ジャズの大御所はシティポップに首ったけ 三上クニさん

ジャズ・ピアニスト

 ニューヨークで活躍する現役バリバリの日本人ジャズピアニストとしてはおそらく最古参の部類だろう。三上クニさん(72)は1954年東京生まれ。6歳からピアノをはじめ、1974年、19歳でニューヨークに渡った。ダウンタウンのモットストリートとハウストンストリートの家賃125ドルのアパートに住むも、数年後の寒い冬に積もった雪で天井が壊れたのをきっかけにイーストビレッジに移動、85年までその地域に数か所あったロフト・ジャズで演奏を開始する。

 この時期にピアニストのバリー・ハリス氏とノーマン・シモンズ氏に手ほどきを受ける。1991年にスイングジャズの名門ライオネル・ハンプトン楽団に入団、ハンプトンが亡くなるまで12年間在籍、彼の最後のピアニストとなった。同時にイリノイ・ジャケー楽団、キャブ・キャロウェイ楽団、デューク・エリントン楽団など、数々の名門楽団で演奏し、エリントン楽団のピアニストとして老舗ジャズクラブ・バードランドに1998年から2006年まで8年間毎週出演。98年にはエリントン楽団日本公演メンバーとして訪日した。2015年に活動を開始したニュー・ライオネル・ハンプトン楽団でもピアニストを務めている。同時に日本のメロディをポップ風にアレンジした曲を米国内各地の文化的催しで演奏、国際交流基金の招聘で南アフリカや中米、ブラジル各都市でも演奏している。

 自己のトリオでは主にニューヨークのジャズクラブで演奏を続ける。毎年、春と秋には日本各地で「0才からのジャズコンサート」を、2010年から計450回開催、観客動員数は毎年6000人を上回る人気だ。

 現在はジャズトリオの活動に加えて近年来世界中で流行っている日本の1980年代のシティポップを演奏する女性歌手4人を加えたグループ「東京ダウンタウン」のリーダーとして毎月1回、ブルックリンのライブハウス「The Red Pavilion」で演奏している。

 「アメリカの音楽に憧れてアメリカに来たけど、今はこうやって日本の音楽もやってる。シティポップは現代の日本文化だよ。伝統芸能だけが日本文化じゃないよね。昔は民謡ポップ風のイベントもあったけど。アメリカの若い子たちは一緒にシティポップを歌ってくれる。楽しいですよ本当に。英語でジャズ歌ってる子も日本語の歌詞だと100倍くらいよくなる。発音とかアレンジに疑問が湧かないからね、だからその自信も会場に伝わってか観客のノリはすごくいい。始めたのはここ1年くらいで、その前は昭和歌謡。僕は74年に来米してるから80年代の日本のシティポップは知らない。でもねR&Bのテンポも入ってアレンジがかっこよくて、アメリカのパクリにしても音楽がグッとよくなって、歌詞とメロディが今のラップとは違うよね、実に都会なわけ。ジャズは30年代40年代の男性がリードする世界だったけど、シティポップは女性が主張して強くなった。昭和歌謡は藤圭子じゃないけど捨てられた女の恨み節みたいでなんか暗いけど、80年代ってあの頃若者がまだ車持ってるんだからね真夜中に運転したりして。録音だって8小節のたった30秒の中にトロンボーンや大物ミュージシャン雇ったりして贅沢な作りで厚みがあるよ」とジャズピアニストの大御所は、すっかりシティポップに惚れ込んだようだ。「片足突っ込んでるって? いやいやもう両足入れてもいいよ」と笑う。

 将来の夢を聞くと「つつがなく音楽をやり続けて一生を終えたい」とのこと。三上さんのもう一つの顔は、40年近く、ニューヨーク日系人会(JAA )のパートスタッフとして週に2日の勤務で今もニューヨークの日系社会と共に過ごしていることだ。家庭では妻と大学生の息子の3人暮らし。(三浦良一記者、写真は本人提供)