トミー富田さん死去

日本とハーレム橋渡し

故・富田さん

 ハーレムと日本とを結ぶ文化の橋渡し役として活躍したトミー・富田さんが11日、ニューヨーク市内の病院で肺炎のため亡くなった。80歳だった。リュージュの日本代表選手として1972年の札幌オリンピックに出場。その後、東京六本木のジャズクラブ「バランタイン」のオーナーとなり阿川泰子ら多くのスターを誕生させた。85年ニューヨークへ渡り、「アポロ劇場」に平井堅らプロ・アマ問わず大勢の日本人を出演させている。ハーレムの黒人教会と創設した「ハーレム・ジャパニーズ・ゴスペル・クワイヤー」が2010年、全米最大級のゴスペル大会で優勝している。

ハーレムと日本結ぶ
トミー富田さん逝く

 ハーレムと日本とを結ぶ文化の橋渡し役として活躍したトミー・富田さんが11日ニューヨークの病院で亡くなった。80歳だった。学生時代より、父親の影響もありジャズに傾倒、FENを聴き育つ。大学卒業後、リュージュの選手として1972年の札幌オリンピックに出場。その後、東京六本木のジャズクラブ「バランタイン」の元オーナーとなり、同店からは、阿川泰子・マリーン・島田歌穂・マルタなど多くのスターが誕生した=1面に記事=。
 1985年ニューヨークへ渡り、雑誌、テレビ、ラジオを通してジャズ解説を行なう。その当時、ハーレムの地図・記事が無かった日本のニューヨークのガイド本「地球の歩き方」などに、1986年初めてハーレムの情報を紹介。日本から頻繁に訪ねてくる知人達に、ハーレムやジャズクラブを案内しているうち「ツアーをして欲しい」という沢山の声を受け、日本人として初めての「ハーレムツアー」を始める。また、黒人音楽の殿堂「アポロ劇場」のボードメンバーとして、「アマチュアナイト」に、平井堅、トータス松本、ディープタフ(ダンサー)、小林幸恵、嘉門達夫らプロ・アマ問わず大勢の日本人を出演させている。 
 地元で活躍するミュージシャン達と深い親交がありNYのミュージシャン・ダンサー・アーティスト達を日本へ紹介、数多くのコンサートも手がけている。ハーレム在住35年、ハーレム商工会議所の正式メンバーで、94年にはアジア人初の「ドクター・マーティン・ルーサー・キング・ジュニア・エクセレントアワード」を受賞。
 著書に、『ハーレムスピークス(新宿書房)』『劇場都市NY読本(七賢出版)』があり、ジャズやハーレム関連の記事も多数執筆。
NYガイドブック「地球の歩き方」「わがまま歩き」「個人旅行」「地球小町」などにもコラム掲載。
 また、97年より、ハーレムの黒人教会と創設した「ハーレム・ジャパニーズ・ゴスペル・クワイヤー」が2010年6月、全米最大級のゴスペル大会に日本人として初出場、27年の大会史上初の日本人クワイヤー優勝となる。5年前からすべての業務をパートナーの松尾公子さんに引き継ぎ、リタイヤしていた。本紙「週刊NY生活」でも「ハーレムナウ」を一時連載執筆した。

ラ・ガーディア空港に電車計画

 クオモ・ニューヨーク州知事は、ラ・ガーディア空港とマンハッタンとを電車で結ぶエアトレイン計画を推進することをこのほど発表した。
 計画では現在80億ドルをかけて進めている拡張工事が2025年に完了したあとのプロジエクトとなる。空港と近隣の野球スタジアム、シティフィールドまでエアトレインを運行させることで最短距離でニューヨークの地下鉄網に接続することができる。しかしシティフィールドが空港よりも東側に位置するため、マンハッタンから一度空港を超えて、電車を乗り換え空港へ逆に戻ることになる。クオモ知事は「一般市民の住宅地を買収することなしに最も経済的にレールを敷設することができる最善の方法」と主張している。

