山﨑賢人さん、優れた演技に賞

第23回 ニューヨーク・アジアン映画祭

キングダム 大将軍の帰還

 北米を代表するアジア映画の祭典、第23回「ニューヨーク・アジアン映画祭(NYAFF)」で20日、映画「キングダム 大将軍の帰還」が米国で初上映された。主演を務めた俳優の山﨑賢人さん(29)が特に優れた演技を披露した俳優に贈られる「ベスト・フロム・ジ・イースト賞」を日本人として初めて受賞し、喜びを語った。

 マンハッタンのリンカーンセンターで行われた同賞の授賞式で、山﨑さんは「日本の最高のスタッフ、キャスト、みんなで作り上げたからこそ、この賞を頂けた」と話した。また「20代のほとんどの7年間をキングダムという作品、信という役と共に生きてきた。キングダムはすごく自分にとって大切な作品の一つです」と思いを語った。主催者から同賞のトロフィーを受け取ると「重いですね」と笑顔を見せた。

 「キングダム 大将軍の帰還」はコミック累計発行部数1億部を突破した人気漫画「キングダム」(原作・原泰久、集英社「週刊ヤングジャンプ」連載)の実写映画で、今回がシリーズ4作目となる。中国の春秋戦国時代を舞台に、天下の大将軍になるという夢を抱く戦災孤児の少年・信(山﨑賢人さん)と、中華統一を目指す若き王・嬴政(吉沢亮さん)の物語だ。日本では7月12日に上映が始まり、公開から9日間で興行収入はすでに30億円に達した。20日の上映会は約300人の観客で満員となり、大スクリーンの迫力ある映像に見入っていた。

 山﨑さんは映画の見どころとして、大沢たかおさん演じる大将軍・王騎(おうき)と、吉川晃司さん演じる最強の敵・龐煖(ほうけん)の一騎打ちを挙げた。山﨑さんは「どの映画でも見たことのないようなヘビー級の戦いになっている」と強調した。山﨑さんは「海外の人や文化と触れ合うのは楽しいし、刺激になる」とも話し、今後の海外進出にも意欲を見せた。

 ニューヨーク・アジアン映画祭は2002年に始まり、アジアを代表する作品を米国に発信する映画祭として知られている。今年は7月12日〜28日にかけて90作品以上が上映される予定だ。「ベスト・フロム・ジ・イースト賞」は2022年に創設され、同映画祭でプレミア上映される作品の中から、特に優れた俳優に贈られる。 (きゃま、写真も)

米国民に放射能汚染

米各地で上映会

サイレントフォールアウト

伊東監督が来米

米国での上映について語る伊東監督

 米国での放射能汚染を追った記録映画「サイレントフォールアウト」の上映会が20日午後、マンハッタンで行われた。同映画を製作した伊東英朗(ひであき)監督は13日から北米大陸上映ツアーを敢行中で、会場に集まった約100人に映画に託した思いを伝えた。

 映画はまず1951年に始まったネバダ核実験場周辺の被害状態を追う。そして数百マイル離れたセントルイスで女性医師ルイーズ・ライス博士らが中心となり、子供たちの乳歯を集め歯に残るストロンチウム90から被曝を証明した活動を紹介する。その行動はケネディ大統領による大気圏内核実験の中止宣言へとつながる。さらに地質学者による北米大陸の放射能汚染の実態や日本の漁師や英国の兵士の証言から核兵器による被害の大きさを伝える。

 伊東監督は「アメリカは奇跡が起きる国。ライス博士の行動がそれを示している。だからこそ映画を観た皆さんが行動をしてほしい。みなさんも被曝者。広く事実を知らせてほしい」と強く訴えた。

 上映後には大きな拍手が寄せられ、伊東監督が感極まって涙ながらに回答する場面も見られた。主に米国人からは「この映画をどこで観られるか」「私の子供の乳歯も検査できるか」「監督の目的は何か」「どうしようもない怒りがこみあげた。私たちは何をしたらいいと考えるか」などの質問が相次いだ。伊東監督は「米議会でこの問題が議論されることを目的としている。核兵器は誰も守っていない」と力説した。北米大陸上映ツアーは計17か所を回り、ニューヨーク市は6回目。8月は、ユタ、カリフォルニア、オレゴン、ワシントンの各州での上映が予定されている。詳細はウェブサイトwww.fallout22.comを参照。

  (小味かおる、写真も)

