古本さんに旭日単光章

令和4年日本政府春の叙勲

 日本政府は4月29日、令和4年春の叙勲受章者を発表し、在ニューヨーク日本国総領事館管轄地域では、人権活動家でニューヨーク広島会名誉会長の古本武司さん=写真=が旭日単光章を受章した。

 同氏は、第二次世界大戦中に日系人の強制収容所で生まれ、少年時代を父親の故郷である広島市で過ごし、ベトナム戦争時には米軍兵として出兵した経歴を持つ。退役後、ニュージャージー州フォートリー地区で古本不動産を創業、以後日系二世の地元の名士として日系人の地位向上のため活動を続けている。同氏は、ニューヨーク広島会名誉会長として、また人権活動家としての各種活動を通じ、ニューヨーク州及びニュージャージー州における日系人社会の地位向上及び日本・アメリカ合衆国間の相互理解の促進、友好親善に寄与してきた。同氏は今年1月18日、前ニューヨーク総領事の山野内勘二大使から在外公館長表彰を受けている。

お助け110番JAPAN HELP

ケン・ジョセフさん

 ケン・ジョセフさん(55)は日本生まれのアメリカ人。宣教師の父親が始めた「アガペハウス」ワールドヘルプラインは1951年から困っている人たちを支援しており、世界で唯一の非営利の緊急支援団体。世界的ボランティアネットワークに基づいて、ワールドヘルプラインは1日24時間、1年365日いつでも、どこでも、何でも利用できる世界規模の駆け込み寺。海外で家族に助けが必要な場合は、「助けて」を押して連絡すると「お助け」できる最寄りの人を紹介してくれる。ジョセフさんは「助けて」 あるいは[email protected]まで連絡を。アガペハウス=“Nihongo 110 Ban Www.Jhelp.com “たすけて” おしてください」と呼びかけている。

街ゆけば大麻の香り

NJ州に次いで近くNY州や市も合法化へ

日本総領事館が警戒感

 ニュージャージー州で娯楽目的の大麻販売が4月21日に解禁されたのに続き、ニューヨーク州と市も合法化に追随する動きだ。健康被害による膨大な医療費負担からたばこに増税をかけて喫煙者を抑え込むのに成功した米政府だが、地方自治体は経済効果を名目に税収拡大を優先した格好だ。これに強い警戒感を示しているのが両州を管轄に持つNY日本総領事館だ。

 エリック・アダムスNY市長とキャシー・ホウクルNY州知事はそれぞれ、国際的な大麻デーの4月20日に、大麻合法化の経済的利益を呼びかけた。その利点について「大麻が原因で警察に暴力的に拘束された市民の信用を修復し、職業訓練を提供することが必要だ」と語った。またキャシー・ホウクルNY知事は、大麻合法化と、同州を大麻貿易の世界的な中心地とすることの利点を促すキャンペーンの発足について説明した。同市当局の計画によると、マリファナ産業は同市だけでも1年間で売上約13億ドル、3年間で約2万人の雇用が見込まれるという。また市長は「同産業は雇用の創出、低所得地域の生活向上、税収の増加を含む経済復興に非常に効果的である」と話している。

 これに対し、在ニューヨーク日本国総領事館は4月21日、NJ州における娯楽用マリファナ(大麻)の販売について在留邦人に対して、連絡メールで次のような注意喚起を行った。

 「NJ州において21歳以上に対する娯楽用大麻の販売が開始されたが、1オンス以上の購入・所持が禁止されたり、使用後の高揚した状態での運転が違法とされたりするなど、購入・使用に当たっての規則と規制がある。また、依然として連邦法においては大麻所持が禁止となっているため、NJ州で合法であっても州外に持ち出すことはできない。一方、日本においては大麻の所持や譲受、譲渡などを大麻取締法によって厳しく規制している。近年の薬物事犯の検挙者数は覚醒剤及び大麻が大半を占め、大麻取締法による検挙者数は年々増えている。今後、NY州においても大麻販売が開始される予定だが、日本の大麻取締法では国外における栽培、所持、譲受、譲渡したりした場合などに罰する規定があり、在留邦人は罪に問われる場合があるため、日本の法律を遵守し、大麻が合法化されている地域であっても、自身や周りの人を守るためにも絶対に手を出さないように注意すること」としている。