ジャンルにとらわれずまず挑戦

ダンサー
舞台パフォーマー

田中 真夏さん

 ニューヨークでジャンルにとらわれずに芸術活動を続けている。過去のミュージカルやダンスの経験を生かしてさらに自分の幅を広げるために今はエアリルシルクとフープのトレーニングに励んでいる。日本ではなく、ニューヨークだからこそ広がった世界、考え方や出会いが自分をどんどん進化させていく感覚に魅了され、この先もここでの活動を志している。
 パフォーマンスだけでなく、ほかにも振り付けや殺陣などの創作側にも関わっており、この先も演じるのと創作を両方携わって行けることを目標に、生活を充実させていきたいと願う神奈川県出身の23歳。
 1歳から3歳までカルフォルニア州、そのあと6歳までミネソタ州で過し、小学生から高校生に学校生活は一旦帰国し、日本で過す。
帰国後、2008年から15年まで、大和市の児童劇団「大きな夢やまと子供ミュージカル」に所属、14公演中8公演で主役、準主役を好演した。15年からニューヨーク州立大学へ進みダンスを専攻。数々の振り付け家の下、計15作品で踊った。中には、ポール・テイラー・ダンスカンパニー、ジョン・レーラー・ダンスカンパニーら有名振付家の作品も。17年、ダンス界への登竜門として知られる難関のステプス・オン・ブロードウエーの夏期集中プログラムの受講生徒に合格し、多くの講師からダンスを学んだ。一昨年は、歌手、モナ・ハイダーの新曲「リフテッド」の主役ダンサーに抜擢、多数の記事に掲載された。昨年同大を卒業し、そのままニューヨークに移住、ミュージックビデオ出演や芸術活動を続けている。卒業後、オーディションを受け、300人近い応募者から合格、昨年秋からは体験型シアター、ゼロスペースとゾンビーエクスペリエンスで週4日間の出演を続けている。
 「大学卒業直後は、ダンス専攻の学位を生かしてダンサー関係の仕事をしたいという固定概念に囚われていましたが、ニューヨークで生き抜くには幅広い仕事ができないと成功しないということが分かったんです。芝居から歌からバーレスクと視野を広げると、仕事がいろいろ回ってくるようになった。今は自分の身体能力を生かしてエアリルシルクとフープを習い始め、特にシルクは近いうちにパフォーマンスまで持っていけるように技術を磨いていきたい」と目を輝かす。好きな言葉は「ノーデイズ、バット・トゥデイ(No Day But Today)/今日の今しかない」。目下最大の目標は、ダンスカンパニー大手の「Company XIV」に合格することだという。(三浦良一記者、写真も)

ブロードウエーにシーソー

繊維街に歓声、大人も子供も
今月31日まで

 マンハッタンのブロードウエー37丁目と38丁目の間に12台の大型シーソーが登場して市民を楽しませている。同地域の繊維問屋組合商店会連合が企画したもので、普段は歩行者天国で市民憩いの場を提供しているが「常にマンハッタンの躍動感を伝えながら市民に笑顔で楽しんで欲しい」とバーバラ・ブレア商店会連合会長。家族連れやカップル、平日も大人たちが童心に返って楽しんでいる。今月31日まで。利用は無料。(写真・12日正午、三浦良一撮影)