和牛の美味しさPR、NYでジャパンフェス

日米6業者チームバーガーや和牛丼手軽さ訴え

 日本の食・文化・人を結びつけ、ニューヨークでチームジャパンコミュニティの魅力を発信し続けるジャパンフェスが21日、WAGYU MASTER USA INCとニューヨーク輸出支援プラットフォーム(在NY日本国総領事館、ジェトロNY事務所)との共催で、和牛の魅力をニューヨーカーに発信するスペシャルイベント「ジャパンフェス×和牛フェス」を開催した。

 会場はタイムズスクエアの北側7番街52丁目から53丁目で午前10時から午後6時まで開催され、多くのニューヨーカーで賑わった。

 当日は選りすぐりの和牛フードを提供する6つのベンダーと和牛にまつわるステージコンテンツを展開した。主催者側によると日系と米系の和牛取扱事業者が連携して和牛の普及啓発を行う観点から、日系事業者と米系事業者を組み合わせて出店、ニューヨークの事業者だけでなく、フロリダ、テキサス、カリフォルニアからも、このイベントに参加してもらったという。

 出店したのは、4キャラクター・プライム・リブ×和牛マン、ミート・N・ボーン×和牛マスター、ルール・オブ・サード×共同貿易、ザ・サム・ウィルソン・カンパニー・プレミアムミート・イン・テキサス×和牛マスターUSA、トレクス・タカモリ・ドランクン和牛、和牛オン・ザ・ストリート×和牛マスターUSAの6社グループ。

 会場では午後1時からメインステージで和牛のカッティングショーがあり、テキサスから来たザ・サム・ウィルソン・カンパニーのマイケル・スコットさんが和牛部位の説明をカットしながら披露、解説した。(写真)会場の特設ステージで披露された和牛カッティング・デモンストレーション

挨拶する森大使

 式典には、ニューヨーク州初のアジア系女性上院議員アーウイン・チューさん、ルイス・セプルベダNY州上院議員秘書のエリザベス・メイプルさん、ニューヨーク市中小企業部次席コミッショナーのキティー・チャン氏が来賓として登壇して祝辞を述べ、日本サイドを代表してニューヨーク日本総領事館の森美樹夫大使がスピーチした。

 森大使は「和牛とは、日本で生まれ育った4種類の牛を指します。和牛の和は、日本語で日本を意味します。一口食べると柔らかく、口の中でとろけるような品質を体験できます。今回は、6つのブースで、日米の和牛取扱事業者が連携し、和牛串、和牛丼などの美味しい和牛メニューを提供しています。高級レストランでステーキとして食べて美味しいだけでなく、ハンバーガーやご飯と一緒に気軽に楽しむことができる和牛の多様性に光を当てることができれば幸いです。今日はぜひ、和牛メニューをご覧いただき、和牛の素晴らしさを楽しんでください」と和牛をPRした。

女子プロレスラー山崎五紀のお店、東京老舗の天丼の味をNYで

プロに聞く、生き生きEATS(イーツ)

元気と美味しいを求めて料理の達人が腕を振るう (55)

 今月の生き生きEATSは、日本の女子プロレス黄金時代にその名を刻んだJBエンジェルズの山崎五紀さんがニューヨークで経営する五助レストランの名物天丼を家庭バージョンでご紹介します。そしてゼラチンたっぷりの塩ラーメン、夏を涼しくいただく冷やしたぬき蕎麦の3品を同店のキッチンシェフ、ヘンリーさんに作っていただきました。同店は夏場、平日は22時のキッチンラストオーダー後も深夜0時までレストラン内のバーを営業中。ご主人の永井勇巳さんの寿司バーも人気です。

GOSUKE

Henn na Hotel New York

 235 W 35th St, 

New York, NY 10001

 (646) 861-1741

https://gosukerestaurant.com

日曜定休 11:45-22:00


◾︎海老天丼

【材料】 

車海老 5尾

サーモン 1切れ

赤ピーマン 1切れ

さやえんどう 1本

にんじん 1切れ

ごはん 

【天丼たれ】

 家庭ではめんつゆを温めてかけるだけでも美味しくいただけますが、お店の味に近づけるにはそれにひと工夫が必要です。

100cc(できあがり量)

水       大さじ3

めんつゆ(2倍濃縮)

        大さじ3

醤油      大さじ1

砂糖 (もしくはざらめ)

        大さじ1 

(お好みに合わせてこぶ、おかか、しいたけ、みりんなども調合可)

