ストックホルムを歩くかわいい奥さま ニューヨーク物語

 (このエッセイは、前回(10月19日号)に掲載されたエッセイ「夫の追っかけ」の続きです)

 と、私たちの目の前に、制服姿のハンサムなパイロットが現れた。

 席は取れたかい? 

 そう声をかけながら、手に持っていたカップ入りのアイスクリームを彼女に差し出す。

 あら、私のアイスは? 私がからかう。

 パイロットがこちらを見て、ほほ笑む。

 クルーメンバーにご馳走しておいたから、君の面倒もよく見てくれるはずだよ。

 夫に手を振り、笑顔で見送ると、アイスをなめながら、女性が言う。

 夫のフライトに乗れなくて、一度だけ泣いたことがあるの。それはクリスマスのとき。

 Does that mean I can’t celebrate Christmas with my husband? 

 それって、夫と一緒にクリスマスを祝えないってこと?

 って、大泣きしたわ。

 やがて、搭乗口でアナウンスが始まった。スタンバイだろう、何人かの名前が呼ばれた。

 しかし、女性の名はない。その人は軽くため息をついて、私を見る。

 しばらくすると、二度目のアナウンスが流れた。

 彼女が立ち上がった。名前を呼ばれたらしい。

 スーツケースを置いたまま、カウンターへ向かう。そして、小躍りしながら、笑顔で戻ってきた。手にはしっかり、搭乗券を握りしめている。

 You made it.

 追っかけ成功ね。

 そうよ。ストックホルムに行けるわ。座席は、エコノミーの22。

 エコノミーだろうと翼の上だろうと、夫と飛べればどこでも大喜びだろう。

 最初に彼女と話したとき、「上の空」だったのは、」「空の上」を飛べるか、気がかりだったからだろう。

 それなのに、私のヘアスタイルだけやけに気になっていたのは、ストックホルムに着いたらまず、おしゃれにヘアカットを、と思っていたのかもしれない。

 何しろ、ストックホルムは、北欧のベネチアと呼ばれるロマンチックな街だから。

   女性の夫が操縦する飛行機は、ついに離陸した。大西洋を越え、スウェーデンへと向かう。

 到着したとき、クルーメンバーにお礼を言いながら降りようとすると、ドアのところにあのハンサムな制服姿のパイロットが笑顔で立っていた。

 乗れるかどうかわからないのに、女性はいつもスーツケースに荷物を詰めて、空港で待っている。乗れずに、ひとりすごすごと、家に帰っていかなければならないこともある。

 それなのに、なんでそこまでしたいのか、理解できない、って家族や友だちは言うけれど、私は楽しんでるの、と女性は笑っていた。 

 大好きな夫と腕を組んで歩くかわいい奥さまに、異国の街角でばったり出会いそうな予感がする。

 これだから、追っかけはやめられないのよ。

 きっとそう言って、ウインクするだろう。

 私と同じヘアスタイルに変わっていたら、ほめてあげよう。

 どこから見ても、とっても素敵ね、と。

 このエッセイは、「ニューヨークの魔法」シリーズ第7弾『ニューヨークの魔法の約束』に収録されています。

https://www.amazon.co.jp/dp/4167717220

パニックさえしなければ苦境は通り過ぎる 闘いの現場から2

  避けたいシナリオ

 「ついにやってしまった」「ばれたら投獄だ」「もうオレの人生は終わった」「もう取り返しがつかない」ついに犯罪に手を染めてしまったとき、人はそう思うだろう。

 理由は、何かのプレッシャーや困難だろうか。だが、その困難は実は乗り越えられるものではなかったか。少なくとも、それを理由に社会に糾弾されるものではなかった。なのに、何とかその困難から逃れたくて、犯罪という取り返しのつかないことをしてしまう。

  エリートの転落

 仕事柄、大手企業のエリート社員として長年真面目に仕事をしてきた人が、そのように社会的に許されない行為を犯してしまった、というケースに遭遇することも多い。ビジネスの困難や周りからの圧力、そんなことが理由かもしれない。粉飾や証拠隠滅など、「ここさえ乗り越えればなんとかなる」という気持ちから、ついやってしまう。しかし、「天網恢恢疎にして漏らさず」とよく言ったもので、どこかで捕まってしまう。

