って日本に行けない状況だけど、ここに来れば日本に行かなくてもラーメン、寿司、天ぷら、そば、和菓子まで日本食ならなんだってあることをもっと知ってもらいたい」と話す。


① 波崎(江戸前寿司)

210 E 9th St,
New York, NY 10003
(212) 473-3327 www.hasakinyc.com

1984年に開店した本格江戸前寿司店。店の前のアウトドアの他に店の中庭をこのほど改装した波崎ガーデンをオープン。滝の流れる日本庭園で食べる寿司は格別。おまかせ、チラシなど。

波崎の中庭に完成した「波崎ガーデン」

② 来々軒(ラーメン)

218 E 10th St,
New York, NY 10003
(212) 477-7030
www.rairaiken-ny.com

2000年にオープンしたニューヨークで最初のラーメン専門店のひとつ。メニューは昔ながらの東京しょうゆラーメンや塩ラーメン、餃子、チャーハン、焼きそば、鶏の唐揚げなどが人気。写真はワンタン麺。

咖喱屋(カレー)

218 E 10th St,
New York, NY 10003
(212) 477-7030 https://curryya.square.site/

NYで本格的な日本のカレーを提供するカレー専門店。熱々の鉄鍋で出てくるとんかつカレーや、炒めたパプリカ、ナス、インゲン豆など旬の野菜がたっぷりのった野菜カレーなどを提供。

コロナの晩夏いま

 うだるような暑さが過ぎ、マンハッタンにも朝夕、涼しい風が吹き始めた。お盆が過ぎても残暑は続く。太陽光線のコロナが陰っても、春から猛威を奮う新型コロナウイルスは、サンベルト地帯では勢いを緩めていない。晩夏のいまも地獄を見たニューヨークは警戒を緩めない。(チェルシーの露店マーケットで太陽を仰ぐひまわり、写真・三浦良一)

ハリスの旋風吹くか

リベラル派
犯罪には厳しい

 ハリス氏は、60年代の公民権運動で知り合ったというジャマイカ出身の経済学者のドナルド・ハリス氏(スタンフォード大学名誉教授)とインド出身の内分泌学研究者シャマラ・ゴパラン・ハリス博士の間に1964年、カリフォルニア州オークランドで生まれた。7歳の時に両親が離婚し、母親のもとで育てられた。黒人コミュニティーを知る一方、母親に連れられインドを度々訪れている。また母親がカナダのマギル大学で教鞭を執っていた5年間はモントリオールに住むなど多様な文化の中で育った。

 黒人が通う名門校とされるハワード大学(ワシントンDC)に進学し、卒業するとカリフォルニア大学ヘイスティングス・ロースクールへ。弁護士資格取得後はカリフォルニア州アラミーダ郡地方検察局に入り、サンフランシスコ市検察局などを経て、2003年に第27代サンフランシスコ地方検事に当選し就任した。

 2011年にはカリフォルニア州で初の黒人で女性の司法長官(検事総長)に就任。サブプライム住宅ローン危機では、バイデン氏の長男で当時デラウェア州司法長官だったボー・バイデン氏(2015年死去)と共闘し住宅を抑えられた住民の救済に務めた。死刑制度に批判的で同性婚容認などでリベラル。刑事司法制度改革にも取り組み、特別捜査官へのボディカメラの着用義務や犯罪統計データベースの公開などが知られる。

 政界から注目され、2017年にはカリフォルニア州選出の連邦上院議員になった。 アフリカ系アメリカ人女性としては2人目、南アジア系アメリカ人としては初の連邦上院議員となる。

 上院議員としては大麻の脱法化、不法移民の市民権獲得への道、暴行武器禁止などを支持。トランプ大統領が指名したブレッド・カバーノー連邦最高裁判事候補らを司法委員会の指名公聴会で鋭く追及し全国的に知られるようになり、2019年1月に大統領選出馬を表明。当初は支持率が2位とまでなったが、出馬理由や政策目標を明示することができず、医療改革などでは主張のブレが目立ち支持は低迷、12月に撤退した。

