「ザマァみろ!」が支配する政治

 喜怒哀楽などの人間感情の中で最も強いものは何か? その一つは間違いなく報復感情でしょう。仕返し、復讐、やられたらやり返せ、目には目を……カッとなる負の感情の強さは、愛のような正の感情のように長持ちはしないので、負の感情を燃やし続けさせるには次から次へと油を注ぐ必要があります。おそらく、トランプ政権の強さはこの負の感情の強さなのでしょう。「報復」が二期目の彼の新たな原動力の一つです。

 そんな典型が、彼の弾劾や訴追に関わった敵対者への攻撃です。彼はこれまで91件もの刑事訴追を受けましたが、それを「自分への政治的迫害」と位置付け、訴追に関係した司法省の検察官や民間の法律事務所の全てを標的に解雇や経済的・法的締め付けを進めています。特に連邦議会襲撃事件や選挙不正疑惑に関して反トランプの立場で無償(プロボノ)で業務を提供した弁護士たちを、無償であるがゆえに「不適切な法的介入」「公益を装った政治活動」と断じ、所属する法律事務所の連邦政府契約を打ち切ったり、資格剥奪を示唆しています。

 自分に忠実でないとする連邦官僚への逆襲もそうです。国防総省では最大7万人以上が解雇対象。教育省では50%、国土安全保障省でも100人以上が解雇されました。連邦政府全体では解雇リスクのある人の数は100万人とも言われます。表向きは例のDOGE(政府効率化省)による「合理化」の対象ですが、実際は第一次政権時に官僚による抵抗で大統領の意向が阻まれたことへの報復の要素も強い。

 移民問題も然り。バイデン政権のオープンな国境政策を自身の第一次政権への当てつけと見て、無届移民を保護する民主党主導の「聖域都市」への連邦助成金を凍結するなどの措置に出ています。

 自身を批判するメディアを「フェイクニュース」「国家の敵」と呼んで記者会見や取材アクセスから排除しているのも報復です。

 「DEI(多様性・公正性・包摂性)路線は左翼のイデオロギーだ」と批判するのも、敵対する民主党の価値観だからでしょう。DEIは現在、白人多数派への逆差別だという論理に使われてしまっています。

 前回本欄で触れた政権によるハーバードへの要求には、反ユダヤ主義とDEI路線の排除の他に「学生・教職員の政治傾向の審査」という思想調査も入っていました。「米国の価値観や制度に敵対的な大学人の報告体制を構築せよ」というこの新たなマッカーシズム(赤狩り)をハーバードは当然ながら蹴った。だから22億㌦(3千億円)もの助成金を凍結されたわけ。

 問題は、彼個人のそうした報復感情が、支持基盤であるMAGA派の報復感情を共振させることです。世界経済を揺るがす思いつきでしかないような報復関税や数百人が解雇されたUSAID(国際開発局)も含め、全てが彼らの「敵(リベラル派、知的エリート、官僚、性的少数者、女性、移民労働者、外国)」への敵意を煽っています。トランプの連邦政府はトランプ個人とトランプ支持者個人の「ザマァみろ!」の道具になりつつある。

 いや、この「ザマァみろ!」という「報復の快感」は、右派も左派も関係ないですね。人間の業のなんと深いことよ……。

 「ザマァみろ!」ではダメなのだと愛を説くカトリックの新教皇に、初のアメリカ人が選ばれました。このレオ14世がどんな教皇を具現するかは未知ですが、これでトランプは「世界で最も影響力を持つアメリカ人」の2位に転落?──それがすでにSNS上で話題になっています。報復感情に加え自己顕示欲も肥大している彼のこと、まさかここでも教皇を見返そうなんて……いやいや、それは。

(武藤芳治/ジャーナリスト)