破滅を生むのは逆境ではなくパニック。

 「まずい」「ピンチだ」誰しもそう思うことがあるのではなかろうか。「大失態だ」「大損失を出してしまった」「ばれたら不祥事だ」そんなときだ。そして「出世はもうないだろう」「クビになるかもしれない」「家族には説明できない」などと悲観したりする。

 しかし、それは実は、他人から見たら十分に回復可能で恵まれた状況だったりする。それなのに、「もうダメだ」という絶望や「これまで築いたものを失いたくない」という執着などの感情に呑み込まれると、取り戻しのつかない犯罪という行為への一線を超えてしまう。

 人間から不安や恐怖などの感情を取り除くことは出来ないが、パニックになるような感情を感じたら、その感情的な自分を見守って、出来るだけしばしやり過ごしてみることも大切である。

 それは終わりではない

 つまり、ほとんどの逆境は終わりではない。出世の道を失うことも終わりではない。地位を失うことは終わりではない。大金を失うことも、豪邸を失うことも、終わりではない。プライドを失うことも終わりではない。人に嘲笑われても、侮辱されても、馬鹿にされるようになるにしても、終わりではない。家族に落胆されても、家族に苦労をかけても、それは終わりではない。

  夢をみて眠ればいい

 苦境に立たされたとき、人は孤独である。深夜遅く一人悩み、その孤立の中で間違った判断をしてしまうことも多い。そんなときは、ひとまず寝てしまうのも手である。

 「捲土重来(けんどちょうらい)」と言うように、失敗した者が土けむりを巻きおこすほどの勢いで再起することもある。「巌窟王」の昔から、大ピンチのどん底から這い上がってこそがヒーローである。いつも順調で平坦な人生などつまらない。辛酸をなめてこそ人間は成長し本当の喜びも得られるのではないか。

 そんな勇ましい夢を見ながら、故郷の森や山々を想って眠ればよいだろう。

(さいとう・やすひろ、米国訴訟弁護士)

大統領選を総括 津山恵子さんJAAで

 NY在住ジャーナリスト津山恵子さんによる講演会「大変貌するアメリカ大統領選挙」が14日夕、日系人会(JAA)で約50人の聴衆を前に開催された(主催:NY日系人会ビジネスウーマンの会)。

 トランプ氏が予測を上回って圧勝した要因は何だったのか、津山さんは物価高への不満、不法移民対策への不信感などが募る中、黒人やヒスパニック系などこれまでの民主党支持者が共和党へと流れたと指摘。さらにフェイクニュースのまん延、SNSを使ったインフルエンサーの影響拡大で、これまでの大手メディアに陰りが出たことなどを説明した。

 津山三脚は2008年のオバマ氏の選挙から5回の大統領選挙を取材し、その活動を踏まえて米国社会の変遷を分析した。今回学んだこととして「選挙の結果を決めるのは結局は労働者階級の底力」と分析。加えて「社会的不平等(人種差別、性差別、LGBTQ差別)」などがいき過ぎてついて行けない中間層がいた事を、トランスジェンダー女性に対する恐怖などの例をとって説明した。さらに「若い男性」の弱さのコンプレックスと取り残される不安にもインタビューからの声を含めて説明した。

 カマラ・ハリス副大統領に関しては、女性有権者の支持率でもバイデンの57%に対して54%と劣り、ラテン系、黒人の支持率でも減少傾向だった数字を挙げ、「男女の競争だったが男性が勝利した」と括った。最後に「トランプ集会取材を通して」としたスライドで、支持者のデモグラフィーの変化を説明した。「かつてのトランプ支持層が白人、男性、中高年、低学歴だったのに対し、2024年の支持者は女性、若者、人種的マイノリティ、性的マイノリティだったと、民主党の支持者を奪った事実を指摘した。

 質疑応答では、インフレの問題に関して「トランプ氏の言う貿易関税を引き上げると物価高となりインフレを引き起こすのでは?」との質問に、対中貿易に60%の関税なども聞くが、トランプ氏の支持者は「エコーチャンバー(意見を発信すると自分と似た意見が返ってくる状況で、発言しているうちにそれを事実と思い込む事)」が多く、今は問題視していないようだと答えた。津山さんは元共同通信社記者、日本外国特派員会会員。