コーデュロイの似合う男とは

©The Graduation Embassy Home Enternainment

イケメン男子服飾Q&A 77

 今の季節、一番寒い時期にはツイードやフラノといった羊毛を素材とした生地が重宝されますが、その中で綿を素材・原料とした生地で大活躍をしてくれるのが「コーデュロイ」ですね。ニューヨークでは日本の様なウォーム・ビズはあまりないかも? と思いますが、特に日本からの駐在の皆様には日本的な加工がされた、例えば襟のボタンの色が黒になっていたり、派手なステッチが襟や袖に入ったボタンダウン・シャツは、なるべくスーツではなくジャケット着用の際に合わされることをオススメします。
 コーデュロイの生地は、17世紀に英国はイングランドで作られたのがオリジンだと言われております。そしてCorduroyという言葉のオリジンはフランス語という説がありCorde du Roi、フランス語のcordeには畝とか紐と言った意味があるかと思いますが、よって「王様の道」と言った意味があるという御話なのですが、はたまた「王様の生地」と言った意味もあるのだ、とか。
 基本、コーデュロイはベルベッティン(これは綿、ベルベットはシルクなんです、違うのです!)と同じ織り方に畝を加えて仕上げた生地でして、その分、丈夫さと保温性にも優れた生地となりました。農業国のフランスにおいては農作業用の服として着られ、また19世紀の英国においては、煙突掃除の作業の方々に愛用されたという御話もあります。
 コーデュロイの畝のことをwaleと言いますが、商品カタログなどを見ますと6 wale, 8 wale, 16 wale etc.といった表記が「100% Cotton」の素材表示の後に御目に留まるやもしれません。waleとはコーデュロイの畝を意味しておりまして、そして数字が小さければ小さいほど、より畝が太いコーデュロイの生地となります。例えば8 wale corduroyとは1インチ(2・54センチ)巾に8本の畝があるということでして、もしお仕事用でしたら16 waleから26 waleくらいの細い畝巾の生地が使いやすいのではではないかと思います。御理解いただけるかと思いますが、畝が太ければ太いほどカジュアルでスポーティーな印象そして雰囲気が醸し出されます。
 コーデュロイの御洋服をお求めの際は、スーツでもジャケットでも御用途に応じてで構いませんが、もし出来ましたら細い畝のスリーピースを御奨めします。色はお仕事でも着られることを考え、ネイヴィーやグレーそしてオリーブ・グリーン、タン・ベージュ、ブラウンといった基本の色がやはり使いやすいのではないかと思います。なぜスリーピースなのかと申しますと、コーデュロイはスーツで着ても良し、バラシて着ても良しだからです。スリーピースのどれか一つがダメになっても他はずっと活用出来ますから。ヴェストはツイード・ジャケットなどの中に着れますから。
 機会があれば卒業のダスティン・ホフマン、ゴッドファーザーのアル・パチーノ、そして大統領の陰謀のロバート・レッドフォードなど御覧ください。スクリーンの中の名優さんたちのコーデュロイの着こなしが参考になるかと。
 最後に、コーデュロイやベルベッティンは他とは生地の使い方が全く異なります。それは生地を上下逆さまに使うこと、順目ではなく逆目なのです。そしてこのことによってlusterと呼ばれます独特の光沢が生まれるのですが、日本製は残念ながら極一部の例外を除いてその様になっておりません。パリで見かけるコーデュロイが何故か素敵に見えるのはそのせいかもしれません(笑)。それではまた次回。

 けん・あおき/日系アパレルメーカーの米国代表を経て、トム・ジェームス.カンパニーでカスタムテーラーのかたわら、紳士服に関するコラムを執筆。1959年生まれ。

ティファニー 改築工事のため一時 隣ビルに移転

 店内大改装のため、商品をわずか15メートル動かすのもティファニー本店ともなると大仕事のようだ。長期改修のため12日、同店は10階建ての店を空にして隣の元ナイキ店に移転。11万4179個に及ぶ商品を移動させるのに警備員30人を雇い、数百台のモニター用カメラが使用された。
 ティファニーの引っ越しは関係者に口止めされ、秘密厳守のもとに行われ、12日の移動の際も、ビルの入り口にテントを張って外から見えないようにして行われた。移動の前にも、同社幹部は潜在的な犯罪に神経を尖らせてソーシャル・メディアを監視する会社も雇用。しかし、無事に荷物の移動が終わってからも関係者にはまだ大きなストレスを感じる大仕事が待っていた。商品を荷造りして新しいスペースに運搬し終わってから18時間以内に開業するよう社命が出ていた。徹夜作業で翌13日月曜には仮新店舗で平常通り午前10時に無事開店した。新住所は東57丁目6番地。

