ホスピス最後の1か月

小川 糸・著
ポプラ社・刊

 がんを患い余命を宣告された主人公の海野雫はクリスマスの日、ホスピス「ライオンの家」で人生最後の日々を過ごすため、瀬戸内海に浮かぶ島に降り立つ。そこはふんわりとメレンゲで形を作ったような、なだらかな丘のような島で、かつてたくさんの国産レモンが栽培されていたため「レモン島」と呼ばれている。「空気がおいしい。おいしすぎて、おかわりをするように2度3度、深呼吸を繰り返した」と雫が感動する、レモンや瀬戸内ワインを作るためのブドウ畑、そして澄んだ青空が広がる美しいところだ。

 ライオンの家はまるで隠れ家ホテルにいるような、優雅な気分にさせてくれる空間で、積極的な治療や延命行為はしないが、痛みや苦しさがある時は苦痛を和らげるため最大限の策を練ってくれる。ライオンの家を主宰するのは、緩和ケアを専門とする医師と連携しながら適切な処置をほどこす看護師の通称「マドンナ」。彼女の存在は「ゲスト」と呼ばれる入所者たちの体と心の大きな支えとなっている。また、ライオンの家には「おやつの間」という部屋があり、毎週日曜日の午後3時からそこでお茶会が開かれる。ゲストは「もう一度食べたい思い出のおやつ」をリクエストすることができ、毎回ゲストの誰かの「思い出のおやつ」が忠実に再現されるのだ。

 著者の小川糸さんはデビュー作で映画化もされた『食堂かたつむり』をはじめ、NHKドラマになった『つるかめ助産院』や『ツバキ文具店』などでも、自身が授かった運命に逆らわず、ひたむきに人生を歩む若い女性という共通したテーマの作品を描いている。ツバキ文具店の主人公も誰からも愛される、優しく芯の強い女性で、雫と重なる部分が多い。

 雫はライオンの家で多くの出会いに恵まれ、瀬戸内の風景を眺め、ごはんのおいしさを知る。運命を呪ってばかりいた過去の自分を反省し、そして今ここに生きて存在することへの深い祈りにも似た感謝を神さまに伝えたいと思うようになる。「私自身をこの両腕で強く抱きしめ、その背中に、お疲れ様、よくがんばったな! とねぎらいの言葉をかけたかった」というように、最後まで1日を丁寧に生きていく。 生きるということは「死ぬまで生きること」だ。物語が進むとともに徐々に雫の意識が混濁し、意識の中に現れる懐かしい人たちと最後の会話を交わしていく。

 病気の悪化や進行を詳細に描いたものではないが、痛みが増してモルヒネの量を増やしたり、大好きだったおやつを体が受け付けなくなることなどが、少しずつ綴られていく。入所したばかりのまだ幼い少女の臨終前、どうしても会いたいと少女の家族に願って部屋を訪ねて、「私もすぐ行くから、そしたら一緒に遊ぼうね」とかけた言葉が胸に刺さる。死後にお楽しみがあると思えば怖くない、そう考える雫の優しさだ。最後は島で知り合った青年が雫と生前に交わしていた約束を実行する。

 病気にならなければ出会うことのなかった人との叶わない恋、ホスピスにかかわる優しい人たち、穏やかな瀬戸内の海風に包まれて命を終える33歳の女性の最後の1か月間を描いた物語。

(高田由起子)