ジュニアとシニア大阪から、NY公演8月22日と24日

発起塾『花のクッキー売り娘』
Little ★ Star『鬼姫と月の唄』

 大阪からジュニアとシニアの2つのミュージカル団体が初のニューヨーク公演を行う。

 中学生と高校生で構成されたジュニアミュージカルの「Little ★ Star」は、8月22日(木)午後6時から、『鬼姫と月の唄』を上演する。予約はhttps://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLScdjAh7re-lwIElfJ-k5o7e4_yPGEc-mB2G6CXmN4kdaHba5Q/viewform

 60代のシニアが中心となって編成されたシニアミュージカル劇団「発起塾」は、8月24日(土)午後3時から、『花のクッキー売り娘』を上演する。発起塾は、塾長で作家・演出家の秋山シュン太郎が長年プロデュースしている大阪の「一心寺日曜学校」(法話にエンターティメントを取り入れた寺子屋)でシニア世代と出会ったのがきっかけとなり、1999年に創設。2000年にはNPO法人化し、芝居、音楽、ダンスなどの要素を含むミュージカルの創作・上演を通じて、シニアの生涯学習、健康促進、生きがいづくり、地域交流を推進している。入塾条件は50歳以上100歳未満の演劇未経験者。現在は、大阪、京都、神戸、名古屋にクラスがあり、総塾生数は約250人で最高齢は85歳となっている。予約はhttps://docs.google.com/forms/d/10irlOdFMxZcqROKodxqSr3YyFcMYNO6njoczbI8Jtwo/viewform?edit_requested=true

 両公演ともに会場はバルーク大学のバルーク・パフォーミング・アーツ・センター内ローズ・ナイジェルバーグ劇場(Rose Nagelberg Theatre:レキシントン街55番地、25丁目)にて。入場無料だが要予約。問い合わせは電話917・400・9362、またはEメール[email protected]まで。詳細はウェブサイトhttps://catchus.org/を参照する。

日米の安全保障論議、歪みの是正は可能か?

 今年も8月がやってきた。日本にとっては先の大戦の記憶を呼び起こす季節となる。これを否定するつもりはない。加害の記憶と被害の記憶を維持することは、基本的に日本の安全の保障に資するからだ。けれども、79年になろうという長い戦後の時間の中で、日本の安全保障の論議は常に歪んだままであった。世界情勢が不安定化する中で、日本が決定的な孤立や苦境に立たないためにも、このタイミングで本質的な議論をしておきたい。

 特に重要なのは、在日米軍の問題である。NATO見直しを公言してはばからないトランプ氏が大統領に返り咲く可能性から、日本では「もしトラ」論議が盛んだ。つまり在日米軍の費用負担に上乗せ要求をしたり、米軍の撤退をチラつかせて脅されるのではという恐怖である。岸田政権が防衛費の増額を進める理由はこれと関係している。

 問題はカネだけではない。在日米軍は日本にとって本当に友軍と思われているのかという根源的な問題がある。沖縄では基地の経済効果が県の経済を支えている一方で、基地への世論は厳しい。沖縄に関しては激しい戦闘に巻き込まれ、27年にわたる米国による占領と軍政に苦しめられた経験から仕方のない面もある。けれども、関東地方でもヘリが水田に不時着したら批判されるなど、在日米軍イコール危険で迷惑という感情論には抑えが効いていない。

 説明は可能といえば可能だ、日本人の心情には平和主義が根強いので、今でも世界で軍事プレゼンスを維持する米軍に対しては不快感があるということだろう。その奥には、左派も含めて、敗戦や占領への反発といった自覚のないナショナリズムがありそうだ。

 その先にあるのは、どうして在日米軍が存在するのかという根源的な理由である。敗戦経験から重武装を嫌い軽武装を選択した日本は、米国の軍事力に依存しなくては自国の安全を確保できないので、そのような選択をしているというのが一般的な解釈だ。けれども、その奥には屈折した心情がある。左派には国家や国軍への不信があり、自主重武装をすれば必ず自滅するというネガティブな信念のようなものがある。彼らの抱いている、自国が武装することへの不信感ゆえに在日米軍を必要としているという構造もある。