【作り方】

 油の温度は180度。車海老かブラックタイガーの海老に打ち粉をつけて冷水で溶かした天ぷら粉に潜らせて油にいれ約4分。天かすの花を寄せて天丼が華やかになるように揚げるのがコツ。

 花を咲かせるのは海老5本をいっぺんに入れ同じ時間で揚げる。 野菜も4分ほど揚げる。

 ごはんに天つゆをかけて盛り付ける。


◾︎ゼラチンスープたっぷりの塩ラーメン

【材料】 

わかめ 大さじ1

焼き豚 2枚

ねぎ 少々

レモン 1切れ

海苔 2枚

麺 1玉

ゆで卵 半分

【スープの材料】

ラーメンの出汁のお野菜は

にんじん

玉ねぎ

干し椎茸

生姜

にんにく

【作り方】

 スープを温め、別の鍋で麺を茹でる。麺の硬さはお好みで。盛り付けてから熱

いうちに食べるのが美味しくいだだく秘訣です。


◾︎冷やしたぬき蕎麦

【材料】 

胡瓜 3切れ

卵焼き 2切れ

蒲鉾 2切れ

ミックスベジタブル 100グラム

大根おろし 100グラム

わさび 少々

昆布巻き 1切れ

天かす  お茶碗に1杯ほど

蕎麦  1人前

つゆ 出汁3に対しみりん1と醤油1 みりんは別の鍋でアルコールを飛ばす。(めんつゆの割合の出汁を2にして濃いめにすると応用ができます。水で薄めてそーめんつゆや砂糖を足して調節すれば煮物にも使えます)。

【作り方】

 蕎麦を茹でて冷水と氷で冷やしてお皿に、めんつゆをたっぷりかけて具を盛り付けます。どれも冷えたビールが美味しさを引き立たせますよ!

Fan Fried Rice Bar

【9】 今回ご紹介するのは、Fan Fried Rice Barです。その名の通りの炒飯専門店がまさかWilliamsburgにできるなんて!中に入ってみるとものすごくクリーンでスッキリとしたインテリア。炒飯がメインの店ではありますが、台湾のおつまみも色々とあり、どれも大変おいしいです。アメリカではあまり見かけない台湾ビールもありました!あたしゃこのビールが好きでねえ。

 調べてみるとBed-Stuyにあったお店が移転したそうで。最近ブルックリンにもかなりレベルが高いアジア食が増えてきていて地元民としては大変嬉しく、どんどん生活しやすくなっていく実感があります。

 ヤマモトレミ 89年生まれ、福岡県出身の漫画家。2017年に仕事の異動で東京からNYへ移住。日本食スーパーで社員として働きながら趣味で漫画を描いていたら楽しくなってしまい2021年に退職、漫画家として本格的に活動を開始。2023年現在ブルックリン区在住。単行本発売中!(Instagram:@Yamamotoinnyc)

羽ばたくパワーをNYで充電中

メイクアップアーティスト

赤松 美咲さん

 2015年に東京でメイクアップ・アーティストとして独立した赤松美咲さんは、国立愛媛大学を卒業するまで地元の愛媛で育った。県内の理容美容学校通信コースを卒業し国家美容資格を取得、2012年には坂本龍一(故人)や松田聖子のメイクアップを担当した業界では有名な東京の嶋田ちあきメイクアップアカデミーを卒業。その頃から、自分もいつか東京に拠点を移してファッション雑誌の仕事をしたいと思うようになった。

 社会人になってからは、企画デザイン会社やコマーシャルフォトスタジオで働きながら、広告写真用のメイクアップアーティストとしても活躍。携わったCM撮影の作品はACC賞を数多く受賞した。その頃、雑誌ELLE 、ヴォーグなどで活躍するメイクアップアーティスト松井里加氏に憧れた。嶋田ちあきメイクアップス クールに通うために何度か上京していたタイミングで松井さんにDMを送ると、東日本大震災後の2014年に松井さんが復興支援として主催している岩手県大槌町の「ビューティーボランティア」に誘われた。「松井さんのメイク、手の動き、たたずまいは本当に美しく、間近で見ることができて幸せでした」。独立と同時にしばらくしたら東京にも拠点を構えることを決めていたころ松井さんから東京で活動するためのアドバイスを受けた。有名ファッション誌で活躍しているアーティストは、海外でのアーティスト活動経験者が多いことを教えてもらった。その時、海外に出ることも選択肢の一つだと感じた。「映画をやりたいならロサンゼルス、ファッションならニューヨーク」と勧められ、迷わずニューヨークを選んだ。2022年の夏に3か月だけ滞在した。NYで活躍している日本人の写真家やメイクアップアーティストにNYでの活動について聞いた。日本人アーティストは真面目で繊細な技術を持っている人が多いので信頼されているという。アーティストへのリスペクトも高い。NYの街も文化も刺激的だった。帰国して2か月後に再び来米。現在は自分なりに見聞と体験を広め、将来に備えているところだ。「ニューヨーク行きは突然決めたように見える。でも 長い時間をかけて、感覚的に自分でその道を選んできた。向かうべき道を楽しみながら選んで進んでいきたい」と話した。