ごちゃごちゃしてあれもこれもで不人気、州知事の展望ポスター

 アンドリュー・クオモNY州知事は9日、州知事に就任して以降3期の州政を表現したポスターを公表した。「New York State The Progressive Capital Leading the Way」と題された同画は、19世紀以降の政治的ポスターをヒントに、クオモ州知事自身が2か月をかけて考案したという。制作はブルックリン在住のアーティスト、ラスティ・ジマーマンさん。
 The Sea of Divisionと示された波とうを航海する帆船の帆には、Tolerance(忍耐、寛容)、Leadership(統率力)、Accomplishment(成果、達成)の文字が並ぶ。波立つ海にはIntolerance(不寛容)のタコやGovernment Incompetence(政府無能)のイカ、Greed(強欲)を意味する断崖にはThe arc of the moral universe(道徳的な世界の弧)を象徴する虹色の旗が立っている。9日付のNYタイムズ紙には、同画像の突然の公表と複雑なデザインに、市民だけでなく政府関係者たちからも困惑の声があがっていると伝えている。

新年賀詞名刺交換会で迎春

鏡開きのあと乾杯する左から中島日本クラブ会長、大沼JAA会長、
NY総領事の山野内大使、吉森NY日商会頭(10日正午過ぎ、日本クラブで)

 新年を祝う賀詞名刺交換会が10日、ニューヨーク日本総領事館主催、ニューヨーク日本商工会議所、日本クラブ、ニューヨーク日系人会の三団体共催により日本クラブで開催され、216人が参加した。君が代斉唱の後、各団体代表者が年頭の挨拶を述べ、鏡開きで乾杯して新年を祝った。会場ではお節料理やお雑煮がふるまわれ、参加者たちが和やかに歓談した。

激動の時代の日米関係
NY総領事 山野内勘二大使

 令和2年、2020年は日本にとって特別な年でだ。東京五輪パラリンピックがあり、米国では大統領選挙がある。日本の政治経済諸々に大きな影響を与える。歴史を振り返ると今年は東京都とニューヨーク市の姉妹都市提携60周年、日米安保条約制定60年、戦争が終わって75年。日本クラブができて115年。マゼランがマゼラン海峡を発見して太平洋と大西洋が繋がってグローバリズムが始まって500年。
 ニューヨークと日本が初めて出会ったのが1860年。万延元年遣米使節団で、日米修好通商条約の批准書を携えて横浜を出たのが2月13日、5月15日からワシントンに3週間滞在してニューヨークに着いたのが6月16日。そこから160年。これが日米交流の始まり。
 国際ニュースは激動。北朝鮮問題や、台湾の選挙、中東問題もあるなかで、平和と繁栄を築く日米同盟は日米関係の基軸と言え、ビジネス、人との交流を通してここニューヨークにいるみなさんが、日米関係を築く重要な役割を果たすものと激動の時代であればこそ感じる。

一喜一憂せず社会盛り上げ
吉森桂男NY日商会頭

 振り返って2019年は前年比で3%というリーマンショック以来の低い経済成長率、世界的な景気後退、貿易摩擦、投資活動にブレーキがかかり、開発途上国固有の脆弱性、アルゼンチンの緊縮財政がもたらした経済的ストレス、南米、中東、アフリカ、生活必需品の価格上昇や経済的不公平、汚職に対する一般市民の不満などが暴動や騒動となり、私もチリ出張を取りやめた。とはいっても一部には、世界的低迷の製造業に下げ止まりの兆し。中国のその後の不景気も減速、各国での良好な雇用の兆しがありさらなる減速のリスクは小さくなっていると見る専門家がいる。金融面では各国の中央銀行の金融政策で金融緩和が健在化、景気を下支えして財政面でも限定的ながら総じて拡大に向かうとの見方がある。これらが事実とすれば、世界景気は緩やかに持ち直していくかもしれない。米中覇権争いが続き、設備投資や企業のリスクテイクも回復しそうにない中で何か起きるか分からない不透明感が漂う。しかし2020年は東京五輪パラリンピックがあり、日本にとってはエキサイテイングな年になるのではないか。一喜一憂することなく、情報交換しながら当地における日本人社会を盛り上げていきたい。