 けれども、こうした心情はテコでも動かせない。そこで、歴代の政権は湾岸戦争のようにカネで済むことはカネで済ませ、イラク戦争の場合は輸送支援と井戸掘りで済むならば、それで済ませるということをしてきた。そんな中で、自衛隊には国民から十分な尊敬が集まっているのかというと疑わしい。

 一方で、自衛隊や在日米軍の応援団であるべき保守派はどうかというと、彼らも問題を抱えている。具体的には歴史認識において枢軸日本の名誉を回復しようという無謀な心情を隠さないことであり、これに加えて必要以上に近隣諸国との協調を壊そうとしたり、核武装論まで口にする勢力がいることだ。こうした姿勢はアメリカの利害と対立するだけでなく、日本を孤立と破滅に追いやる危険思想に違いない。そのような、日本の「保守派」の主張は「在日米軍が瓶の蓋」となる中では、「瓶の中の人畜無害な国内向けの議論」だとみなされ許容されてきた。

 こうした構造の奥にあるのは恐ろしい一つの事実である。それは、在日米軍にとって日本国内には本当の味方は少ないということだ。在日米軍を歓迎する「親米保守」は、心情的には枢軸日本の名誉回復を望み、中国や韓国との関係悪化を厭わず米国のパワーバランスを撹乱する勢力を抱えている。一方で在日米軍を忌み嫌う左派は、自主武装に強く反対することで米軍駐留の原因を作っているとも言える。つまり、在日米軍にとっては歓迎しつつ足を引っ張る勢力と、歓迎しないくせに自分たちに依存している勢力があるだけで、真の理解者はいないことになる。

 この構図は、幸運なことに米国の一般世論には知られていない。日本が武装に消極的なのは、軍事大国化して米国に再挑戦しないので結構だという印象論と、必要なコストを負担しないのならズルいという印象論があるが、そこを踏み出すものではない。けれども、友軍であるにもかかわらず、ヘリが水田に不時着しただけで非難轟々となるような実態が知られれば、早晩大問題になる可能性はある。この点では、「もしトラ」という事態も心配だが、民主党の新世代から反発が上がる可能性も中期的には否定できない。

(れいぜい・あきひこ/作家・プリンストン在住)

両手両足きかずとも描き続ける

アーティスト佐藤涼氏にNY賞賛

佐藤さん

 チェルシーのNoHo M55ギャラリーにて、青森県青森市を拠点に活躍するアーティスト佐藤涼氏(44)作品展示と公開制作が行われた。佐藤氏は、生まれつき脳性マヒによる重度の運動障がいを抱えるが、アーティストとして20年以上のキャリアを誇るほか、2005年以来、特定非営利活動法人C-FLOWERを運営する。

 障がいにより一般企業などへの就職が困難な人々に、知識や能力の向上のために必要な就労訓練を行なっている。

 四肢の機能はほとんどなく言語の発声にも困難を伴う佐藤氏。スケッチブックを広げた床に、顔を近づけ、唇に挟んだ鉛筆を頭部の振りで巧みに動かしながら、繊細なタッチのペンシル画を描く。画題は人物ポートレートから動物や自然まで幅広い。

 出展作は、最小限の筆使いで描いた赤ちゃんの横顔で、表題は「Possibility」。画枠の外、はるか先の未来をみつめる大きな目をした幼子と彼が唇に加える指が、観る者を深い思索の淵に誘う。