プーチン大統領胃がん手術か

欧米大衆紙相次ぎ報道の真偽

ロシアの軍事問題サイトが情報源

 ウクライナ侵攻を続けているロシアのプーチン大統領が近く胃がんの手術を受けると英国の大衆紙デイリー・メイル、ザ・サンなどが30日伝えた。2日にはNYポストなど一部の米メディアも報じた。情報源はいずれもロシアのSNS「テレグラム・チャンネル」にあるGeneral SVRという軍事問題のサイト。ビクトル・ミハイロビッチ(偽名と思われる)という元ロシア対外情報庁中尉によって運営されているとされるが、真偽のほどは明らかではない。

 それによれば、プーチン大統領は胃がんが進行しており4月下旬に手術する予定が延期され、5月9日の戦勝記念日後に行うという。このため手術の前後、軍事作戦の指揮権を2〜3日、ロシア連邦安全保障会議ののニコライ・パトルシェフ書記(70歳)に委ねるという。同書記は、元FSB  (ロシア連邦保安庁)長官でプーチン大統領の側近中の側近と言われるが、プーチン氏以上に狡猾で残忍だという。

 プーチン氏の健康不安説は以前よりあり、ロシア独立系メディア「プロエクト」は4月初めにプーチン氏の診察医などの動きから甲状腺がんではないかとの記事を出していた。プーチン大統領の健康不安説について米政府機関からはとくに発表はない。

大島聖子さん逝く

NY日系社会の文化・福祉で活躍

 ニューヨーク日系人会のソーシャルサービス部長として40年近くNYの日系社会に貢献した大島聖子さんが4月19日、市内の自宅で亡くなっていたことが分かった。26日家族が明らかにした。享年88歳だった。北海道小樽市出身で東京で育ち、1956年青山学院大学文学部英米文学科を卒業後、旺文社に入社。63年退職して英米文学研究のため渡仏。パリジェトロ設立を手伝いながら文学研究に励み、65年帰国。美術評論家の市田幸治氏と結婚し73年市田氏の著作「絵画・骨董眼識入所」 (新評社刊)がベストセラーとなったのをきっかけに、アメリカ美術のため来米。東京アート現地法人をNYに設立。80年から日系人会理事となり、敬老会や美術絵画展の前身の設立に寄与。NY青学友の会名表会長、本紙主催の児童作文コンクール「ことばの泉」審査員を本紙創刊から務めた。

NY日系人会副会長の竹田勝男さんの話「いつも素敵なつば広のお帽子を被り、日本人の誇りを忘れずに毅然とした態度でご自分の意見を堂々と述べていらっしゃるNYの日本人、日系社会にとってかけがえのない人だった」

クリスティーズ落札で叶った恵まれない子供支援

アーティスト YUKAKO

 3月26日から4月4日まで競売オークション大手のクリスティーズで自分の描いた作品が競売にかけられて8000ドルで落札された。ハーレムの恵まれない子供達に芸術の機会を与える教育プログラム団体の助成企画オークションでクリスティーズからぜひあなたの作品を出して欲しいと持ちかけられたのが昨年の秋。落札された額は教育援助として寄付することをお願いされ二つ返事で承諾、自分の一番思い入れのある作品を寄付した。

 幅80インチ、高さ50インチのキャンバスに白地と黒を基調とした龍が舞っているようなアブストラクト作品「Spirit’s of Fight」(戦う精神)は、65色の色素から作り出した14色で描いた「生と死」を問いかけるアートで、人生の困難や快楽、喜びといった人の生き様と精神のあり方を一枚の無垢のキャンバスに想いを託した作品だ。

