「野球の殿堂」NY州クーパーズタウン

イチローらの授賞式典開催7月に

 今、日本でも米国でも、大リーグ野球は大谷翔平選手の活躍の話題を中心に回っている。今まで野球に興味がなかった人が、「オータニサン」キッカケで続々と野球ファンになっていて、野球界の発展を考えれば大変素晴らしいことだ。だが、彼の前に大リーグで数々の金字塔を打ち立てた日本人の先駆者のことを忘れてはいけない。そう、イチロー(鈴木一朗)氏は、2001年に大リーグに移籍しシアトル・マリナーズに入団。それまで大リーグで活躍した日本人選手は投手ばかりだった時代に初めて野手として挑戦。移籍初年度にアメリカンリーグの新人王とMVPをいきなり獲得した。2004年には262本のヒットを打ち大リーグのシーズン最多安打記録を84年ぶりに更新、また新人から10年連続200安打以上を記録するなど、大リーグ通算19年で3089安打、117本塁打、780打点、打率3割1分1厘というとんでもない成績を残した。そんなイチロー氏が今年、「大リーグ在籍10年以上、引退して5年以上」で偉業を成し遂げた選手や監督、野球界の発展に貢献した関係者らのみに資格がある「野球の殿堂」に、資格取得1年目にしてほぼ満票に近い得票で選出。日本人大リーガーとして初めて「野球の殿堂」入りという栄光を手にした。そして、7月27日に行われる野球の殿堂授賞式典に臨む。

 式典が行われるのは、「野球の殿堂博物館」がある、NY州オチゴ郡のクーパーズタウン。この町は広大なNY州のほぼ真ん中あたりに位置し、NY市からは約190マイル(約306キロ)離れていて、高速道路と途中から一般道を使って片道3・5時間以上かかる場所にある。近くには大都市もなく、有名な観光地もない。人口2000人にも満たないこんな辺鄙な田舎町になぜ「野球の殿堂」があるのか不思議に思うが、一説によると、1839年にアブナー・ダブルデイ氏がこの地で「ベースボール」を生み出したということらしい。その100年後、世界恐慌などで米国各地の地方都市が経済的打撃を被る中で、地元のクラーク財団が町おこしの一環として、ダブルデイ氏の偉業を讃え、全米から観光客を集める手段として、1939年に「野球の殿堂博物館」を開業した。実は近年の研究で、同地が「野球発祥の地」という説は否定されたそうだが、博物館の近くには同氏の名前を冠した「ダブルデイ球場」もあり、以前は毎年1試合だけ、大リーグの公式戦もここで開催されていた。博物館のオープン以降は毎年、この町で野球の殿堂授賞式典も開催され、世界中の野球ファンから「野球の聖地」として知られるようになり、特に春から秋にかけての週末は連日、町の人口を遥かに超える観光客が全米からこの地を訪れている。

 町に着いたら、まず最初に「野球の殿堂博物館」(メインストリート25番地)は必ず訪れよう。というか、ここに行かないのならわざわざクーパーズタウンまで行く意味がないと言っても過言ではない。同館は毎日午前9時から午後5時まで開館。入場料は大人30ドル。館内に入るとまず2階の展示コーナーへ。野球の創世期から始まり、ベーブ・ルースの活躍など、また黒人リーグ、中南米リーグ、女性リーグのことなど、野球界の歴史を数々の展示物と共に学ぶことができる。戦前に開催された日米野球に関する展示もある。次に向かう3階には、現在の大リーグチームに関する展示や、さまざまな部門での記録などの展示がある。最新のものでは、昨年世界一に輝いたドジャースのコーナーがあり大谷選手のユニホームなどが展示されていた。各ポジション別歴代ホームラン記録の展示では、投手は生涯170数本打った戦前の選手の名前があったが、大谷選手の引退時には投手としてここに記録されるのかどうかが気になった。またこのフロアには、イチロー氏の授賞式参加に合わせて7月に日本の野球を特集した展示コーナーも新しくできるそうだ。最後にいよいよ1階の「殿堂」ギャラリーへ。一番奥の中央に、第1回の1936年に受賞したベーブ・ルースやタイ・カッブら5人の楯が飾られ、そこから左は古い時代の受賞者の楯が、そこから右は1980年代以降の受賞者の楯がずらりと並ぶ様は圧巻だ。7月にその仲間入りをするイチロー氏の楯が設置される予定位置には、現在はイチロー氏がサインペンで書いた直筆サイン付きの白い枠が貼られていた。なお、同館の展示は毎年更新されていくので、以前に来たことがある人にも新鮮で新しい発見があり楽しい。野球が本当に好きな人ならじっくりと数時間ここで過ごしても飽きないし、忙しい人なら1時間程度で全館を見て回ることができる。見学の最後には、ここでしか手に入らない記念グッズや、全球団のグッズが販売されている充実したお土産コーナーでの買い物も忘れずに。

 クーパーズタウンは本当に小さな田舎町なので、メインストリートも100数十メートルほど。築100年以上の古い建物が多く残っていて雰囲気は良い。蝋人形館やバッティングセンターなどはあるが、他は野球関連のお土産店や、何軒かの飲食店があるぐらい。あと、町の北側にオチゴ湖という小さな湖があり、その周辺は元々ネイティブアメリカンのイロコイ族の居留地だった。このオチゴ湖の周りにはいくつかレクリエーション施設がある。ボートで湖を周遊したり、カヌー体験をしたり、鉄道の廃線レール上を走る足漕ぎカーで散策したりといったアクティビティを楽しめる。現地に宿泊施設もあるが、クーパーズタウン観光は日帰りで充分満喫できるサイズ感だ。

 最後に、7月27日に開催される殿堂授賞式典について。会場は町の中心地から少し離れた、クラーク・スポーツ・センターという複合スポーツセンターの屋外広場。当日はおそらく町からシャトルバスが出るようだ。今年はイチロー氏をはじめ5人の元選手と元監督が表彰される。基本的に式典会場に入れるのは関係者や招待客と高いプレミアムチケットを購入した一部の客のみ。ただ、一般客も柵の外の芝生地帯から会場のライブ感を楽しむことは可能。スポーツセンターに展示されていた昨年度の式典の写真を見ると、この小さな田舎町の会場に全米から数千人もの野球ファンが詰めかけたことが分かり驚いた。

 大リーグ人気が盛り返してきた今年、イチロー氏の殿堂入りという朗報を機に、クーパーズタウンを訪れてみてはどうだろう。

 (本紙/久松茂、写真も)