 今回は、日本人アーティストのNY展開をサポートするJCATのメンバーとして、同会の年次グループ展Natureに参加。8月1日に開かれたオープニング・イベントには200人以上のニューヨーカーが詰めかけ、Possibilityに見入った。イベントの後半、会場では佐藤氏が制作プロセスのデモンストレーションを披露。渾身の作画過程を満員の観客は固唾をのんで見守った。15分の制限時間の中で、大海を泳ぐペンギンの姿が浮かび上がると場内は大きな拍手に包まれた。

 来場のニューヨーカーからは「びっくりした!ものすごい情熱だ」「最悪の状況なのに完璧な表現。自分の人生って何だ?と考えさせられた」「描写のディテールが素晴らしい」など称賛と激励のシャワーを浴びた。佐藤氏当人は「出来栄えは60点」と謙遜。「アートの頂点ニューヨークなので緊張しました。力が入りすぎて歯から血が出ましたよ」。今回の経験を踏まえて、今年の暮れには青森県立美術館で2回目となる個展「ALIVE」が予定されている。(中村英雄)

商談成立に向け日本から続々と

NY NOW

DECO BOKOコーナー人気

ハイウエストパンツ LUNDATTE

 日本の優れたデザインを、1万人以上の来場者に直接アピールする米国最大規模の見本市「NY NOW」に、北米初の「日本商材専門」展示会DECO  BOKOが出展した。展示は8月4日から7日まで実施された。DECO BOKOは、ノース・レーン・インターナショナル(本社ニューヨーク、徳重真梨子代表)が運営する日本発の商品を海外に紹介するキュレーションブースで、初の展示会開催は、2020年。21年からは、毎年2月と8月に開かれる「NY NOW」への参加も開始。個性的でデザイン性に優れた新しい日本ブランドに出会えるとあって、毎回アメリカの一流バイヤーが多数ブースを訪れる。

 今回のショーには、エリアに特化した2つの団体が参加した。1つは「MAKING WAVES WITH KANAGAWA」。もう1つは、「KAWASAKI CITY STORE」。川崎市は、歌川広重の浮世絵「東海道五十三次」でも描かれた、歴史ある町。  のほか、「お腹を温める」ことで健康をサポートするハイウェストパンツ「LUNDATTE」や、世界一エコな箸を追求する「STYLE OF JAPAN」も単独出展ブランドとして登場するなど今年もユニークかつバラエティに富んだ日本ブランドが集まった。

太陽光で永久運動KOKUKSAI DSP

悪魔が誘う堕落への道 Longlegs シネマ映写室

 夏の暑苦しさを吹き飛ばすにはうってつけの一作。女性FBI捜査官が連続殺人犯を追うというオカルト・サスペンスで「羊たちの沈黙」を思い起こさせるが、犯人の狂気というより超自然的要素が濃い作品だ。

 監督・脚本は「The Blackcoat’s Daughter」(フェブラリー 悪霊館)のオズグッド・パーキンス。悪魔、魔術といった題材が絡む作品で独特のセンスを発揮する。主人公のFBI捜査官リー・ハーカーには「Watcher」(ウォッチャー)などでスクリーム・クイーンの異名を持つマイカ・モンローがここでは得意の悲鳴を押し殺し迫真の演技を見せる。

 1990年代のオレゴン州。20年以上に渡りFBIの未解決トップ・リストにあるのが連続殺人犯ロングレッグス。新人捜査官のハーカーは上司のカーター(ブレア・アンダーウッド)からこの捜査を命じられる。

 すでに10組以上の家族がロングレッグスの犠牲となり惨殺されていた。とはいってもロングレッグス本人が直接手を下した形跡はない。いずれも父親が家族を殺してから自殺する無理心中のパターンでいわゆる間接殺人だ。現場には必ず暗号のような文字とロングレッグスという名のメモが残されているのだ。

 ハーカーはロングレッグスのメッセージやあらゆる状況証拠を検証し、一つの仮定にたどり着く。どのケースも家族には9歳になる娘がいていずれかの月の14日に生まれていること。事件は誕生日の前後6日間の間に起こっていることなどだ。