 絵を描くことは少女時代から好きだったが、アートを生業として生き始めたのは社会人になってからの遅咲きだ。子供の頃、アーティストになることを将来希望していたが、アートでは生活できないと親に反対され、安定した職業につける道を選び、仙台の4年制大学で英語の教員免許を取得して公立高校の英語教師になった。しかし1年後、自分の人生はやはりアートで生きることと奮起し、カリフォルニア州のUCバークレーに米国留学、その後サンフランシスコ市立大に転学しアートを専攻して卒業。ところが「その頃は、大学を出たら就職するものだというふうに思っていて」ベルギーに本社があるチョコレート原料を世界の有名チョコレート会社に卸す超優良企業に就職。アムステルダム、シンガポールと勤務する中で、最後はパリの社長とミラノの副社長から同時にポジションを用意されて板挟みとなり「きっとどちらかに行っていたら安定したレッドカーペットみたいな生活があったんでしょうけど、死ぬときにこれで私の人生はよかったのかと後悔すると思ったんですね」。引き止める会社を振り切って、2006年に徒手空拳ニューヨークの地に。ハーレムの小さなワインショップで絵を展示してもらったのがニューヨークデビューだった。絵を見た地元ハーレムで活躍するキュレーターたちの目に止まり、ワインショップから展示場所は、カフェになり、ローカルのギャラリーへとアーティストへの階段を着実に登り始めた。もともと教員でもあり教えるのは得意でアートスチューデントリーグでも教鞭をとるまでになった。ニューヨークで自分の画業を見守ってくれた恩師でアーティストの飯塚国男さん(2020年コロナで死去)が言った「これから将来に向かって頑張っていくアーティスト達を励ますためにも絵を描き続けなさい」と今では最期の遺言となってしまったその言葉が忘れられない。自分のためにがむしゃらに描き続けてきたアートに今、誰かのためになるという意味が加わったという。「ハーレムからドアを開けてもらい、育ててもらい、クリスティーズという舞台に立って世界に向けて出発できたことをとても光栄に思う」と笑顔を見せる。今年創立50周年を迎えるニューヨーク日本人美術家協会(JAANY)の理事を務めている。(三浦良一記者、写真は本人提供)

今日はお誕生会でアゲアゲ気分

 週末にランチ席を待つ大勢の人で賑わうイーストビレッジのレストラン。「クラスメートの誕生日パーティーだから、いい天気でよかったわ」と盛り上がっている学生集団へファッションインタビュー。

 主役のバースデーガールは、フロリダの小さなブティックで購入したドレス。クラブモナコやピーターコリンも挙がったが、「マドリッドのブティックで買ったドレなの。嘘!ZARAよ(笑)」と、気の利いた返答も織り交ぜ、皆ZARA一色。理由を尋ねると、「みんなZARAが大好きよ。価格もお手ごろだし、Co2排出削減もコミットしていて、脱ファストファッション化し始めてるわ」と、さすが環境意識が高いZ世代ならではのコメントだ。「いつもかわいい服ばかり揃えているから!店舗も沢山あって便利だし」と、本音も飛び出す。そんなサステナブルファッションをモットーとする学生たちの活動の場は、イースト・ウェスト・グリニッジビレッジ、そしてソーホーと言ったローワーマンハッタンのお洒落スポットばかり。「いつも14ストリートと金融街の間で活動しているわ。その他はセントラルパークで美術館に行ったり、ピクニックやスパイクボールをしてるの」。これまでで最大人数で最高に盛り上がったインタビュー最後の質問で今後の予定を聞くと「ちょっと歩き回った後は、家に帰って勉強しなきゃ」。パンデミックも漸くひと段落した今、彼女たちのように社交、勉強(仕事)、ファッションとNYの春を楽しもう。

(Wear 2Nextチーム/アパレル業界関係者によるファッション研究チーム)

