アイヌ音楽の旗手、 OKI(加納沖)率いる「OKI DUB AINU BAND」のコンサートが4日、ジャパン・ソサエティーで開催された。OKIは自らのルーツをたどり、アイヌ独特の楽器トンコリの奏法を掘り起こし可能性を追求しつつ、レゲエ、ダブ、 R&B、ジャズ、ワールドミュージックなど世界のルーツ音楽を織り交ぜた新しい音楽表現に挑戦し続けている。
(写真上)ジャパン・ソサエティーで演奏するOKI (Stage photo by Richard Termine)
また、コンサート翌日の5日には、トークイベントを開催し、新作映画の上映やOKIがアイヌの生活やその独特の楽器トンコリなどについて語った。
◇

NY初上映された映画『普段着のアイヌ』は、トンコリ奏者として国内外で活躍するOKIを監督に迎え制作されたドキュメンタリー映画だ。この映画は、昨年発表され、国立アイヌ民族博物館で上映されており、開館以来初のシアター新作。 天内重樹の狩猟、熊谷カネの料理、瀧口夕美のアイヌ語という出演者それぞれの生きがいをテーマに、今の時代を生きる「普段着のアイヌ」を映し出すドキュメンタリー作品だ。
監督のOKIは、鎌倉で生まれ、自分がアイヌと知らずに幼少期に離婚した日本人の母親に育てられた。20歳を過ぎてから自らの出生を知る。アート研究中の文献の中で、ビッキー・砂川の名前を見つけ実の父親と確信、冬の阿寒を訪ねて実父と会う。「よくきたな」と言った父親と抱き合って涙を流した。だが自分がアイヌであるということを受けれることに抵抗があったOKIは、何者でもない誰かになることを探すため1987年にニューヨークに移住した。1993年、帰国中に訪れた旭川で樺太アイヌの弦楽器、トンコリに出会い、演奏家になることを決意した。演奏と楽器制作を独学で習得し、独自の音楽レーベルChikar Studioを設立。現在は、日本国内始め海外演奏活動を続けている。
「アイヌの町にある酒場に初めて入った時にカウンターに座っていたアイヌの常連客たちが振り向いた時の目を忘れることはできない。それはまるでアメリカの西部劇の映画で、酒場に入って来たよそ者を排除する嫌悪の視線だった」という。第二次世界大戦終了後、サハリン、樺太に定住していたアイヌたちは退きを強制され北海道に移り住んだため、今はアイヌの足跡は現地にはほとんど残っていないという。
OKIは、北海道地方に縄文時代から住んでいたと言われるアイヌ民族のそのベールに包まれた生活様式や文化を現代の日本に音楽を通じて伝える文化の伝達者(correspondent of culture )と言える。ジャパン・ソサエティーでのサハリンロックは、ごく普通の日本人青年だった加納沖が、ルーツの旅を経てたどり着いたアイヌ民族の魂と自らの魂「OKI」を共鳴させたステージだった。 (三浦良一記者、写真も)

