双子の母のため息 ニューヨークの魔法

 ある夜、いつもよりかなり遅れて、夫が家に戻ってきた。

 バスがなかなか来なくて、ずいぶん待たされたよ、と言いながらも、なんだかうれしそうである。

 待てども、待てども、バスは来ない。本を読むには、もう暗すぎる。ほかにすることもない。

 バス停のベンチには、黒人の女の人と自分しかいなかった。

 I don’t believe this.

 まったく、信じられないよ。

 その女の人はあきれたように首を横に振り、ため息をついている。仕事の帰りなのだろうか。疲れ切った様子だ。

 どちらからともなく、会話が始まった。その人は身の上話を始めた。夫が家を出ていき、離婚。双児をひとりで育てているという。

 毎日、本当に大変なんだよ、私が働いている間、妹が子どもたちの面倒を見ていてくれるんだけどね。

 自分も一卵性の双児である夫は、でも双児もなかなかいいものですよ、と高校の頃のエピソードを話した。男子校に通っていた双児の兄が、一度、男女共学を体験してみたいというので、制服を取り替え、そ知らぬ顔をしてそれぞれ相手の学校に登校した、というこれまで何度もしてきた話だ。

 それを聞くと、女の人はパンと手を打ち、大笑いした。

 そんな取り留めのない話をしながら時間をつぶしていると、予定より三十分以上遅れてバスがやってきた。

 混んでいたので、この女の人と夫は離れた席にすわった。

 終点で夫がバスを降りると、さっきの女の人がドアの前で立っていた。そして夫の腕を軽くつかむと、こうささやいた。

 I really enjoyed talking with you. You made my day.

 話ができて、とても楽しかったよ。おかげで、今日一日がとてもいい日になったよ、ということだ。

 なんとすてきなほめ言葉だろう。

 玄関のドアを開けた夫の顔にも書いてあった。

 She made my day.

 このエッセイは、シリーズ第1弾『ニューヨークのとけない魔法』に収録されています。https://books.bunshun.jp/list/search-g?q=岡田光世