 謎解きを進めるにつれてハーカーは子どもの時の遠い記憶の中に不思議な人物との出会いの一瞬を垣間見る。はっきりとはしないが妙に気味の悪い光景だったような気がする。その記憶は時間と共にハーカーの頭の中で増幅し始める。悪魔が人間に仕掛けた堕落の道が徐々に解き明かされる。

 ロングレッグスに扮するのがニコラス・ケイジ。役柄によっては特異な演技を見せることがあるが本作ではそのど派手ぶりが常軌を逸している。1時間41分。R。         (明)

(写真)声も出ずに立ちすくむハーカー(モンロー) Photo:Neon


■上映館■

Regal Times Square

247 W. 42nd St.

AMC Empire 25

234 West 42nd St.

AMC 34th Street 14

312 W. 34th St.

石川須姝子・田中いづみダンスアカデミー 東京で第68回発表会を開催

田中いづみ

 ニューヨークで20年間、現代舞踊家として活躍しNY大学で講師を務めた田中いづみさんが7月26日、東京の練馬文化センターで主宰する「石川須姝子・田中いづみダンスアカデミー」(東京都練馬区)の第68回発表会を開催した。

 同アカデミーは、田中さんの母で日本の現代舞踊界の巨匠として知られる石川須姝子さんが、前身の石川須姝子舞踊研究所を1950年に創立した。発表会は創立以来、コロナ禍の2年間を除きほぼ毎年行っている。昨年の発表会は予定1週間前の5月末に石川さんが97歳で亡くなったが、生前「死ぬまで踊り、舞台に立ち続けたい」と話していた故人の意志を追悼し予定通り開催した。

 今年は3歳児からシニアクラスの79歳までが、童謡やポップ、ジャズ、コンテンポラリーの音楽に合わせ、石川さん、田中さんらが振付したすべてオリジナルの作品を披露した。ソロを得意とする生徒は、深海や沈黙、誰もいないストリートなどを描写した自主制作作品を発表し、グループ作品では、初舞台の生徒たちもベテランの講師たちと一緒に踊る姿も見られた。

 田中さんは、レッスンでは母の石川さんから受け継いでいる「楽しんで踊る」ことをまず大事にしているという。また自身としては「生徒の『個』を大切にすることを意識している。レベル、年齢に関わらず、今、その人に何が大切かを考えた指導をしている。心を閉ざしている人でも、自分を表現出来る様に。その行く先は、個性を生かした踊りが出来る様になる」と話している。    (浜崎都)

日本のいいものを海外に紹介

ノース・レーン・インターナショナル代表

徳重 真梨子さん

  日本の優れたデザインを、1万人以上の来場者に直接アピールする米国最大規模の見本市「NY NOW」に、北米初の「日本商材専門」展示会DECO  BOKOが出展した=経済面に記事=。日本のいいものを集めてアメリカのバイヤーに紹介して販路を探るキュレーションブースで今年は、書家が毎日違う漢字を記し、「禅」の美に触れられるカレンダーや、「お腹を温める」ことで健康をサポートするハイウェストパンツ、上質でシンプルな鉄製キャンプギアのBBQ用鉄板、エコなお箸など33ブランドが並んだ。

 このコーナーを米国最大の見本市NY NOWに3年前から参加させているのがノース・レーン・インターナショナル(本社ニューヨーク)代表の徳重真梨子さんだ。

 徳重さんは横浜市出身。日本でバンタンデザインで舞台衣装を専攻し、卒業後は東京ディズニーランドや歌舞伎、CM、コンサートなどの舞台衣装を担当した。文化庁から新進芸術家海外研修制度で2007年に来米、ニューヨークのブロードウエーの舞台衣装専門のプロダクションで経験を積んだ。

