旭酒造から株式会社獺祭に社名変更

「トライ、トライ、トライ!」

会長 桜井 博志さん


  「成功は一筋縄ではいかないんですよ。酒造業界の中で私はミスターミステイクと言われているほどたくさんの失敗をしてきたけれど、そのたびに再度チャレンジしてきたから今があるんです」。ジャパン・ソサエティーで19日夜開催された獺祭の試飲会と講演会で桜井博志会長は、、ジョシュア・W・ウォーカー理事長との対談講演で語った。1976年に旭酒造に大学卒業後に入社したが父親の社長と経営方針が合わずに解雇され、会社を出たが84年に父親が亡くなり、3代目社長として復帰。「最初は亡き親父に目にもの言わせてやろうと思ったが過去10年で売り上げが3分の1になっている会社で今までと同じことをやっていてはダメだと決断し、当時誰もやっていなかった純米大吟醸と東京市場に的を絞ったのが良かった。引き継いだ時に、当時の旭酒造の看板商品だった旭富士がそこそこ売れていたら、今日はなかった。今年社名を旭酒造から株式会社獺祭に社名変更する。10月には種子島から獺祭は海を超えて宇宙に行く。対米進出のきっかけはCIA、カリナリー・インスティチュートの呼びかけがあったこと、ニューヨークという世界の中心で現地生産できるという魅力があったこと。日本と海外の売り上げ比率は現在4対6。アジアの時代などと言われてるけれど、欧米の文化の重要性ってすごくあるんです。食の都のパリ、イタリア、経済のアメリカ、その中心のニューヨーク。現地生産なのでトランプ大統領の関税も関係ありません。ビール事業では失敗しましたが、それで好きな獺祭一本にかける思い切りができたんです。最初からうまくいくことなんてありません。トライ、トライ、トライです。トライ・アンド・エラーの連続です。それしか成功の道はありません」。240人の会場から大きな拍手が沸いた。  (三浦)