塩胡椒入れの舞踏会 ニューヨークの魔法

 It’s about love. Everybody needs love.

 ここにあるのは、愛。みんな、愛が必要なんだよ。

 ユニオンスクエアで、塩胡椒入れを売るイディが、通りすがりの人たちに声をかける。それぞれ人の形をした色とりどりの塩入れと胡椒入れが、何組もひしと抱き合って、舞踏会で優雅にダンスを踊っているようだ。目と口の穴から、塩や胡椒が出てくるようになっている。

 これ、あなたが作ったの?

 もちろん、おれの作品さ。

 ガーナ出身のイディは、こうして映画製作の資金を貯めている。週末は場所取りのために、この公園のすぐそばに車を停めて、そこで寝ることも多いという。

 移民や児童虐待の映画を作りたいんだ。でも、来月にはコーヒーショップを始める。もうここにはいないと思うよ。いつまでもこんなことしていても、金が貯まらないからさ。

 話をよく聞けば、それは移動カフェのことだった。

 自分の夢を実現させるために、一生懸命、資金集めをしているのだ。移民や児童虐待の映画を作りたいという志にも、心を打たれた。その夢を実現させるために作っているこの塩胡椒入れも、夢がある。こんな作品を生み出せるなんて、いい人に違いない。

 彼を応援したいという思いがふつふつとわき上がり、三組、買い求めた。

 それからも、ユニオンスクエアに行くと、イディを探した。姿が見えなかったときにほかのベンダーに聞いてみると、皆、彼のことを知っていた。彼の愛称は、ソルト&ペッパーマン(塩胡椒売り)だ。

 その後、ヨーロッパを旅したとき、ウィーンのある美術館のショップで、まったく同じ塩胡椒入れを見かけた。驚いた私は、店員の青年に、ニューヨークのストリート・マーケットで同じものが売られていると話した。

 その人のオリジナルでは、ないだろうな。だってこの商品は、スペインの会社が作っているんだから。

 ソルト&ペッパーマンの誇らしげな顔が浮かぶ。おれの作品さ、と胸を張っていた。

 ウィーンで見かけたと言ったら、いったいどんな顔をするだろう。

 半年後、ニューヨークのユニオンスクエアでイディを見かけた。移動カフェは、どうしたのだろうか。

 気のせいか、人形たちが、くすんで見える。黙っていようかとも思ったが、思い切って話してみた。

 この前、まったく同じものを、ウィーンの美術館のショップで見かけたんだけど。

 あっ、そ。まあ、作りたいものを作るやつを、止めることはできないからね。

 そう答えるソルト&ペッパーマンに、戸惑った様子や気まずさはかけらもない。

 目の前で幸せそうにダンスをしていた塩入れと胡椒入れが、私の頭の中で突然、離れ離れになり、尻もちをついてしまった。

 このエッセイは、「ニューヨークの魔法」シリーズ第4弾『ニューヨークの魔法のさんぽ』に収録されています。

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