 ファッションの仕事から縁あってジュエリーの卸販売の会社に転職することになり、そこでNY NOWでのホールセールの営業やビジネスの実務を学んだ。日本の知人からもぜひ商品をアメリカの業者に紹介してもらえないかとの声が増えるようになり、自分で独立すること視野に4年間、通信教育で日本大学商学部を卒業、2017年に会社を設立した。

 少女だった頃、大手電気メーカーに勤めていた父親が海外出張するのをあこがれて見ていた。いつか自分も海外で活躍したいという気持ちが芽生え、小学校4、5年の時に駅前留学で知られるECCジュニアに自分から通わせてと親に頼んだほど。そしていまその夢が叶っている。

 DECO  BOKOの展示は8月4日から7日まで開催された。毎年2月と8月に参加している。個性的でデザイン性に優れた新しい日本ブランドに出会えるとあって、毎回アメリカの一流バイヤーが多数ブースを訪れている。

 今年もユニークかつバラエティに富んだ日本ブランドが集まり大勢のアメリカ人バイヤーがコーナーを訪れていた。

 徳重さんは「ニューヨークは、自分がやりたいと思ったことは信じて突き進んでいけば、かなわないことはない街だと思います。成功しがいがある街だと思います」と話す。

   (三浦良一記者、写真も)

言葉を変えると収入が上がる 人生が変わる 書評 大森智子

努力は運を呼び込む

大森智子・著
KATSU ZEN USA・刊

 ニューヨークには、日本から転勤や大きな後ろ盾の企業のサポートなどを受けずに単身やってきて、自分の夢を叶えようとする若者たちがいる。その元若者たちがこの地で根を張り、アメリカ社会を相手に堂々と勝負して成功する、側から見れば人生の成功体験者の物語を仰ぎ見る思いだが、そこには本人の並々ならぬ努力と勇気が呼び寄せる強運といった人生ドラマを読み取ることができる。

 同書の著者、大森智子さんは、1992年に単身で来米、96年に俳優としてオフ・ブロードウエーの舞台に立つ。公演中にアパートの火事で全てを失い、俳優業を離れる。ニューヨークの日系テレビ会社でメジャーリーグ中継を担当、その後、出版社に転職して英語版の月刊誌立ち上げを経て、米国のゴーゴーカレーのオーナー社長としてレストラン経営に乗り出し自立。全米で15店舗の直営店とフランチャイズを経営して昨年その会社を売却し、現在は、日本を含む海外から米国進出を目指す企業の支援やコンサルタント、執筆、講演活動に忙しい毎日を送っている。

 本書『言葉を変えると収入が上がる 人生が変わる』は、大森さんの実体験を織りまぜながら、キャリアと自分を磨く自己啓発書として多くの人に読まれ、アマゾンの売れ筋ランキングベストセラー本となっている。

 言葉の使い方、話し方はコミュニケーションを取る上で重要なスキルであることは誰もがわかっているし、ひとつの雛形があったとしても、誰もが同じような口調で同じような笑顔で会話をすることなどはありえないし、ロボットでもAIでもないので、心の通じる何かがそこに求められることになる。挨拶、「いいですね」という相手をまず肯定することから始まる会話、笑顔という見えざる言葉、相手の話を聞くという会話方法など、舞台、出版、飲食業経営という一見つながりのない人生経路を辿ってきている筆者の背骨と心に貫いているコミュニュケーション哲学が本書にはわかりやすく書かれている。

 誰もが社会に出て、学生時代とは異なる実社会の仕組みや、入った会社組織の風土、社風など、未経験の分野に足を踏み入れる時がある。基本的なルールや技術、知識を学ぶ段階だ。武術でいえば型の習得。師匠や先輩、教科書などから教えられることを忠実に守り、基礎を固めることがまず大切だ。これを「守」(基本を学ぶ)。次に、基本を学んだあと、自分なりのスタイルや方法を探究し、既存の枠組みを超えていく。キャリアで言えば、新しいアイデアや業務の効率化、新規プロジェクトの提案など、これが「破」(革新を加える)段階。そして、これまでの経験を活かして独立すること。自分だけの独創的な仕事を展開し、業界に新しい風を吹き込むことができる段階、これを「離」(独自の道を進む)と言い、この守破離を体現してきた大森さんが言うと説得力がある。アメリカは日本と違って定年がない。自分の人生は自分のもの。他の人にできないことで頑張れば、努力は実る。「運は努力が好きなんです」。努力は運を呼び込む。運命を好転させる。頑張っていて、そして読んでよかったと思える一冊だ。     (三浦)