 (三浦良一記者、写真も) 

日本の紙フィルム映画、NYで上映会を開催

 一夜限りの「日本の紙フィルム」上映会が8月6日(火)午後7時30分から、ブルックリンのライト・インダストリー(Light Industry :361 Stagg Street, Suite 407)にて開催される。「紙フィルム」はセルロイドの代わりに、1930年代のわずかな期間に家庭用娯楽フィルムとして日本で製造された。第2次世界大戦を挟み、その紙質の脆さから85年以上に渡り、公開される事がなかった貴重なフィルムだ。2019年、エリック・ファーデン氏(バックネル大学教授、映画・メディア研究)は「日本の紙フィルムプロジェクト」を発足し、現存するフィルムの保存に尽力している。今回の上映会では、デジタル化されたフィルムの幅広いコレクションを紹介する。サイレント作品、サウンドトラック付きの両作品が上映され、サイレント作品では琴奏者の木村伶香能が音楽を担当する。入場料は10ドル以上の任意寄付。詳細はウェブサイト:https://www.lightindustry.org/paperfilmsを参照する。

48年目のありがとう

「愛のコリーダ」米国初の劇場公開

主演の藤さん「大感激」

 大島渚監督、藤竜也・松田暎子主演の日仏合作映画「愛のコリーダ」(1976年作品)のノーカット版がマンハッタンのメトログラフで20日、1976年のニューヨーク映画祭試写会で上映されて以来48年ぶりに初めて米国で劇場公開された。ジャパン・ソサエティーの映画祭ジャパン・カッツの生涯功労賞受賞で招かれ来米中の藤竜也さんが劇場を訪れ、上映後に挨拶して大きな拍手を受けた。質疑応答にも応じ、観客たちから「50年ぶりのおめでとう」と声をかけられると、「ありがとう。大感激です」と笑顔で応えていた。質疑応答の要旨次の通り。(写真上:観客から祝福されて笑顔の藤竜也さん(20日午後2時、写真・三浦良一))