 検事時代の比較的軽い罪でも厳刑を求めるなど容疑者に厳しい姿勢は一部のリベラルや黒人などマイノリティー層から批判されていたが、大統領選では中道や浮動票獲得で有利に働くとの見方もある。

民主党の副大統領候補

 民主党候補になるジョー・バイデン前副大統領は11日に副大統領候補として、カマラ・ハリス上院議員(55、カリフォルニア州選出)を選んだ。ハリス氏はアフリカ系とインド系のルーツをもっており、米国で初の黒人の副大統領候補となった。女性の副大統領候補としては1984年にジェラルディーン・フェラーロ氏(民主党)が、2008年にサラ・ペイリン氏(共和党)が選ばれているが、ともに本選で大統領候補が落選している。 

 昨年6月の民主党指名争いの討論会でカマラ氏はバイデン氏を「人種差別主義者」と非難するなどしており、また「野心家過ぎて信用できない」との声が一部の民主党関係者からあった。しかし今年5月、ミネアポリスで黒人男性が白人警官によって暴行死したことをきっかけに、全米を揺るがす「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命も大事だ」運動が巻き起こり、副大統領候補には黒人女性をとの声は強かった。黒人票や女性票を得るためにも黒人女性をバイデン氏は選ぶだろうと見られていたため驚きの声はそれほど出ていない。ニューヨーク・タイムズは12日、「民主党討論会で対立したライバル同士が力を合わせた」と好意的に報じた。一方、トランプ大統領は「討論会でのバイデン氏に対する態度は本当にひどいものだった」とツイッターで皮肉った。

トランプ対ハリスに

 ニューヨーク・ポストは11日、「こうなったら争いはトランプ大統領対ハリス氏になる」と報じた。というのも77歳のバイデン氏は、今回当選すれば二期目の再選には出馬しないと周辺に語っており、いつでも大統領職を譲れる人物にしたいと考えているとされるためだ。CNNも12日、「バイデン氏は、トランプ氏に対する国民投票となる可能性を最大化する選択をした」と評価しつつ、「バイデン氏が辞任した場合には代わりを務めることができる経歴の持ち主にした」とツイッターに投稿した。

 こうしたことからインフォウォーなど一部の保守系メディアでは、バイデン氏が当選後、ハリス氏に大統領職を譲るのではとの憶測が広がった。バイデン氏が大統領となった場合、健康上の理由などから途中で辞任しハリス氏が大統領になることは十分あり得る。またハリス氏が副大統領としての実績を積めば、2024年の大統領選に出馬し当選する可能性は高いと見込まれる。近い将来の、初の黒人で女性の大統領誕生の現実味が高まっている。11月の大統領選が「トランプ大統領かハリス氏か」の選挙と見る向きがあるのはこのためだ。

 バイデン氏を脇役にして不利にさせようとしていると見る向きもあるが、いずれにせよハリス氏の思想信条がより注目されるのは間違いない。

(写真)ハリス氏の指名を大きく1面で報じる8月12日付NYタイムズ紙

栗原美江さん死去

家具レンタルで日系社会支える

コーシン社長夫人

 ニューヨーク市クイーンズ区フォレストヒルズのレンタル家具店、コーシンの創業者の妻、栗原美江(くりはら・よしえ)さんが11日、療養先のウエストチェスターのナーシングホームで亡くなった。85歳だった。

 栗原さんは、ニューヨークでミシン部品メーカーの駐在員だった夫の正義さん(2013年に83歳で他界)と結婚し68年に一時帰国後、リチャードさん、マーキーさん、ミッキーさんの3人の子供と共に再来米した。同夫妻はフォレストヒルズで現在のビジネスの全身となるロングアイランド・ステレオを開業。70年代に入って従来のミシンのパーツ販売に加えてテレビ、家具、電気掃除機、ピアノ、エアコンなどのレンタル・販売ビジネス「コーシン」を創業、学習塾も開業するなどして70年代のニューヨーク地区に赴任した日本企業駐在員世帯の当地での生活を側面から支えた。美江さんは当時ニューヨークにまだ少なかった日本人の子供たちの世話をし、また駐在員家庭の妻たちが頼る先輩として慕われた。