次の新たな発展の年目指す
中島正樹 日本クラブ会長

 年末年始から世界の大ニュースに接し、変化の激しい年になるのを実感する。昨年は令和という、人々が美しく、心を寄せ合って文化を育む年、秋にはラグビー世界杯があり、日本代表が躍進、平和で思いやりにあふれる日本のおもてなしが世界に感動を与えた。今年令和2年目。東京五輪パラリンピック開催でより一層「日本」の文字が世界中のメディアで取りあげられるだろう。
 日本クラブは1905年の創設で今年で115年を迎える。会員同士の交流に加え、日米相互理解と友好を深めている。今年は世界から日本が注目される年でもあり、日本の伝統文化を紹介する日本クラブのカルチャー講座やギャラリーでの展覧会、スポーツ交流などに参加を呼びかけていきたい。館内にはクラブメンバーの施設、日本食レストランがあり、旬の料理も味わって欲しい。2020年、干支は『子(ねずみ)』、新たな芽吹きと繁栄の始りの年。次の新たな発展を目指して、会員のみなさんに喜んでもらえるクラブにしていきたい。

10年に一度の国民白書の年
スーザン大沼 NY日系人会会長

 112年の歴史があるNY日系人会(JAA)はいま80%のメンバーが日本人で日系米人は2割。さまざまな活動を通して日系社会に奉仕、貢献してきている。今年は10年に1度のセンサス(国勢調査)の調査が行なわれる年。米国の市民権を取得することが少ない日本人は選挙の投票権がない人が多く、アメリカの政治家の目には「有権者」としての存在感が薄い。センサスは市民権がなくても「日系、日本人」であることを記載することができ人口の数としてカウントされる。ぜひ記載して欲しい。1月31日は、戦時日系強制収容を命じた「大統領令9066」に反対した日系人フレッド・コレマツさんを称える日で市役所で式典が開催される。今年は、日系米人の歴史に光を当てたい。補習校卒業生グループなどアメリカで生まれ育った日系の若者たちと連携してこれまで以上に若いメンバーを増やしていきたい。日本文化をルーツに持ち、日本に関心を持つ彼ら日系の若者たちは、対米進出日系企業にとっても国際化、現地化への大きな人的貢献のできる人材だ。交流の気機会を増やしたい。

