大統領が「大成功」と言うなら大成功であると従うのが今のアメリカです。そうじゃなきゃクビが飛ぶ。
6月13日にイスラエルがイランの核施設や核科学者、革命防衛隊司令官らを標的に奇襲攻撃を仕掛けて始まった戦争は、米国の地下貫通弾バンカーバスターのおかげか、因縁の泥沼かと思われたものの12日間で停戦になりました。
この「12日間戦争」、さすがMAGA派が「平和の使者」と呼ぶ大統領、豪語していたウクライナでの「24時間以内に終戦」こそ果たせませんでしたが、イランに関しては数年かけた空爆計画だったらしく、見事に収めました。
で、この大統領、核施設空爆直後の21日には副大統領、国務長官、国防長官を従え4人揃い踏みで「今夜私は世界に向けて攻撃が大成功を収めたことを報告する」と大見得を切った。イスラエルのネタニヤフ首相も24日「私たちは歴史的な勝利を収めた」と自画自賛。さらにイランのハメネイ師も26日「偽りのシオニスト政権(イスラエル)に対する勝利を祝福する」とビデオ声明……ん? みんな勝ったの?
まあ三者とも幸せならそれに越したことはありません。でも米情報機関がバンカーバスターなどによる空爆はイランの核施設の「重要部は破壊できなかった」と初期評価していたことがリークされ欧米メディアが一斉報道。大統領は例によって烈火の如くそれを大否定。その怒りを擁護するようにCIA長官も「深刻な打撃を与えた」「証拠がある」と後追い発表。
うーむ、よくわからん。何せ大統領は3月に上院公聴会で国家情報長官ギャバードが言った「イランは核開発を進めていない」という証言を「間違っている」として空爆に踏み切ったのです。
連邦政府の計17に及ぶ情報機関を統括する人物の証言を否定するなら情報機関など不要。その中にはもちろんCIAも含まれていますが、情報機関が「間違っている」なら今回のその「深刻な打撃を与えた証拠」という情報も「間違って」はいないのか?
まあ、気に食わない情報は何から何まで「フェイクニュース!」で蹴散らす大統領ではあるものの、何を信じてよいかわからなくなるというのが情報戦の常。そもそもこの大統領本人も何を信じて行動しているのか誰にもよくわからない。ただいずれにしても、つまりは12日間で戦争が終結してよかったのはよかった。
そしてここからが仮定の話。13日のイスラエルの奇襲から21日のバンカーバスター撃ち込みまで1週間ほど。この間にイランが濃縮ウランやその設備を秘密裏に移動させる余裕はあった。しかし「大成功」と言った手前、米国大統領は前言撤回はできない。イラン側もこれ以上の攻撃を避けるため米国に「大成功」と言わせておくのが上策。イスラエルも国際法違反の先制攻撃を非難されたくない。何せイランの核を許さぬこの国は自分は核を持っているのにIAEAの査察も受け入れず、イランの方がよほど国際法遵守なのです。
さてこのトランプの威を借るキツネとタヌキとムジナみたいな騙し合いが現状だと仮定すると、この「停戦合意」は三者それぞれの政治的メンツだけでバランスを取っているような危うさなのです。
イランを再びの協議に誘い込みたいアメリカは、交渉に何らかのアメを用意しているそう。最初にデカいことをぶつけて後からひっそり色々と折れるトランプ流。自身の政治的延命のために戦争し続けなければならないネタニヤフは次の攻撃理由を探しています。そして歴史ある大国のメンツをかけたイランは、これまで以上に核開発の覚悟を固めているはずです。
軍事行動が、その場は凌げるとしてもとどのつまりは愚行であることが、再び証明されるのを我々はまた目撃することになるのかもしれません。
(武藤芳治/ジャーナリスト)