忘れがたき故郷

ニューヨークの魔法
岡田光世

 三月二十五日、ギリシャの独立を記念し、パレードが行われる。五番街は国旗の色、青と白で鮮やかだ。アイルランド系移民のセント・パトリック・デー・パレードに圧倒され、それほど目立たない存在だが、夫はよくこのパレードに行きたがった。

 というのも、彼は大学時代に一年間、ギリシャのテサロニキに住んだことがあるからだ。ギリシャ人に出会うと、うれしそうだ。ギリシャ語が話せるし、懐かしい話もできる。 

 各地の民族衣装を着たギリシャ系アメリカ人が、手をふりながら、通り過ぎる。街頭に並んで旗をふる人々は、知り合いや自分の出身地の集団がやってくると、大歓声をあげる。

 I really don’t belong here.

 私は本当は関係ないんだけど。

 この人がどうしても毎年、来たいって言うもんだから。

 ギリシャ人の夫と一緒に来ていた、アメリカ人の女の人は言う。

 彼女の夫はヤニナという町の出身だ。この町を訪れたことのある私の夫は、ギリシャ語で話し始めた。

 ヤニナ、知ってるよ。トルコ時代の建物が多い町だよね。町に湖があって、その湖の真ん中に島があって、そこのレストランではウナギ料理が食えるんだ、と夫が言う。

 な、なんだ、お前、ギリシャ語が話せるのか。こりゃ、驚いた。で、おまけに、俺の故郷を知っているのか。いったい、なんで、そんなに詳しいんだ。

 アメリカ人でも日本人でも、ギリシャ語が話せる人はあまりいないのだろう。その人の顔は喜びで輝いている。

 夫によれば、ギリシャ人は外国人がギリシャ語を話すととても感激するという。自分たちの言葉が世界一難しいと信じていて、それを多少なりともマスターした外国人は、賞賛されるらしい。

 おい、おい、おい。この日本人は、ヤニナを知っているぞ。

 彼は周りの人たちに叫んでいる。

 ああ、友よ。俺の町をそんなによく知っていてくれて、うれしいよ。

 夫はすでに、彼の“友”になっている。

 このエッセイは、文春文庫「ニューヨークの魔法」シリーズ第1弾『ニューヨークのとけない魔法』に収録されています。

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