その20:アメリカを自分の足で走破した男

魅惑のアメリカ旧国道「ルート66」 をフォーカス

 ルート66ファンの皆さん、こんにちは!気が付けばもう11月、日本はすっかり秋冬の装いになり、晴天かつ肌寒い日が続いています。世の中アメリカ大統領選挙結果とコロナのニュースばかりですが、つい最近の11月11日、皆さんはどのようにお過ごしになりましたか?11日と言えばVeterans Day。退役軍人さんに敬意を表する祝日ですが、実はもう一つ大切な日でもあるのです。このコラムにお付き合いを頂いている読者の皆さんはピンときますよね。そうです、11月11日は1926年の同日に誕生・開通したルート66の94歳になるお誕生日なのです!拍手拍手!ということで毎年この時期になると「気が付けばもう今年もあと残すところ…」という話になりますが、筆者の友人の間ではYear to Forget という表現が聞かれ、来年は全てにおいて良い年になるよう期待したいとろです。

  今月の「魅惑の旧街道を行くシリーズ」は「〇〇の秋」から連想されるスポーツ「マラソン」と、マラソンに関するクレイジーな友人について、ルート66の歴史に絡めて少しお話したいと思います。

  さて唐突ですが、アメリカ国内で毎月いくつマラソン大会が開催されているか、ご存知ですか?筆者はランナーではないので全く想像もつきませんが、その筋の情報サイトによれば、この11月、12月の2か月でもアメリカ国内で100〜120のレースが予定されているようです。年単位にすれば、世界中で年間7万近い数のレースが開催されるようです。ビックリですよね?残念ながら今年は多くのレースがコロナ禍のためキャンセルになってしまい、筆者のホームタウンであるサンフランシスコ・マラソン(11月15日予定)も早々と同様の憂き目を見ました。

 そんなマラソンですが、実はルート66上でも毎年多くの参加者を集めるマラソンがあるんです。もちろん一般参加OKなので、ランナーの皆さん、これを機会にぜひ来年度挑戦してみてはいかがでしょうか。(今年は11月21、22日)2006年から始まった、正式名称「Williams Route 66 Marathon」と呼ばれるルート66を走るマラソンは、オクラホマ州タルサにて開催され、フルマラソン、ハーフマラソン、リレー、そして5Kマラソンがあります。昨年2019年度の参加者は5500人ほど。充分立派なサイズですよね。それもそのはず、実はこのルート66マラソンはUSATF(米国陸上競技連盟)の公式認定コースで、あの「ボストン・マラソン」の予選大会の役割もしています。とはいえ、やはり今年はコロナ禍。中止とまではいきませんが、何と「バーチャル・マラソン」という新しいスタイルでの開催のようです。(詳しくは大会ホームページまで)

 そもそもルート66上でのマラソンの歴史は1928年まで遡ります。世界中から約200人ほどのランナーが集まって、3月4日、ロサンゼルスをスタートしました。これが世界最初のアメリカ大陸横断レース「Bunion Derby」と呼ばれるもので、「トランス・コンチネンタル」という触れ込み、さらには当時のハリウッド俳優でもあり、ルート66の別称の一つにもなっている、ウィル・ロジャース氏や多くのセレブ達の応援に支えられ、ニューヨークの地まで完走したのは僅か55人でしたが、イベントとしては大成功を収めました。レースの2年前である1926年に開通したルート66の知名度はこれによってグッと上がったことは言うまでもありません。優勝者はオクラホマ州フォイルのチェロキー・インディアンの地を引くアンディ・ペイン氏でした。彼はシカゴまでのルート66を走った後、ニューヨークまでさらに走りました。正直筆者には想像もつかない距離であり、理解に苦しむモチベーションです(笑)。事実、彼の偉業をたたえる銅像をフォイルを訪れた際に見ても「へぇ〜」という言葉しかなく、実感の「ジ」の字すら見えない状態でした。少なくともあるクレイジーな男に出会うまでは。

  勝山敦行さん(通称Kさん)は大阪府出身、現在タイのバンコクにお住まいで、「Bonita Cafe and Social Club」というヴィーガン・カフェ(完全菜食)を経営されています。KとC、イニシャルは全く異なりますが、KさんのKは「クレイジー」のKだと思っています。今から数年前、その「ミスター・クレイジー」と共通の友人を介して知り合い、彼がアメリカに渡ってルート66を全走破する計画があると聞きました。当然私は車かバイクかと勝手に思っていましたが、話を聞いているうちにどうやら「走って」走破するらしいことに気付きました。「足で」です。「何言ってるんだろうこの人?」と、その瞬間「クレイジー認定」です。が、彼の真剣さと情熱、そしてきちんとした経験に裏付けされた計画を聞いたとき思いました。「こんな愛すべき大バカ者に会うことは滅多にない。できる限りサポートしないと!」と。先に書いたようにマラソンとは無縁の筆者が出来ることと言えば、Kさんを現地の人たちと繋げて何かあった時の力になるよう頼む「親切の押し売り」ぐらいでした。

 結果から言えば、Kさんはルート66を走り切り、その後アンディと同じようにニューヨークまで走り、横断合計13州、横断総走行距離は79日間で5026キロにも達しました。Kさんにとって「アメリカを走って横断すること、ルート66を自身の足で走破すること」は20年来の夢だったそうです。Kさんは言います。「走る行為そのものは自分独りであっても、横断プロジェクトは友人、チーム、そしてスポンサーさんあってのこと。このアメリカ横断物語は、79日間に渡って24時間態勢で献身的にサポートしてくれた妻と友人の物語でもある」と。ここまで聞くと成功しないなどとは夢にも想像できないレベルです。Kさんはそれ以降、バンコクを中心とした東南アジア地方の伝道師として、ルート66日本アソシエーションの運営スタッフとして参加してくれて、現在もルート66の魅力を共に発信し続けてくれています。そのKさんの奮闘ぶりにご興味があれば「永遠を駈ける:アメリカ横断5000キロ・ランニング日記」を是非ご一読ください。それではまた来月お目にかかります!

(後藤敏之/ルート66協会ジャパン・代表)