夏の音楽祭での裁判 カーテンコール16 

 夏真っ盛り、いかがお過ごしでしょうか? 音楽家にとって夏は、各地での夏季講習会、音楽祭、野外コンサートなど普段と違う演奏の機会も多く、私もこれまで生徒として講師として、色々と参加してきました。それぞれに甲乙つけ難く、愛おしくも大切な思い出ですが、一つ群を抜いて忘れ難い思い出があり、今回はそれをシェアしたいと思います。

 コロラド州アスペンは上質なスキーリゾート地として有名ですが、夏には全米一、ニを争う規模の音楽祭が行われます。私はその夏、講習生としてオペラ出演の他、個人レッスンや公開レッスン、声楽アンサンブルにオーケストラとのコンサート等、音楽漬けの充実したプログラムに参加できる事を心底楽しみにしていました。が反面、飛行機の手配や滞在場所探し、夏の間留守にする自分の部屋のサブレット探しなど、練習の他の準備も沢山あった上、現地の滞在先もなかなか見つからず不安になっていた所、出発間近に良さそうな部屋が見つかり、一緒にシェアする事になっていた声楽科の友人と、漸く準備が整ったと喜び合いました。

 講習会場にも近く素敵な部屋の女性オーナーはフレンドリーで、当日もわざわざ空港に迎えに来てくれ、私達は期待で胸一杯でしたが、現地で待っていたのはなんと、トレーラーハウス。鍵がついていない玄関(治安が良いから鍵は不要との事)、窓が取り付けられていない窓用の穴(動物も人も出入りし放題)、お湯がほぼ出ないシャワー(暑いのでお湯は必要なしとの事)、天井も低くエアコンもテレビもラジオもないリビング。拙い英語で必死に私達は家主に抗議したものの、自分は問題もなくここで暮らしているし、何かあったらここに電話してと早口でまくしたて、サッサと退散。

 ナイーブな私達は、彼女に言われるまま家賃全額を既に払った後だった事もあり、全てがあとの祭り。その日はただただ茫然として、二人泣きじゃくるばかりでしたが、その後周りの人々の助けと協力のお陰で、まともな場所に移動し、更にそのオーナーを訴える事にし裁判する事にしました。従って講習会中は、音楽の勉強と裁判の準備でそれはそれは大変でしたが、音楽に没頭し大いに勉強しようとしていた生活を台無しにされた私達の憤りは凄まじく、何とか裁判までこぎつけ、そして勝訴したのです。

 と、こうして書くと短い話なのですが、当然その期間中は山あり谷ありで、何度も挫けそうになり、訴えを取り下げようと思いました。が、その度に助けてくれる人が現れ、何とか2か月間を乗り切り、結果としてかけがえのないライフレッスンを得た夏となったのです。と言うわけで、どんなに大変な時間でも、後になってみれば話のネタの一つであり、自分を強くしてくれる経験であり、ある程度どんな事でも、若いうちは成長の糧になるものだなと月並みながらそう思います。現在我が娘も、何週間も親元を離れキャンプに参加中ですが、一体どんな経験を携えて帰ってくるでしょうか・・・?

田村麻子=ニューヨークタイムズからも「輝くソプラノ」として高い評価を受ける声楽家。NYを拠点にカーネギーホール、リンカーンセンター、ロイヤルアルバートホールなど世界一流のオペラ舞台で主役を歌う。W杯決勝戦前夜コンサートにて3大テノールと共演、ヤンキース試合前に国歌斉唱など活躍は多岐に渡る。2021年に公共放送網(PBS)にて全米放映デビュー。国立音楽大学、東京藝術大学修士、マネス音楽院ディプロマ取得。京都城陽大使。