 現在は、長男のリチャードさんが家業を引き継ぎ、創業の地、フォレストヒルズで今も店を守っている。遺族を代表し、社長のリチャードさんは「ここに謹んで母の死をご報告申し上げますと共に生前故人に賜りましたご厚誼に対し遺族一同心から御礼申し上げます」とニューヨークの日系社会に感謝の言葉を本紙を通じて述べている。連絡先は電話718・520・0002(コーシン)。

(写真左)ありし日の美江さん(写真・家族提供)
(右)創業当時のコーシン。右手前が夫の正義さん

お洒落でおいしい美容食

プロに聞く、生き生きEATS(イーツ)

元気と美味しいを求めて料理の達人が腕を振るう (5)

 私は美容食をブログ、インスタグラム、集英社OurAgeの連載で紹介しています。私の美容食のコンセプトは、①美肌効果が高い栄養素が入っている食材を使っていて ②美味しくて ③見た目がお洒落。多忙でも美容食生活を続けられるように、手早く簡単にできることもモットーです。コロナで自宅待機が始まってからは、オンラインでクッキングクラスも開催しています。

 美容食を始めたきっかけは、痩せるために食生活を見直そうと思った時、ただ単に体重を減らすのではなく、肌にいいものを食べながら減量したいと思ったことです。私は食いしん坊ですので、おなかいっぱい食べながら痩せるにはどうしたらいいか考え、自分で「美容食生活6か条」(ブログに掲載)をつくり実践。28ポンド減らせたので、ブログを始めました。肌は内臓の鏡といいますので、肌にいいものを食べていれば健康にいいものを食べているということになり、安心して減量できました。

 今は免疫アップも気になりますので、免疫アップに特に効果がある発酵食品の1つ、味噌を使った私の超簡単お気に入りを3品ご紹介しましょう。

 味噌は、私は八丁味噌と西京味噌を常備しています。コラーゲンの生成にはビタミンC、たんぱく質、鉄が欠かせません。味噌は鉄を多く含み、その中でも豆味噌が特に鉄を多く含んでいます。ですので、豆味噌である八丁味噌を基本的に使い、白味噌があう料理の時は西京味噌を使っています。

 モッツァレラチーズの味噌漬けと鯵のなめろうは、なるべく火を使いたくない夏にピッタリ。私は、創業100年以上のイタリアンの食材屋さん「アレヴァ」の自家製の塩入りモッツァレラチーズが大好きで、いつもそれをリトルイタリーまで買いに行きます。

 青背の魚は血液の循環がよくなるなど、効能がいっぱいのオメガ3必須脂肪酸が豊富ですので、魚はなるべく青背の魚を食べます。生で食べる魚は、ファーマーズマーケットの魚屋さんで買っています。

 担々麺風うどんは、ミルクと濃縮タイプのめんつゆを合わせるだけでそれ風の味になるのが手軽で嬉しいです。牛乳以外のミルクを使う場合、例えばオーツミルクならめんつゆをミルクの半分に調整してください。つゆは熱くても冷たくても美味しいです。肉味噌はつくりやすい分量を載せました。冷製うどんでも、肉味噌は温めてお使いください。

杉本佳子

(ファッションジャーナリスト兼美容食研究家) 1988 年よりニューヨーク在住。ファッションジャーナリストとして働きながら、日々つくる美容食をインスタグラム(https://www.instagram.com/yoshikoliciousbeauty/?hl=en)に載せている。


