グラフィックデザイナー
日本語は、ひらがな、カタカナ、漢字の3種類の文字を使う。それぞれ別々に使用するのではなく、その3種類が入り混じって使われる。日本人であれば当たり前に使っているこの日本語の文字を、日本語圏以外の人に英語で説明する小冊子をこのほど作った。文字は四角いマス目の中心に書くことや、習字でよく習う、ハネやトメなど、活字のタイポグラフとしての解説が、語学書としてではなく、グラフィックとしてわかりやすく解説してあり、日本人のデザイナーや出版関係者がみたらきっと興味を示しそうな内容だ。
髙坂美桜さんは、1999年東京生まれ。ブルックリンを拠点に活動するグラフィックデザイナーだ。高校から米バーモント州の高校に留学し、2023年にロードアイランド・スクール・オブ・デザインのグラフィックデザイン学部を卒業。米国で エディトリアルデザイン、展示グラフィックデザインなどの領域を横断しながら、米大手点字表示デザイン会社に勤めながら、自己表現としてのデザインを探求、2025年春に大学時代の仲間3人で独立し、デザインスタジオ、小指スタジオ(Koyubi Studio)を設立。同社の発起人として知的好奇心を刺激するアートやデザインを作って世界にシェアしている。
中国人の母親と日本人の父親の間に生まれた髙坂さんは、父親が病気のため、生まれてすぐ中国の母方の祖母に預けられて幼少期を北京で過ごした。小学1年の時に日本に帰国して5年生から中学3年まで再び北京暮らしとなり高校進学をきっかけに留学、来米した。
「異なる文化や言語のデザインを横断しながら、どこかひとつの地域に収まらない独自のスタイルを探求しています。独立出版を通じて、異国での日常生活や通勤中の小さな出来事、自己の変容といった個人的な体験を記録し再構成することが私の実践の中心にあります」と話す。
12歳の時に読んだ沢木耕太郎の『深夜特急』に感動し、大学生の20歳の時に香港からアゼルバイジャンまで陸路で旅をした。国境をまたぐということがどういうことなのか、それまでは飛行機で日米、日中を何度も行き来して、飛行機で着いてドアを開けたら全く別世界という体験だったのが、陸路で国境を越えると、ウズベキスタン、カザフスタンなどグラデーションのように人種が移り変わっていくのを実体験して、自我が芽生える時に身をもって国境を越えることの意味を味わった。それが今の仕事にもつながっている。
将来の夢は「NYを拠点にしながら、もっとたくさんの場所に旅に出たいと思っています。旅の体験を元に紀行文を書き、デザインとミックスさせた作品を作るのが夢です。グラフィックデザインやエディトリアルデザインにとどまらず、表現の領域をどんどん広げて行きたいと思っています。より多様なクライアントワークに挑みたいですね」と話す。
世の中がすべてデジタル化した現代、AIではないリアルな絵や手書きのグラフィックなどが再び見直される揺り戻しがきていると感じているという。自分が身体として存在している意味は何か。Z世代の模索は続きそうだ。
(三浦良一記者、写真も)

