シッダーマスター
ヨグマタ相川圭子さん(80)は、ヒマラヤの秘境で死を超える修行を重ね、最終段階のサマディ(究極の悟り)に到達した人だ、と書くとなんだかとても近寄り難い存在に聞こえるが、ヨガの世界を極めて行く過程は実に人間的なものだった。21日、NY日系人会で講演したが、その2日前に話を聞いた。
相川さんは、高校生の時に顔に赤い吹き出物ができて、こするともっと赤くなってしまい、漢方とか断食とかいろいろ試しても、なかなか治らない。当時珍しいヨガに出会ったのもその頃だった。山梨県出身で、叔父が県議会議長、弁護士の父親は1歳半の時に亡くなった。七人兄弟で男3人女4人の末っ子の四女。アカデミックな家系で素直ないい子で育ち、5歳のころ友達の父親が友達にお土産をあげているのを見て、母親にどうして自分には父親はいないのかと聞いた。母親が困った顔をした。子供心に利己的でなく平等にするのがよいという心が芽生えた。
中学時代は生徒会の副会長を務め、当時花形である電子のエンジニアにと、女子がほとんど入らない山梨県立甲府工業高校の電子科に進んだ。卒業後2年間就職したが、「もっといろいろ学問を学びたいと、昼間働いて夜に独学して明治大学文学部日本文学科に入学。皮膚の健康や整体、ヨガの研鑽を深め、学生ながらもヨガ講師として招かれることも多かった。学生時代以降さらにヨガと周辺の癒しの学びを深め、カルチャー教室や百貨店に要請されて都内に50か所ほどヨガ教室を開く。執筆、講演も増え、ヨガダンスや整体ヨガも発明し、若くしてヨガで成功していた。すべてを手に入れ、残す学びは最高の人間完成の悟りと思っている時に、テレビ出演に来日したヒマラヤ聖者に、番組の手伝いの際に出会い、その時にヒマラヤへの招待を受ける。その時38歳、すぐさまヒマラヤでの修行に向かい、7年間修行をして究極のサマディを成就。その後インドやクンブメラで16年間で18回、公開で4日間密閉された地下窟で究極のサマディに没入して復活、サマディパワーをシェアする。そして今なおヒマラヤシッダー瞑想伝授と合宿を開催し、人々に目覚めと進化を促している。
「世界を平和にすることは大変。一人一人が本質につながってセルフ・リアライゼーションに向かうことができます。豊かになり、成功したとしてもそこからパワーを得られないのです。瞑想の実践で本質から心を満たし、人のために生きる。現実の中でそれを車の両輪のようにして実践すること、平和になって充電することが大切。そんなことを皆さんに伝えているんですよ」と目を細めた。
(三浦良一記者、写真も)