      ◇ 

 藤「大島さんの事務所で初めて台本を読んだ時、次から次へとベッドシーンがありまして、大島渚は狂ったのかと思いましたね。いったい何なんだと思い、でも何かを感じまして、もう1回、もう1回、3回読んだんですね。そしたら、ベッドシーンの向こうにものすごく美しい、ピュアな命をかけたラブストーリーが見えたんです。それで、私はそれまでベッドシーンはやったことなかったんですけど、これが怖くて、もし私が降りたら一生、断ったことが私の心の傷になって、私は表現者としてだめになると思いました。それで引き受けました。私が映画俳優になったのは東京の銀座で恋人と喫茶店で待ち合わせをしていた時に、相手が15分遅れて来たんです。その間に、日活のスカウトから声をかけられ、「あんた学生さんなら映画俳優にならない?お金になるよ」と誘われたのが映画の世界に入るきっかけでした。スカウトされたにもかかわらずエキストラばかりでお金にはなりませんでした。ある日、鈴木清順監督を訪ね、自分を使ってくれないかと頼みに行ったんです。そしたら、「使ってあげたいのはやまやまなんだけど君は私に使わせたいと思う何かがないんだよ」って言われました。使ってもらえる何かってなんだと思いながら一生懸命ギャングの役をやりましたね。あの日活スタジオにいた10年というのは、私にとってエチュード、私のベースになってます。「エデンの東」とかアメリカの映画にあこがれてましたねあの頃は。撮影の時、大島監督とはディスカッションはしませんでした。私はディスカッションは嫌いです。演技は大事なものを言葉にしてしまうと本質的なものを失ってしまいます。センシティブなものは言葉では表現できないものだと思います。撮影中は、松田暎子とのラブストーリーを完結することだけしか考えていませんから、あまりほかのことは考えてはいません。肉体は滅びても精神性だけは生きている、そういうものを表現できたらなあと思いました。私は絶食をしまして、肉体をどんどん細くしていきました。2週間で10キロくらい痩せたと思います。京都にある大映のスタジオを借りて撮影したんですけど、当時すでに日本全国で私たちのことは有名になっていて、映画の中で実際に性行為をする犯罪者みたいなことをすると、撮影所でもまるで事故にあって道に横たわっている人を見るような、なんとも言えない死人を見るような目で見られたのを覚えています。でも俳優として終わってしまっても全く構わないと思いました。(雑念から逃れるために)10年くらいスカッシュに没頭してましたね。その後2年間仕事はなかったですが、2年後にNHKからラブストーリーの主役の話が来て、 私は社会復帰ができると思いました。映画の中の歌は、知りませんでした。私は1941年生まれで、この映画は1935年くらいの話なので、練習とかしましたね、三味線とかも。微妙なベッドシーンの撮影中は、絶対他の人がスタジオに入れないようにしてました。スタジオを真っ暗にして、スタッフも全部スタジオから出て、監督と私たち2人の3人だけになって、真っ暗闇の中で、大島監督がカメラとライティングのスイッチを持って、用意が整ったら大島さんが、闇の中から「どうですかお二人、始めてもよろしいですか」と聞いて、私たちが「はいお願いします」と言うと監督がボタンをカチッっと押しまして、スタジオがパーっと明るくなって、カメラが回り始めましたね。そういう撮影もしたこともあります。全部が全部ではありませんが。1976年のニューヨーク映画祭にこの作品が上映されるということで来たのですがセンサーシップの問題で上映されず、大変残念な思いをしたのです。今回はその時以来ほぼ50年ぶり2度目のニューヨークで、やっと観客のみなさんとこうやって向かい合って、ありがとうと言えることができてとても嬉しいです」。

大島渚が国際映画人となった日

 「愛のコリーダ」の大島監督について元東宝インターナショナル代表取締役で演劇評論家の大平和登氏(故人)=写真=が次のように回想している。「大平さん、どうしたら世界に通用する映画を創ることができるんでしょうか。日本映画に欠けているものは、いったい何なんでしょうか」。完成して間もないニューヨークのジャパン・ソサエティー一階ロビーで、痩せぎすのその男は、大平に懇願するような目を丸眼鏡からのぞかせて尋ねた。「そりゃあ、作品が提起する問題の普遍性、万人に通じる問題の打ち出し方でしょう」。完結に答えた大平の前で、眼鏡の男は唸ってしばらく黙りこんでしまった。

映画の宣伝用ポスター

 眼鏡の男と会って4年の歳月が流れた76年10月1日。その男がニューヨーク・タイムズ紙のトップ記事を飾った。大島渚である。彼が監督した話題作「愛のコリーダ」がアメリカに上陸したのだ。フィルムがニューヨークの税関で没収されるかもしれないという情報とともに、作品はジョン・F・ケネディ国際空港を避け、パリからロサンゼルス経由でニューヨークに届いた。大島、大島の弁護士、大平の3人が空港から誰の手にも触れさせまいと、プリントを取り囲むように試写室に入った。プレス試写会が無事に終了した直後、試写室に踏み込んだ税官吏がプリントを押収した。この事件はニューヨーク・タイムズ紙を含め、翌日の地元紙が揃って1面で扱った。公開予定日当日は、急遽上演作品を同監督の「儀式」に差し替えたが、その晩のパーティーには、新聞記事を見て駆けつけた映画人や芸能人でごった返した。「何でも応援するぞ、大島」と群衆の中から叫んだのはジャック・ニコルソン。自らは絶対に握手を求めないことで知られたアンディ・ウォーホルが、進んで大島に握手を求めた。大平は「その晩、国際映画人の仲間入りをした大島監督の姿を見た思いがした」という。(1992年4月読売アメリカ紙に掲載。94年読売新聞社刊『どっこい生きてる日本人』収録から抜粋。文と写真・三浦良一)


■映画「愛のコリーダ」=7/29(月)21:15(英語タイトル:IN THE REALM OF THE SENSES大島渚監督、藤竜也、松田暎子主演(1976年)ノーカット版。76年NY映画祭に参加するも検閲でフィルムが没収され上映中止になり、今回48年ぶりに米国劇場で初公開。 7 Ludlow St, New York, NY 10002

