コメ騒動の次に危ないかもしれない日本酒事情

 現在の日本では「令和の米騒動」といって、消費市場におけるコメの不足と異常な高値が続いている。例えば、現在のアメリカにおける日系スーパーなどでは、日本産の短粒米が5キロ(11ポンド)で20ドル(2900円)前後だが、日本では4000円程度となっており、価格が逆転しているぐらいだ。日本国内での高騰の理由だが、長年続く減反政策、高齢化による離農の加速、関連団体による輸出促進策などが複合して起きた品不足が原因だ。構造的な品不足に目をつけた投機筋の介在が状況を複雑なものにしている。

 そんな中で、日系アメリカ系の国府田ファームなどが苦労して作ったにもかかわらず、長年日本が食用輸入を拒んできた中粒米(カルローズなど)が、今回の関税交渉の一環として日本で本格的に流通するという可能性が出てきた。外食チェーンなどでは導入の動きは既に動きは始まっており、このまま事態が推移すると日本人の一般家庭の食卓でも中粒米が主流になるかもしれない。反対に、最高の食味を誇る短粒米(ジャポニカ米)の良品は、国内の高級料亭向け以外は輸出に回ってしまうかもしれないのだ。

 クールジャパンなどと威勢のいいことを言って、日本の食文化を宣伝した結果、その価値が国際社会に「バレて」しまい、先進国経済の価格形成プロセスに引っ張りこまれる。その一方で、日本国内は相変わらずオフィスワークの生産性が低く、高度知的産業が育たない中で、経済全体の成長が進まず、家計の消費パワーは伸びない。その結果として、主食のコメですら良品については「日本のコメを日本の消費者が買い負ける」という悲しい展開になりつつある。

 それでも、本紙読者の皆さんはよくご存知と思うが、カルローズの品質は日本の食文化を逸脱したものでは全くない。また同じ日系の田牧ファームは、福島県における短粒米の大規模生産実験に参加するなど、日本のコメ事情をアメリカの日系ファームが救う構図も動き始めた。そうした動きを考えると、最悪の事態は避けられるかもしれない。

 けれども、ここで気になるのが日本酒の動向である。これまたご承知の通り、アメリカでは日本酒ブームが拡大を続けている。宝酒造の大規模現地生産はかねてより有名だが、地酒の雄とも言える旭酒造(6月1日より獺祭酒造に社名変更)はニューヨーク州で純米大吟醸を製造して好評であり、更にはアーカンソー州での山田錦米の生産にも動いている。ブルックリンでは地元の酒蔵が良質な純米酒を醸造しており、日本への逆輸入も始まった。  

 このように現地生産の動きはあるが、量的にも限界がある。そんな中で、仮にこの勢いでアメリカで、そして全世界で日本酒ブームが拡大した場合には、日本における著名な蔵元の良品には引き合いが殺到するであろう。更に米価の高騰が続くようなら、良質な酒米の価格も高騰するに違いない。

 現在の日本からの日本酒の輸入は、商社やアメリカ側のワイン流通業者などが、箱ごと、タンクごと輸入しているがあくまで個別のものである。そんな中で、引き合いの規模が日本国内の価格形成を妨害するには至っていない。純米吟醸の良品の四合瓶(720ミリリットル)がアメリカ価格で20ドル強、日本国内で1300円というのは、日米の左党諸兄姉としては許容範囲だと思う。

 けれども、仮にこれ以上に日本酒ブームが拡大するようだと、この価格が5割増から2倍といった水準に向かう可能性はある。需給関係の問題もあるが、前述したように「コメの高騰」が「酒米の高騰」を引き起こすようだと、事態は相当に苦しくなる。実は、日本国内の地方の蔵元各社さんの経営は決して順風満帆ではない。そう考えると、外需が価格を引き上げてくれることで助かる部分はあるだろう。この構造は零細な兼業農家と米価の関係も同じと言えば同じだ。

 そうはいっても、肝心の日本の平均的な消費者から見て、短粒米や吟醸酒が日常的には価格的に手が届かなくなるとしたら大問題である。コメや酒だけではない。ラーメンも、寿司も、良質な温泉旅館なども外需に圧倒されて高騰し、日本の消費者には「排除されている」という印象を与えている。そのような状況では、日本の文化は「クールジャパン」などと言っても空々しいだけだ。本業である主要産業の改革を先送りすることで生まれるマイナスは放置しておいて、文化や観光の収入で埋めれば何とか生き延びられる、そんな姑息な「国の経営」は考えてみれば最初から破綻していたとも言えるだろう。

(れいぜい・あきひこ/作家・プリンストン在住)