編集後記 4月23日号

【編集後記】
 みなさん、こんにちは。秋篠宮家の長女、小室眞子さん(30)が、ニューヨークのメトロポリタン美術館アジアギャラリー内日本館に展示されている掛け軸のオンライン版のカタログに実名でこのほど解説を執筆し、同美術館デビューを飾りました。この掛け軸は、沖縄の画家、山田真山(1887~1977)が、鎌倉時代(1192~1333)に仏教を大勢の人々に紹介するために日本中を旅した僧侶、一遍上人の生涯に着想を得て描いた作品です。今週号で写真と共に1面と5面で掲載しています。実はこの絵を探すのにはちょっと手間取りました。眞子さんが書いたカタログ解説にある、「一遍」(Ippen)の名前が展示会場で見つけることができなかったからです。目を皿のようにして広い館内を2回、一つひとつ作品のラベルをチェックしたのですが、とうとう見つからず、もうその作品は撤去されてしまったか、修復のために一時的に取り外されているのかと諦め、美術館からとぼとぼとオフィスに帰ってきました。ほどなくして会社に1本の電話がかかってきました。知り合いのジャーナリストからでした。美術館に行って骨折り損のくたびれ儲けだった話をすると「作品の解説は、もともとアジア部門の責任者であるジョー・カーペンターさんが書いたもので、タイトルは「山田真山筆、平清盛入道図」となっていて、今年の1月に、ある閲覧者から解説内容が間違っているのではないかとの指摘があり、調べた結果、それは山田真山の絵画『「發心 出家」一遍聖絵(ひじりえ)の場面より』であることが分かった」と教えてくれました。カタログの図録はセキュリティー上拡大できないようになっていて、細かいところまでわからなかったので、ラベルに頼ったのが展示会場で作品を探せなかった敗因でした。「そういうことなんだ!」と気を取り直してもう一度、今度は、時間の関係で47丁目のオフィスからタクシーを飛ばしてまた81丁目のメトロポリタン美術館へとんぼ返り。同美術館の正面階段を上り、アジアウイングの日本館の展示ホールを正面ゲートから奥に進んだ突き当たりの奥の右側の壁のガラスケース内にその2点はありました。眞子さんが執筆したカタログには、絵の詳細な分析、一遍の生涯の物語、一遍の描写の違いについての説明が英文でなされています。同美術館のアジア部門責任者のジョン・カーペンターさんが元々記述した解説「平清盛入道図」を同氏の指導で訂正、加筆修正したもので、同美術館のホームページでは「Monk Ippen Giving a Warrior the Tonsure and His Wife as a Lay Buddhist Nun」の新しいタイトルに修正されて紹介されています。現在展示されている日本館でのケース内の表題は、まだ修正前の「山田真山筆、平清盛入道図」のラベルが貼られているままなので、名前で探しても到底見つかるはずがない訳です。いずれ、館内のこのラベルも「平清盛」から「一遍」に取り替えられることになるのでしょうね。そしてその時には、眞子さんの名前が解説者としてラベルに記載されているのをガラスケース越しに見ることができるでしょう。それでは、みなさん、よい週末を。(週刊NY生活発行人兼CEO、三浦良一)

【今週の紙面の主なニュース】(2022年4月23日号)

(1)眞子さん初めてのお仕事 メトロポリタン美術館で 

(2)80年代DISCCO音楽で ローラースケート

(3)ジャパン・ヘリテージ・ナイト  メッツ球場で5月13日

(4)NY日本総領事館 森大使の着任披露

(5)これで安心!  おひとりさまの永住帰国

(6)生き生き EATS アスパラとイチジクの胡麻和えなど

(7)ブルックリン 名物屋外イベント

(8)冷泉彰彦氏と行く アイビーリーグ キャンパス・ツアー

(9)新ブロードウエー界隈 マイケル・ジャクソンのMJ

(10 )ミニマリズム 宮本和子展覧会JSで

眞子さん初めてのお仕事

メトロポリタン美術館日本館

展示作品のカタログに実名で解説

 秋篠宮家の長女、小室眞子さん(30)が、ニューヨークのメトロポリタン美術館アジアギャラリー内日本館に展示されている掛け軸のオンライン版のカタログに実名でこのほど解説を執筆し、同美術館デビューを飾った。この掛け軸は、沖縄の画家、山田真山(1887〜1977)が、鎌倉時代(1192〜1333)に仏教を大勢の人々に紹介するために日本中を旅した僧侶、一遍の生涯に着想を得て描いた作品。日本館の展示ホールを正面から奥に進み、突き当たりの右側の壁のガラスケース内に2点展示されている。(写真)眞子さんが解説を書いた山田真山の掛け軸(左の2枚、日本館で4月16日、写真・三浦良一)


メトロポリタン美術館

 このカタログには、絵の詳細な分析、一遍の生涯の物語、一遍の描写の違いについての説明が英文でなされている。同美術館のアジア部門責任者のジョン・カーペンターさんが記述した解説「平清盛入道図」を同氏の指導で加筆修正したもので、同美術館のホームページでは「Monk Ippen Giving a Warrior the Tonsure and His Wife as a Lay Buddhist Nun」のタイトルで紹介されている。現在展示されている日本館でのケース内の表題はまだ修正前の「山田真山筆、平清盛入道図」のラベルが貼られている。

 眞子さんは、国際基督教大学で芸術と遺産の学士号を、2016年に英国レスター大学で博物館とギャラリー研究で修士号を取得し、東京大学の大学博物館では特別研究職を務めて施設と皇室の職務を両立していた。現在は、ビザの関係で報酬を伴わないインターンに近い形での勤務と見られるが、パンデミック以降同美術館では大規模なリストラがあったため、経済再開と共に今後、スタッフの増員は急務で、眞子さんのキャリアからして将来的には段階を踏んで正規職員への道も大いにありそうだ。

