9.11から四半世紀 失われた年月を思う

 初秋の蒼天が切り裂かれた「あの日」から間もなく25周年を迎える。事件は「911同時多発テロ」という名前で歴史に刻まれた。ニューヨーク市では、世界貿易センターのツインタワーがハイジャック機の突入により倒壊し、約3千名の犠牲者を出した。事件も、実行犯であるイスラム原理主義グループ「アルカイダ」の名前も歴史の彼方へ消えていった現在、世界を動かしつつあるZ世代に至っては、この日の記憶を持つものは少ない。そのZ世代の強い支持を背景にニューヨーク市は、イスラム系の市長を選ぶところまで来た。テロ被災の「傷」は癒えたという見方もできる。

 ツインタワー跡には記念館や鎮魂の池など追悼施設が完成し、タワー自体は「ワンWTC」という一棟にまとめられて再建された。その後のニューヨークは、2008年のリーマン・ショック、2020年に始まるコロナ禍と、ほぼ10年ごとに大規模な災厄に襲われ、その都度、街を再建してきたわけであり、そう考えると現在のニューヨークは、もはや911からは、かけ離れた場所であるとも言えよう。

 けれども、911で傷ついたのはニューヨークだけではなかった。傷ついたのは実はアメリカ全体であった。25年後の現在も、アメリカ全体を揺さぶり、壊そうとしている「分断」というのは、この911が原点だとも言えるからだ。

 25年前の「あの日」の直後、ニューヨーク近郊では多くの人が献血所に殺到していた。被災者への輸血ニーズが高まったからだが、同時に人々の間には強い不安感情があった。それは、衝撃的な事件を契機としてグローバル経済によるアメリカの繁栄が倒されるという不安だった。アルカイダなど、イスラム原理主義者が次々に攻撃を仕掛けてくる不安というよりも、アメリカが内部から崩壊することへの不安であった。

 崩壊は3つの「分断」という形で実際に起きていった。1つ目はアフガン、イラク戦争の勃発による「分断」である。ニューヨークの人々が献血に行列していた一方で、中西部を中心に「草の根保守」が大量発生していた。彼らは募兵所に行列して戦争に志願していった。被災地ニューヨークが心配していたのは、これであった。アメリカに残る開拓時代の気風は、報復衝動を抑えられない、そのような心配である。戦争はアメリカと国際社会を分断しつつ、原油価格をはね上げることで、クリントンの実現したポスト冷戦の平和と繁栄を壊してしまった。

 2つ目の分断は、リーマンショックとオバマ時代である。戦時不況から強引に景気を戻したブッシュの負の遺産がサブプライムローン破綻とリーマンショックであり、渦中の2009年に就任したオバマは最悪の不況から米経済を回復させることに注力した。運の悪いことにこの時期は国際分業とDXの加速の時代であった。サプライチェーンもDXも景気回復には必要だが、雇用低迷という強い副作用を伴っていた。憤った若者たちは、「占拠デモ」の旗を掲げるようになり、これが民主党左派として現在に至る別の分断の萌芽となった。

 3つ目はコロナ禍である。全米でいち早くクラスターの発生と大量死を目撃したニューヨークは、人命を優先して知的労働をフルリモート化した。これは都市昼間人口の激減から治安の悪化をもたらし、同時に現業労働と知的労働の間にある絶望的な格差を浮き彫りにした。

 この3つの分断を克服するどころか、むしろ利用する形で、右派ポピュリズムによる結集を狙ったのがトランプ運動だと言えよう。911からの25年、ニューヨーク自身は苦しみながら繁栄を維持してきた。けれども、そのニューヨークを起点とした動きが全米を揺さぶり、現在の分断社会を招いたとも言える。では、この先のアメリカにおいて、ニューヨークは何をしてゆけばいいのであろうか。マムダニ市長と同じ左派系で地元選出のオカシオコルテス議員などに徐々に大きな期待が寄せられる中、ニューヨーク発の左派運動が現実主義へ歩み寄って分断を緩和できるか、これがまず課題だ。次いで、AI革命が人類全体の生活向上に貢献できるか、この街ならではの理念と現実の調整力も問われてくる。

 911が契機となった分断により「失われた時間」をいかに断ち切るか、25周年にあたってニューヨークの街の責任は重たいものがある。

(れいぜい・あきひこ/作家・プリンストン在住)