チケット $17  Tel: (212) 660-0312

詳細は metrograph.com


編集後記

【編集後記】

 みなさん、こんにちは。週刊NY生活は、ご存知の通り、米国在留邦人向けの日本語ローカルコミュニティーペーパーで、ときには現地ミニコミ紙、「フリーペーパー」などと呼ばれるカテゴリーに分類されます。こういう媒体は、ひと昔前なら広告チラシにタウン情報を加えただけの軽い存在のイメージがあったのではないでしょうか。まあ、いまでもそんな風に見ている世間の目は感じないででもないですが、では、だからといってトランプ大統領が演説中に狙撃されたというようなアメリカで起こった重大ニュースをまったく扱わなくていいのかというと、そんなことはないのです。もちろん、そんな小さなメディアが、日本の歴史ある大新聞と取材活動力、人員態勢から言っても到底太刀打ちできないのは百も承知。じゃ何ができるの?といつも、重大ニュースが起こるたびに自問します。今回、事件が起こった翌日私は、北海道ゆかりの会で前々から決まっていたジンギスカンバーべキュー大会がブルックリンの公園で予定されていて、その日のための準備を前の夜からしていました。きっと翌朝はトランプタワーの前では何か騒ぎが起こっているのではないか、そんなことを思いながら公園で焼きそばを焼いている自分が、今こんなことをしていていいのかと内心焦っていたのです。フリーランスのカメラマンに自分は行けないので写真を頼み、帰宅途中のグランドセントラル駅売店でトランプ氏狙撃が1面に掲載されたNYタイムズ紙とデイリーニュースを買い、電車の中でフリーの記者にアメリカ人のコメント取りを頼み、米国各紙の論調を洗う、ジャーナリストの武藤芳治さんに「視座点描」を発注しました。日本の大手通信社から記事を買って転載するのは、やろうと思えばできますが、それをやらずに独自取材でオリジナルな記事を掲載するという創刊当初からの本紙の編集方針を貫くことで、日本では報道されないオリジナルな内容を掲載することがままあります。うちで書かなければ誰も知ることがない、というたぐいのものですね。今週号はそこまで大袈裟ではないですが、できる範囲で今回の事件を総括しています。こうやって矢の如く1週間が過ぎていきます。先週の今日が昨日のようです。それでは、みなさんよい週末を。(週刊NY生活発行人兼CEO、三浦良一)

【今週の紙面の主なニュース】(2024年7月20日号)

(1)暗殺未遂に世界が震撼 

(2)日本の心受け継ぐ松風荘 フィラデルフィア物語(下)

(3)2ドルと友情 ニューヨークの魔法

(4)今年も世界で最も裕福な都市はNY 

(5)「ほぼトラ」回避の唯一の道  視座点描

(6)想像を超えた難事の日々  仲本光一(書評)

(7)新作は母、石川須妹子への想い 現代舞踊家 田中いづみさん

(8)いま日本は世界中から観光客 田村麻子のカーテンコール

(9)民謡を現代的に表現 MIKAGE PROJECT NY公演

(10 )沈黙世界の幕開け シネマ映写室

暗殺未遂に世界が震撼

米市民の声

 7月13日、ドナルド・トランプ前米大統領がペンシルベニア州バトラーでの支援者集会の演説中に、銃撃され右耳を負傷。11月の大統領選を前に起きた事件に、米国の一般市民の人たちはどう思っているのか聞いた。

 マンハッタン在住のアンジェラさん(60代女性):この事件をきっかけにそれでも戦う姿勢を見せたトランプを強いと思う人が増えて、彼が大統領選に勝つと思う。

 マンハッタン在住のランスさん(40代男性)コンピューター・プログラマー:私は、トランプが暗殺未遂にあった討論会後の今、トランプが勝利へと傾いていったと思う。集会にいた消防士が家族を守って流れ弾に当たって死亡したことも影響する。アメリカ人の皆が消防士を愛しているからだ。

 トランプは楽勝だろう!そして、7月15日に発表されたトランプの副大統領候補に指名されたバンス上院議員の母親は3人の夫を持った麻薬中毒者という荒んだ家庭で育った。そんな苦労人を副大統領候補に選んだのにも共感を呼ぶ。

