高市早苗内閣は、支持率75%前後という高い数字を維持している。その中で、アメリカで進行しているトランプ流の政治手法が、様々な局面で取り入れられて来ているようだ。何よりも、対中国をはじめとした外交における一種の強硬姿勢は、トランプ時代の影響を強く受けたものと言える。
また、外国人に対する厳しい姿勢については、7月の参院選における参政党の躍進が後押ししているわけだが、その参政党ブームそのものにしても、トランプ流の政治手法のコピーという色彩が強い。参政党に関して言えば、ワクチン陰謀論者を取り込もうという姿勢や、専業主婦願望やハラスメント規制反対など、古い価値観の復権を狙っている姿勢なども、トランプ現象を、日本という別の環境で実験していると言えるだろう。
そんな中で、自民党はトランプ陣営のマネをして、赤い野球帽に “JAPAN IS BACK” と刺繍したものを販売したり、高市首相個人のキャラクターを前面に出して「サナエイズム」を支持する「サナエスト」を作ろうというキャンペーンも展開している。
元祖であるトランプ氏への一定の人気もある。例えば、トランプ政権が麻薬取引を疑われるベネズエラ船舶を攻撃したとか、ワシントンDCの銃撃事件を契機に途上国出身者への永住権を締め付けたりしたニュースに関しては、日本のネット民からは「さすがトランプ氏、日本もそのぐらい強硬にすべきだ」というポジティブな評価のコメントが湧いて出てくる。
高市政権の中枢もこうした傾向を活用しようと躍起であり、例えば税制や補助金行政にメスを入れる一種の行革プロジェクトが「日本版DOGE」などという俗称をつけられたのを、そのままにしている。ただ、興味深いのは “JAPAN IS BACK” とは言っても、”MAKE JAPAN GREAT AGAIN” というスローガンは使われていないということだ。アメリカの場合は、グローバリズムに適応して経済的繁栄を謳歌している中で、知的労働だけに名誉とカネが与えられる社会を壊して製造業などを復権させよう、MAGAとはそのようなメッセージである。従って今はGREATでは「ない」という指摘はグローバリズムとエリートによる富と名誉の独占への異議申し立てという「だけ」と言える。日本の場合は35年にわたる経済衰退が止まらない中であるし、またその衰退に責任のある自民党としては “GREAT AGAIN” というスローガンは恥ずかしくて使えないのかもしれない。
それはともかく、一連のトランプ氏の政治姿勢に対して、日本の一定程度の世論が賛同したり、高市政権がトランプ氏の手法「もどき」を展開するというのには、どう考えても違和感がある。何よりも、日本経済は世界の市場を相手にすることで成立しており、人口減のジェットコースターがいよいよ急降下に突入しつつある現在は、その傾向は加速している。そんな中では、自由貿易によってグローバル経済にアクセスしなければ生きてゆくことはできない。そもそも、日本の国の成り立ち自体がトランプ主義とは正反対の存在である。
さらに言えば、外国人排斥というのも、現在の日本では全く成立しない考え方だ。グローバリズムに適応できているのは製造業の製品=モノだけであり、ソフトウェアであるとか、言語の部分では適応できていない。だからこそ経済が衰退している。今は、まるで尊王攘夷の志士たちが叫んだのと同じように、外国人排斥を口にする層が登場しているが、彼らが維新開国へと発想を180度転換することは、現時点では期待できないようで困ったことである。
最大の問題は、トランプ政治にある「AI時代だからこそ、ブルーカラーが浮上してゆく」という中核の思想が日本には全く当てはまらないということだ。AIによる失業を不安視するZ世代に対して、製造業回帰による雇用創出という政策は、強引かもしれないが一定の説得力を持つ。けれども日本はAIどころかDX(デジタル化)すらまだ十分ではない。旧弊に回帰など冗談ではなく、現時点ではデジタルに適応できない部分をどんどん捨てて標準化を進め、民間も行政も生産性を上げるための改革が避けられない。言語について言えば、台湾韓国と同等のレベルぐらいには準英語圏入りができなければ衰退は救えない。
日本におけるトランプ主義への共鳴は、こうした改革の痛みを忘れるための鎮痛剤として起きているのかもしれない。最も恐ろしいのはその点だと考える。
(れいぜい・あきひこ/作家・プリンストン在住)

