ニューヨークのとけた魔法

 ジョン・F・ケネディ国際空港からマンハッタンまで、珍しく乗り合いのバンに乗ることにした。空港の建物を出ると、スーパーシャトルと書かれた青い車が停まっていた。そちらへ向かって、名札を付けた白人の男の人が歩いていたので、あなたがドライバーですか、と声をかけると、黙って胸の名札を見せる。どうやら、そうらしい。

 バンの後ろにスーツケースを入れろ、と顎をしゃくって合図する。言われたとおりに、ショルダーバッグだけ持って乗り込んだ。

 私が最初の乗客らしく、まだ誰も乗っていない。座席は運転席の後ろに三列あり、私は最前列にすわった。

 Sit in the middle!

 真ん中にすわれ!

 ドライバーが怒鳴った。乗り込もうとしたとき、彼がそう指示したらしいが、私には聞こえていなかった。バンに指定席があるわけでもないのに、ドライバーに乗る場所まで決められる。

 あとから、三十代ほどの女の人がやってきて、最後列にすわろうとすると、再びドライバーが、真ん中にすわれ、と高飛車な口調で言った。

 なんで、あなたにいちいち、指図されなきゃいけないのよ、といった顔を一瞬したが、何も言わずにドライバーに従い、私の隣に少し間を空けて落ち着いた。

 別の女の人が、大小のスーツケースを引いてやってくる。大きいほうを後ろに入れ、もうひとつはバンに持ち込み、最前列にすわって、脚の間に立てて固定した。荷物の高さは、女の人のおなか辺りまであり、その上にショルダーバッグを乗せた。

 スーツケースは、後ろに乗せろ、とドライバーが命令した。

 どうして? 何がいけないって、いうわけ?

 大き過ぎる。

 飛行機の機内持ち込み荷物は、バンの中に乗せていいって、前もって電話で確認したら、そう言われたわ。

 それは機内持ち込みの大きさじゃない。

 これは機内持ち込みの大きさよ。現にさっきの飛行機だって、機内に持ち込めたわ。

 おれの車はジャンボジェットじゃない!

 私は、これを一緒に、ここに、置きます! だって、この荷物のせいで、ほかの人がすわれないわけじゃないでしょ。

 後ろに入れろ!

 いいえ、ここに置きます!

 ふたりの声はどんどん大きく、とげとげしくなっていく。

 結局、女の人は一歩も譲らず、問題のスーツケースを脚の間にはさんだまま、ふてくされてすわっている。ドライバーはついにあきらめ、勢いよくドアを閉めると、思い切りアクセルを踏んだ。

 しばらくすると、女の人は吐き捨てるように言った。

 I didn’t want to come back! The moment I got here, I knew why I didn’t want to come back! I’m not doing this again!

 戻ってきたくなんか、なかったのよ! ここに着いた瞬間、こんなところに戻ってきたくなかった理由を思い出したわ! もう二度としないわ!

 (次回へ続く)

 このエッセイは、「ニューヨークの魔法」シリーズ第5弾『ニューヨークの魔法のじかん』に収録されています。

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