(ワインスタイン今井絹江、写真も)

連続通り魔殺人 マンハッタンでさされ3人死亡

リベラ容疑者

 18日午前中にマンハッタンで連続して市民3人が無差別殺傷事件の被害に遭い、2人は事件当日、3人目は翌日死亡する事件が発生した。ニューヨーク市警(NYPD)は事件当日、現場付近にいた精神疾患の既往歴をもつラモン・リベラ容疑者(51)を逮捕した。

(写真上)血痕が残る翌日の事件現場(写真・三浦良一)

警察によると、犯罪歴が多数あるラモン・リベラ容疑者をこの事件で3件の第一級殺人容疑で起訴した。月曜日の朝、日常的な歩道で起こった事件にニューヨーク市民が震撼した。路上に設置された防犯カメラの映像には、後にリベラ容疑者と特定された人物が紫色のバックパックを歩道に置く様子が映っていた。フード付きのスウェットシャツを取り出し、それを着て手袋をいくつか取り出す。帽子を直す。そしてナイフが現れた。

 最初の刺傷事件は午前8時22分、チェルシーの西19丁目で発生。被害者が働いていた建設現場の外で、36歳の男性が腹部を刺された。男性は病院で死亡が確認され、その後、被害者はピークスキル在住のエンジェル・ラタ・ランディさんであることが判明した。

 それから約2時間後、東30丁目で刺された男性がいるとの911通報を受けて駆けつけた警官が、腹部に複数の刺し傷を負った67歳の男性を発見した。この男性も病院で死亡した。この男性の身元は公表されていない。

 さらに30分後には3件目の事件が発生し、42丁目と1番街付近で女性が刺された。刺されたのは マンハッタン在住の36歳、ウィルマ・オーガスタさんで、胸と左腕を刺され、重体で病院に搬送されたが その後、死亡した。

 リベラ容疑者は、事件現場から4ブロック離れた46丁目1番街の角で逮捕された。警察は、容疑者が刺傷事件の現場間を公共交通機関や車両を使って移動したと見ている。

 3人目が襲われた42丁目の1番街と2番街に挟まれた橋の下の現場は、国連本部の目の前で、事件翌日の歩道には被害者が刺された時の流血の跡がまだ生々しく残っていた。血痕の側には「ここで無実の市民が今日殺害された」と手書きされた紙が路上に貼られていた。

 エリック・アダムス市長は月曜の記者会見で「容疑者は重度な精神疾患を抱えている」と語った。リベラ容疑者は過去1年間にニューヨーク市で8回逮捕されており、そのうち7回は重犯罪、1回は軽犯罪であったことが記録から明らかになっている。また、オハイオ州とフロリダ州でも逮捕されている。

 NY日本総領事館が

 在留邦人に注意呼びかける

 この事件が発生した18日、ニューヨーク日本総領事館は、在留邦人に対して、事件の内容、犯人が逮捕されていることを同日午後連絡メールで一斉に発出した。「日頃から次のことを意識し、自身の安全確保に十分注意を払うように」との注意を喚起した。▽日頃から常に周囲に注意を払う。▽「ながら歩き」(スマートフォンを操作しながら、またはイヤホンで音楽を聴きながら歩くことなど)を控える。▽不審者に遭遇した場合に備え、動きやすい服装にする。▽不審者や武器などを所持している人物を発見した場合、ただちにその場から離れる。離れる際には目立たないようにしつつ周囲の人にも注意を促す。▽安全な場所まで離れたら警察へ通報する、など。

Wonderville Brooklyn のヤマモトさん

【13】 今回ご紹介するのは、BushwickにあるWondervilleです。アーケードが併設されたバーならNYにはいくつもあるけれど、ここのアーケードは一味ちがう。ここでしかプレイできないユニークなゲームの数々は、クリエイターがこのお店のためだけに特別に作ったものなんだそう。そしてすべて無料で遊べます。いつも地元の人で賑わっていますがそれも納得、ビールやカクテルはかなりお得な価格帯。なんとなく店員にもお客さんにもオタク風な人が多く、実家に帰ってきたかのような空気が流れています。私が友達と行った夜は偶然にもアニメ好きな人の集まるイベントで、コスプレした人たちで盛り上がっていました。オタクの人もそうでない人も楽しめる名店です!