■モッツァレラチーズの味噌漬け

 3センチ×3センチ×4センチくらいのモッツァレラチーズに対し、八丁味噌と西京味噌それぞれ大さじ4ずつ、みりん大さじ1をジップロックに入れる。よくもんで混ざったら、モッツァレラチーズを入れて味噌がチーズを覆うようにする。1日置いたらできあがり。


■担々麺風うどん

 肉味噌をつくる。ベジタブルオイル少々で、みじん切りにした生姜1かけとスキャリオン10センチくらいを炒め、牛ひき肉半ポンド加えてさらに炒める。味噌大さじ2、醤油、酒、みりん各大さじ1、砂糖大さじ1/2を加えて、汁気がほぼなくなるまで煮詰める。牛乳と濃縮タイプのめんつゆ1対1の割合で合わせて、それを茹でたうどんと共にどんぶりに入れる。肉みそを上にのせ、スキャリオンの緑の部分少々を刻んで散らす。ラー油を適量加える。


■鯵のなめろう

 鯵は皮を手前に引っ張りながら包丁を向こうに押して皮をはぎとり、骨をとる。包丁でたたいて細かくし、八丁味噌、みじん切りにした生姜とネギを混ぜる。鯵半ポンドに対し、生姜1かけ、スキャリオン1本、味噌大さじ1・5くらいが目安。食べる時に醤油を少しかける。

鎌倉シャツ・創業者の物語

玉置 美智子・著
文藝春秋・刊

 「マジソン街に日本人がシャツ屋を出店する? 悪いことは言わない、辞めた方がいい。あんたアメリカ人が銀座のど真ん中に寿司屋を開いたら食べに行くかい? 行かないだろう。それと一緒だよ」。47丁目と48丁目の間のマジソン街の店舗を借りたいと日本から駆けつけたメーカーズシャツ鎌倉の会長、貞末良雄に、恰幅のいいビルのオーナーはにべもなく断った。返す言葉がなかった。だが自信満々のニューヨーカーにも弱点はあった。英国コンプレックスだ。日本人が米国のアイビースタイルを守ったと書いた『THE IVY LOOK』の英国人著者、グレアム・マーシュの推薦状で「そうか、イギリス人が言うのなら」とオーナーは納得し交渉は進展した。

 2012年10月30日。前日からハリケーン・サンディーがNYを直撃し、25万世帯が停電、バス、鉄道、地下鉄も全部止まったが39丁目から北側は停電しなかった。47丁目の店は無事だった。午前7時。マジソン店は予定通り開店した。

 鎌倉シャツは、その後米国最大の口コミサイトと言われる「Yelp」で5つ星の好評価を得ただけでなく、「GQ」マガジンではベストメンズストア100のスーツ・シャツ部門で世界のブランドと肩を並べるまでになった。鎌倉のコンビニの2階から夫婦2人で始めたシャツ屋は、日本の縫製工場による最高品質のメイドイン・ジャパンのシャツを徹底した中間コストの削減により、求め易い価格で販売することを可能にした。この本は、日本のアパレルメーカーが苦戦を強いられる中、25年で鎌倉シャツを世界的ブランドにした成功物語だ。

 しかし2018年8月31日、妻で社長のタミ子が朝出社した会社1階のエレベーター前で倒れた。脳出血だった。一命は取り留めたが重度の障害が残った。

 5月に2代目社長に就任した長女の奈名子と実務で支える次男の哲兵らの家族愛と、若き日に妻と働いたVANジャケットという戦後日本のメンズファッションの歴史に大きな影響を与えた会社の栄枯盛衰も描かれているビジネス小説でもある。同時に一人の人間、夫としての良雄の愛と葛藤を描いた感動のノンフィクションだ。(三浦)

(写真左)NY店開店直後、店頭に立つ貞末夫妻(2012年11月3日付週刊NY生活より)