鎌倉時代の一遍上人を紹介

 眞子さんの記名があったのは、メトロポリタン美術館の所蔵品紹介のうち、山田真山の絵画『「發心 出家」一遍聖絵(ひじりえ)の場面より』の解説文。鎌倉時代の僧侶で、時宗の開祖・一遍を描いた絵巻を題材として描かれた絵であると紹介している。解説の全文は次の通り。

      ◇

 一遍は1299年に描かれた絵巻物(国宝)が有名だが、その後の模写や写真による複製もあり、この二幅の掛軸は一遍聖絵の一場面をそのまま描いたものと思われる。真山がどの絵巻を手にしたかはわからない。原巻は、阿弥陀仏を信仰し、念仏を唱える智宗の開祖、一遍(1239〜1289)の信仰生活を描いた12巻からなる巻物である。1278年、一遍は全国行脚を続けながら、備前国(現在の岡山県)藤井で教えを広めていた。カリスマ的な僧侶の説法に多くの人が感動したが、巻4の第3段では、岡山・吉備津神社の宮司の娘婿で、夫の留守中に発心して仏門に入った女性の体験談を取り上げる。

 原図では肘掛に座って一遍から剃髪を受ける姿が描かれているが、右隻は誓願直後の姿で、尼僧の衣をまとい、数珠を持ち、肘掛に座って家人に取り囲まれた姿である。真山の右端の女性は、巻物の人物(おそらく若い男性)に似ており、膝をつき、袖を顔に当てて泣いている姿はよく似ている。また、尼僧の背後の床の間には「阿弥陀降臨」の図が描かれているが、これは巻子本の「阿弥陀降臨図」に描かれている雲に乗った阿弥陀仏から着想を得たのであろう。

 岡山吉備津神社の宮司の息子で武士の夫が帰宅すると、妻の改宗に腹を立て、一遍を刀で斬り殺そうとした(『一遍聖絵』の原画の場面)。しかし、一遍に話しかけられ、初対面にもかかわらず自分が神主の息子であることを知ったことから、すぐに悔い改め、智宗に改宗することになる。左隻は、明らかに一遍の絵伝をもとに新山が描いたもので、神官の子が一遍から得度を受ける場面である。右隻と同様に、一遍上人伝の二場面と比較すると、人物の姿勢、服装、背景、添景など、いくつかの点で共通点が見られる。例えば、日焼けして黒ずんだ顔の一遍は、肌の白い武士の上に立っており、両者とも右を向いている。黒衣をまとった僧は、左手を男の頭に置き、右手で武士の髪を剃り落とす。男は一遍を殺そうとした形跡のある刀、木製の水桶、折りたたんだ烏帽子を地面に置いている。背景には苔や地衣類に覆われた木々が描かれているが、真山は日本画の現代的な手法で描いている。

小室眞子、ジョン・T・カーペンター翻案、2022年2月3日

80年代ローラースケートDISCO

ロックフェラセンター

 ロックフェラー・センターを所有する不動産投資会社ティッシュマン・スパイヤーが、NYの冬の風物詩のひとつである同センターのアイススケート場を今月15日からローラースケート場として営業している。 

 同社は、家族が1979〜81年にロサンゼルスで一世を風靡した伝説のローラースケート・ディスコ「フリッパーズ・ローラー・ブギー・パレス」を経営していたモデルのリバティ・ロスさんと提携し、同センターとしては1940年以来初めて、ローラースケート場復活が実現することになった。

 同ディスコは、かつてディスコとして運営していたブロードウエー劇場に因み「スタジオ54オン・ウィールズ」としても知られた。プリンスやシェール、エルトン・ジョン、ロビン・ウィリアムズなど多くのセレブたちが常連だったが、建築許可の問題でわずか2年で閉店した。 

 同ローラースケート場のデザインは、ファッションショー・プロデューサーのアレクサンドル・ドゥ・ベタック氏に依頼した。DJブースを設置しディスコ音楽で来場者を盛り上げるほか、ローラースケートのレッスンも提供し、コンサートなどのイベントも予定している。営業時間は月曜〜水曜は午前10時〜午後10時、木曜・金曜は午前10時〜深夜零時、土曜は午前8時〜深夜零時、日曜は午前8時〜午後10時。料金はひとり20ドルで、事前予約が必要。詳細はflippers.worldを参照する。10月まで営業予定。