 ヤマモトレミ 89年生まれ、福岡県出身の漫画家。2017年に仕事の異動で東京からNYへ移住。日本食スーパーで社員として働きながら趣味で漫画を描いていたら楽しくなってしまい2021年に退職、漫画家として本格的に活動を開始。2023年現在ブルックリン区在住。単行本発売中!(Instagram:@Yamamotoinnyc)

お刺身を使ってできる美味しい家庭料理

プロに聞く、生き生きEATS(イーツ)

元気と美味しいを求めて料理の達人が腕を振るう (50)

 今月の生き生きEATSは、ニューヨークの老舗和食店「レストラン日本」の料理長、福本美浩さんに、お刺身を使った家庭できる料理4品を紹介してもらいました。福本さんは北海道北見市出身で、日本食店の次男として生まれた。札幌と東京で寿司の修行を積んで、1985年にレストラン日本の創業者、故倉岡伸欣さんと出会いニューヨークへ。寿司シェフとして採用され今年で寿司シェフ歴47年のベテランだ。

レストラン日本

155 East 52nd Street, New York, NY(Bet. Lex and 3rd Ave. )

Tel: 212-688-5941

www.restaurantnippon.com


◾︎刺身盛り


【材料】 

まぐろの刺身 4切れ

生食用サーモン 4切れ

生食用ホタテ 2個

大葉 4枚

大根 少量

のり 半切れ

レモン

わさび

きゅうり 1本


【作り方】 マグロは筋の少ないものを選ぶ。筋のあるものは、筋の逆目に包丁を入れ切りつける。サーモンは筋が柔らかいのでOK。ホタテは半分に平き、のりを挟み二等分に切る。大根、きゅうりを薄くスライスして、うすめの塩分に浸し2〜3分。水分をよく切り、お皿に盛り付ける。大根を頭にマグロ、サーモン、ホタテ4切れずつ盛り付け。わさびレモンを添えて完成。


◾︎白身のカルパッチョ


【材料】 

黒胡椒、塩、レモン、バジル、オリーブオイル、ディル、ゆず1個、真鯛 1/4背 昆布 大1枚

【作り方】 
昆布を軽く水洗いし、水気を拭き取り、真鯛を昆布で挟みラップに包んで2時間ほど冷蔵庫に寝かせて昆布じめにする。お皿に薄く切った真鯛を並べるように盛り、塩、胡椒を切り身にパラパラとふりかけ、オリーブオイルを全体にかける。ディル、ゆずのスライスを添えて出来上がり。


◾︎マグロとサーモンのブルケッタ


【材料】 


マグロ、サーモン、アボカド、プチトマト、ニンニク1片、赤玉ねぎ 1/4個、バゲット小1本、紫蘇の葉 1〜2枚、ディル、オリーブ4〜5個、バジル


【作り方】 マグロ、サーモン、アボカドを5ミリ角にサイの目切りにして、それぞれ2つの器に分ける。マグロの方には、胡椒、塩、オリーブオイル、紫蘇の葉、サーモンに方には胡椒、塩、オリーブオイル、赤玉ねぎ微塵切り少量、プチトマト4等分切りそれそれあえておいておく。バゲットは斜めにに厚さ1・5センチくらいに切り半分に切ったニンニクとオリーブオイルを塗りつけてオーブントースターで焼く。バゲットの上に色よく盛り付けて出来上がり。


◾︎バラちらしミニ丼


【材料】 

マグロ、サーモン、ホタテ、白身、きゅうり、いくら、しその葉、のり半切れ、白胡麻、玉子1個、すし酢、アボカド、わさび、ガリ、おぼろ(桜でんぶ)


【作り方】 出来立ての白米丼2杯にすし酢(市販物)を適量入れ、ごま、もみのりを敷き、薄焼玉子(錦糸玉子)は、フライパンにとき玉子を流し入れ、薄く伸ばして焼き上げる。両面を焼く。細かく千切りにして器に入れる。好みでおぼろを入れる。マグロ、サーモン、アボカド、ホタテを1センチ大の角切りにして玉子の上から色よく盛り、きゅうりのスライスを5、6枚飾り入れ、いくらを全体的にかける。大葉は細かく千切りにして最後に上からかけてわさびを添えて出来上がり。