【今週の紙面の主なニュース】(2024年8月3日号)

(1)ピカドン 故・飯塚国雄の個展

(2)真夏の夜は野外で映画

(3)映画「ICHIKO」 戸田監督に聞く

(4)I am sorryと首相が言える国 海外日本人サポート

(5)日本語学ぶ1万7000人 全米113大学にコース

(6)ローカル野外イベント WESTCHESTER

(7)米語ウオッチ 米国で続々と生まれる新語  

(8)アートの力を信じてこれからも生きる  吉澤舞子さん

(9)千葉さん空手道場で 和菓子作りを指導

(10 ) NJ州でグループ展

真夏の夜は野外で映画

 マンハッタンのビルに囲まれたブライアントパークでは、今月12日までの月曜夜、「ムービー・ナイト」として野外映画を無料で上映している。午後5時から芝生を解放し、映画が始まる8時まではピクニックも楽しめるとあってお花見気分のニューヨーカーで芝生はびっしり。今後の上映予定は5日が「メッセージ(Arrival)」、12日は「タイタニック」。詳細はhttps://bryantpark.org/

(写真・三浦良一)

「ピカドン」故・飯塚国雄の個展

ナガサキピースミュージアムで開催


 ニューヨークで活動した日本人画家、故・飯塚国雄の個展「ピカドン ー 被爆者だった父にささげる水彩画展」が長崎市のナガサキピースミュージアムで8月12日まで開催されている。作品「ピカドン」は飯塚の没後にニューヨークで発見された水彩画シリーズで、飯塚の父親が暮らした長崎の地が初公開の会場となった。(キュレーター・うちだかずこ)

倉庫で黒い箱発見

 ニュージャージーにある飯塚の倉庫には膨大な量の絵画や版画、彫刻などが保管されている。話はさかのぼるが飯塚の没後、長男で一人息子の励生(れお)さんと私が庫内の整理をしていた際、段ボール箱・黒い箱・黒いフォルダーと幾重にも梱包された「PIKADONーA  TALE OF THE BIG BLAST」が見つかった。水彩画10点からなるブックアート(絵巻本)が、うず高く積まれた作品群の奥深い所で日の目を待っていたのだ。絵巻本の巻頭には「被爆者だった父に捧げる。ニューヨークから、国雄。1983年」 とあった。

 飯塚は1939年東京生まれ。1961年に西海岸へ渡り、64年からはニューヨークを拠点に彫刻・絵画・版画等の分野で活発な創作活動を続けるが、70年代に疎遠だった父親が被爆者であることを知ってからは、原爆・戦争・難民・飢餓をモチーフとした作品群で平和の大切さを発信してきた。95年には国連50周年記念の特別個展で「炎・ナガサキ」「灰・ヒロシマ」などを発表した。その一方で、恋人や家族との愛・摩天楼シリーズなどの油彩画をはじめ、宮沢賢治の寓話をテーマに版画10連作を手がける。2020年7月、半世紀以上を過ごしたニューヨークにて永眠。飯塚はニューヨーク日本人美術家協会(JAANY)の創設者。