その10:各地で開催されるイベントを楽しもう

魅惑のアメリカ旧国道「ルート66」をフォーカス

 ルート66ファンの皆さん、こんにちは! 新年おめでとうございます! 今年も懲りずにルート66について熱く語っていきますので、どうぞよろしくお願い致します。ということで、皆さんの年末年始いかがでしたでしょうか。東京は、ほぼずっと晴天に恵まれ比較的暖かい1週間でした。こんなに寒くならないと桜は2月に咲いてしまうのでは? と思ったりします。そうは言いながらも日本ではインフルエンザが流行していますので、皆さんもどうか風邪などひかず元気に健康で2020年を楽しみましょう!
 さて、今月の魅惑の旧街道を行くシリーズのシーズン③ 第10話は、新年一発目ということで20年にルート66各地で行われるイベントの紹介をしたいと思います。「ルート66に行ってもあまりよく分からないしなぁ」と思う皆さん。是非色々なイベントに参加しながらルート66に少しでも触れて貰えればその良さが分かって頂けるのではないかと期待します。さあ、早速見ていきましょう。
 ご存知の通りルート66はイリノイ州シカゴからカリフォルニア州サンタモニカまで8つの州を跨いで北からゆっくり南下していきます。当然それぞれの場所での気候は大きな影響をもたらしますので、通常いわゆる「冬」の時期にはイベントが行われません。ですので毎年イベントの開催は3月〜4月となり、6月にはいたるところで20以上のイベントが開催されピークを迎えます。時には幾つかのイベントが各州の大きな街で行われることも少なくないので、どのイベントを選んで参加するかは毎年頭を悩ます種なのです。
 一般的にルート66沿道又はその街で行われるイベントは、車のショー(見本市)、自車で参加するラリー、アメリカン魂の雄ロデオ、一般参加型マラソン、フードイベント、そしていわゆる「カウンティフェア」に近いルート66祭りに大別されます。ルート66でどんな体験がしたいのか、何を見たり感じたりしたいのかで好きなジャンルを選んで、あとは迷わず「出かけてみるだけ」なのです。
 そんな多数のジャンルのなか、まずご紹介するのはクラシックカーやホットロッドと呼ばれる大人気の改造車がこれでもかっ! とばかりに陳列される車の見本市Car Showです。根強い人気に支えられるこのイベントはルート66だけではなく、全米各地で開催されます。ニューメキシコ州アルバカーキで1月24日から開催される「Supernationals Hot Rod Show」を筆頭に、2月はオクラホマ州タルサにて、5月後半にはミズーリ州スプリングフィールドでの「Mid-America Street Rod Nationals」、そして7月にオクラホマシティで予定されている「Southwest Street Rod Nationals」が有名です。また、5月3日にミズーリ州ゲイ・パリタで行われる地元の人たちで開催するCar Showなんかもアットホームで良い感じです。あ、そうそうスプリングフィールドという街はイリノイ州とミズーリ州の両ルート66に存在する同名街なので間違わないよう注意してください。結構お互いに距離があるので、間違えて行ってしまうとリカバリーは大変です。
 次にご紹介するジャンルは参加型のラリー(Rally)。もしご自身で自慢のカスタムカーをお持ちであれば是非「乗っかって」みるのが楽しいと思います。5月には自転車でオクラホマ州タルサからブリストウまで近距離を走るものから、「The Great Race」と呼ばれる6月24日にミズーリ州ローラよりオクラホマ州オクラホマシティまで走るもの、そして6月9日から約2週間かけてイリノイ州ウィロウブルックから何とカリフォルニア州サンタモニカまで走ってしまう「Mother Road Ride Rally」まで年間約13ほどのRallyが開催予定になっています。
 残念ながらルート66には「これっ!」というまとまった公式のイベント表がありません。したがって「Route66」「Event」「Rally 2020」等、キーワードでググるしか手はありませんが、結構親切な方々が知ってるものや好きなイベントを集めたブログなんかも公開していますので、是非時間を見つけてプランニングしてみてください。旅の計画に充てる時間って楽しいですよね!
 続いてはロデオ。ロデオに興味のある日本の方は少ないかもしれませんが、せっかくアメリカで生活しているのです。一度ぐらい本場のロデオを体験するのも面白いかもしれませんよ。その迫力と言ったらとても言葉では表現できません(笑)6月にニューメキシコ州サンタフェで行われる「Rodeo De Santa Fe」や、9月にテキサス州アマリロで開催される「Tri-State Fair & Rodeo」等がおススメです。
 日本人の間でことさら人気の高いのが、そう、マラソンです。ニューヨークマラソン、ボストンマラソン、ホノルルマラソンなど、参加される人も年々増えていますが、10月のシカゴマラソンは、そうです。ルート66街のイベントの一つですよ。それに加え毎年11月3週目あたりで行われる「Route 66 Marathon」。これを走らなければランナーとは言えません。オクラホマ州タルサで開催されますが、フル、ハーフ、マスコットラン、5Kランなど各種選べますので、ベテランのあなたも初心者のあなたも。さあ「腕」の見せ所ですよ。いや「脚」かな?
 最後は、「ルート66そのものを満喫したい!」という方にはState Fair的な「お祭り」が最適ではないでしょうか。著名なものとしては6月19日ミズーリ州レバノンでの「Lebanon Route 66 Festival」、8月14日からの「Birthplace of Route 66 Festival」はミズーリ州スプリングフィールドにて。毎年大きくなっているイリノイ州スプリングフィールドでは「Springfield International Route 66 Mother Road Festival」が開かれます。読者の皆さんと、どこかのイベントでお会いできれば最高ですね。それではまた来月、お目にかかります!
(後藤敏之/ルート66協会ジャパン・代表、写真も)

