ニューヨークのマーキンコンサートホールで米国初演のオペラ「白狐(びゃっこ)」が開催されたのは5月2日だった。主演の田村麻子が体調不良のため公演1週間ほど前に降板したことで主役の白狐・コルハ役と人間の女・葛の葉の一人二役の代役を急遽務めることになった。実はひょっとしたらという打診は田村本人から少し前からあったが、正式に依頼されたのは公演2週間前、服部が日本滞在中で米国に帰国する2日前の日だった。代役を受けなければ公演が中止になることは明白だった。降板の新聞発表も公演直前ぎりぎり1週間前まで伏せた。この作品はコロナ前にNY上演される予定の作品で、すでに6回上演がキャンセルされていていわば最後の公演チャンスだった。それだけに田村も最後の最後まで頑張ったが、1週間を切った時点でステージに立つのは無理と判断した。服部は、米国帰国直前に東京で作曲家の平井秀明に会った。オペラは、セリフと声のバランスが難しい。楽譜を見て服部はメインの主役が歌うアリアの部分が通常より多いなと思った、そしてソプラノキラーと呼ばれる低音声域が後ろに集中しているのでさらに自分にとっては難しいことがわかった。しかし主役・田村の代役を務められるのはNYで自分しかいないことはわかっていた。受けることにした。帰国して本番までの正味10日で新作オペラのセリフと歌を覚えるのは普通は不可能に近い。リハーサルも含め全てが準備不足の中で本番を迎えた。公演は無事に成功した。
服部は、京都市立芸術大学声楽科を首席で卒業後、同大学院音楽研究科声楽専攻卒業。その後全米屈指のサンフランシスコオペラメローラプログラム終了後、全奨学金を得てニューヨーク州立ストーニーブルック校大学院音楽科卒業。日本、アメリカ合衆国、カナダ、ヨーロッパでコンサート、リサイタル、オペラ、オラトリオソロなどに出演。これまでに芸大音楽学部賞、新人賞、大阪市長賞、大阪府知事賞、全日本音楽コンクール大阪大会第1位、ミントン・エヴァンス・メモリアル賞、コンサートアーティスト組合国際コンクールセミファイナリスト、アーティストインターナショナルからニューヨークデビュー賞、特別賞を受賞するなど米国で活躍する日本人オペラ歌手として輝かしい経歴を残している。百戦錬磨の服部だからこそ今回の「白狐」も成功に導くことができたと言って過言ではないだろう。
現在は、ニューヨークフィルハーモニー、ニューヨークシティオペラ、アメリカンシンフォニーなどとカーネギーホール、リンカーンセンターなどに常連で出演している。
オペラでは「蝶々夫人」を得意とし、ほかに「椿姫」「修道女アンジェリカ」「ラ・ボエーム」「カルメン」「フィガロの結婚」「恋泥棒」「セビリヤの理髪師」「愛の妙薬」「絹の階段」「魔笛」など何でもこなせるオペラ歌手として活躍中だ。
ニューヨークを目指すこれからの世代には「まずやりなさい。とにかくやる。何でもやるくらいの気迫を持って挑戦してほしい」という。その精神は見事に今回の白狐で自らが証明した。(三浦良一記者、写真も)