 今回展示の燃え盛る「ピカドン」の気迫に満ちたコンセプトは、飯塚の代表作「炎・ナガサキ」(長崎原爆資料館蔵)の原点ともいえる。飯塚は国連で個展の際、長崎を訪れる多くの子供たちが「炎・ナガサキ」を見て悲惨な歴史を忘れずに、平和な世界を築いてほしいとコメントしている。鑑賞者の一人は「案外明るい色彩の中にも背景にぐにゃりと曲がった鉄骨が描かれていたり、水彩ならではのじんわりした滲みだったり、飯塚さんの静かな怒りのメッセージが届くようでした。子どもたちにも『ピカドン』を見て平和学習の知識と合わせて考えが深まるといいな」と感想を記していた。

(写真上)飯塚のビデオを見る長崎大学名誉教授・井川惺亮さん(奥)

飯塚が被爆した父に捧げる水彩画展
長男の励生さん長崎に持ち帰る

制作から40年を経て

父・国雄の水彩画の前に立つ長男の励生さん

 飯塚国雄の長男、励生さんは1970年、両親と一緒にニューヨークから日本へ旅したとき長崎の祖父に初めて会った。「祖父は1945年8月9日の数日後に家族を探すため長崎に戻ったときの恐ろしい光景を私の父に語っていました。祖父は最後に『長崎で何が起こったのか知ってるはずなのに、なぜお前はアメリカに住みたいのか』と父に尋ねた。以来、父は核爆撃/戦災、反戦、ホームレス、テロの問題を見過ごさずに、彼の芸術を通して《平和》のメッセージを世界へ向けて発信するため、最も国際的な都市であるニューヨークに住み続けることが大事だと決心したようです。その一つ、祖父の体験が父の芸術として表現され、ピカドンいう絵巻本になり、制作から40年を経て、長崎へきました」。

 ナガサキピースミュージアムは、世界へ平和を発信しようと1995年に発足したピーススフィア貝の火運動(会長さだまさし)を母体とし、2003年4月に建設された。海外・国内から多くのクルーズ客船が寄港する長崎港松が枝国際ターミナルの一角に位置し、小さな美術館ながらも世界各地からの旅行者の来館が絶えない。これからは長崎からも飯塚作品の平和アピールが世界各地へ届くことだろう。

*ナガサキピースミュージアム http://www.nagasakips.com

「社会的弱者をテーマにしたい」

NYアジアン映画祭参加作品
戸田監督に聞く

ICHIKO 無戸籍者の不安描く

 ニューヨーク・アジアン映画祭で米国プレミアム上映された映画「ICHIKO」は、1990年代まで日本で表面化することの少なかった無戸籍者の存在に光を当てた作品だ。離婚をして300日以内に生まれた子供は前夫との間にできた子供とされ、DVなどを恐れて前夫に連絡をしないと無戸籍状態になってしまうという社会の歪みの中で不安を抱える若者像に焦点を当てた。

 作品は、第47回日本アカデミー賞優秀主演女優賞、第78回毎日映画コンクール女優主演賞など、多数の国内賞レースで受賞した。映画祭では、釜山国際映画祭、東京国際映画祭、ヨーテボリ国際映画祭、ウディネ・ファーイースト映画祭など多数の国際映画祭で上映された後、念願の今回のニューヨークとなった。作品の日本国内興行は1億を超え話題となった。

 戸田彬弘(あきひろ)監督(40)は近畿大学文芸学部芸術学科舞台芸術専攻卒業。株式会社チーズfilm代表取締役。劇団チーズtheater主宰。近畿大学で大橋也寸からルコックシステムを学び、演劇から活動をスタートさせた。独学で映画を撮り数々の賞を受賞するなどこれからの日本の映画界を背負える逸材でもある。「社会的弱者、生きづらさを感じている人をフィーチャーしていきたいですね。社会制度や教育制度がすべて完璧ではない中で、市子のような、無戸籍というああいう境遇の彼女のことをどう感じるのか、守りたいのか、映画を見た個人が持ち帰ってもらえ、考えてそして行動するきっかけになればいいですね。映画には社会の良くない部分を変えていくパワーがあると信じます」と語った。

 (三浦良一記者、写真も)