 ポイント=材料は予め切って用意しておくと素早くできる。今回の料理はすべて、マグロ、サーモン、白身、ホタテなどできるだけ無駄なく使いこなした料理。4品で使うものは、マグロとサーモン各200グラム、ホタテ4個、白身1/4(真鯛)、きゅうり2本、大葉8〜10枚。

審査員席からのコンペティション(2)田村麻子

磨かれた神秘の波動

 私のオペラ原体験は17歳の頃、一流のオペラ歌手によるオペラを初めて観た時でした。人間の声とはこんなにも素晴らしい楽器になり得るのか、こんな世界があったのか! と雷に打たれるようなショックを受け、若くて感動しやすかった私は、どんな辛い事があろうとも、こんな感動を人に与えられる様なオペラ歌手になりたい!と強く思ったものです。そうして年月は流れ、その強烈な原体験が礎となったのか、本当に声楽家としてこれまで歩んで来れたわけですが、今もなお、オペラの魅力の半分以上は声だと信じています。実際多くの声楽家やオペラファンは、1に声、2に声、3・4がなくて5に声…と言うほど、声楽では特に声の力を重視します。昔マリオ・デル・モナコと言う往年のテノール歌手が1960年代に来日し、ヴェルディのオペラ”オテロ”の登場の第一声を発した際、聴衆の中にいた私の恩師は、身体中の細胞が狂ってめちゃくちゃになったと言っていました(笑)。その後も彼は、感動を通り越して、細胞だけでなく脳も破壊されそうになり、ただただこの神様のような人が同時代に生きている事実に感謝したよと何度もその時の事を仰っていました。

 実は声楽界では、その時の公演は伝説となっており、恩師からだけでなく他にも、あちこちから同じ様な事を聞いたり、その聴衆の中からは後年、何人ものオペラ歌手が誕生したとも聞きました。この話からしても、人の声が与えるインパクトと言うのはものすごいものがあり、それこそ時には人生を変える力があります。それは一体何なのでしょうか?私も演奏家として、人に感動を与える声
(音)とは何なのかを、ずっと考え続けてきましたが、私が今思う声の力とは、生命体を揺さぶる波動です。正しく長年訓練された声の持つ、神秘の波動です。音楽の魅力とは、全てこの波動によるものと言っても良いと思いますが、声楽の場合は、人の身体という100%天然の楽器の波動に、言葉の力も相まって、時に多大なインパクトを与えます。が、仮に言葉が無かったとしても、訓練された筋肉の繊細かつ複雑な動きで奏でられる音(声)は、アルファ波やベータ波の様に、ずっと聴いていたい様な限りなく心地よく、心の底から感動したり、ゾクゾクと興奮するような、人が好ましく感じる波動となるのです。

 先月の国際コンクールで、管楽器の審査員の先生より興味深い事を聞きました。トランペットやクラリネットなど、各管楽器の一番美しい音を、ある一定の音程で録音し、それぞれ編集して繋げていくと、どの音の波動も非常に似ていて、耳で聴くと何の楽器なのかほぼ見分けがつかない、と言う実験があったそうです。確かに美しい音色とは、どんな楽器でも似ていると感じますし、私はすべての幸せな家庭は似ており、不幸な家庭は、それぞれ異なる理由で不幸である、と言うトルストイの言葉なども思い出しました…とまた脱線しそうになってしまいました(笑)。
ではまた次回に!