 マンハッタン在住のアンジェリーナさん(40代女性)建築家:何が起こるか予想するのは難しい。トランプには間違いなく多くの支持者がいて、それが彼が出馬する理由だ。その一方で、彼に反対する人も多い。今回の事件で彼の気持ちが変わることはないだろうし、むしろ出馬への熱意が高まり、選挙に勝つために躍起になるのではないだろうか。米国はうまくいっていない。分裂した国だ。それは強い民主主義の証ではない。

 ポキプシー在住のジョンさん(60代男性):私が思うに、トランプはこの暗殺未遂事件でより多くの無党派票を集めるだろう。彼は世論調査で1%強のリードを保っている。トランプはおそらく同情票を拾うだろうし、これを利用して民主党を非難し始めない限り、彼はうまくやっていけるだろう。有権者はこの2人の候補者に飽きていて、新しい顔ぶれに大統領選に立候補してほしいと思っているのだと思う。(石黒かおる)

事件翌日にはトランプタワー前に支持者が集まった(14日午後、五番街56丁目で、植山慎太郎撮影)

まさかの銃弾、選挙に潮目

銃撃前に見物者が発見
通報も間に合わず発砲

クルックス銃撃犯

 銃撃は、集会が開かれた屋外イベント会場の北約140メートル離れた敷地にあるARGインターナショナルという民間企業の製造工場の屋根から行われた。射程距離は120メートルほどとみられる。発砲に使用されたとみられるAR-15型の半自動小銃が容疑者の遺体の近くで発見されている。警察当局によると発砲はシークレットサービスが警備する区域外から行われたものとみられる。捜査はまだ進行中だが、警察関係者によると集会を見に来ていた人が屋根に人が登っていると発砲前に警官に伝えており、警官が対応しようとした最中、8発の銃弾を発射したと見られる。

 連邦捜査局(FBI)は、銃撃犯はペンシルベニア州ベセルパーク在住の白人男性、トーマス・マシュー・クルックス(20)と特定した。車から二つの爆発物が、自宅からも別の爆発物のようなものが発見された。暗殺未遂現場のバトラーから約70キロほど離れたペンシルベニア州ベテルパーク出身で、2022年に高校を卒業し、介護施設で働いていた。犯罪歴は確認されておらず、介護施設の採用時の身元調査でも問題はなかったという。

 動機や計画性は捜査中でまだ明らかになっていないが、単独犯と見られている。クルックスは18歳で共和党員として有権者登録していたが、17歳だった2021年に民主党系のリベラル系組織ACTBlueに15ドル寄付していた。事件を知った父親はほとんどなにも分からないと困惑しており、高校時代の知り合いらによれば「特別違った人ではなく普通だった」との声が多いものの、友人は少なく、いじめられていたとの証言もある。射撃部に入ろうとして断られたとの話もある。一方で全米数学科学イニシアチブから2022年に「スター賞」を受賞するなど理数系には強かったと見られる。

 銃撃で死亡したのは同州在住の消防士、コーリー・コンペラトーレさん(50)。熱心なトランプ支持者で、一緒に来ていた妻子をかばおうとして頭部に銃撃を受けたという。銃弾はステージの横方向から発射されており、ステージの左右にも観客席が組まれていた。流れ弾でほかに2人が重傷を負った。

負傷後ゴルフ場で一夜過ごす

 ペンシルベニア州バトラーで行われていたドナルド・トランプ前大統領の集会で7月13日午後6時15分頃、ステージで演説中のトランプ氏に向かって少なくとも8発の銃撃があり、トランプ氏は右耳を負傷、聴衆の1人が死亡、2人が重傷を負った。

