Kato Sake Works社長
ブルックリンのブッシュウィックでクラフトSAKE造りをしているオーナーで杜氏の加藤忍さん。加藤さんは東京都出身、日本でソフトバンクに勤務した後、メリーランド州のメリーランド大学ロバード・スミス・ビジネススクール大学院に留学。卒業後はテネシー州ナッシュビルの北米日産会社に就職した。ナッシュビルはクラフト・ビールが有名な街、さまざまなビールを試した。自宅でビールを造る友人もいて醸造に興味を持った。
ナッシュビル時代、ホームパーティで米国人の友人たちに日本酒を振舞いたかったがナッシュビルでは手ごろな価格の日本酒が手に入らなかった。ならば自分で造ってみようと酒自家醸造キットをインターネットで購入して自宅で酒を造ってみた。友人たちが忍の酒は美味しいと喜んで飲んでくれ、忍の酒を売って欲しいという友人もいた。酒造りは楽しい、ならばこれをビジネスにしようと起業を決意。
ナッシュビルに住んで肌でいいと感じたのは、住人たちの地元愛だ。「メイド・イン・ローカル」が通じる街で酒造りをしたい。どうせやるなら、マーケットの大きいニューヨークでと会社を辞めてNYへ。
その名も加藤が造る酒「Kato Sake Works」をオープンしたのが2020年3月。コロナ禍でNYがロックダウンする僅か3日前のことだった。ブルワリーの前を通る人に「飲んでみて」と試飲を勧めた。美味しいと買ってくれる人もいて地元のリピーターもできた。インターネットで注文しブルワリーまで取りに来てくれる地元の人や、酒を造っているのかい?と散歩の途中で立ち寄り買ってくれる人もいた。地元ブルックリンの人々に支えられ、コロナ禍も乗り切ることができた。
開業当初はスタジオサイズのわずか500平方フィートの場所で一人で酒造りをしていたが、注文が追いつかなくなり、広いブルワリーが必要になった。クラウド・ファンディングで資金を募り、23年には移転しブルワリーの広さも5倍になり従業員も増えた。日本の酒蔵の入り口に必ずある杉玉だが、加藤さんのブルワリーの入り口にはキラキラと光るミラーボールが吊るされている。神棚に飾る鳥居は友人がベッドのフレームで作ってくれた。米国ならではのアイディアだ。以前の場所では年間約5000リットルを生産していたが、新ブルワリーではその約10倍の生産を目指す。ブルワリーには酒を試飲できる10人が座れるカウンター席のタップルームもあり、バーテンダーも雇った。新ラベルは常連客のグラフィック・デザイナーが
作成してくれた。タップルームではジャズのライブ・コンサートや読書会、寿司シェフを招いて酒とのペアリング・メニューを提供するなどのイベントも行っている。酒製造工程の説明とテイスティング&ツアーも始めた。
加藤さんは日本の酒蔵で修業したことはない。すべて独学で酒造りを学んだ。現在はカリフォルニアのカルローズ米を使い、約7銘柄の酒を造っている。酒のラインナップも増えた。昨年末、初めて新潟県から送ってもらった食用米の「こしひかり」で醸造を行った。NY州ウエストチェスター郡にある精米所ザ・ライス・ファクトリーで精米し、純米酒「KOME」という銘柄で200本を造った。今年1月に販売、すぐに完売した。「しずく酒」と「どぶろく」も新しいラインナップ。「どぶろく」は評判が良く、タップルームでは「どぶろく」ばかりを飲む常連客もいる。
「自分が思っていた地元愛の『メイド・イン・ローカル』に見事にはまった。NYは無機質な大都会だと思っていたが、ブッシュウィックは日本の昔の長屋のような近所付き合いがある」と加藤さん。地元のお客さんが魚を釣ったけど、食べるかいと持って来てくれることもある。「ナッシュビルで友人たちに与えた酒との出会いの感動を、ブルックリンの人たちにも与えることができた。大変なこともあったが、やってよかった」。
加藤さんの東京の実家の部屋には高校生の時に渋谷で買ったブルックリン橋の白黒写真が今でも壁に飾ってある。ハードロックや米国のファッションにあこがれ、なんとなく気に入って買った写真だった。その橋が東京の実家の部屋からNYのブルックリンでの酒ビジネスへ繋ぐ橋となった。そして、今年の夏からKato Sake Worksの酒を日本でも販売する。メイド・イン・ブルックリンの酒を目指し日々、奮闘する。(石黒かおる、写真も)