田村麻子=ニューヨークタイムズからも「輝くソプラノ」として高い評価を受ける声楽家。NYを拠点にカーネギーホール、リンカーンセンター、ロイヤルアルバートホールなど世界一流のオペラ舞台で主役を歌う。W杯決勝戦前夜コンサートにて3大テノールと共演、ヤンキース試合前に国歌斉唱など活躍は多岐に渡る。2021年に公共放送網(PBS)にて全米放映デビュー。東京藝大、マネス音楽院卒業。京都城陽大使。

日系人強制収容の自伝絵本 ジョージ・タケイさん

ジョージ・タケイ・著

ランダムハウス・チルドレンズ・ブックス・刊

 日系俳優で社会活動家のジョージ・タケイ氏の自伝的絵本が出版された。第二次世界大戦中の収容所での幼少期を描いた作品だ。1942年2月19日、フランクリン・D・ルーズベルト大統領が大統領令9066号に署名し、西海岸に住む米国民および日本人の血を引く非市民の12万5000人の強制退去と収容を認めたことによりタケイ氏の人生は一変した。 タケイ氏は5歳で収容所に入り、3年後の1945年に終戦を迎えるまで収容所にいた。

 「有刺鉄線のフェンスに囲まれた子供時代が、私が活動家になった理由です。兵士たちがドアを叩いたとき、自分がどんな目に遭ったか、どんなに怖かったか、そして両親が兄弟姉妹と自分が戸惑うばかりの新しい家で安心できるようにしてくれたことなど、とても鮮明に覚えています。このアメリカの歴史の一章を子供たちに伝えることが私の使命。そうすることで、私たちは皆、民主主義の脆さと重要性を知り、それに参加しながら成長することができる」と語る。

 同氏は、『スタートレック』のヒカル・スールー役で世界中で知られる俳優であり社会活動家。日系人強制収容所に関しては2014年にブロードウエーミュージカル『アリージャンス 』(Allegiance)で主演男優を務めた。昨年NYで開催されたジャパン・パレードのマーシャルも務めている。現在は、全米日系人博物館の名誉理事長、日米友好基金委員会の理事も務め、2004年には日米関係への貢献が認められ旭日章を叙勲している。同書は日本では来春北丸雄二氏の訳で翻訳版が刊行される予定だ。

   (三浦良一、写真も)

編集後記

【編集後記】
 みなさん、こんにちは。1970年代後半から90年代にかけて、ニューヨークの広告業界で大活躍した日本人写真家がいました。HASHIという名前は、当時写真を志す人たちにとっては憧れの存在だったようです。本名は橋村奉臣さん。橋村さんは1945年大阪府茨木市生まれ。1968年に来米。74年にHASHIスタジオを設立。クリエイティブの水準が極めて高く、かつ熾烈な競争で知られているニューヨークの広告業界において常に第一線で活躍、その力量が高く評価されました。広告写真の分野で、卓越したHASHIスタイルを確立。1980年代前半より、肉眼では捉え難い2万分の1秒の世界をとらえた独自の技法、「アクション・スティル・ライフ」で一世を風靡し、広告業界において、その地位を不動のものにしました。米国だけでなく世界の広告代理店200社以上を通じて、世界の優良企業500社以上に作品を提供しました。近年はアート作品にも分野を広げていました。そんな橋村さんが10月22日午後8時20分ごろ、マンハッタンの自宅近くのスーパーでの買い物帰り、3番街の30丁目と31丁目の間で、通りがかりの男性からつきとばされて転倒、後頭部を強打して、目撃していた歩行人の通報で市内ベルビュー病院に緊急搬送され脳挫傷と診断され翌日手術を受けましたが、2週間意識が戻らず、12月12日未明の午前0時51分に帰らぬ人となりました。突き飛ばした男は31歳の米国人男性で、防犯カメラから警察が犯人と特定し、事件翌朝に逮捕、現在も勾留中です。日本在住の写真家・茶野邦雄さんは突然の訃報に「HASHIさんに憧れ、何者かになりたい多くの写真家がNYを目指してきた。そして私も含め名もなき若者を分け隔てなく迎えてくれたのもHASHIさんだった。日本人写真家が世界でも通用することを自らが証明し、後輩たちの未来をも切り開いた功績はあまりにも大きく、感謝以外に言葉が見つからない。どうか安らかに。合掌」と本紙の取材に応えてくれました。HASHIさんとは1987年にNY読売時代に取材した時からのお付き合いでした。重症ではありますが、病院に2回お見舞いに行きました。チューブにつながれ変わり果てた姿でしたが、2回目の病室訪問の帰り際「HASHIさんまた来るからね。頑張ってね」と言うと、左の足首を振ってバイバイをしてくれました。それが最後でした。光と影の魔術師といわれたHASHIさんの傑作写真を今週号1面で掲載させていただきました。HASHIさん安らかに。それでは、みなさんよい週末を。(週刊NY生活発行人兼CEO、三浦良一)

