赤狩り2.0が始まる? 視座点描

 逮捕直後から発表の内容がどうも変だったのです。発生現場であるユタ州のスペンサー・コックス知事が、確保したタイラー・ロビンソン容疑者が外国出身者ではなく白人のアメリカ人という「ワン・オヴ・アス(我々の仲間の一人)」だったことを残念がったり、カシュ・パテルFBI長官が同じ会見でキリスト教徒のチャーリー・カークを追悼して北欧神話の「ヴァルハラで会おう」とトンチンカンなことを言ったり、殺されたのがトランプ当選の立役者だったためか、捜査当局のリークで出てくるメディア報道までがどこか政権のバイアスの匂いがして、私も危ないと気づいてすぐに逐一SNS投稿するのを止めました。

 トランプも21日のカーク追悼式典でMAGA派の意向に沿って「暴力は主に左翼からもたらされる」と事実と逆の言説を披露し「この暗殺の責任は極左にある」と決めつけています。一方でリベラル側も容疑者一家がモルモン教徒の根っからの共和党支持だったことや、ロビンソンがカークよりもさらに右のニック・フエンテス一派に属していたという未確認情報に飛びついて「MAGAの内部抗争」説を吹聴したりと、事件はアメリカ分断の火にさらに油を注ぐ結果となっています。

 で、現在までに分かっている確実な情報は、容疑者にはトランス女性のパートナーがいたこと、しかし左派とつながる証拠は出ていないこと、カークを憎悪の拡散者として嫌っていたこと、この3点くらいなのです。つまり動機が政治的なものか私的なものか、その辺りの見分けが全くついていない。

 にもかかわらずトランプ政権は事件を機に思想警察ぶりを強行する姿勢を隠しません。こないだCBSのスティーヴン・コルベアのトーク番組『レイト・ショー』が終了させられたばかりだというのに、今度はABCのジミー・キンメルのトーク番組の休止騒動。トランプのカーク追悼が「金魚の死を嘆く小学生」みたいだと揶揄したのを受けて(キンメルはカークには追悼の意を表していました)、トランプが指名した連邦通信委員会(FCC)委員長ブレンダン・カーがキー局ABCの放送免許剥奪をちらつかせた結果です(なんだか安倍政権時の高市早苗総務相発言みたい)。「表現の自由」への侵害との大抗議が起こって週をまたいで休止は撤回されましたがトランプはどこ吹く風、「私を否定する報道は違法だ」とまで言い始めた。おまけに国防総省は、機密か否かを問わず報道情報は承認を得よとの前代未聞の報道規制(なんだか大本営発表みたい)。

 右派や共和党支持者たちがネットを探ってカーク批判者を告発するドキシング(晒し)行為も急増し、「銃撃を祝うような発言をした」として官民、教職、メディアでも解雇・懲戒すでに数十件。先の「暴力は主に左翼から」の嘘と整合させるためか、司法省のサイトから急に極右の暴力報告統計が消えた(なんだか森友みたい)。

 まるで「赤狩り」です。1950年代、冷戦を背景に米国下院非米活動委員会の”共産主義者”追放運動「マッカーシズム」の狂乱で、人は自らの潔白を証明しようと友を、同僚を、隣人を根拠もなく身代わりの「非米的人物(un-American)」に仕立て上げて当局に売った。

 それは「共産主義者」を名目にした政府批判者狩り、でした。あのチャップリンでさえも告発され、再び米国の地を踏んだのは国外追放後20年経った1972年、アカデミー賞名誉賞受賞のためでした。

 今回のこの思想警察行動はトランプ政権が指針とする右派シンクタンク政策提言書「プロジェクト2025」に示されています。連邦官僚を政権忠誠度で再分類。DEI(多様性・公正性・包摂)推進を左翼思想として排除。関連するNGOや教育課程は左派の巣窟として攻撃対象……全部つながるのです。

 暗殺、暴力は非米どころか非人間的として非難し続けなくてはならない。けれど今あのミシェル・オバマの言葉「彼らが下劣であってもこちらは高潔でいよう」さえ、トランプ派を「下劣」と呼ぶのは非米だとして摘発されかねない。あの密告社会、相互監視社会……アメリカの狂気の歴史はまた繰り返すのでしょうか?(武藤芳治/ジャーナリスト)