創業の精神をシャツに込め

メーカーズシャツ鎌倉 代表取締役

貞末 奈名子さん

 鎌倉シャツの愛称で知られるメーカーズシャツ鎌倉の2代目社長に5月に就任した。創業から27年、日本の縫製工場による最高品質のメイドイン・ジャパンのシャツを徹底した中間コストの削減により、求め易い価格で販売することを可能にした同社は、日本のアパレルメーカーが苦戦を強いられる中、短期間で世界的なブランドと肩を並べるまでに成長した成功例として語られることが多い。

 聖心女子大卒業後2年10か月の銀行勤務を経て入社。会長である創業者の父良雄氏と初代社長の母タミ子さんの下で、実質的な会社の現場指揮官として働き、父親の念願だったニューヨーク・マジソン街への2012年の出店を支え、昨年秋には2か国目の海外進出となる中国上海への展開への道筋をつけた。その矢先に新型コロナウイルスが中国から世界に感染拡大した。緊急事態宣言により日本国内やニューヨーク店で4か月近く営業ができない状態が続いた。工場が止まれば経済再開の時にシャツを製造できなくなるかもしれない。ミシンを使って作れるものを工場に発注しなくては。貞末さんは、オリジナルマスクを製造することを緊急事態宣言直前の3月下旬に決断。マスク製造に必要な資材を調達して予約販売したところ6日間で注文が50万枚も来た。

 パンデミックで店頭販売がゼロになってもオンライン通販が伸びたこと、マスク販売があったお蔭で完全閉店しても前年比80%の売り上げを確保することができた。現在追加の10万枚も製造中で、コロナ禍における必需品として今後は洋服に合わせたコーディネイトも提案していくそうだ。

 ニューヨーク店のオープンは貞末さんにとっても忘れられない思い出だ。ハリケーン・サンデーがニューヨークに直撃した翌朝だった。市内25万世帯が停電して地下鉄、バス、通勤電車が全てストップ。38丁目にあった宿泊先は停電が1週間続いたが、47丁目のマジソン街店は無事だった。午前7時。予定時刻に開店。

 「こちらには、洋服に非常に造詣の深い人たちが大勢います。私たちが日本でやってきたことをそのままやれば、成功すると思います。頑張りましょう」と会長の良雄氏が社員に訓示する。続いて妻で社長のタミ子さんがこう言った。「これからニューヨークの人たちに愛されるお店になるように頑張っていきましょう。日本のおもてなしを世界に広めて私たち日本人の心意気を示そうではありませんか」。

 「父は、本当は日本の良さっていうのを分かってもらいたくてチャレンジしたわけですが、もうすぐ8年、それは伝わったし、むしろ日本以上にアメリカで評価してもらえているように思います。母が言ったおもてなしの精神も、ここに来ると温かい、という、会社の雰囲気なんですね。社員の高いモチベーションが支えになっています」と話す。マスクは売れても本業はシャツだ。米国での成功をさらに盤石にし、中国での販売拡充を目指すのも次世代に課せられた使命と見た。

(三浦良一記者、写真は鎌倉シャツ提供)