【今週の紙面の主なニュース】(2024年11月16日号)

(1)米紙の論調も分断 大統領選社説

(2)写真家HASHIさん逝く 米広告写真界で一時代築く (3)NYの「ベンジャミンステーキハウス」が大阪店開店

(4)木村顕悟NY展 東洋のペン画好評

(5)週刊やさしいにほんご生活  「あいさつ」「急がば回れ」

(6)米北東部で干ばつ続く NJ州各地で林野火災

(7)ニューヨークホテル物語  BOOKS

(8)幸せの法則「ポジティブ心理学」を説く 松村亜里さん

(9)感謝祭はなぜ11月の第4週?

(10)ハリヤマ・バレエ新スタジオ開校5周年祝う

米紙の論調も分断

大統領選社説

「危険な選択」ニューヨークタイムズ紙
「やり直す好機」W・ストリートジャーナル紙

 11月5日に行われた米大統領選でのドナルド・トランプ前大統領(78)勝利の結果を受け、米各紙が社説を発表した。

 リベラル系のニューヨーク・タイムズは11月6日付電子版で「アメリカは危険な選択をした」と題する社説を掲載した。米国の有権者は「誰も完全には予見できない危うい道を国に突きつけた」と断じた。「何百万人もの米国人が大きな欠陥があると認めている候補者に投票したことを無視できない」とし、「物価高、移民の流入、抜け穴だらけの南部国境、社会的に不平等となっている経済政策などを国の緊急課題と見て、(トランプ氏が)それらを解決する可能性が高いと確信した」と分析「もっと広い意味での米国の制度の状態に対する不信感も抱いて投票した人もいる」とした。

 トランプ氏について「幻想を抱く余地はない。彼は最初の任期中、そして退任後の数年間、民主主義の価値観、規範、伝統はおろか、法律さえ尊重していないことを私たちに示した」とし、「すべての米国人はトランプ新政権を警戒すべきだ。政党や政治に関係なく、憲法上の抑制と均衡、公正な連邦検察官と裁判官、公平な選挙制度、基本的公民権など、国家民主主義の基本的な柱が、トランプ氏からの攻撃から守られるよう主張すべきだ」と訴えている。

 ニューヨーク・タイムズはカマラ・ハリス副大統領(60)を支持していた。

 一方、保守系のウォール・ストリート・ジャーナルは7日付電子版で「やり直す機会得たトランプ氏」と題する社説を掲載した。

 同紙は、トランプ氏の勝因は「若者票と黒人およびヒスパニックの男性票を伸ばしたこと」だが、その理由は「バイデン大統領が公約した団結と繁栄を実現できなかったからであり、有権者がバイデン氏の進歩的政策の結果に幻滅するようになったからだ」と分析している。「インフレによる実質賃金の低下や、アイデンティティー政治の下での分断を助長する文化的主張、南部国境での混乱、国際社会での米国の抑止力崩壊が起きた。出口調査によると、特に経済がトランプ氏に有利な最大の争点だった。メディアがどんなに経済は好調だと説明したところで、(資産ではなく)賃金や給与頼みの有権者の感覚は違ったのだ」とした。

 同紙は、有権者からの最大のメッセージは「経済成長に明確に目を向け続けるべきだというものだった」とまとめた上で、「政権2期目は失敗に終わることが多い。しかしこの政権は、これまで1世紀以上にわたって例がない類いの政権だ」と期待を込めた。

写真家HASHIさん逝く

米広告写真界で一時代築く

買い物帰りの路上で突き飛ばされ転倒

 ニューヨーク在住の写真家、HASHIの名前で知られる橋村奉臣さんが12日、入院先の市内ベルビュー病院で亡くなった。79歳だった。近親者の話によると、橋村さんは10月22日午後8時20分ごろ、買い物先のスーパーから自宅に戻る途中の3番街30丁目と31丁目の間の歩道で、男性に右手に持っていた杖を蹴飛ばされて突き飛ばされ車道に転倒、後頭部を強打した。歩行者が救急車を呼び、緊急連絡先に登録されていた近親者の日本人女性が現場に駆けつけた時はまだ意識があったという。ベルビュー病院のエマージェンシールームに搬送され、右後頭部脳挫傷と診断されて翌日に手術をして一命を取り止めたが、その後2週間意識不明の状態が続いた。12日午前0時51分死亡した。警察は、橋村さんを突き飛ばした男性を防犯カメラで犯人と特定し、事件翌朝31歳の米国人男性を逮捕した。

