その4:眠れぬ夜

ジャズピアニスト浅井岳史のエジプト旅日記

 昨夜のコンサートが上手くいって、エジプト人の友達もできた。そして、ここに来て初めて快眠をした。明け方3時のコーランの祈りも寝倒すことができた(笑)。すっかり気を良くして、大好きになり始めたカイロの観光に出かけることにした。今日はツタンカーメンのマスクがあることで有名なエジプト美術館と革命の舞台となったタヒール広場に出かける。

  最近慣れてきた電車、楽しんで切符を買って間違えずに乗車。カイロの人口構成は極めて純粋で、外国人はほとんどいない。しかも、男性は皆同じ短髪であるので、長髪の私はどこから見ても目立つのであろう。常にジロジロと好奇心の視線を感じる。

 目的のサダト駅に到着。長いアラビア語と短い英語が表記してある出口の案内は難解なので、とりあえず地上に出てみた。一気に強い太陽と40度近くはある熱い空気が襲ってくる。博物館を見つけてそちらに向かう。チケットは何を見たいかによって値段が違うが、ツタンカーメンを見なければ話にならないので、オールインクルーシブを買って入場。が、なんと館内はカメラの持ち込み禁止。というか、高いカメラチケットを買えと言う。iPhoneなら良いとのこと。最近のiPhoneカメラは捨てたものではない。

 エジプトのギザや王家の谷の副葬品はイギリスを始めとした西洋諸国の探検家によって随分多くが海外に持ち出されたとされている。その一端をメトロポリタン美術館でも見ることができる。が、さすが本家、まだまだかなりの数がここに展示してある。

 3500年の年月を経て今でも輝いている金と宝石のマスクは驚きである。生前の顔の特徴を似せて作ってあるそうで、それが復活を迎えた際の神の識別の手がかりとなると信じられていたそうだ。それ以外にも色彩豊かなヒエログリフ、鷹、猫、ミミズ、アンクを持った神々(イスラム教以前のエジプトは多神教であったはずだ)に守られて、あの世に出かけていく色彩豊かな絵と一緒に、ゾッとしてしまうミイラが並んでいた。

 しばらくすると本日の目玉であるツタンカーメンの部屋に入った。ここはiPhoneでも撮影禁止である。中央に有名なマスクがあった。思ったよりも小顔である。彼は確か19歳で死んでいるので、この顔が若者であっても不思議ではない。きっとこのマスクに似たエジプト流の美青年であったのだろう。

  最後に、ロイヤル・マミー・ルームなるものがあった。一瞬、この手のものはこれ以上観たくないとも思ったのだが、お金を払ってしまっている。入ることにした。部屋の中には、かなりの数のミイラがそのまま並べてあり、一つ一つに説明があり、国王、女王の名前、享年、身長、ミイラ化の特徴が記載してあった。アメリカ人の夫婦が写真を撮ろうとして注意されていた。この写真を撮りたいのかなぁ。律儀に全てを見た私はちょっと疲れてしまった。

 博物館を出てナイル川まで歩いた。が、全力で走ってくる車をかいくぐって広い通りを渡るのは至難の技であった。本当は向こう岸に見えるカイロタワーまで歩く予定でいたが、先週まで南仏にいた私にこの暑さはこたえる。それにこの道路状況。タワーはわざわざ行く価値はないと判断。それに、非常に空腹で口が乾いて何処かに入りたい。なんと、そんな私に罠でも仕掛けているのか、Cafe Poivre というフランス語のカフェがあったので、すかさず入ってピザとアイスコーヒーを頼んだ。が、出てきたピザは最悪であった。私は食べ物に孝綽を言わない。でも、出てきたものは形こそピザであるがソーセージもチーズも全て味が違う。油も何かおかしくて食べている間に胃がおかしくなってきた。

 外へ出ると気温は華氏99度であった。もう帰ろうと思い駅まで歩いていると、ニコニコしたおじさんが英語で話しかけてきた。親戚がオハイオにいて、彼は画家で日本で個展を開いて帰ってきたばかりだという。彼の画廊がすぐそこにあるから寄らないかという。すぐというのなら寄ってみた。そうしたら、若い男性が、私もアーティストだ。これは全部僕の作品だ。欲しいものはプレゼントする、名前はなんていうんだい? タケシ、アラビア語ではこうやって書くんだと言って、絵に私の名前を書いてくれた。もっと持って行ってくれ。どれが好きかい? 私が指差すものにどんどん私の名前を書く。私はこいつはおかしいと思い始めた。数枚をいただいて帰ろうとするとお金を少し置いて行ってくれという。10パウンド(60セント)を渡すと、「これじゃただ同然だ」という。私は笑いながら「ギフトってタダなんじゃないのかい? じゃ、いらないよ」と私の名前が書かれた絵を全て床に置いて立ち去った。顔は笑っていたが心は打ちのめされた。

 駅から滞在先まで、現地の人が言う「目抜き通り」、私には「スラム街」に見える街を歩いていると、いきなり少女が腕に抱きついてきた。物乞いだ。振りほどこうとすると彼女は私の腕に噛み付いた。歯型が残った。

 その夜、私はエジプト在住20年のベテランジャーナリストと話し込んだ。私が今日観てきた、死後の世界、平気で嘘をつく人々、貧困にあえいでいる少女、イスラム教、軍事政権、ムスリム同胞団、スンニ派とシーア派の対立。そして眠れね夜となった。午前3時のお祈りが大音量で窓から入ってきた。(続く)

浅井岳史(ピアニスト&作曲家)www.takeshiasai.com