家庭料理代行の宅配サービス人気

マイ・ハッピー・タミー・クラブ LLC ニューヨーク
オーナー、ビジネス・マネージャー

反町 真理香さん

 妊婦、産後ママ、共働きや小さな子供のいる家庭、独身・単身赴任の人、年齢と共に健康が気になる人の役に立ちたい一心で「お母さんが作ってくれたような家庭料理」の料理代行宅配サービスを始めた。できる限りオーガニックの食材を使用し、栄養バランスのとれた週替わりのメニュー(メイン3品、副菜3品、スープ1品)を作り置きのビュッフェスタイルで届けている。もちろん防腐剤など一切不使用。Lサイズなら大人2人で一日2回5日間(20食分の量)に渡って、Sサイズなら大人1人で一日2回5日間(10食分の量)に食べることができる。

 群馬県出身の反町真理香さん(38)は、法政大学建築科を卒業後、ロンドンで1年間経験を積み、東京で2級建築士の免許をもつインテリアデザイナーとして6年間勤務した。2011年にプラットインスティチュートの大学院でインテリアを学ぶために留学で来米、7年間サラリーマン生活を続け、当地で結婚、妊娠して共働きで出産後3か月で娘をデイケアに預けてクイーンズのフォレストヒルズから事務所のあるマンハッタンの30丁目まで毎日通うのが大変だった。自分のように働きながら家事、育児、仕事をしている女性のために何かできないかとこのビジネスを考えた。とにかく体に優しい和食しか受け付けなかった。料理の専門家ではなかったことが逆に、家庭の主婦目線でメニューを考えることができた。家族との時間を作るためもあり今年1月にそれまで勤務していたインテリアデザイン会社を退職して今年2月に友人の八田百合さんと一緒にこのビジネスを始めた。

 ビジネスをスタートした翌月から、新型コロナウイルスの感染拡大による緊急事態宣言によって自宅待機、不要不急の外出自粛となり、在宅勤務の家庭などからも注文が殺到。4人雇って現在は6人のスタッフで240食分の料理を毎週登録60世帯からの注文を受けて2台の車でデリバリーする忙しさだ。配達地域はマンハッタン、ブルックリン、クイーンズ、ニュージャージーはエッジウォーター、フォートリーなどバーゲン郡が中心。ウエストチェスターからも配達してほしいとの要望があり、近くデリバリー網の拡充も検討している。

 「お客様からFBなどのSNSで、今日のミートボールは美味しかった、などの書き込みがあると、本当に嬉しい。ニューヨークでママさんコミュニティーを応援します」。 (三浦良一記者、写真も)

www.myhappytummyclub.com

在宅勤務は和風書斎で

 現在のリモートワークでもっとも気になるのは、以前よりも圧倒的に在宅時間が長いこと。大切にしたいのは「居心地のよさ」だ。和を感じる魅力的な日本住宅の雰囲気を障子、引き戸などで出す。

 写真の書斎は、本物の障子の和紙からもれるやさしい光で、洋風な生活スタイルをしながら、「和」が実感できる部屋に改修したものだ。

 窓とクローゼットに障子戸を使い、自然なやわらかさ、人間的な暖かな温もりを感じさせている。家具や調度品にも調和を感じさせる物を使い、落ち着いた雰囲気を強調した。柱や天井にナチュラル・ウッドを露出し、日本の家屋をイメージさせている。

 デスクに置かれた照明は、日本の竹かごをモチーフとした特製。和紙を使い、外光がたくさん入る中でも、綺麗に映え、また夜は、いにしえのやわらかさを感じる。

  破れない加工された和紙(強化和紙)で、防火加工された事により、紙に慣れてないアメリカ人ユーザーでも使用可。強化和紙は、エンピツなどでは穴があかず、汚れ、日焼け、カビに強く、耐久性が非常に高い。

 子供がいる家庭や、US防火加工なのでコンドなどでも承認され、アメリカでの使用にピッタリだ。

 すべてオーダーメイド。

障子和紙4枚分で、だいたい2000ドルくらいから。

 照明はプレシャス・ピース、家具はジョージ・ナカシマ

問い合わせは[email protected]

(写真提供・プレシャス・ピース)

75 years since the tragedy of Hiroshima and Nagasaki

United Nations General Assembly held virtually this year

Will the Peace bell ring?