ミッドタウンの 小籠包で春節を祝う

 いよいよ来週、1月25日に迫った春節(旧正月)。アジア人のはしくれジャパニーズとしては太陽暦と太陰暦で2回祝わないと新年を迎えた気がしない。そんな欲張りさんにうってつけのチャイニーズが、ミッドタウンの「レッドピオニー(緋牡丹)」だ。下記の所在地を見てピンと来た人は、相当の中華通。長年、小籠包の名店のミッドタウン店が昨夏まであった場所である。少なからず地場霊の助けも得て、昨年8月にオープンした同店のオーナーは、クィーンズ区フラッシングで人気料理店を手がけてきたコニーさん。「小籠包の専門店とは思われたくない」と公言し、四川、広東、北京など中国各地の美味しい料理を最高レベルで取り揃える。
 とはいえ、気になる小籠包。早速熱々をレンゲに乗せてスープをこぼさぬようそっと試食。適度に発酵した薄皮を割ってほとばしるスープは品の良い出汁をたたえ、たっぷりと包まれた豚挽肉と野菜類は、鮮度よくほんのり甘く、一口で喉を通してもなお口腔に心地よく残響する。
 ほかにも、北京ダックやチキンの酒蒸し、白身魚の丸ごと四川風など僕たちが日本で中華料理のご馳走として親しんできた品々ばかり。どれも味わい深くて腹持ちもいい。遅ればせ新年会の場所選びで迷っているなら、ぜひ一度お試しあれ!(中村英雄、写真も)

(写真右上)上海や北京から抜擢された一流シェフとスタッフが作り出す渾身の中華料理は、日本人の口にぴったりの味。家族や恋人との食事にはもちろん、ビジネスでの接待にもよしの美味しい店だ。


Red Peony
24 W 56th Street, NY NY10019
(bet 5th & 6th Aves)
Tel: 212-380-8883
https://redpeonyrestaurant.com/
営業時間:年中無休 11:30 ~21:45

オシャレ過ぎる生殖医療 明るい雰囲気で、なんか日本と違う!

 ニューヨーク在住3か月足らずの新鮮すぎる目線で、NYに生きる女性のための情報を発信していく!
 第1回目の今回は、「オシャレすぎる生殖医療」。日本で「生殖医療」と聞くと、不妊に悩む方々の選択肢の一つであり、医療の力をかりて妊娠を望むというイメージ。現在NY在住で、元々は日本の大企業で働いていたA子さんにお話を伺うと、独身の自分にはとても遠い世界の話で、日本で働いている時は興味もなかったと。しかし、NYへの転勤が決まり、34歳という妊娠のリミットを意識する年齢だったため、初めて卵子凍結という選択肢が頭に浮かんだという。看護師の友人に紹介され、都内でも有数の病院に行ってみたが、本気で不妊に悩む方々がもちろん多いため、なんだか院内の空気は重たく、この先に待っている施術が怖くなったという。一方、NYの生殖医療は進んでいると聞くことが多いが、実態はどうなのか。そのリサーチをしている際にインスタグラムにある広告が流れてきた。「Kind body」という名のクリニック。広告の内容は不妊治療や卵子凍結についてだが、インスタ映えする院内の装飾や実際の患者さんが笑顔で体験を報告するなど、なんだかとてもポップな様相。実際にユニオンスクエア近辺のクリニックの説明会に行ってみた。お洒落なソファーに座って、なんとシャンパンを飲みながら話を聞くことが出来る。女性が自分の未来のために前向きになれる空間がそこにあった。説明を聞くと施術は日本と変わらない。ただ、このラフに相談に行ける雰囲気や明るいテンションがNYなのだろう。(古瀬麻衣子/info-fresh.com