 橋村さんは1945年大阪府茨木市生まれ。1968年に来米。74年にHASHIスタジオを設立。クリエイティブの水準が極めて高く、かつ熾烈な競争で知られているニューヨークの広告業界において常に第一線で活躍、その力量が高く評価された。広告写真の分野で、卓越したHASHIスタイルを確立。1980年代前半より、肉眼では捉え難い2万分の1秒の世界をとらえた独自の技法、「アクション・スティル・ライフ」で一世を風靡し、広告業界において、その地位を不動なものにした。米国だけでなく世界の広告代理店200社以上を通じて、世界の優良企業500社以上に作品を提供した。代表的な作品としては、『エスクァイア』誌50周年記念ポスター「喜び — Cheers」=写真上=がある。 

近年はアート作品も

HASHIさん独自の世界観

ありし日の橋村さん(撮影・茶野邦雄)

 クアーズの缶ビールが、もんどりを打った。夕方の4時なのか、明け方の4時なのか、かれこれ12時間近くも、この窓のないスタジオで写真を撮り続けている。23枚目の8x10だ、1個のグラス、一つの宝石、シガレットケース、この動かぬ物体たちが語りかけてくる。「人が精魂込めて作り上げたものには生命を感じる」その生命が「物」の表面だけでなく内面に潜む魂までも写せと訴える。熱い視線に触れたとき、2万分の1秒の世界で瞬時の命が火花を散らす。変哲もない商品にどのように味をつけ、1枚の写真の中にいかにしてドラマを盛り込むか、これがこの男の仕事の全てと言っていい。

 光と影の魔術師、橋村奉臣。人はHASHIと呼ぶ。ニューヨークの広告業界で五指に入る超売れっ子写真家と言われる。手がけるクライアントにカンパリ、コカコーラ、コダック、キヤノン、オリベッティ、アラミス、シティバンク、ジョンソン&ジョンソンなど米国を代表する企業名がズラリと並ぶ。商業写真家全米年鑑の最高峰と言われる「アメリカン・ショーケース」でもギャリー・パウエル、アンドリュー・イネックスら一流写真家とともにトップ10の常連だ(「ザ・ニューヨーク・ヨミウリ紙」1987年6月25日号より。『どっこい生きてる日本人』(読売新聞社刊・1994年発行に収録。文・三浦良一)。

 近年は、アーティストとしての活動も始め、米国でソロデビューとなるYasuomi Hashimura展「未来の原風景-パリ・ローマ・ジャパン」を2021年にフィラデルフィアのユニーク・フォト・ギャラリーで開催している。

 橋村のオリジナル作風「ハシグラフィー」は、写真と絵画を融合させた中に、橋村のファインアーティストとしての新たな可能性と独特の時代観やモノに対する価値観が表現されている。時代不詳のモノトーンな作風は「今から1000年後、西暦3000年の未来社会で生活する人の目から見た現代」を映し出そうとしている。「私はこれまで、瞬間の写真を撮ってきたが、このシリーズは全く違った観点から1987年パリから作り始めた。米国では初めての発表」と話していた。

 写真家・茶野邦雄さんの話「HASHIさんに憧れ、何者かになりたい多くの写真家がNYを目指してきた。そして私も含め名もなき若者を分け隔てなく迎えてくれたのもHASHIさんだった。日本人写真家が世界でも通用することを自らが証明し、後輩たちの未来をも切り開いた功績はあまりにも大きく、感謝以外に言葉が見つからない。どうか安らかに。合掌」。

写真上:Meditation、 Ryoanji Temple, Kyoto、Japan, 2004 瞑想、龍安寺、京都、日本 Mixed-media unique print17”x21” framed to 22.5”x 26.5” モデルは妻の良子さん