75 years have passed since the nuclear bomb was dropped on Hiroshima and Nagasaki.  Now the pandemic of COVID-19 has arrived. It might not be an exaggeration to contend that It’s a war against an enemy we cannot see. During these four months, the World Health Organization has misjudged the threat of the virus as it emerged from China to the world. The United Nations, based in New York, has decided to hold the General Assembly remotely in September because of the pandemic. In 1954, two years before Japan joined the United Nations, One Japanese man whose name is Chiyoji Nakagawa donated the peace bell with faith and energy. 

   The bell is located in the Japanese garden of the UN headquarters in New York.  It has always been ringed annually in front of UN ambassadors at the first assembly of the year by the Secretary General and the chairperson at the same UN Peace day on September 21. 

   According to the Permanent Mission of Japan to the United Nations, they have not yet received any official invitations from the UN head  office  for the ceremony.  There is a possibility that the ceremony will be cancelled, but our wish  for the peace bell is to ring it  even through the online assembly. This is the time for the Permanent Mission of Japan to show what they are capable of. The summer of the 75th year anniversary of the end of the war, the bell shall ring, the bell needs to ring. The pandemic will not stop the bell from fulfilling its mission. (Ryoichi Miura/ translated by Kanta Hakamata from the article of August 15th issue/Proofread by Ashley Matarama)

クイックUSAアメリカの人事部(14)

283件のCOVID-19関連訴訟とその内容

 7月10日現在、弁護士事務所のフィッシャー・フィリップによるとCOVID-19に関わる職場における訴訟が283件確認されており、そのうちの122件(43%)は6月にファイルされている。6月の提訴の件数は異常に増えていると言えそうだ。それでも全てをトラックできているとは言い切れない状況である。このうち63件はWork From Homeの選別に関わる差別、62件は休暇の申請に関する差別に関わることである。

 報復に関するケースは41件。ここで考えられるのは例えば、FFCRA(Families First Coronavirus Response Act: Employer Paid Leave)を申請をしたところそれを理由に解雇、降格、低評価を受ける、嫌がらせを受ける等が行った可能性がある。安全でない労働条件や個人用保護具の不足による訴訟が26件起こっている。カリフォルニア州であれば、IIPP(Injury Illness Protection Program)に則り、さらにCOVID-19の項目を追加の上、トレーニングとともにオフィス環境を整えることが求められる。また、賃金と勤務時間(休憩時間や残業代等)の支払いに関わる訴訟は26件起こっている。Work From Homeになると時間の管理、休憩時間、残業代の支払いの管理が行き届かなかったり、あるいは、Exemptの給与減や給与差し引きがExemptの基準に合っていなかったということもありえるだろう。

 さらに、41件の集団訴訟が起こっていて、パンデミックは集団訴訟を呼んでいるとも言える状況だ。集団訴訟の多くは安全でない労働条件や賃金と勤務時間(休憩時間や残業代等)に関わる内容である。facebook等でも雇用者を訴える成果報酬型の弁護士事務所が頻繁に広告を出していることにお気づきだろうか?従業員はより頻繁に訴訟の機会に触れていると思われる。更に、ステイホームの状況が多くの従業員をいらつかせ、怒りを増幅しやすい環境になっているとも言える。州別に見るとCalifornia (47件)、Florida (32件)、 New Jersey (31件)、 New York (21件) 、Texas (19件)となっている。カリフォルニア州がもっとも従業員からの訴訟が多い州と統計上言われるが、今回のCOVID-19のケースにおいてもトップを走っている状況だ。