 突然の銃声にトランプ氏はすぐに身をかがめ、会場は騒然となった。トランプ氏は大統領警護隊(シークレットサービス)に囲まれ1分ほど身をかがめていたが、狙撃犯が大統領警護隊によって射殺されたと連絡が入ると、大統領警護隊に囲まれながら、ステージを降りた。右耳のあたりは血まみれだった。ステージを離れる際に拳を振り上げ「ファイト」「ファイト」と叫ぶと聴衆からは「USA」「USA」と掛け声が沸き起こった。トランプ氏は事件発生から約2時間半後、自身のSNS「トゥルース・ソーシャル」で、「大統領警護隊と法執行機関の迅速な対応に感謝したい」と述べるとともに、死亡した支持者の遺族に深い哀悼の意を表した。事件の様子は「右耳の上の方を銃弾が貫通した。ヒューという音と銃声が聞こえ、皮膚が突き破られる感覚があったので、何が起きたすぐ分かった」と振り返った。バイデン大統領は14日の記者会見で、事件があった13日夜にトランプ氏に連絡して話をしたが「短いが良い会話だった。元気に回復しており心からうれしく思う」と語った。また大統領警護隊(シークレットサービス)の強化を指示したことを明らかにするとともに、「この国の政治の温度を下げる必要がある」と国民に冷静さを求めた。トランプ氏は同日、国民の「団結」を呼びかける声明を出し、 CBSによると、同夜はゴルフ場で一夜を過ごした。15日にはウィスコンシン州ミルウォーキーでの共和党全国大会に出席し、共和党の全国党大会で大統領候補に正式に指名された。なお副大統領候補にはオハイオ州選出上院議員のJ・D・バンス氏(39)が正式指名された。事件を受けてニューヨーク市警はマンハッタンにあるトランプタワーの警備を強化した。

日本文化の心を受け継ぐ、東海岸の文化交流拠点「松風荘」

 「まるで日本にいるみたいですね」と言った私に対して「いいえ。ここは日本よりも日本的ですよ」と返してきたのは、ワシントンDCからお越しになった表千家同門会米国東部支部の先生だった。

 都市公園としては世界一の広さを誇るフィラデルフィア市のフェアモントパーク。その一角にある「松風荘(Shofuso)」(=写真上)は、ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング誌において、北米にある300余の日本庭園の中でトップ3にランクインし、東海岸では最高評価を獲得。フィラデルフィア日米協会が心を込めて守り続けている松風荘は、東海岸全体の文化交流拠点としての重要な役割を担っている。

 その松風荘で今年4月9日、著名な書道家の海老原露巌氏とフィラデルフィア・オペラ座によるコラボレーションが行われた。4月末に『蝶々夫人』を上演するのに先んじて、オペラ座は特別に一部を松風荘で披露して下さった。これは、日本の伝統をオペラ座にアドバイスした日系ボランティアへの感謝の気持ちを表すためだった。

 松風荘の畳の部屋の奥から外の庭園に向かってオペラ座の合唱団が整列し「ハミングコーラス」の歌声を響かせた。それに聴き入った海老原氏は『MON DRESS』が寄付して下さった着物に、力強く【舞】という一文字を揮毫された。愛する夫を待ち続ける蝶々夫人の心だ。

オペラ座団員に掛ける、揮毫されたMON DRESS
海老原露巌氏、エリーズ・ブラニガンさんとお母様

 揮毫された着物は、合唱団の女性にそっと掛けられた。書院造りの建物の屋根の下で、フィラデルフィア市出身の作家が生んだ短編小説を基にしたイタリアオペラ、家紋をルーツとする着物デザイン、墨アートによる貴重なコラボレーションを目の当たりにして、日米の参加者たちは感動に包まれた。会場を見渡すと、全米日本語エッセイコンテストで優勝した地元高校生、エリーズ・ブラニガンさんの姿が目に留まった。 私は、海老原氏に土壇場でお願いしてみた。「なにかサプライズでプレゼントはできないでしょうか?」 海老原氏は快諾くださり、エリーズさんの目の前で、【希】と【和】の揮毫した団扇をプレゼントされた。次の世代における日本文化ファンの更なる増加を願った2文字だ。

 もっと知ってほしい。遠い異国の地に、日本の古き良き時代を彷彿とさせる松風荘が存在していることを。この奇跡の空間で日米の文化が融合し、互いの理解を深め、友情の絆をさらに強くし、未来へと繋げていかなければならない。皆様のご支援を賜りますように。

フィラデルフィア日米協会 副理事長 

穎川廉(Ren Egawa)

 30年以上にわたり日米欧のテック業界で最先端技術開発と新市場開拓に従事。パナソニック在籍中、新放送方式を開発、FCC(米国連邦通信委員会)で推進。世界規格に導き、本社役員賞を受賞。米SRIでは次世代GPU開発者、仏伊STではソフトウェア戦略チーフを歴任。現在は米Rexcel GroupのCEOとして、イノベーション推進事業を経営。フィラデルフィア都市圏の日米協会副理事長、アジア系アメリカ商工会議所顧問委員、オペラ振興諮問委員、フィラデルフィア管弦楽団アンバサダーとしてボランティア活動に従事。