 ニュースになったケースを見てみるとイリノイ州のウォルマートでCOVID-19に感染して死亡した従業員の家族が会社を訴えているケースがある。また、インディアナ州では、COVID-19に感染した可能性があると考えて自己隔離をしていた従業員が解雇されたため、差別による不当解雇で訴訟を起こしている。あるいは、ヘアスタイリストの従業員がロックダウン直前に仕事をした分の賃金未払いで訴えているケースもある。

 このような訴訟を未然に防ぐため、企業経営者、人事担当者は下記のような対策をとっていく必要があるだろう。

・企業の責任と従業員の権利を理解して実践すること

・FFCRA等新しい休暇法の要件について人事担当者がよく理解をして、現場マネジャーを教育すること。

・従業員が職場に戻ったときに、包括的な安全計画を作成して伝達、訓練、実践をすること。

・パンデミックの進展に伴って発生する可能性のあるさまざまな賃金と時間に関わる責任を予測の上、対策を立てて実行すること

・従業員のことを真剣に思いやる愛

 従業員のことを真剣に思いやる愛があればこそ、全ての施策が実行されるとも言えるかもしれない。引き続き皆様の安全と健康、そして、可能な限りのビジネスの再興をお祈りしております。

(山口 憲和 Philosophy LLC 代表)

www.919usa.com

編集後記 8月15日号

みなさん、こんにちは。15日は終戦記念日。広島、長崎の原爆投下、終戦から75年の節目の年に世界を新型コロナウイルスの禍が襲いました。いま世界は、目に見えない新たな敵との戦争の真っ最中です。4か月間、世界の人々が最高の健康水準に到達することを目指す国連の専門機関、WHO(世界保健機関)は、年初中国を擁護して迷走、国際的な非難を浴びました。米国ニューヨークに本部を置く国連はパンデミックにより、オンライン・リモートで9月の国連総会を開催することを決めました。日本が1956年に国連に加盟する2年前に、一人の日本人、中川千代治なる人物の善意と行動力で寄贈された平和の鐘は、現在国連本部の日本庭園にあり、毎年、「国連平和デー」と重なる9月21日の国連総会初日に加盟各国の国連大使らが列席する中で国連事務総長とその年の本会議義長が鳴らしてきました。セレモニー自体は国連事務局の主催ですが、その幽玄な鐘の音は、日本の世界へ向けた平和を願うメッセージとしても響いてきました。日本政府国連代表部によると、現時点で国連事務局から今年の平和の鐘の式典への招待の連絡は受けていないそうです。式典が中止になる可能性もありますが、オンラインで始まる国連本会議であっても平和の鐘の音だけは変わらずに響いて欲しいものです。一般社団法人 国連平和の鐘を守る会(本部東京)代表の髙瀨聖子さん(国連平和の鐘創始者、中川千代治の6女)は、外務省に「今年はコロナでいつもの様な式典は出来ないと承知しております。しかし、どんな形でも平和の鐘を鳴らして頂きたいと願います。グテーレス国連事務総長に今年も鐘を撞いて頂ければどんなに幸せか知れません。もし無理であれば、代理の方が撞いて頂ければ。無観客になると思いますが、今だからこそコロナの収束を祈り、世界平和を祈って平和の鐘を鳴らして頂きたい。国連の平和の鐘の音を絶やすことの無いよう、どうかどうかお願い申し上げます」と手紙を出しました。外務省本省からNYの日本政府国連代表部にも今頃連絡が入っていることでしょう。さてここからは国連代表部の腕の見せどころです。もしグテーレス国連事務総長が不在とかで鐘を打てない場合は、日本政府の国連大使が打ってはどうでしょうか。日本が寄贈した鐘ですし。平和デーに平和の鐘を鳴らすこと自体に異を唱える人はいないのではないでしょうか。終戦から75年目の夏。あの鐘を代理で鳴らせる人は、他にはいない。違うでしょうか。それでは、みなさんよい週末を。(「週刊NY生活」発行人兼CEO三浦良一)